それはまだウエナが生まれる前。 ミコトがまだ今のウエナくらいの頃のとき。 小さな両の手には少々大きめの器を手に、ミコトは首を傾げた。 「……全てのものはつぶつぶで出来ている……?」 「そう」 炉を挟んで向かいに座っているマナイは、首肯いた。 「我らの目には見えない、小さな粒で………ものは出来ているのです」 「……まこと、ですか?」 幼くも、いくらか悟い少年は眉を寄せる。 マナイが嘘をついているようには見えず……さりとて、その話が真実であるとは思えなかった。 「だって、この器」 そう言ってミコトは土で出来た器を軽く差し出す。 「この器なら壊せば砂になるから、つぶで出来ているのは分かります」 「ええ」 「でも」 ちょっと傾けてその中身を示す。 「この茶とか……水はつぶではないでしょう?」 マナイはふうむ、と唸ると自らの手に持った器から茶を啜った。 ふー、と長く息を吐く。 「…マナイさま」 「おお、申し訳ありませぬ……」 マナイは顔を綻ばせて言った。 「ミコト様はお悟い……そう思っておりました」 「マナイ…」 はぐらかすのか、とミコトが不満げに口を尖らせる。 それを見て再び謝ると、マナイは言った。 「そうですな…確かに水は粒には見えませぬ…しかし」 「?」 「水は寒いとどうなりますか?」 「え………と」 言われてミコトは考えた。寒いとき。冬…… あ、と軽く声を上げて目を丸くしたミコトをマナイは楽しげに見つめた。 「……氷になる………」 「そうです」 「で、でも砕いてもまた水になるでしょう?」 「暖かいときはそうなりますな……でも寒いままだと?」 「……つぶのまま」 寒い、寒い冬を思ってミコトは茫然と言った。 今は暖かな春。外の日差しであたためられた部屋の中で暖かな茶を啜っていると忘れそうになるが、つい最近まで冷たい雪が地表を覆っていたのだ。 そしてそのときに遊んだ雪原。手に触れたところから溶けていく雪がそうでないところではざらざらと細かな粒上になっていたこと…… 「もちろん、目に見える粒でものが成り立っているわけではありませぬ。もっともっと細かな……我らの目には見えないものからこの輪のものは成っているのです」 黙って聞いているミコトを見ながら、マナイは続けた。 「先に述べた水だけではありませぬ。ほれ、このマナイとて……ミコト様とて、小さな、小さな粒がより集まって動いておるのです」 「私たちも!?」 「ええ」 動揺に大きな声を上げたミコトに、にこりとほほえんでやる。 「我らは、逝く人々をどうおくりますか…?」 「地に……還す」 幼いミコトとて、亡くなった人をおくる儀式は見たことがある。 そのときに巫士が唱えていた謳から、言葉を選んで言った。 「そう……人は地に…土に還ります」 「………」 「なら、この器を成す粒とて」 マナイは軽い音をたてて手の中の器を弾く。 「元は誰かの血肉であったのかもしれないのです」 「…………」 「もちろん、人でなくとも……獣たちも鳥たちも、草花たちも皆同じ」 「……」 「その命途絶えても、それを成していた粒はまた何かを成す元となる」 「………」 「粒はずっとそうして回り続ける……我らの輪とは、そうやって成っているのです」 ことん、とミコトの手の中の器が床に置かれた。 「…………ミコト様?」 「………難しいです。マナイさま……」 ううん、と頭を抱えてミコトは丸くなってしまった。 その様子を見て、マナイは小さな丸い目を細めて笑った。 「そうですな。難しい……でも」 「……?」 「理解しようと、頑張ってくれているのでしょう?それなら嬉しいことです」 本当に嬉しそうに言うマナイに、ミコトは目を瞬かせた。 「……そうなの?」 「はい……教えるものというのは、そういうものなのです」 「……」 「お礼に、簡単なことを教えましょう」 「…何ですか、マナイさま」 訝しげにミコトは首を傾げる。 簡単なのは嬉しいのだが本当に自分に簡単なのか自信が持てなかったからだ。 「先程の、粒の話。これは暮らしていく上ではあまり役に立ちません」 「…………え?」 「土は土。水は水。氷は氷………私は私。ミコト様はミコト様」 「……うん」 「それらが全て斉しく輪の中にあるのは分かりますね?」 「それは」 それは輪人であるなら常識以前のことであるから。 そう言いたそうなミコトを眼で制して、マナイは言った。 「それで十分なのです………粒の話は、それをもっともらしくするための手段だと思えば」 「で、でも……」 「何ですか?ミコト様」 「……粒の話は、まことなのでしょう?」 「…私の継承した知識ではそうです」 「………うーん………」 また悩み始めたミコトを見て、マナイは苦笑せざるをえなかった。 仕方がありませんね、と呟いてマナイはミコトの器に新しい茶を注いだ。 「ではもっと簡単なこと」 「………」 更に不審げに見つめてくるミコトに本当ですよ、と告げて、自分にも新しい茶を注ぐ。 そうしてふうふうと息を吹き掛けて、言った。 「湯は熱い」 「………?」 しばらくしてずず…っと一口茶を啜って、息を吐いてからまた一言。 「茶は美味しい」 「………」 「分かりませぬか?」 「い、いえ……分かりますが」 戸惑いながら言うミコトに、マナイは微笑む。 「分かるならそれでいいのです………つまりは人が生きていくにはそういうのが分かるだけで十分なのですよ」 美味しい。楽しい。嬉しい。 それを分かるだけで……そうであるだけで、十分生きていけるのだと。 「粒とか、細かい話は私のような役目だけが考えればいいこと……無理に考えることなどないのです」 そう言って、知識を伝える役を負う輪人はしあわせそうに茶を啜った。 眉を軽く寄せたままミコトも茶を啜る。 幼いミコトにはよく分からない話が多かったが、飲んだ茶は確かに熱かったし、美味しかった。 クウメイ novels top 独り言 |