updown
「いちじょーさーん〜」
「……重いぞ」
ぺとっ、と背中にくっついてくるやたらと重たい何かをを振り払いつつ、一条は自分のコップにビールを注ぎ足す。
「あー…俺が注ぎますよぅ」
「…そう言って床に注いだからな、さっき」
「あれー?」
そうでしたっけ、と首を傾げながら背中に覆い被さってくる彼を今度は退けずに、一条は気付かれないようにため息をついた。
酒は程よく適量に、が美味しいんです。
そう言っていた数時間前の彼のことは忘れてやった方がいいのだろうかと一条は思う。
ビールやら何やら…近くの酒屋で安売りしていたんで、と彼はかなりの数の酒を持参して一条の部屋に遊びに来ていた。
これはまた今度飲みましょうね、と言って半分は除けておいた筈なのだけれど…
「……飲みすぎだぞ、五代」
「んー…もう一件行きましょ〜」
「……ここは店じゃない……」
完全に出来上がってしまった彼を背負ったまま、一条はこっそりとため息をついた。
「あ、ためいき」
「…耳聡いな」
明白にやることは避けたつもりなのだが、こんな距離では…顔の隣に顔があるような距離では気付かれない方が難しい。
ふわりと酒の匂いをさせたまま、雄介は不満そうに頬を膨らませた。
「そりゃもー……ほらぁ、みけんのしわー」
そう言うと彼は指をついっと一条の寄せられた眉の間に乗せた。
誰のせいだと思いながらも、一条は苦笑する。
おかえしのように膨らんだ頬を突いてつぶし、背中にいる彼を押し退けた。
「分かったから…ほら、離れてくれないか」
「うー…」
不満そうにしたまま、それでも彼は何とか素直に一条から離れた。
ぺたり、と床と友達になりながら一条を見上げている彼に苦笑を重ねて、一条は満たされたビールをようやく飲んだ。
泡が消えてしまっていたが、そう温くもなっていない。
雄介が用意したつまみとの相性も、かなり良かった。
だからまあ、酒が過ぎるのも分からないでも無いと思うのだが…
ふと見ると、雄介は床でだらんと弛緩していた。
「………五代?」
近寄るとどこまでも健やかな寝息が聞こえてきて、一条は今度こそ大きくため息をついた。
力が抜け切った人を運ぶというのは、それなりに難しい。
雄介を何とか床から引き離し…ベッドに引きずりあげ、一条は大きく息を吐いた。
一人で飲んでいてもつまらないと思い、散乱しているビンや缶、つまみ等を片付ける。
持参してきた書類に目を通すにも、もう遅い時間となってしまったし…彼は素直に寝ることにした。
片付けを終え、寝室に戻ると……器用に転がったのか、一条の分のスペースが空けられている。
ソファで寝ても良いのだが、それをやるとどうにも雄介の機嫌が悪くなる。
彼がはっきりと言ったわけではないのだが…何となく、そんな気がしていた。
それが分かってからというもの、一条は素直に同じベッドに入るようにしているのだが……
「………またか」
静かにベッドに入ったとたんに、雄介にぺたりとくっつかれる。
この彼の癖に一条は辟易していた。
酒を飲んだとき…いや、そうでなくても。
一条にしてみると驚くくらいに、雄介は一条にくっつくのを好んでいる。
こうした…物理的なふれあいに慣れていない一条にとってはどうしても構えざるを得ないのだが、そんな戸惑いすらも含めて雄介は楽しんでいる感がある。
それならそれでいいと思って開き直ろうとしてる一条なのだが…慣れないものには中々慣れなかった。
「………」
のばされた手が一条の背中に回って、正面からくっつかれる。
少し背を丸めて顔を一条の胸元に押しつけるようにして、雄介はくすくす笑っていた。
「…楽しい、か?」
「はぁい〜…たのしいですー」
起きているのか寝ているのか…あるいは夢現つ状態なのか。
返された返事では判断することは出来なかった。
ふわりと酒の匂いをさせながら、雄介はもぞもぞと移動している。
次には肩口に顔を埋められ、擽ったさに一条は身を竦めた。
「えへへ」
「……っ!?」
ぺろ、と鎖骨が窪んだところを舐められる。
「な……」
「おいしいですぅ」
「………そう、か」
ちょっと達観した気分になりながら、一条は苦笑した。
その後も耳朶やのどぼとけ、あるいは眉間など…色んな場所に唇を落とされ舐められる。
その間も手は背中の窪んだ場所を辿りへそを擽り胸の真ん中を撫で上げられていた。
そんなことをしながらも……雄介が浮かべる笑顔のためか何なのか、動物に懐かれているような気持ちにしかならない。
雄介本人もそれ以上のことはしようとしていないらしく…ひたすら、楽しそうに一条の体に触っている。
「……楽しい、か?」
「ふわぁい〜」
心底嬉しそうに破顔する雄介を見ていたら、何だかこんな異常な情況もどうでもよくなった一条だった。
雄介が満足行くまで付き合おうと思い、一条は目を閉じた。
翌朝、鏡を見て青ざめた一条がしばらくソファで寝ることを宣言する。
それに対して必死で抗議する雄介の主張が取り入れられるには、また時間が必要だった。
fin.
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