その店は珍しいものを多く揃えていた。 言うなれば少し洒落た雑貨屋のようなものである。 見たこともない織物、一見すると何に使うのか解らない道具、普段見慣れない衣裳……などなど、見ていてなかなか飽きないものばかりが店頭に並んでいた。 「……こんなの誰が着るんでしょうね…」 「……まあ、こういう趣味のものは一人ほど知っておるがな」 まるで道化師のような服の前で楊ゼンが首を傾げると、太公望が乾いた笑いを浮かべる。 一瞬の間の後に、楊ゼンが同じように笑った。 「彼、ですね」 「?知っておるのか、あれを?」 「ええ……。言ったでしょう?あなたの行動は全て見ていたと」 お忘れですか?と楊ゼンが尋ねると、太公望は少し眉根を寄せる。 「あー…あの試験のときであろう?……思い出したらむかついてきおった」 「……こっちは思い出すと恥ずかしいんですけど」 ことばの通りに楊ゼンが顔を伏せると、太公望が意地悪く笑い、小声で言った。 「ほう、少しは恥というものを覚えてきおったか……なら、あとは女装癖をやめればもっといい男になれるぞ」 「だから誤解ですってば……それに、これ以上男を上げても意味がないですよ」 さらりと言い切る楊ゼン。 「…本当に頭に来る奴だのう……」 太公望は怒りを通り越して呆れながら、ため息をついた。 「まあよい……ところで、おぬしはどう思う?」 ちょっと考え込み、ことばを選ぶように楊ゼンが言う。 「こういう服を着こなせる……という点では感服しますよ。……後は発言を控えておきます」 「そうだな……どこで何を聞いているのか解らんからな」 少し怯えたように辺りを見回して、太公望は肩をすくめた。 …もちろん、あの最強道士の姿はどこにもなかったが。 二人で顔を見合わせて、ふっと笑う。 「なあなあ、これ見てみろよ!」 そのとき、不意に姫発が楊ゼンの腕を引っ張って太公望の前から引き離した。 「ちょ、ちょっと……何ですか!?」 「いーから……ほら、これ面白いぜ」 「あ、本当ですね」 そう言って無理遣りに少し離れたところへ連れていかれる楊ゼンを太公望が見ていると、天化がその横にやってきて肩に手を置いた。 「意外とあの二人仲がよさそうさ?」 姫発は楊ゼンの首に手を回し、くるくると人形が回る玩具を見せている。 その玩具の端の方ではもう一体の人形が紐を引っ張っており、引っ張るごとにその人形が回り着ている服が脱がされていくという仕掛けらしかった。 「…そうだのう。いつもは仕事上の付き合いしか見ておらんかったが……こうしてみると結構仲がよいのだな」 ふむ、と感心したように首肯く太公望。 「ま、仲がよいのはいいことだ。その方が仕事の面でも上手くやっていけよう」 玩具が止まったため、姫発が横のねじをもう一度巻いていくと、逆に服が着せられていく。 それを興味深げに見ている楊ゼン……どちらかというと、興味があるのはその仕組みそのものであろうが。 「………」 天化は注意深く太公望の表情を探るが、そこからは望んでいるものは見つからなかった。 深く、ため息をつく。 姫発が巻き上げたねじから手を離したところで、天化は太公望の右腕を掴んで引き寄せた。 「何だ?」 「いや、あの絵見てみるさ」 「むう?」 腕を組んで壁に掛かっている額を指差す……二、三の原色がひたすら塗られたそれは、不気味な雰囲気を周囲に与えていた。 「………何描いてるか解るさ、スース?」 「……流石のわしでもあれは解らぬ……」 考え込む二人。 それに気が付いた姫発が、今だに面白そうに玩具を見ていた楊ゼンに話し掛ける。 「見ろよ。仲いーな、あの二人」 そのことばを聞き、楊ゼンが顔を上げると……天化と太公望は依然としてその絵画に見入っていた。 「ああ、そうですね」 何でもないように言う楊ゼンに、姫発は焦ったように口を開く。 「っておい!それだけかよ!?」 「それだけも何も……天化くんは封神計画に参加するのが遅かったとはいえ、重要な戦いではかなりの活躍をしていますからね。その中で師叔と親睦を深めていても何らおかしいところはありませんよ」 淡々と答える楊ゼン……その表情を注意深く見る姫発だが、ことば以上の意味はどう見ても無かった。 「……そっか……」 「それがどうかしたんですか?」 「何でもねーよ……ところで、あの絵って何描いてんだろーな…」 「……難しいですね……」 悩むものは四人になり、奥で装身具を物色していた蝉玉たちも途中で加わったが……結局、何を描いていたのかは解らず終い。 最終的に店の主人に尋ねてみたが、主人自身も解らないそうだ。 「でも、高価な絵なんですよ」 と主人の話。 「……まあ、いろんな趣味のものがおるからのう」 「だからどうしてそこで僕を見るんです」 また言い合いを始めそうな二人を引きずって、その店から一行は離れた。 道すがら、天化が呟く。 「……やっぱ、予想通りだったさ……」 「……嫉妬することもねえのかよ……」 姫発が疲れたように呟くその先で、蝉玉が不思議そうに言った。 「おっかしいわね……好きな人が他の誰かと仲良くしてるのを平気で見ていれるなんて……」 第三作戦: 相手と仲良くしているのを見せ付け、嫉妬感情を引き起こす。 ………またまた失敗。 「……何となく、俺も解ってきたような気がするぜ…」 彼ら実行班が標的を見ると、何ら変わらずに通りを楽しげに歩いていた。 今すぐにでも手を繋ぎそうで繋がれないその距離は、ある種の神聖さを以て保たれているように見える。 「なあ…このまま放っておくってのはもう選べねえのか?」 「ダメよハニー!ここまできて引き下がれる訳ないじゃない!!」 蝉玉がそう叫んだ瞬間に、何故か、強い風が通りを吹き抜けた。 その上をとある霊獣が通ったのを見た人がいるとかいないとか……。
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「何だか、今日は皆雰囲気がおかしくないか?」 「…師叔もそう思いますか?」 「うむ……何だか無理をしているような気がする……」 「……きっと皆、あなたを気遣っているんですよ」 「むう……もう止せと言っておるのに……」 「でも、皆も一緒に楽しんでいるのですからいいでしょう?……少しぐらい、僕らにも気遣わせてくださいよ」 「……今日で終わりだからな」 「そうできるように努力します」 「悪い政治家のような口振りは止めい………ぬう、髪が無いので引っ張れぬな」 「また僕の髪を引っ張るおつもりだったんですか……」 「おうよ、なかなか掴みやすいのでな」 「痛いから止めてください」 「嫌だ」 「何故です」 「面白いからに決まっておろう」
通りを歩きながらの会話は、飽く事無く続けられていく。 ……ここだけは、天下太平であった。
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