空は快晴風は穏やか。 
街は人で溢れている。 
大通りには多くの出店が並び、客呼びの声が至る所から聞こえてきた。 
店の人も、客も、ただ通り過ぎるだけの人も……全ての人が生き生きとしている。 
「…賑やかだのう……」 
その通りをゆっくりと歩きながら、太公望は吐き出す息と共に呟いた。 
それを聞き、彼の横を歩いているものが答える。 
「そうだな…何だか西岐の城下町を思い出すぜ、なあ?」 
「うむ。まあ、あれ程になるには少々時間がかかるだろうが……きっと、今より大きな街になるであろうな」 
横の姫発をちょっと見上げてまた口を開く。 
「……だからといって遊びに来たりせんようにな」 
「来ねぇって。いくらなんでも……は!」 
残念そうに喋っていた姫発が、前方を見据えて目を見開いた。 
「プリンちゃん発見!!いざ……」 
「やめんかボケェ!!」 
そう叫ぶと、太公望は姫発の駆け出した先に足を出す。 
盛大に転ぶ姫発。 
通りを歩いている人々が騒めいたのに気付き、太公望はそっとその傍に駆け寄り膝をついた。 
「ちょっと大丈夫!?…怪我はない?」 
声色を変えて心配そうに声を掛けてくるる太公望を睨んで、姫発は呻く。 
「……このヤロウ……」 
「ふふん、演技ならお手のものだわい」 
太公望は小声でつぶやきながら、姫発に手を貸して立たせた。 
「もう…発ったらすぐ転ぶんだから…」 
一瞬何事かと目を止めた人々も、すぐに歩きだして通り過ぎて行く。 
……中には兵士のようなものもいたのだが……。 
「よかったわね気付かれなくて」 
「……頼むからその口調止めろよ」 
「ふん、だったらナンパ行為は謹め。目立って仕方がなかろう」 
鼻を鳴らして言う太公望を見て、姫発は不請不請首肯いた。 
……その一通りのやりとりを見ながら、楊ゼンは感心のため息とともに口を開いた。 
「流石は師叔……女性の演技も完璧だとは……あなたはいつも僕の想像を越える」 
「……そんなので越えられても困るさ」 
背に黒髪を揺らしながら出店の菓子をねだり始めた太公望を見ながら、天化はこっそりため息をつく。 
横では楊ゼンが賛美の眼差しでそれを見ている……時折男性が彼に見惚れて立ち止まるのにも気が付かないようだ。 
一陣の風が、彼を包んでいる女物の服をはためかせた。



「じゃ、私はアンマン三つと杏仁豆腐二人前お願いします」 
昼飯をとるために適当に入った飲食店。 
店内はかなり混んでいたが、ちょうど空いている席を見付け二人ずつで座る。 
通りを歩くときは気の知れた仲間のように…まあ実際その通りなのだが…歩く六人だが、この店には六人で座れる卓が無かった。 
目立たぬように……とのことで、それぞれが仮に恋人として振る舞うことにする。 
蝉玉と土行孫。太公望と天化。楊ゼンと姫発。 
蝉玉は幸せいっぱいな笑顔で、向かいに座った土行孫のために一風変わった食材を使った料理を注文している。 
「……甘いものばっかりさね……」 
天化と太公望の注文を繰り返した店員は立ち去る瞬間、怪訝そうな表情をしていた。 
それに気が付き、天化はため息をつく。 
「そうか?これくらい何てことないぞ」 
品書きをもう一度眺め、それを指差しながら太公望は言った。 
「これも注文しようと思ったのだがな、流石に控えておいた……女子の頼む量でもなかろう」 
「……まあ探せば居るかもしれないさ、そういう女の子」 
彼の指先の品を見て天化は呆れる。 
書かれていたのは山盛りになった月餅であった。 
それから目を離し、天化は姫発たちの方を向いた。 
……ナンパした男と、誘いに応じた美人…という形容が冗談抜きに合っている。 
その天化の視線に気が付いたのか、姫発が目で合図を送ってきた。 
第二作戦、開始。



太公望の場合: 
「……それにしても、楊ゼンさん綺麗さー」 
天化の呟きに、太公望が首肯いた。 
「そうだのう…無闇に顔がよいからな、あやつは」 
「そういや、竜吉公主のお弟子さんの…」 
思い出せずに考え込む天化を見て、太公望が口を出す。 
「碧雲、か?」 
「そ。あの子に一目惚れされたんだって?」 
「うむ!いやぁ……あれは傑作であったのう……」 
その時を思い出したのか、口元に笑みが浮かんでいる太公望。 
「土行孫もかわいそうであったが……楊ゼンなど目を丸くしていたよ。顔だけで惚れられるというのも難儀なものだな」 
そのとき、注文していた品が届けられた。 
太公望は目の前に置かれたアンマンを手に取り、嬉しそうに頬張り始める。 
天化は自分の料理……もちろん、なまぐさは一切使用していない……を食べながら、次の台詞を言う覚悟を決めた。 
こくん、と飲み込んで、口を開く。 
「……でもさ、スース……」            
「なんら?」 
「顔だけの男じゃ無いっしょ?楊ゼンさんは」 
「ふむ」 
「……スースは、楊ゼンさんのことどう思ってるさ?」 
「むぐ?」 
アンマンと一緒についてきたお茶を手に取り、喉に流し込む太公望。 
一息ついて、答えを言う。 
「天才、であろう?」      
「……他には、何か……」 
「むー……そう見えてたまにそう見えないところは面白い奴だとも思うぞ」 
黙り込んだ天化に気付かずに、太公望はことばを重ねる。 
「重要な戦力であり、必要な仕事仲間でもあるな。…何しろ面倒なことを言わなくてもこちらの望むこと…ときにはそれ以上のことをやってくるからのう。……あやつがいて本当、助かっておるよ」
ふう、と息をついて離れた席にいる楊ゼンを見た。 
姫発と何やら会話をしている……何を話しているのかまではわからないが。 
「……一緒にいて、どう思うさ?」 
同じ方向を見ながら、天化が尋ねた。 
「む〜…たいてい一緒にいるのは仕事のときだからのう。どう思うと言われても…」 
視線を手元に移して、太公望は杏仁豆腐の皿を近くに引き寄せる。 
「まあ、他の者といるときとは少々違う、かの?あやつと話をすると何とも楽しいしのう」 
一さじすくって口に運んで、その甘味に顔を綻ばせながら呟いた。 
「からかいがいもあるし、な」 
太公望が再び楊ゼンの方に顔を向けると、彼もまた太公望を見ている。 
笑って軽く手を振り、天化の方に向き直ると……天化の額に汗が浮いているのに気が付いて、首を傾げた。 
「どうした天化?汗をかくほど熱い料理だったのか?」 
「………まあ、ね……」 
そう言って天化はよく冷えた野菜に箸をつけた。



楊ゼンの場合: 
「にしても……意外にああいう格好似合うんだな、太公望って」 
ふざけるように言う姫発を見て、楊ゼンはくすりと笑った。 
「確かに……小柄な方ですけどあそこまでお似合いだと驚きますね」 
「だよな……背低いもんな、あいつ」 
「ええ」 
頼んだ飲み物が届き、それを口に含んで楊ゼンは軽く喉を潤す。 
この季節に採れる果物をふんだんに使ったそれは、ひどく甘かった。 
「甘い……これは師叔好みでしょうね……」 
苦笑しながら楊ゼンがそう言うと、姫発は面白そうに笑った。 
「小柄で甘党……仙道ってわかってっけど、ガキみたいだよな、本当」 
「……聞こえたら怒るかもしれませんよ?」 
「大丈夫だって」 
ちらりと太公望の方を見ると、彼は満面の笑みでアンマンに噛り付いていた。 
「な?」 
「………そうですね」     
二人で顔を見合わせてまた苦笑する。 
すると、姫発の注文した料理が丁度届けられた。 
運んできた美人の店員に声を掛けたい衝動を必死に抑えて、姫発は器用に肉を切り分ける。 
大きめに切り分けた一つを口に運び、ゆっくりと噛みながら次の台詞を言う覚悟を決めた。 
飲み込んで、口を開く。 
「……でもよ、楊ゼン……」 
「何ですか?」 
「太公望って……背が低くて、甘党でガキっぽいだけじゃないよな」 
「それはもちろん」 
「……お前はさ、太公望のことどう思う?」 
「はあ……」 
そう言われて少し楊ゼンは首を傾げた。 
果汁の入った器を持ち上げ、少し飲む。 
「どう…と言われましても…。そうですね、あの人のことは尊敬していますよ」 
「尊敬…か?」 
「いえ……きっと、そんなことばでは表せません」 
姫発が何も言ってこないので、楊ゼンは続けて口を開く。 
「すごい人だと思います……本当に。いつでも僕の想像を越えるんです……まあ、いい意味でも悪い意味でもですけど」 
楊ゼンは、ふう、と息をついて太公望の方を見た。 
……もごもごと口を動かしてアンマンを嚥下しようとしているのが目に入る。 
「……一緒にいてどう思う?」 
同じ方向を見ながら姫発が尋ねた。 
「はあ……一緒にいるのは仕事のときが一番多いですからね。どう、と聞かれましても……」 
手のなかにある器を軽くもてあそぶ。 
「少なくとも嫌ではありませんね。……どちらかというと楽しい…のかな?」 
そしてまた一口……その飲み物は確かに甘いが、実に飲みやすかった。 
「おかしいですよね、仕事なのに。…すごく忙しいときも多くて……要塞建築なんてのもやりましたし」 
「ああ、ありゃすごい出来だよな。大変だったろ?」 
姫発がそう言うと、楊ゼンは軽く笑む。 
「大変でしたけど……でも、嬉しかったです」 
「何で?」 
「あの人の役に立てたのもそうですけど……何と言えばいいんでしょうか……」 
楊ゼンは少し悩むような顔をして、太公望の方を見た。 
「完成して師叔に誉められたときは何だかとても……ええ、うれしかったんです」 
楊ゼンがそう呟くと、太公望も楊ゼンの方を向いた。 
笑顔で小さく手を振ってきた彼に微笑み返して、楊ゼンが姫発の方に向き直ると……姫発は今だに肉を切り分けている。 
「あれ?そんなにして食べるんですか?」 
「……まあ、な……」 
そう言って姫発は細かくなりすぎた肉を口に運んだ。 


 
ふと彼らが 玉たちの方を見ると……椅子に縛り付けられた土行孫の目の前に、蝉玉が幸せそうに土中生物の炒め物を差し出していた。


◆◆◆



一行は店を出、また通りを見物し始めた。 
午後の太陽は明るく、丁度いい陽気で街は覆われている。 
通りを歩く人の数は全く衰えず、むしろ増えたかのようで……いかに兵士たちがこの休暇を楽しんでいるのかが解って太公望は内心喜んだ。 
道の端で行なわれている大道芸を見物して拍手を送ったり、適当な店を眺めてはその品数の多さに驚く。 
共に歩く仲間たちとことばを交わし…笑い合うその瞬間に、しばらく味わっていなかった思いが身を焦がした。 
意気揚揚とまた次の店へと入っていく蝉玉を見ながら、ふっと太公望は笑みをこぼす。 
それを見た楊ゼンもまた、静かに微笑んだ。


◆◆◆



「……どうだった?」  
「駄目さ……かんっぺきな一般論」 
「…やっぱそうか。………『どう思う?』なんて曖昧な質問じゃ駄目だよな……」 
「かといって直接的なことば使っても平然と返されそうで怖いさ」 
「……とりあえず、第三作戦やってみっか」 
「……なーんか俺っち結果わかるような気がしてきたさー」






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