結局、素直な報告の結果出された結論は、「放っておく」であった。 下手に他人が口出しすることでは無い、というのが理由として上げられる。加えて、 「いくら何でもそのうち気付くだろう」 ……というのがほぼ全員の見解であった。 しかし…世の中には時として予測不可能な事態があるものである。
「太公望師叔、少し遠出しませんか?」 「はあ?」 それはとある昼下がり。 細菌使いの猛攻や、殷の太子との決戦など……決して一言では言い表わせないこともあったが、その他は順調に進軍している。 その日通った街も、簡単に制圧…どころか快く迎え入れられた。 その街の役所の一室を借り、食糧の支給表や志願兵の名簿などに忙しく目を通し、指示をしていた太公望。 その手伝いをしていた楊ゼンが、突如こう宣ったのだ。 「おぬし……今のわしの状況をわかっておるのか?」 「それはもちろん」 「…それでどうしてそのようなことを言い出せるのだっ」 「だって、二人きりになりたくなったんです。しょうがないでしょう?」 その言葉に完全脱力し、太公望は見ていた書簡を置く。 「……よくもまあこの状況下でそのような言葉を吐けるものだのうおぬしはっ!!」 だん!と卓を叩き、太公望は座していた席から立った。 勢いで、置いてあった筆がからからと転がる。 「師叔は僕と二人きりになるの嫌なんですか!?」 そう叫んだ楊ゼンに詰め寄り、太公望も負けじと叫び返す。 「嫌な訳無かろう!!だが時と場所と考えぬか!!」 「考えましたけど…今、ここではないところで二人きりになりたくなったんです!」 そのままぎゃあぎゃあと叫び合い続ける二人を、同じ部屋にいる面々は呆れたように眺めている。
「……不思議っスねぇ……」 「…何が恐ろしいって、あんなこと言いながらお互い好きなこと自覚してる訳じゃないってところさね……」 「お二人とも仲がよろしいからですね!」 無邪気な天然道士の発言に、そこにいるほぼ全員が肩を落とす。 「…かえって、自覚してくれた方が害が無いんじゃねぇのか…?」 将来この国を背負ってたつ青年の言葉は、流石に皆の言いたいことを正確に表わしていた。
二人の言い争い…知らないものが聞いたらどう聞いても痴話喧嘩…は、まだ止みそうになかった。
◆◆◆
「……さて」 街の夜も更け、軽い宴会が営まれているころ…大きめの商家の一室で、密談が行なわれていた。 「あなたに来てもらったのは他でもありません…ちょっと、調べてもらいたいことがあるのです」 部屋の隅に置かれた燭台に灯された灯りが、その人物の影を浮かびあがらせている。 頭の部分には大きな長方形の影。 対する人物は逆光でよく見えない。 「はい!僕で良ければなんなりと!!」 「この二人の動向を調べて頂きたい」 そう言うと、二枚の似顔絵を手渡す。 「これは……」 一瞬、首をひねるが、その人物画の下にある名を見て大きく首肯いた。 「わかりました!…で、いつまでですか?」 「とりあえず今日から明日にかけて…明日の朝、私に報告して頂ければ結構です」 「はい…でも何でこのお二人を?」 「二人のため…ついては皆さんのためでもあります。頼みましたよ」 「はい!」 そう言ってその部屋を辞そうとする少年を引き止め、影は尋ねた。 「ところで…母親には連絡しましたか?」 「はい!お昼過ぎに連絡を受けたあとすぐに家に戻って、今日は泊りになると伝えてきましたので!」 「そうですか」 「はい!お心遣い、ありがとうございました!!」 そのことばを最後に、音速もかくや…という速度で消えていく少年を頼もしげに見ながら、残された影はふっ…と蝋燭の火を吹き消した。 遠くからは人々のにぎやかな声が聞こえている。
◆◆◆
翌朝。 「今日一日全軍休暇ぁ!?」 「はい」 朝議の席、今日一日の動きなどを伝えようとした太公望のことばを遮り、周公旦は進言した。 「朝歌は目前…ですが、このようなときにこそ軍の士気を高め、意欲を持たせるためには身体と精神の休養が必要かと」 「おぬしがそのようなことを言うとは……」 驚いて目を丸くすることしかできない太公望に構わずに、旦は次々と理由を述べた。 幸いこの街は我々に好意的だの先日の太子軍との戦いで兵士たちの疲労はかなりのものだの………。 理路整然とした物言いに、いつしか誰もがその提案を受け入れるべきだと考え始めた。 こうなるともはや太公望に為す術はない。 「武王、宜しいか…?」 上座にいる君子に意見を仰ぐと、彼は王としてやっと身についてきた威厳を持って首肯いた。 「解った。武王の名をもって全軍に命ずる。本日は皆休養をとり、来るべき決戦への鋭意を養え」
勅命を受け、その場にいるもの全てが臣下の礼をとる。 (いつのまにあんな言い回しを覚えたのかのう…?) そう考える軍師とは関係なしに、朝議解散の声がかけられた。
◆◆◆
「よく言えましたね、小兄さま」 「おうよ。あれ位どうってこと…」 「できることなら普段からああして頂きたいものです」 「………」 「ああ、皆さん集まりましたね」 昨晩と同じ商家の、少々広めの応接間に周の要人………王、王弟、そして軍師と天才道士を除いた崑崙の道士などが集まっていた。 朝議解散のあと、極秘に収集の声がかけられたのである。 「…よく集まって頂きました、皆さん」 上座に姫発。そしてその隣には周公旦が立っている。 「武王」 「おっし。今日集まってもらったのには訳がある…皆、最近の標的の動きについてどう思った?」 「ちょ、ちょっと待つさ王サマ」 席についている一人の道士が挙手した。 「標的(ターゲット)って……あれはもう終わったんじゃなかったんかい?」 「甘いな天化。…旦」 そう言うと姫発は隣の弟を促した。 「はい。……実は第一次報告の後、一般兵士からの苦情が届けられたのです」 「苦情?」 「はい」 彼は持っている書簡を手慣れたようにからからと開いてその内容を話し始めた。 「証言その一……軍師殿と話をしていると、いつのまにか近くに楊ゼン殿が現われている。
何かなさるわけではないのだが、どうにも決まりが悪い………兵士A。 証言その二……太公望さまと楊ゼンさまがご一緒に歩かれているのをよく目にする。
それ自体は別に構わないのだが、時折見つめ合われたかと思うと照れたように微笑まれる。
見ているこちらが恥ずかしい………官吏B。 証言三……太公望どのを見かけると、時折誰かを探している様子。
気になって声をかけると『何でもないわい』と言ってはくるがどうにも落ち着きがない。
そのうち楊ゼンどのが近くにくると、嬉々として話し掛ける。
……いい加減くっついてもいいんじゃねえか?………武成王K。証言四……」 「解ったわよ……もういいわ」 ぐたっと卓に伏し、蝉玉が手を振った。 「他にも同様の苦情が十数件届いております」 からり、と横に置いてあった書簡に、今読み上げていた書簡を重ねて、周公旦はため息をついた。
「日増しに増えてくるのですよ、これが」 「それに加えて昨日の痴話喧嘩…まあ本人たち自覚ねえけどよ……だろ?」 「……どうするのさ」 「一通り目を通した後は…本人たちに見つからないように厳重保管ですね。これはほんの一部です」 「そうじゃなくて!これからどうするのかってことさ!!」 煙草をくわえたまま器用に声を荒げる天化を見、姫発と旦は重々しく首肯いた。 「…それなんだよなぁ……」 困ったように頭を掻きながらぼやく姫発。 「…単純に道は二つ」 「二つ?」 つまらなそうに話を聞いていた天祥がこてん、と首を傾げて旦の方を向いた。 「一つは引き離す。一つはくっつける」 「単純ね、本当」 「でもそれが一番の問題かもしれないさ……兵士たちがどっちかはわかるさ?」 「十割が武成王と同意見です」 天化のことばに、速答する周公旦。予想どおりの質問であったらしい。 「くっついてもいいんじゃねぇか…ってこと。そこで聞きたいのはここに居る皆の意見だ。…はっきり言ってくれてかまわねえ。……どう思う?」 そう言って、姫発は集まっている一同を見渡した。 「いい加減くっついてほしいさ…見てるこっちがいらいらする」 「賛成。素直になりゃいいのよ素直に…わたしたちみたいにねー」 「…わたしたちってのがよくわからんけど別に反対する理由もないぜ…ってぐぇぇっ!」 「ぼくもさんせぇー!だって、二人とも早く元気になって欲しいもん!」 「…別にどっちだろうが構わん。だが、どうせ倒すのなら腑抜けていないヤツを倒したい」 ことばは違えど……
「…ここでも十割決定ですね」 そのことを確認し、旦は手元の書簡にさらさらとその旨を書きとった。 「武王」 「おうよ。……ではこれから作戦は第二次段階へと入る。今回の最終目標は、標的が互いをどう思っているかを認識させることだ」 「くっつけさせるんじゃないの?」 蝉玉のことばに、姫家の兄弟は揃ってため息をついた。 「……その点について、聞いてもらいたい報告があります。武吉くん」 「はい!!」 どこに控えていたのか…いつのまにか旦の横で、ぴしりと気を付けの姿勢を取っている武吉。 「報告を、皆さんにも伝えてください」 「わかりました!!」 そう言うと、武吉は小さな手帳を取り出し、それを見ながら報告を始めた。 「昨晩から今朝に掛けて、お二人の動向を調べました。
それによると……まず昨日の宴会の途中、お師匠さまと楊ゼンさんはお二人で抜け出て哮天犬で近くの岩山までお出かけになりました。二刻ほど後、また同じように街に戻り、今度はお二人で入浴。上がられた後はお師匠さまに割り当てられた部屋にお二人で入られて、一刻半ほどお酒を飲まれた後に同じ寝台でお休みになってます」 ここまでの武吉のことばに、おおっとどよめく一同。 「……心配すること、なかったんじゃないさ?」 「そうよ!まるでわたしたちみたいに仲いいわよ!?」 反論のうめきを無視して言う蝉玉を疲れたように見て、姫発は口を開いた。 「……おれだって始めはそう思ったよ…武吉、詳しく言ってやんな」 「はい!」 ぱらっと手帳を一枚めくって、武吉は言った。 「お二人は寝台に入られ、半刻ほど談笑。後に眠られてます」 「ちょっと待つさ!それって……」 「そう」 天化の言い掛けたことをうけとり、姫発はことばを発した。 「眠っただけらしい…何も、してねぇんだとよ」 一瞬、訪れる沈黙。 その沈黙を破るように、武吉が口を開いた。 「僕は赤外線を感知できるので間違いありません…。そして翌朝、そのまま朝議へと向かわれました。こちらにお二人の会話を全部メモってありますが…ご覧になりますか?」 「見せて!」 差し出された武吉の手帳を受け取って、蝉玉は内容を読み始めた。 この際、個人的権利の侵害などは問題にしてはいられないのだろう。それ以前に好奇心が勝るようだ。 それを横から除いていた天化、土行孫……ナタクは興味がないらしく外を見ており、その傍に天祥が行っている……は揃ってため息をついた。 「………読んでるこっちが恥ずかしいさ……」 「これで本当に、自覚ねえのかよ……」 超人的な聴力と、生真面目な性格を持つ武吉の報告には、太公望と楊ゼンの会話が正確に書き取られていた。……どこをどう見ても、色恋めいた会話は見受けられない。 仲はいい。ひたすらに仲はいい…だがそれだけである。 「…解って頂けたでしょうか?」 周公旦のことばに、揃って首肯く面々……いつのまにかナタクと天祥はいなくなっていたが。 「つまりこんな状態でくっつけるも何もない……ってことね」 「はい。とにかく今は彼らに自覚を促し、これ以上兵士に混乱を招くのを防ぐことです」 「なるほど……で、具体的には何をすればいいさ?」 すると、そのことばを待っていたとばかりに、姫発が破顔した。 「よっしゃ!じゃあ作戦を伝えるぜ!!」
◆◆◆
ふう、とため息をつく。 「……いきなり休暇をとれと言われてものう……」 執務室として借りていた部屋で太公望はぼやいていた。 全軍休暇であることは了承したが……
「わしは仕事をするつもりであったのに……」 「駄目っスよ!ご主人も休むっス!!」 積み上げられていた筈の書簡は朝議から戻ったときには影も形もなく、太公望は途方に暮れた。
どこに片付けられたのかを問おうにも、問うべき人々が見当らない。 ならばちょいと霊穴にでも出掛けて釣りでもしようか……と四不象に言ったところ、 「……たまには違うことをしてみたらどうッスか?」 の一点張り。 「…じゃあ何をしろというのだ?」 「……と、とにかく違うことをしてみたほうが吉っスよ、今日は!」 「…いつから占い師になったのだおぬし…」 また、ため息をつく。 ……どう考えても今の四不象の態度はおかしいのだが、それを問い詰める気がしない。 「……暇だのう……」 「そ、そうっスねえ……」 やはり怪しい四不象は放っておくことにして、太公望は窓へと歩み寄った。 その窓からは街がよく見渡せる。 街には活気があふれ、行き交う人々にも笑顔が見えた。 所々に見覚えのある顔があるということは、兵士たちが街へと繰り出しているのだろう。 どの顔も、戦時とは思えぬ程喜びに満ちている。 こうして見ると、確かに周公旦の言うことは正しかったと思う……腑に落ちないものが少々あるが。 きいっと、窓を開けるとそよ風が入ってきた。 気持ちよさげに目を閉じ、その風を受けていると…不意に目の裏が暗くなる。 「?」 太公望が不審に思って目を開けると…窓の外に白い犬に腰掛けた蒼い姿が見えた。 「よ、楊ゼンさん…どうしたっスか?」 「やあ四不象…太公望師叔も」 ふわ…と宝貝を駆り、すぐ傍へとやってくる。 太公望が少し窓から離れると、楊ゼンは身軽に部屋の中へと入ってきた。 「今日一日どうする?」 「…どうしようか、と思っていたところですね」 袖に哮天犬をしまいながら楊ゼンは言った。 「いきなり休暇と言われましても…哮天犬のブラッシングはこの間してしまったし…」 「……普段あれ程サボるなとうるさいのにのう……」 困ったものだ、と二人は悩み始める。 そうっ…と、扉から出ていく四不象にはどうやら気が付かないようであった。
「標的が来たっス!!」 「おしっ!作戦開始!!」
ぱたぱたと複数の足音が聞こえたかと思うと、執務室に見慣れた面々が入ってきた。 「よぉ!二人とも、何やってんだ?」 「武王…それに皆も」 姫発を先頭に、天化、蝉玉(+土行孫)、武吉がいる。 さりげなく太公望の横に四不象が移動した。 「どうかしたのですか?」 不思議そうに尋ねる楊ゼンに、天化が答える。 「んー…暇かな、と思ってさ」 「確かに暇だけど……」 「だったらさ、皆で街に行きましょうよ!せっかくの休暇なんだから楽しまなきゃ!!」 自らの伴侶…その本人は否定しているが…を抱き締め、蝉玉は嬉々として言った。 「そういうこと。せっかくの休みは有効に利用しないとな!」 「いや…。ここでわしらが羽目を外しては他のものに示しがつくまい。むろん、武王…おぬしもだ」
嬉しげに言う姫発を諌めるように太公望が言ったが、それは即座に否定された。 「ふふん……実はな、太公望……。この外出は旦にも了承を得ている!」 「何!?」 さすがにこれには二人…今回の標的…とも驚いた。 「あの周公旦くんがですか……!?」 「はい!周公旦さまは『民の様子を見て回るのも統治者としての務め』と仰いました!!」 「…確かに姫昌もそんなことを言っておったが…それを旦の口から聞くとはのう……」 武吉のことばに、しみじみと首肯く太公望…普段から素直な彼の言うことには疑うべくもないようだ。 「解った。では天化、武王の護衛は頼んだぞ」 「って師叔は行かないさ?」 「……だから他のものに示しが……」 渋る太公望を見て、蝉玉がにやりと微笑んだ。 「だったらバレなきゃいいんでしょ?太公望だっ…て」 「へ?」 「今よ!取り押さえなさい!!」 その号令のもと、武吉が太公望を後ろから羽交い締めにした。 流石の駿足と馬鹿力…加えて不意を突かれた太公望には、もはや逃げることは不可能である。 「な、何をするか武吉!?」
「申し訳ありませんお師匠さま!だけど……」 「んふふ……大丈夫よぉ。ちょっ…と、ね」 楽しそうに…否、確実に楽しみながら、蝉玉は太公望へとにじりよった。 「蝉玉くん?師叔に何を……」 「あんたは黙ってなさい!天化!」 「へいへい」 心配して近くに来た楊ゼンを、天化が押し止める。 「楊ゼンさんはこっちさー」 「ちょ、ちょっと天化くん!」 そのまま腕を引っ張って部屋の外へと連れていかれる楊ゼンを見、姫発は満足気に首肯いた。 「よし。まずは成功っと」 「な、何を企んでおるのだおぬしら?」 一人訳が解らずにいる太公望を無視して、彼らは第一作戦へと取り掛かった。
遠くから太公望の悲鳴が聞こえる。 「い、今のは……」 後ろを振り向こうとする楊ゼンを引っ張り、天化は用意しておいた部屋へと入った。 「スースなら大丈夫さ。さ、楊ゼンさんは早くこれに…」
◆◆◆
指定された集合場所に、まず二人現われた。 …集合場所、といっても先程の役所の正門前なのだが。 天化、そして一人の女性。 肩まである明るい茶色の髪が特徴的な、目立たない感じの小柄の美女である。 二人が談笑してしばらくたつと、騒がしい声が聞こえてきた。 「何でこんな格好をせねばならぬのだ!」 「兵士たちに見つかりたくないんだろ?だったら我慢しろって」 「始めから出掛けなければ早い話ではないか!」 「いいから黙って来なさい!!」 「ぬおー!!はーなーせー!!」 叫びに続いて、ずるずると何かが引きずられる音がする。 「来たようさ………って……」 振り返り、やってくる集団を見た天化が凍り付く。 何事かと同じ方向を見たもう一人も同様に凍り付いた。 そこには……
「……スース……?」 右腕を掴まれて連行されてきたのは、間違うことなく太公望その人である。 隙あらば逃げ出そうとする彼を、左から武吉がしっかりと見張り、右腕を引っ張っている蝉玉を補佐している。 碧色の瞳、強そうな意志を表す眉、そして少し赤みがかった黒髪……。 「……よくお似合いさ」 「ええ……」 何故かその黒髪は腰まで届きそうな長さになっていたが。 その傍を歩いていた姫発と土行孫が、天化の隣の女性に気が付き揃って大声を上げた。 「ぷ、プリンちゃん!?」 「うお!?いい女みっけ……ってうぎゃああ!!」 後者は無言で蝉玉に踏み潰される。 その叫びを聞き気が付いたか、太公望が門の前の二人を見た。 途端、その美女に向かって怒声を浴びせる。 「楊ゼン!!何だその姿は!?」 「……やっぱりばれましたか」 彼女…否、楊ゼンは髪を揺らして肩をすくめた。 「わかるわだあほ!卑怯だぞ一人だけ逃げるとは!!」 「別にいいでしょう!私は変化できるんですから!」 「やーめーぬーかー!!女声を使うなっ!!」 「変化してるんですもの当たり前でしょう!!」 「だからその変化をとけというに!この女装趣味者が!!」 「違いますってばそれは誤解だと何度申し上げれば解るんですか!!」 「解るかっ!!とにかくおぬしも道連れだっ……武吉!」 「はいお師匠さま!!」 「あやつにも何か見繕って着せてやれ!!いいな、絶対に変化させてはならぬぞ!!」 「わかりました!では楊ゼンさん失礼します!!」 一瞬のうちに楊ゼンの傍に行ったかと思うと、そのまま肩に担ぎ上げる。 「な、何するんですかお止めください!」 いまだ変化を解いていない楊ゼンはあっさりと武吉に連行されて、役所へと連れ戻されていった。
「…今の、楊ゼンだったのか?」 「そ。用意した服見せたら『こっちの方が早いでしょう?』とか言われたんでつい……」 「駄目っスよ!それじゃ意味無いっス!!」 「だ、だって反論できそうにない雰囲気だったさ」
ぽそぽそと会話をしている彼らには気付かずに、太公望は荒げた息を整えるのに必死であった。 ぜえぜえと肩を上下させている彼を横目で見て、蝉玉は不満げな声を上げた。 「駄目よ太公望…そんな格好してんだからもっとおしとやかにしなきゃ」 「できるかーっ!!」 右腕を捕まれたまま、太公望は叫ぶ。 風が、彼の身につけた衣服をひらりと巻き上げた。 ………それは女性の身につける衣服であることを念のために記しておく。
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