篭の華
>122氏
久しぶりに、あの男からの呼び出された。
本当ならば、とうの昔に身請けされ、どこか適当に家をあてがわれて囲われているはずなのだが、あの男は「遊郭で女郎を買う」というシチュエーションが気に入っているらしく、一向に身請けの話は来ない。
いや、もしかしたらあの男はこの館ごと買い取り、アパートメントの一室を貸し出すように、私をここへ住まわせているだけなのかもしれない。
望んで叶わぬ事など無いだろう。
あの男は、この国の独裁者なのだから。
このように化粧を施し、錦に身を飾るなどいつ以来だろう。
男は気まぐれで、一週間通い詰めたかと思えば、一ヶ月も音沙汰無しということがままある。
それでも最初の頃は、男が来るのを指折り数えて待っていたが、最近ではそれも面倒になり、ただ漠然と日々を過ごしている。
他の女郎達ならば、客を相手に忙しい日々だろうが、私はあの男以外に客を取らない、否、客を取らせて貰えない。
あの男専用の、慰み物なのだ。
小遣いは十分すぎるほど貰っているし、外出も自由なため、時折町へ出ては書物を買い溜め、それらを読み耽る。
そんな日が殆どだった。
そろそろ年季明けを数える年齢になる。
あの男は、いつまで私を気に留めていてくれるだろうか。
切り捨てるのならば、ばっさりと切り捨てて欲しい。
今なら、まだ、新しい人生を歩めるだろうから。
あの男が死ぬまで飼い殺しというのだけは、勘弁して欲しい。
私は、あの男を、愛しているわけではないのだから。
男の待つ部屋へ向かい、襖を開けて三つ指を着く。
「お久しゅう御座います、旦那様。ここ暫く寵を頂けず、寂しゅう御座いました」
「あぁ、本当に暫く振りだったな。仕事が忙しくてな。やっと来られるようになったよ」
言い訳など、どうでもいい。元々この男は妻子のある身であるし、私以外にも何人か愛人を囲っていることも知っている。
だから、私に飽きたのなら、そう言ってくれればいいのだ。
女郎にとって、別れる切れるは日常茶飯事だ。贔屓の客がいなくなっても、また別の客を探せばいい。
この男に教えられた技術で、他の男を虜にする自信はある。
「さぁ、いつまでもそんなところに座り込んでいないで、こちらへおいで。その、美しい顔を見せてくれないか」
まだこの男は、私を美しいと思ってくれてはいるらしい。
言われたとおりに顔を上げると、膳の前ですでに杯を傾けている男の姿があった。
しかし、その隣には見慣れないものが。
金と黒。
その、まるで正反対の色合いと輝きに、一瞬目を奪われた。
それは、黒い服を着た、金髪の少年だった。
年齢は11〜12歳くらいだろうか。
猫のような釣り目がちの大きな目が印象的な、なかなか整った顔立ちだが、
何故自分がここに居るのか解らない、と言うような、困惑した表情をしている。
男の身内の者だろうか。しかし息子と言うにはあまりにも似ていない。
年齢も、どちらかと言うと孫に近いほうだろう。それでも、血縁者には思えない。
暫し、少年を観察していると、来なさいと言って男が手招きした。
男の隣に座って勺をしながら、お元気でいらっしゃいましたかなどと適当な話を始める。
酒瓶を三本ほど空にしてから、漸く男は少年の方に視線を向けた。
「あぁ、すまない。君を紹介するのを忘れていたな。久しぶりに会ったので、つい彼女との話が弾んでしまっ
」
「あぁ、いえ、お構いなく」
突然話を振られて、少年が驚いたように手を振った。
ガチガチに緊張しているのかと思っていたが、案外落ち着いた物言いをする。
見かけよりも、肝の据わった性分らしい。
彼は、今年最年少で国家錬金術師の資格を取得した、天才少年だよ」
そう言って、男は楽しそうに笑った。
「国家錬金術師・・・!?」
国家錬金術師といえば、大総統府直属のエリート集団ではないか。
錬金術師としての資質だけでなく思想なども厳しくチェックされ、年に僅か数人しか合格出来ない。
その狭き門を、こんな小さな少年が潜り抜けてきたというのか。
「見てのとおリ、こんな小さな少年だが、これからは一人前の大人として私の為に働いてもらうことになる」
『小さな』という言葉を聞いて、少年が一瞬むっとしたように唇を尖らせる。子供扱いされた事を怒っているのだろうか。
本当に、まだ、こんな小さな子供なのに。そう思うとなにやら微笑ましい。
「それでだ。大人の男には、大人の男の付き合いがある、解るな?」
勿論、解っている。「接待」という名の乱痴気騒ぎだ。この館にも何人もの高級軍人が出入りしている。
酒と料理を振舞い、女郎を抱かせて裏の約束を取り付ける、下種な手段だ。
こんな子供を、そんな生臭い世界に引き込もうというのか。
「と、言うことで、彼を一人前の『男』にしてやってくれないかね?」
あぁ、やはりそうなのか。
それにしても、この男はどういう神経をしているのだろう。
いくらお気に入りの少年だからといって、自分の愛人を抱かせたりするだろうか。
それに彼も、こんな年増女より歳の近い、若い女郎が敵娼の方が良いに決まっている。
それでもやはり、命令ならば私を抱くのだろうか。
「・・・私の方は構いませんが、そちらの方は、私で宜しいのですか?もっと歳の近い者が居りますが・・・」
「君でなくてはいかんのだ。彼は将来有望な少年だからな、女遊びに熱を上げて研究が疎かになるようでは困る。
その点君ならば、巧く彼をあしらってくれるだろうし、何より技術の熟練度が違う。彼を、粋のわかる『いい男』に育ててくれるだろう」
「そう言うことでしたら、喜んでお受けいたします」
「そうか。暫く通わせるから、宜しく頼む」
そう言って男は、私の肩をバンバン叩いて立ち上がった。
「・・・もう、お帰りなのですか?」
「あぁ、今日は彼を紹介しに来ただけだからな。可愛がってやれなくてすまんね」
「いいえ。また遊びに来て下さるのを、お待ちしております」
歯の浮くようなことを言って、一応見送ろうと立ち上がると、男はそれを制した。
「あぁ、見送りはいい。彼を一人きりにしてしまったら可哀想だろう?」
では、せめてそこまで、と言って廊下に出て、男の後姿に手を振る。
男の姿が見えなくなってから部屋に戻ると、少年はもの珍しそうに部屋中をきょろきょろ見回していた。
紹介と言っておきながらあの男は、この少年の名前さえ言って行かなかった事に、今頃気づく。
「さて、私はこれから君の教育係を任されたわけだが・・・」
そう言って、少年の前に膝をつく。
「あ・・・は、はい・・・」
僅かに顔を赤らめて、戸惑ったような表情で私を見上げるのが、可愛らしい。
「ふふ、そんなに緊張しなくてもいい。何もとって食おうと言うのではないのだから。
そう言えばまだ、君の名前を聞いていなかったな。私は焔。ここでは、そう呼ばれている」
「あ・・・オ、オレは・・・」
そう言って名乗りかける少年を、片手を挙げて制する。
「本名でなくていい。廓にあるものは、すべてかりそめのものなのだからね。国家錬金術師なら、二つ名を持っているだろう?
君の銘は、何というのだね?」
そう問われると、突然少年は姿勢を正し、表情を引き締めた。
「・・・鋼」
「鋼?」
「鋼の錬金術師、それがオレの名前だ」
「鋼の錬金術師・・・」
あの男も、こんな小さな少年にずいぶんと厳つい二つ名を与えたものだ。
それに、この表情。
少年は、とても子供とは思えないほど毅然と、私を見上げている。
何か深い事情がありそうだが、客のことをいちいち詮索しないのは、廓の決まりごとだ。
「では、これからは君のことを『鋼の』と、呼ばせて貰おう。いいかな?」
「あ、ああ・・・」
そう言って頷いた少年の表情はもう、子供のものに戻っていた。
さて、今夜はこれからどうしようか。普通、初めての客とはその日のうちには寝ないものだ。
何より、色事について何も知らない少年に、いきなり男女の交わりを迫っても混乱するばかりだろう。
まずは、廓とはどういうところか。そこから始めたほうがよさそうだ。
「ところで鋼の、今夜は帰るのかね?それとも泊まるのかね?」
「あ、明日の朝、迎えが来るって・・・」
「泊まりか。では、ゆっくり講義が出来そうだ」
改めて、少年の前に座りなおす。
「鋼の、君は廓というところがどういうところか、解っているかね?」
「え?ああ・・・一応・・・」
「だが、ここでの作法や決まりごとといった、細かいことは知らないだろう?」
少年は無言で、こくりと頷く。
「まずは、そこから学んでいこうか。予備知識がなくては、実技も巧くいかないだろうからね」
「宜しくお願いします」
少年はそう言って、頭を下げた。
今夜はもう遅いからといって、少年に床を勧める。
元々夜型だから大丈夫という少年に、睡眠はきちんととらないと大きく育たないぞと諭すと、しぶしぶ床へ向かった。
あんたは寝ないのかという問いに、普通は、初めての客とは枕を並べないものだ、私は私の部屋で寝るよと教えると、解ったといって、襖を閉じる。
襖が閉まる寸前に、「おやすみ」といって、少年が僅かに口元をほころばせた。初めて見る、少年らしいあどけない表情だった。
自室に戻って、文机に向かう。少年に、何をどこまで教えたか、きちんと記さなくてはなくてはならない。
一通り少年の教育方針を考えて、もう一度少年の部屋に戻る。
様子を見るためにそっと襖を開けてみると、暗がりから規則正しい寝息が聞こえた。
こんなところでも平気で眠っているとは、なかなかどうして、豪胆な少年ではないか。
気に入った。
あの男に命じられるまでもない。
粋のわかる、一人前の男に育ててやろうではないか。
退屈な毎日に明るい愉しみをくれた少年の健やかな寝顔を堪能してから、私は自室に戻った。
彼が、この廓に通うようになってから、一ヶ月が過ぎた。
もっとも、彼には彼の生活があるから、私の元を訪れるのもせいぜい週に一、二度程度だが、
一ヶ月以上も放っておくあの男と比べたら、足繁く通って来てくれていると言っても、過言ではないだろう。
あれから、彼には色々な事を教えた。
花街や廓での作法や習わし、良い客と悪い客との対比、女を愉しませる話術、接待での処世術。
もちろん、私の舞や唄も披露した。あの男専用の慰み物とはいえ、女郎としての教育は一通り受けている。
あの男以外の男の前で舞ったり唄ったりというのは初めてだったが、彼は、手を叩いて喜んでくれた。
何故か、あの男に褒められた時よりも、それが嬉しかった。
そして、女郎の扱い方。この話をしている時、彼はあからさまにいやな顔をしていた。理由を問うてみると、
「・・・だって、姐さん達だってオレと同じ人間だろ?なのに、そんな『物』みたいな言い方・・・」
「ここでは女郎は『物』と同じだよ。金で売り買いされ、客から客へたらい回しにされる。私達の意志など関係ない。
だから君も、女郎達を『物』として愛でなさい。情を注げば・・・待っているのは破滅だ」
「破滅?」
「そう、その情を逆手にとられて、女郎から大金を巻き上げられる客もいるし、情を通わせたばかりに女郎と相対死にする客もいる」
彼は、黙って俯いた。少年らしい正義感と潔癖さが、女を「物」として扱うことを拒んでいるのだろう。
「初めて君がここに来た日に、言わなかったかな?ここでは、すべてがかりそめのものだと。
だから、女郎達がどれだけ君に尽くしても、それを本気に受け取ってはいけないよ?」
彼は頷いたが、どうしても納得できないと顔に書いてある。こればかりは、体験してみろと言えないところが難しい。
だが割り切れない者には、花街に足を踏み込む権利はないのだ。
「とは言え、男と女が惚れあうことは理性ではどうしようもないことだし、花街もまったくの無慈悲だと言うことはない。
きちんと道理を通せば、客と女郎は結ばれることが出来る」
「・・・どうすんだ?」
「『身請け』と言ってね、女郎を丸ごと買い取るんだよ。それから『年季明け』。女郎は、建前は廓で『奉公』と言う形で働いているから、
一定期間を過ぎれば自由の身になれる。つまり、大金をはたいて女郎を買い取るか、年季が明けるまで待つか。
そのくらいの甲斐性のある男でなければ、女郎に惚れることなど出来ないということだ。だが、そんな男がこの世にいったい何人いるのかね?」
彼は、黙って唇を噛んだまま、私を睨みつけている。
「・・・まぁ、君の年齢では納得できないのも無理はない。知識として、覚えておきなさい」
彼は、表情を変えないまま頷いた。どうも、機嫌を損ねてしまったようだ。
「・・・今日は、ここまでにしておこうか。感情的になっている時には、どれだけ詰め込んでも身につかないからね」
「・・・ありがとうございました」
彼は、表情を曇らせたまま立ち上がった。奥の部屋へ続く襖を開けて、床に就こうとするその小さな背中を呼び止める。
「待ちなさい、鋼の」
「何?」
驚いたように、彼が肩越しに振り返る。私も立ち上がってその細い肩をそっと抱き、柔らかそうな耳に囁きかける。
「・・・今日から、閨房のことも学んでいこうか?」
「え・・・ええっ!?」
白皙の顔が、たちまち耳まで赤く染まる。
「何を驚いている?元々君は、それを学びにここに来ているのだろう?」
「そ・・・それは・・・そうだけど・・・」
たったそれだけの台詞でさえ、舌を噛みそうになるほど動揺している。普段、聡明な彼だけに、その落差が面白い。
「閨房と言っても、まだほんの入り口だ。ただ添い寝をするだけだよ」
「・・・添い寝・・・?」
「いきなり肌を合わせても、何をしたらいいか解らないだろう?まずは、女と枕を並べることに慣れなければね」
「う、うん・・・でも・・・」
「決定権は君にある。嫌なら無理強いはしないが?」
そうからかうように囁くと、彼はまだ頬を染めたまま、しかしきっぱりと言い放った。
「解った、一緒に寝よう!」
彼に先導されて奥の部屋に入り、枕元の行灯に火を灯す。
ぼんやりと柔らかな光が部屋を包むのを確認してから後ろを振り返ると、彼が服を脱ごうとしているところだった。
「待ちなさい、鋼の。私が脱がせてあげよう」
「え?いいよ、1人で出来るし」
「これも閨房術の一つだよ」
そう言って彼の胸元に手を掛け、襟の留め金を外す。
はらりと上着を落とすと、下には袖なしの黒いシャツを着ていた。顔と同じ白い左肩が露わになる。だが、その右肩には・・・。
「・・・機械鎧・・・?」
彼の、白い柔らかな左腕とは対照的に、右腕には無骨な機械鎧が鈍い光を放っていた。
彼の二つ名の「鋼」は、これから付けられたものなのだろうか。
「ああ、これ・・・東部の内戦で・・・」
そう言って彼は、機械鎧の腕を上げる。
「脚もだよ」
そう言って彼は、ベルトに手をかけた。
何の躊躇いもなくズボンを下ろすと、清潔そうな白い下着と、それに引けを取らぬ白い太腿が現れる。
だが左脚の膝から下は、右腕と同じく鋼が冷たい光を放っていた。
彼が義手義足を装備していたとは、まったく気づかなかった。
普段、彼は手袋と靴下を身に付けていたので素手素足を見たことがなかったし、こうして彼の服を脱がせて、肌を見るのも初めてだ。
それに、彼の動作はいつも自然で、機械鎧の性能を差し引いても義手義足だとは思えなかった。
ここまで動けるようになるには、相当辛いリハビリをこなしてきただろうに。
それにしても、こんな小さな子供があの内乱で手足を失い、機械鎧を装備しているとは。
機械鎧の接続手術は、大の大人でさえ悲鳴を上げるほどの苦痛だと聞いているのに。
「・・・酷い・・・戦いだったな・・・」
「もう、終わったことだよ」
けろりとした表情でそう言う彼が、かえって痛々しい。だが、それに同情してしまっては、本末転倒だ。
彼には「敵娼には情を注ぐな」と、教えてあるのだから。それに、彼も同情されたくはないだろう。
それ以上彼の機械鎧には触れずに、腕を彼の首の後ろに回して、三つ編みに編んだ長い髪を留めている赤い紐を解く。
長時間編んでいただろうにもかかわらず、まったく跡が残らずに、金の髪がさらりと背に流れた。
こうして彼の身体を見ると、やはりまだまだ子供なのだと思う。
少年期特有の、細く柔らかな身体の線。だが、何かスポーツか武術でもやっているのか意外と筋肉質で、華奢な印象はまったくない。
それに、流石に十代の肌はハリが違う。滑らかでつややかな肌は、まるで白絹のようだ。
そして、この透きとおるような金の髪。
流石に手入れは悪いが、癖のない直毛で、編んでも跡が残らず、赤味も濁りもない純粋な黄金色は、女にとっては羨望の的だ。
「せっかく綺麗な髪なのに、勿体無いな。きちんと手入れをしなさい」
「女じゃあるまいし、髪に気ィ遣ってどうすんだよ。面倒臭ぇ」
そう言って彼は、呆れたように眉をひそめる。
可愛い顔をして、相変わらず口の悪い子だ。
私が相手ならそれでも構わないが、目上の者にはきちんと敬語が使えるように仕込んでおかなければ。
そうでないと、いずれ恥をかくのは彼自身なのだから。
袖なしの黒シャツの裾に手をかけて、それも脱がせようとすると、制止の声がかかった。
「これでいいよ。いつもこの格好で寝てるから」
初めて女と枕を並べて、いきなり全裸では流石に恥ずかしかろう。
「では、鋼の。私の服を脱がせてくれないか?」
そう乞われて、彼は私の胸元に手を伸ばす。が、帯に手が触れたところで困ったように眉を寄せ、小首を傾げた。
「・・・これ、どうやって脱がすんだ?」
まぁ、無理もない。初めて女の服を脱がせようというのだ。
しかもこのようにごてごてと着飾っていては、どこから手を付けてよいやら解らぬだろう。
「まず、帯揚げと帯締めを解いて・・・そう、その紐・・・それから帯を・・・合わせ目から着物を開いて脱がせて・・・」
一つ一つ手順を指示しながら、彼に着物を脱がせて貰う。
こういう趣向もなかなか良いものだが、ぼそりと呟いた彼の台詞で、一気に萎えてしまった。
「・・・どうせ脱がしちまうのに、なんでこんなに着込んでんだよ・・・?」
「無粋な男だな、君は。それともせっかちなのか?性急な男は嫌われるぞ。脱がせる愉しみ、と言うものがあるのだよ」
「だってよ、どうせお互い裸になってやるんだろ?」
「それはそうだが・・・まぁ、いい。君にもそのうち解るようになるだろう」
まだ女の肉体を知らぬ子供に、着物を一枚一枚脱がせていく興奮を解れと言うのは無理だろう。
緋い襦袢が見えたところで、彼の手を止めた。
「それが下着だ、そこまででいい。ありがとう」
そう言って布団の傍らに膝をつき、掛布団を捲って彼を導く。
布団に身を横たえた彼の左側に潜り込もうとすると、彼は半身を起こして反対側の敷布団を叩いた。
「姐さん、こっち・・・」
寝相と言うのは人それぞれだから、左側に何かあると落ち着かない性分なのかも知れない。
そう思い、言われたとおりに彼の右側に潜り込むと、いきなり彼は、私の背に腕を回してきた。
一緒に寝ようと言っただけで、舌を噛みそうになるほどうろたえていたくせに、この大胆な行動は何だろう。
胆を括ったのか、それともやけくそか。
意地悪く、身体を密着させるように彼の腰に手を回すと、一瞬、驚いたように身を竦ませるが、
すぐに緊張がほぐれて、よりいっそう強く私の背を抱きしめる。
どうやら、胆を括ったらしい。
こうして抱きしめてみると、本当に彼は小さい。
私は女としては大柄なほうだが、それを差し引いても同世代の少年と比べたら小柄なほうだろう。
胸も薄く、腰も細く、肌も柔らかい。それでいて引き締まった力強さを感じるのは、やはり「男」だからか。
私よりも細い腕が背を抱く。暖かい。
そこで漸く私は、彼が私を右横に寝かせた理由に気づいた。
重く、硬く、冷たい機械鎧の腕で女を抱くのに、抵抗があったのだろう。
そっけなくするわりには、ちゃんと相手への心配りが出来ているではないか。
ぶっきらぼうな態度を取るのは、照れ隠しなのかもしれない。
純情なのだ。
「どうかね?女と枕を並べた気分は」
「え?あ、あぁ・・・」
そう呟いたまま、彼はじっと私を見つめている。揺れる行灯の明かりに、珍しい金色の瞳が映えて美しい。
「・・・人間の身体は・・・温かいんだよな・・・」
そう言って彼は、私から視線をそらせた。
私の胸元をじっと見つめているが、見られているという感じがしない。何か、他の事を思い浮かべているのだ。
先程の台詞も、私ではなく他の誰かに向けられたものだろう。
私をその腕に抱きながら、別の誰かを想う余裕があるのか。
哀しいとも、淋しいともつかない沈んだ表情で、彼はずっと黙ったままだ。
彼は、私の前では笑っているか怒っているかが殆どで、こんな表情は初めて見る。
彼にこんな表情をさせるのは、一体、どんな人物なのだろう。
・・・何を考えているのだ、私は。彼が誰を想おうとも、彼の自由ではないか。
そんなことでいちいち妬いていては、女郎は務まらない。
・・・妬く?この私が?こんな子供に?しかも、出会ってまだ間もないと言うのに?
大体、私は彼の教育係なのだ。教え子に特別な感情を抱いていては、まともな講義など出来ない。
突然、するりと私の背から彼の腕が滑り落ちた。
どうしたのかと彼の顔を覗き込むと、もう、その大きな金色の瞳は白い瞼で閉ざされていた。
私が、ぐるぐると下らない思いを巡らせているうちに、彼を睡魔に攫われてしまったのだ。
もう少し、色々な話がしたかったのだが、仕方がない。
次はお互いもう少し余裕を持って、話を弾ませる事が出来るだろう。
彼を起こさぬよう起き上がって、行灯の明かりを吹き消す。
布団の中に戻ると、私はその、暖かく柔らかく、抱き心地のいい彼の身体を、胸の中に埋めた。
彼と枕を並べて眠るようになってから、半年が過ぎた。
だが、私達は未だに肌を合わせていない。
彼の体つきを見てなんとなく気になっていたので、それとなく訊いてみると、やはり精通がまだだと言う。
まったく、あの男は何を考えているのだろう。
まだ「男」にもなっていない子供に、花街の講義をしてどうしようと言うのか。
身体を重ねれば、それが呼び水になるかもしれないとも思ったが、無理矢理「性」を目覚めさせて、それがトラウマになってしまっては元も子もない。
男女の交わりとは、愉しくて気持ちの良いものだと、彼には理解して欲しいのだから。
彼にそう説明して、精通が来て、身体が落ち着いてからもう一段階進もうと提案した。彼もそれに、同意してくれた。
まだ、どれだけ時間がかかるかわからないが、そのほうが心の準備が出来ていいだろう。
私としても、こうしていつも抱いて寝る彼が、少しずつ大人の身体になっていくのが楽しみだった。
それからまた半年ほど経ったある日、
「姐さん、オレ精通来たよ」
と、彼が精通が来たことを教えてくれた。
もっと恥ずかしがるかとも思ったが、そこはやはり錬金術師、科学者としての性か、あっさりしたものだ。
「そうか、おめでとう。これでようやく『大人』になったな。お赤飯でも炊こうか?」
そう冗談交じりに言うと、
「何言ってんだよ。生きてりゃ成長するのは当たり前だろ?」
と、真面目くさって言う。それでもやはり、「大人の身体」になったのが嬉しいのか、彼は終始笑顔だった。
同世代の少年達よりも発育が遅いことを、彼なりに気にしていたらしい。
「だが、精通が来てすぐに交わるのも身体に負担がかかるだろう。もう少し身体が落ち着いてから・・・
そうだな、来月の半ばあたりでどうかな?」
「あぁ、それでいいよ。オレも、もう少し調べたいことがあるし」
元々、錬金術師として医学的な性の知識は豊富なのだ。あとは実践経験を積むだけである。
だが、書物などで得た知識は、時にはまったく役に立たないこともあるのだ。
いずれ、それが解るだろう。その時の彼の反応が楽しみだ。
それから、また一月後。
初めて彼と肌を合わせる日が来た。
湯殿で念入りに身体を清め、いつもより時間をかけて丁寧に化粧をし、この日の為に仕立てた着物に袖を通す。
どこかおかしなところはないかと、何度も鏡に向かって確認をする。
鏡の中の自分と目が合って、ふとおかしくなった。
初めて恋人と身体を重ねる生娘ではあるまいし、何をそんなに気合を入れているのやら。
私は彼に「女」と言うものを教える、講師兼教材だと言うのに。
それでも可愛い教え子がようやく大人の身体になり、今夜、「男」になろうと言うのだ。
嬉しいし、楽しいではないか。
彼の待つ部屋の前で膝をつき、失礼しますと声をかけて襖を開ける。
いつものように彼は、卓に錬金術の研究書を広げていた。
彼にとって、生活の殆どが錬金術のためにあるらしく、時間があるといつも研究手帳を捲っている。
私も幾度か覗いて見た事があるが、彼は酷い癖字で、ぱっと見ただけでは何が書かれているのかさっぱりだった。
「ようこそ、おいで下さいました。今宵はどうぞ、愉しんでいってくださいまし」
そう言って三つ指をついて、頭を下げる。
「・・・何だよ、姐さん。今更他人行儀な」
「何って、今夜は君が初めて『男』になる日じゃないか。だからこうして礼を尽くして、奉仕をしようと言うのに」
「いいから、いつも通りにしててくれよ。そう改まられると・・・」
そう言って、彼は手帳を閉じながら俯いた。顔が見えなくても、彼が照れているのは解っている。
「そうか。では鋼の、早速講義といこうか?」
彼の前に膝をついて顔を覗き込むと、やはり頬を赤く染め、大きな金色の目を見開いて驚いたような声を上げた。
「・・・って、いきなりかよ!?」
「勿論だ、夜は短いんだぞ?基本的な事を叩き込むだけで朝が来てしまう」
「でもさ・・・」
「でも何だ?往生際が悪いな。君だって、覚悟を決めてここに来たのだろう?男らしく、胆を括りたまえ」
そう挑発すると、彼はむっとしたように顔を上げた。
ここ一年ほどの付き合いで、彼が気の短い、煽られやすい性分だと解っている。案の定、彼は餌に喰いついてきた。
「よぉし!だったらきっちりと、閨房術とやらを叩き込んで貰おうじゃねぇか!」
そう声を張り上げて彼は私の手を取り、立ち上がった。
いつものように、一枚一枚彼の服を脱がせていく。といっても、元々彼は薄着なため、すぐに下着姿になってしまうが。
もっとも、今夜はそこで終わりというわけにはいかない。
寝巻き代わりにしている袖なしの黒シャツにも手をかけ、それも脱がせていくと、普段シャツの下に隠れていた、肩の接合部があらわになる。
小さな身体に、厳つい機械鎧が嵌めこまれている姿は、想像以上に痛々しい。
なめらかだとばかり思っていた白い肌も、よく見ると細かい傷がたくさんあった。
まぁ、男の子なのだから、身体が傷つくことなどなんとも思っていないだろうが。
下着にも手をかけて、脱がせていく。胆を括ったらしく、抵抗はない。
思ったとおり、毛も生えてない、皮も被ったままの幼い性器だった。だがその身体に似合わず、大きさはなかなかのものだ。
「・・・じろじろ見んなよ・・・」
照れ隠しか、怒ったような口調で私を睨みつけているのが、かえって初々しい。
「恥ずかしいのは最初だけだ。そのうち慣れてくるさ。さあ、私も脱がせてくれないか?」
私に乞われて、彼は帯に手をかけた。最初の頃は帯を解くのにも手間取っていたのに、今では手馴れたものだ。
するすると着物を脱がされ、襦袢姿になる。いつもはそこまでだが、彼の方も、ここで手を止めるわけにはいかない。
伊達締めに手をかけ、するりと解く。襟を掴んで前を開くが、私の胸を見たとたん、視線をそらせてしまう。
「こら、胸を見たくらいで目をそらせてどうする?これから女の身体の隅々まで観察しようというのに」
そうからかっても、やはり正視できないらしい。俯いたまま、手探りで襦袢を脱がせていく。
「さあ、あと一枚だ。それで、君と同じ姿になれる」
今、私が身につけているものは、緋色の腰巻一つだった。戸惑いながらも、彼の手が腰巻の紐を解く。
腰巻まで脱がせてしまうと、彼は更に視線をそらせた。もう、私の足下しか見ていない。
つむじしか見えない彼の頬を両手で包んで、無理矢理私の方へ向けさせる。
「ほら、よく見なさい。これが女の身体だ・・・君の身体とどう違うのか、ちゃんと見比べてみなさい」
「・・・見比べなくたって、男と女の身体の違いくらい、知ってるよ!」
羞恥心が頂点に達したのか、彼は私に怒鳴りつけた。どうも逆切れ状態に陥ってしまったようだ。
勿論彼が、男と女の身体のつくりの違いを知っていることなど、とうの昔に解っている。
だが、それらは所詮書物の中での知識でしかない。実際の女の肌のやわらかさ、あたたかさなど知らないだろう。
「では、私に触れてごらん。抱きしめて、女の身体の感触を、自分の手で確かめてみなさい」
そう言って私は、彼の前に膝をついた。背の高さを合わせたほうが抱きやすいだろう。
彼はおずおずと手を伸ばし、私の両肩に触れた。肩の丸みを確かめるように撫で回し、そのまま背中へと腕を回す。
「どうかね?服越しではない、女の本当の肌の感触は」
長い金髪に隠れた彼の耳に囁きかけると、びくんと彼が身体をすくませた。
「あ・・・その・・・あたたかい・・・それに・・・」
「それに?」
「・・・やわらかい・・・」
「そう、女の身体はデリケートに出来ているんだ。乱暴に扱ってはいけないよ?」
そう諭すと、彼はこくりと頷いた。
「さて、こうしていつまでも抱き合ったままでは埒が明かない。もっと私に触れて、女の肌の感触を愉しんでごらん?」
「・・・え?」
「私を好きにしていい、と、言っているのだよ」
「あ・・・」
ますます顔を赤らめてそう呟いたまま、彼は固まってしまった。
「やり方が解らないか?じゃあ、私がするのと同じことを、私にもしてくれないかな?」
そう言って私は、彼の額に、頬に、軽く口付けていく。両手で背中と胸の両方を愛撫しながら、耳に、首筋にと唇を進め、 胸の突起へ辿り着くと舌先で軽く転がしてやる。
子供の身体は敏感だ。私が触れるたびにうわずった声を上げ、必死にそれを噛み殺そうとしているのが可愛らしい。
筋肉質なためか、引き締まった、それでいてしなやかな肌の感触は、私にも心地良かった。
彼の身体を愉しみながら、全身を撫で回し、唇でつついていく。
とうとう彼の男の証へ辿り着くと、包み込むようにそっとそれを握ってやる。いきなり口で、は刺激が強すぎるだろう。
「あっ・・・ちょっと・・・姐さんっ・・・!」
「まず、一回抜いておこうか?」
「ぬ・・・抜くって・・・?」
「一回射精しておこう、と言う意味だよ。でないと、私の中に入れたとたんに、出してしまうかもしれないからね。
先に出してしまえば、持ちが良くなる」
幼い性器を、やさしくやさしく擦ってやる。他人に触れられるどころか、まだ自慰さえしたことがないだろう。
眉根を寄せ、唇を噛み、初めて感じる肉体の快楽に懸命に耐えている姿を見ていると、つい悪戯心が頭をもたげてくる。
「気持ちいいかね?」
彼は、かたく目を瞑ったまま答えない。
「気持ちよくないのかな?だったら・・・」
硬く張り詰めてきた彼の先端をそっと剥いてやると、見るからに敏感そうな、綺麗な桃色の粘膜が現れた。
つやつやと赤く輝いて、さくらんぼのように可愛らしい。
きちんと清潔にしているのは、やはり医療関係の書物を読み込んでいるためだろうか。
片手で彼を擦りながら、もう片方の手の親指に、たっぷりと唾液をまぶす。
濡れた親指でそのさくらんぼをそろりと撫でてやると、さすがに彼は悲鳴を上げた。
「ひっ・・・!?あっ、ああっ・・・!」
声を上げると同時に、彼は勢いよく精を吐き出した。熱い迸りを胸で受け止める。その熱さが、不思議と心地良かった。
彼は私の肩を掴んだまま、呼吸を整えている。
初めての絶頂で腰を抜かしてしまうのではと思ったが、まだ立っていられるとは、なかなか頼もしいではないか。
「・・・ごめん・・・」
ようやく顔を上げた彼の言葉に、少し面食らう。
「?・・・何が?」
「肩・・・思いっきり握っちまって・・・痛かったんじゃ・・・」
「え・・・?」
そういわれて肩を見ると、うっすらと赤く爪痕がついている。彼を逝かせる事に夢中になっていて、まったく気づかなかった。
心配そうに私の顔を覗き込んでくる彼に、笑顔を返す。そっけないようでいて、実は情の深い子なのだ。
「大丈夫、たいした事はないよ。さあ、今、君にしてあげたことを、私にもしてくれないか?」
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