たった一つの伝えたい言葉
>177氏

言おうと思っていたのはたった一言なのに。
ごめんなさい、ウィンリィ。ボクは嘘をつきました。
きっと母さんはこんなことを望んでなかったと思う。兄さんだって困ってるよね。
だけど、ボクは―――。
「アル…?」
頭の上から兄さんの声が降ってくる。
名前を呼ばれたのは解ったけど、返事をすることも顔を上げることすら出来ないでいた。
鼻の奥がツンと痛む。じんわりと目の前が歪んでいく。
「……兄さん」
―――だけどボクは、どうしても伝えたかったんだ。



「もうすぐだね」
ふいに呟かれた言葉に、テーブルを挟んで向かいに座っている幼馴染みを見た。
故郷に帰って来てから、ボクは彼女と共に週一回はお茶をしている。
最初は、ボクの身体が元に戻ったらアップルパイを焼くという約束を果たす為。
それが何時の間にか、ボクは一緒にお菓子作りをするようになり、今となっては只のお茶会になっていた。
そして今日も一緒にお茶をしていたのだけれど。
「何が?」
「何がじゃないでしょ。自分の誕生日忘れたの?」
「あ、」
やれやれ、と言うようにウィンリィは肩を竦めた。
忘れていたのは仕様が無いかもしれない。
旅をしていた間は、自分の誕生日を数えることをしなかった。
兄さんは祝ってくれることを欠かさなかったけど、成長がみえないボクは少しだけ怖くなった。
そして反対に、少しずつだけど変わっていく兄さんを見るのも怖かった。
持っていたカップの中の水面に映るボクは、紛れも無く昔の面影があるボクだ。
兄さんと同じ、金色の髪。金色の瞳。
戻れたんだ、と、ふとしたことで姿を確認をしている自分が何だかおかしくなった。
「もー、あの約束まで忘れてないでしょうね?」
「大丈夫。それは流石に覚えてるから」
そう、ボクが決めたこと。母さんと話したこと。ウィンリィと約束したこと。
自分の誕生日はすっかり忘れていたけど、誕生日に纏わる約束はちゃんと覚えてる。
「そっか。それならいいわ」
約束まで忘れてたら怒るとこよ。そう言ってウィンリィはふわりと笑った。

最近、ウィンリィが綺麗になったと思う。もともと可愛かったけど、やっぱり年上だからかな。
一つの差でも結構大きいのかもしれない。それにウィンリィは…
「じゃあ、直ぐ持って来るから待ってて」
その声にボクはハッと我に返った。いけない、ボーっとしてたんだ。
小走りにリビングから出て行くウィンリィの背中を見送った後、ボクは堪らずに呟いていた。
「ごめん…ウィンリィ…」


ボクが交わした約束は二つある。一つは母さんとだ。
母さんが病に倒れる少し前に、ボクは母さんから小さな箱を渡された。
「これは母さんとアルだけの秘密よ?エドには内緒ね」
箱の中身は銀色に輝く指輪だった。
母さんが父さんと結婚した時の指輪だと、母さんは嬉しそうに教えてくれた。
「そんな大事なもの、貰っていいの…?」
そんな風に訊いたら、母さんは小さく笑って
「アルが大人になって大切な人が出来たら、これをつけてほしいの」
そう言ってくれた。それから暫くして母さんは亡くなり、ボクが指輪を嵌める姿を見せることは出来なかった。
でも、人体錬成が成功すれば、きっと…。そう、思っていた。
浅はかだったボクは、約束を守る指すら失ってしまった。
ウィンリィと約束を交わしたのは、それから直ぐ後だ。
ボクが元の姿に戻って帰って来れたら、一番最初の誕生日にボクに渡すと。
その時彼女は「アルの大切なもの、絶対に守るから」と泣きそうな笑顔で送り出してくれた。
「アル、お待たせ!」

息を弾ませて戻って来たウィンリィは、小さな箱を抱えていた。
すっかり色褪せてしまっていたけど、昔の記憶の中にある姿は同じだ。
「…ありがとう、預かってくれて」
約五年ぶりの再会といったところか。
渡された箱を思わずぎゅうっと抱き締めたら、ウィンリィが微笑むのが見えた。
「それ嵌めて、小母さんのところに報告に行くんでしょ」
「うん…」
「あ、でも結婚したいくらい大切な人がいないといけないんだっけ?」
「でも今はいないし…これ持って報告くらいはするよ」
「そっかー。でも、アルが結婚するなんて話したら先ずエドが黙ってないでしょうね」
何気ない言葉だったけど、ボクの心臓は一気に跳ね上がる。
「エドって昔っからアルのこと溺愛してたでしょ。アルが結婚なんて許さないーっ!て怒ったりして。
だから小母さんもエドには秘密だったんじゃない?」
ウィンリィの声がどんどん遠ざかっていくみたいだった。
何時ものようにボクは笑えていたかな。

ボクの大切な人はいるんだ。もう何年も前から、この人しかいないと決めていた。
…ボクはウィンリィに嘘をついたのは、その相手が兄さんだったから。
ボクは知ってるんだ。ウィンリィだってずっとずっと昔から兄さんのことが好きだって。
こんなこと言えない。大好きなウィンリィに、そんなこと言えないよ。
外はすっかり夕焼けに染まっていた。
とぼとぼと慣れた帰り道を歩きながら、そっと箱を開けてみた。
仕舞われていた箱とは違って、中の指輪は相変わらずキラキラと輝いていた。
指に嵌めてみると、思いの外ぴったりで驚いた。

母さんはどんな気持ちだったんだろう。父さんとの事を話してくれた母さんはとても綺麗だった。
ボクは兄さんが好きで、一緒にいるととても幸せで。
けれど母さんのように嬉しそうに話す日は決して来ないんだ。
だって兄妹だから。ボクの願いは許されない。
いつか兄さんはボクじゃない、たとえばウィンリィみたいな女の子と結婚するんだろう。
そしてボクも兄さんじゃない誰か知らない男の人と結婚するのかもしれない。
ボクはあんな風に笑える?
兄さん以外の人と一緒になって、今みたいに幸せな気持ちになれるのかな。

……やだな。考えただけで涙が零れそうになる。


小高い丘の上にある母さんのお墓の前で、夕陽が沈んでいくのを眺めていた。
「兄さん以上に大切な人なんて出来そうにないよ…」
どうしたらいいのかな。
そう話し掛けても答えてくれる母さんはもう居ない。
ざぁっと風が吹いて、伸ばし掛けていたボクの髪がさらさらと流される。
伸ばしたら絶対似合うって兄さんが言ってくれたから伸ばしてたけど、もう切ってしまおうかな。
実際伸ばしてみると手入れも大変だ。子どもの頃はずっと短かったから慣れていない所為もあるけど。
「母さん…」
もう一度、見えない母さんに呼びかけて瞳を閉じた。

言いたいけど、言えない。でも伝えたい言葉がある。
兄さんは聞いてくれるだろうか。


ぐるぐると頭を悩ませながら家に着いた頃には、もう既に辺りは暗闇に包まれようとしていた。
窓からは明かりがもれている。
今日は兄さんも何処かへ出掛けて行った筈だけど、もう帰ってきてるのかな。
「ただいま…」
そっと開いたつもりだったけどドアは大きく軋んで、静まり返っていた玄関に響いた。
奥からバタバタと走ってくる音がしたかと思うと、キッチンの方から顔を覗かせたのは兄さんだった。
「お帰り。遅かったな、アル」
「あ、うん。ちょっと…」
言葉を濁して返答に困っていると、またウィンリィに着せ替えでもされてたのか、と、兄さんは何を勘違いしたのかそう笑った。
確かに以前、元に戻った記念だとか言われて、ウィンリィがあれやこれやとボクに服を着せ替えて夜になるまで帰れなかったことがあったけど。今日は違う。

「アル?」
「えっ!なっ、何?」
急に顔を覗き込まれてボクは慌てた。急に顔を近づけるなんて反則だよ。
「体調悪いのか?具合悪かったら早く言えよ」
「ううん、何でもないよ。平気。何だかお腹が減っちゃって…」
適当に考えた言い訳だったけど、そこまで言いかけてふと気付く。
兄さん、何でエプロンなんて着けてるんだろう。
それにさっきはキッチンの方から出てきたし、何だかいい匂い…。
「あ、今日はオレが作ってみた」
ボクが何を言わんとしているのか気付いたのか、兄さんは得意げに胸を張った。
「いつもアルばっかに家事やらせてるし。たまには、な」
「…どうしちゃったの、兄さん」
こう言っちゃなんだけど、何だか気味が悪いよ。
いくら頼んでも自主的に家事をするような人じゃなかったのに。
ボクが食事を作らなかったら三食きちんと食べているかも怪しいし。
「何だよ、その顔。そりゃあアルみたいに美味くはねーかもしんねぇけど…」
そこまで言って兄さんは急に言葉を切った。かと思うとくすくすと笑われる。
「髪、ぼさぼさだぞ」
「夕方は風が強かったから」
「あーあ。折角キレーな髪なのに、勿体無い」
伸びてきた兄さんの右手がボクの髪に触れた。
もう機械鎧じゃない生身の腕は、肩に掛かる絡まりかけていた部分を器用に解いていく。
心臓が爆発しそう。
髪を撫でられただけなのに、顔に火がついたみたいに熱い。
やめて。やめて…。それ以上触られたら…。

「だっ、大丈夫だよ、兄さん!」
ものすごい勢いで離れたボクを、兄さんは驚いたように見つめていた。
「ちゃんと手入れするし!」
「そうか…?」
「そう!あ、夕飯の支度手伝うよ」
今の不自然じゃないよね。大丈夫だよね。
自分に色々と言い聞かせながらボクはキッチンへと駆け出した。

その時、兄さんが不機嫌そうにボクを見つめていたことなんて、
振り返りもしなかったボクは知る由もなかったんだ。
気付いてみたら、さっきまでと打って変わって、兄さんはやたらと不機嫌だった。
少しだけ準備を手伝ってテーブルについた時には気にならなかったけど、兄さんからは笑顔が消えている。
時折話し掛けてはみるものの、「ああ」とか「うん」とか、素っ気ないものばかり。
怒らせるようなこと、したかな。
帰ってきたばかりの時は何時もと変わらなくて、それから数分の間の今までに何かあったっけ?
別人みたいな変わりように少し不安になった。

「…兄さん、怒ってる?」
「別に」
「それなら…いいけど…」
即答されて思わず怯んでしまった。
あまりに冷たい答えに対して、それ以上は言葉を紡いでいく自信はなくて、ボクは食べることに専念しようと思った。
何が原因で何が気に障ったのかは解らないけど、兄さんに嫌われたくない。
けど、スプーンを上手く運べない。嫌われたくない。
そう思ったら腕が震えて嫌な想像ばかりが膨らんでいく。

「…なぁ、アル」
この雰囲気にとても耐えられそうにない。
早々に夕食を切り上げてしまおうと椅子から立ち上がるとほぼ同時に、兄さんがようやく口を開いてくれた。
それでも相変わらず機嫌はよくないようで、僅かにだけど眉間に皺が寄っている。
表情に出やすいのは兄さんの良いところでもあると思っていたけど、こういう時は結構辛い。
「お前さ、今日何処に行ってた?」
「何処って…ウィンリィのとこだけど」
「本当に?」
「嘘ついてどうするのさ」
兄さんだって知ってる筈だ。毎週一回、決まってボクはロックベル家を訪れる。
さっきだって着せ替え事件のことも言ったりしたし、何より毎回お土産と称して作ったお菓子も持って帰ってきている。
ああ、そういえば。今日は思い出話のおかげで忘れて来たみたいだ。
いくらなんでもお土産を忘れたから怒ってるわけじゃなさそうだし…。

ふーっ、と大きく肩で溜め息をついて顔を上げた兄さんは至極真面目だった。
それから一呼吸置いて神妙な顔でボクを見据える。
「正直に答えろ、アル」
「だから、何を?」
「好きな男でも出来たのか?」
「……っ」
思いもしなかった問いに息が詰まった。
そんな科白をいきなり、しかも当の本人である兄さんから問い質されることになろうとは。
答えに詰まったボクの態度を肯定ととったのか、兄さんは勝手に話を続けていった。
何?ホント何なの、兄さん。間違いではないけど何を根拠にそういうこと言う訳?

「ちょっと待ってよ。どうしてそういう話になるの?」
訊いた時点で無駄な気がした。何せ、そう言った途端に眉間の溝が一本増えたから。
そのまま再び黙ってしまうんじゃないかと思っていたけど、それは杞憂に終わった。

少しだけ間があって、兄さんは視線を逸らして低く呟いた。
「…そんなものしてたら、そう思うのが道理だろ」
「そんなもの」が一体何のことを差しているのか解らなかった。
ボクは余計にこんがらがるし、兄さんは黙るし。
どうしようもなくて、押し黙った兄さんの視線をふっと辿って見た。
と。ボクは首を左に曲げて目線を落とす格好になる。ボクの左側。ボクの左手。

…指輪?そう思った瞬間、身体の方が先に動いていた。咄嗟に右手が左手を覆う。
嵌めたまま帰ってきちゃったんだ…。
今更そんな風に後悔しても、今更左手を隠しても遅いのに。
でもボクは今度の誕生日まで秘密にしておく筈だったんだ。
そこで初めて、母さんとのことを兄さんに話そうと思っていたのに、ボクは何てバカなんだろう。
「別に隠さなくてもいいだろ。お前が好きになったんなら…オレは応援するし」
…そんなこと言わないで。
それは兄としての当然の意見だろうし、ボクの気持ちなんて知らないのも当然。
報われないのも自覚してた。だけど…
「何たってアルは大事な妹なんだからな」
「………」

どうしてこんなにも胸に突き刺さるんだろう。
兄さんの妹であることは昔から誇らしかった。
いつでも誰よりも傍に居ることが出来たから嬉しかった。
妹と呼ばれて、こんなにも悲しいと思うなんて――。
妹という枠をはみ出していた気持ちの部分がどんどん押し潰されてくる。

どれから話したらいいんだろう。
頭の中が混乱してきたボクは、気が付けば何度も「違う」を繰り返していた。
指輪は母さんのもので。旅立つ前にウィンリィに預けていて。これは母さんの大切な…。
違う。違う。違う。…違うんだ、兄さん。
ボクが言いたいのはこんなことじゃなくて、どれも大切なことだけど、でも今、ボクが兄さんに伝えなくちゃいけないのは、たった一つ。
誤解されたままじゃイヤだ。ボクが兄さん以外の男の人を好きになるなんて。

「幸せになってね、アル」

そう言ってくれた母さんの笑顔が脳裏を過ぎる。
慌てて首を振って思い出したその姿を掻き消した。
ごめんね、ウィンリィ。嘘をついて。
ごめんね、兄さん。妹として失格だけど。
許してくれなくても構わないから、この一言だけでいいから…、言わせてください。

「兄さん…」
ぽたり、と滴が落ちた。
「好きな人は、いるよ」
俯いていたから、兄さんがどんな顔をしたか解らない。
ただ、ハッと息を呑むような気配は感じた。
「でもね…でも、きっと兄さんは反対すると思う。
…ううん。それどころかボクのこと軽蔑するかもしれない」
「そんなこと…」
「あるよ」
きっと、そんなことないって言おうとしたんだろう。
あんまり口を挟まれたくなかったから態と遮って話を続けた。

「すごく好きなんだ。子どもの頃からずっと。
叶わない恋なのは知ってるし、でもどうしようもないくらい…」
「アル…」
ようやく顔を上げて兄さんを見た。
怒っているような、悲しそうな、どう表現したらいいのか解らないくらい。
そんな複雑な表情を浮かべていた。
一旦言葉を切ったら、怖いくらいに部屋の中は静かだった。
カチカチと一定の間隔で柱時計の振子が動く音がする。
心臓の鼓動と混ざり合って、耳鳴りがしたような気分だった。

「兄さんが好き…大好き」
一呼吸おいて伝えた言葉は声が掠れてしまっていた。
一世一代の告白の場面なのにちょっと格好悪いなあ、なんて。
居た堪れなくてボクの方から視線を逸らした途端、かたん、と椅子が引かれて兄さんが立ち上がった。
一歩、二歩。ボクの方へと歩いて来た。
嫌われたかな。軽蔑されたかな。されても当然だよね、実の兄妹なんだから。

「……ごめんな」
ボクの目の前まで来た兄さんが呟いた。
小さかったけど、それは確かにボクの耳に届いていた。
ああ、やっぱり。
予想はしていたけど、そう思ったら頭の中がすうっと冷えていく。
「ごめん」
もう一度言われた途端に気が遠くなりかけたけど、
自分が抱き締められていることに気付いて意識が持ち直す。
子どもの頃に抱っこされた時とは違う。記憶の中の兄さんとは違う、男の人の腕だ。
目を閉じて、ボクを抱き締めている兄さんの背中に腕を回してしがみ付いた。
涙が兄さんのシャツに染み込んでいくけど、こんな顔は見られたくない。
でも早く離れてしまわないと、声を上げて泣いてしまいそうだった。
「アル、」
宥めるような優しい声が降ってきた。顔は上げられない。
返事の代わりに、背中に回した腕の力を強めた。
「気付いてやれなくて、ごめん」
「え…」
予想もしなかった続きの言葉に、閉じていた目が思わず開いた。
「アルがそんな風に想ってくれてたなんて、全然気付かなかった」
唇を掠めたのが兄さんの唇だったと気付くのは数秒後。
「ありがとな」
「にっ、兄さん…っ!?」
驚いて身体を引き掛けたけど、抱き締めていた腕がそれを許してくれなかった。

二回目は一瞬じゃなかった。今度は中々離れてくれなくて足元がふらつく。
きちんと身体を支えてくれているけど、自分で支える力の方が限界だ。
酸欠の所為か頭がくらっとした時、無意識に兄さんの首に掴まったら、当たり前のことだけど重力には逆らえず、一緒になって床に転がる羽目になってしまった。
咄嗟の事で受け身も取れなかったけど、兄さんがしっかり抱き留めてくれたお陰で怪我はなさそうだった。

「わり…大丈夫か?」
「う、うん。ボクの方こそ…」
手を引かれて身体を起こすと、床の上に座り込む。
「すげーカッコ悪りぃな、さっきのオレ」
同じように床に座り込んで自嘲気味に笑う姿は、不謹慎にも格好良いと思ってしまった。
「最近アルがキレイになってくし、野郎でも出来たのかと
心配してたら左手の薬指に指輪なんて嵌めて帰ってくるし」
「だっ、だから違うの。これは…」
「まあ、最後まで聞けって。もしアルに好きな男が出来たんなら、兄として祝ってやろうと思ったけど…」
「けど…?」
「でもさ、やっぱ無理だ」
「…どうして?」
おそるおそる聞き返すと、困ったような笑みを向けられた。

「アルが好きだから」
「………え?」
「お前が好きなんだよ。子どもの頃から」
とんでもないことが聞こえた。
「どこの誰かも知らねぇヤツに指輪を渡されたかと思うと腹が立つ。
そんなもん見て落ち着けるわけねぇっての」
ボクの左手を取ると、忌々しそうに指輪を見つめていた。

簡単に言ってしまえば、兄さんはというと、妹の幸せを祝福する良い兄を演じようとしていたらしい。
これが母さんの指輪だと知ったら、一体どんな反応が返ってくるんだろう。
でも兄さんは未だに父さんのことを許せない、というか納得してないみたいだし、それを言ってもやっぱり返ってくるのは同じことなのかな。
「何ニヤニヤしてんだよ」
「別に〜」
笑って誤魔化しながら、剥れている兄さんに抱きついた。
ら、ゴン!というスゴイ音と共に兄さんは床の上で固まってしまっていた。
勢い余って押し倒してしまい、どうも頭から着地をさせてしまったらしい。
「ア〜ル〜…」
「…ごめんなさい」
そう言って目を合わせたら、お互いに自然と笑いが込み上げて来た。
二人で肩を震わせながら一頻り笑って、それからもう一度ボクたちは唇を合わせる。
まさかボクと同じような心境だったなんて夢にも思わなかったよ。
ボクにしてみれば奇跡が起こったとしか言いようがなくて。

「もっかい…」
「ん…」
唇が離れた合間にそう言ったかと思うと、今度はボクが天井を仰ぐかたちに寝転がる体制になった。
首筋に顔を埋められて肩が跳ねた。
ちくりと痛んだかと思えば、兄さんの頭は少しずつ移動して行く。
その度に小さな痛みは繰り返された。
これから何をされるのか解らないほど子どもじゃない。
それでも怖くないと断言できるほど大人でもない。






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