ロイ子ケコーン
>705氏

世にジャガランタ・シティと謳われるロイの生まれ故郷はこの季節、街路樹や庭木に多用されるジャガランタの薄紫色の花で埋め尽くされる。
もう何年も帰っていない故郷で、この季節に式を挙げようと思ったのは夫となるハボックにこの景色を見せたいと、ただ思ったからだった。家族を早くに亡くし幼年学校、士官学校と寄宿暮らしで、卒業後は任地から任地へと移り住んでいるロイに、この街の思い出はあまりなかった。僅かに残る記憶は、遠目に霞のようにも見えるジャガランタの花とその甘い香りだけだった。
本来であれば、休暇をとり忙しい式の準備も楽しみな花嫁であるはずのロイだったが、やはり大佐と言う地位がそれを許さなかった。ロイに与えられた休暇は三日と短いものだが、それさえも大総統閣下の特別命令と言う事でロイの直属上司は渋々と認めてくれたのだった。

式に参加するのは親友のヒューズ夫妻とその愛娘。それに、イシュバール戦線からずっと一緒に戦ってきた部下と言うよりは、仲の良い何でも話し合える友人いや戦友のリザ・ホークアイ少尉だけと言う寂しいものだった。が、ロイはそれで良いと思っていた。本当に親しい者だけに囲まれてハボックのもとに嫁ぐ。ハボックは少々不満気だったが。花嫁姿の大佐を見せびらかしたい気持ち半分、誰にも見せたくない気持ち半分と頭を抱えていた。後日、ハボックの実家で披露宴を行う予定だったそう言えばと、ロイは思い出す。鋼のが、絶対行くから覚悟しておけと訳のわからない事を言っていたなと苦笑を浮かべる。ギャーギャーとにぎやかなエドを羽交い絞めにしたアルフォンスが、何かなつかしいような、大切な存在を見つめているようにロイの方を向いていた。もっとも鎧に隠された真実はうかがい知ることはできなかったが。

「きっと綺麗な花嫁さんになるんでしょうね。おめでとうございます」
ぺこりと頭をさげるアルフォンスに頷き返すと、暴れる兄をひきずって執務室を後にする二人を見送った。
「綺麗な花嫁か……。なれるのか、私に?」
執務室の窓ガラスに映った自分の姿に自問する。そこには幸せそうなロイ・マスタングの姿がはっきりと映っていた。そして、あっと気がつく。先ほどのどこか懐かしいような羨ましいようなアルフォンスの気配が何をあらわしていたのかを。
ガラスに映った自分の頬をロイはそっと撫でる。
「ぜんぜん似てないのにな」
視線の先には司令部の門を出て行く二人の姿があった。

もう何年も前に見た光景がロイの脳裏に鮮明に甦る。閉め切られた室内の淀んだ空気。
床一面に広がる錬成陣とあたりに飛び散った血痕。薬品の壜が乱雑に転がる室内に不似合いな幸せそうな家族の写真。いくつか並んだフォトスタンドの一つは、はにかんだ笑顔を浮かべた花嫁であった。アルフォンスにとって花嫁は母なのだろう。そう言えばとロイは困ったような笑みを浮かべる。

いつだったか、あの二人がアクアシティで騒動に巻き込まれたのは何だったか。
怪盗セイレーンだったな。素顔は大層な美人だったと報告を受けた。あの二人の母も美人だったな。

私もきれいか?なあ、ハボック少尉。

プラットフォームに響いたアナウンスにロイは我にかえる。見送りにきたファルマン准尉に促されて、車両に乗り込む。祝いの代わりにと大総統が用意してくれた特別車両だった。緋色の絨毯が敷かれた個室をファルマンが呆れたように肩を竦める。

丁寧に包まれたロイのウエディングドレスが入った鞄をロイに手渡すと、背筋を伸ばし敬礼する。
「大佐の花嫁姿が拝見できないのは大変残念です。短い休暇で申し訳ありません。
司令部のことは心配しないで下さい。明日には中尉も戻られますので。
大佐。人生に波風はつきものです。舵取りは指揮官の役目です。どうぞ、お幸せに」

うん。と、ロイはうつむいた。そして、顔をあげるといつものきつい眼差しに少しだけ恥じらいを滲ませてファルマンに敬礼を返した。












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