美しかれ哀しかれ
>270氏
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死ぬ。―――死んだ。あいつが先に―――
あの日の空は青すぎて眩しいばかりで…
事実の直面からヒューズの葬儀が終わるまで、私は部下の前では気丈に振舞った。
しかし、どこか途方にくれていたと思う。
あいつの元に駆けつけるため、飛び乗った列車の中で抱いていた不安と胸騒ぎいやな間だった。
無事なのか、それとも妙なことに巻き込まれているのではないのだろうか…
冷たくなった遺体を見て、のしかかる現実に足が震えた時は逃げたくなった。
あれからずっと悔やんで、頭が割れるほど苦しみを覚えている。
なぜ、気づかなかったんだ。
あいつが、この頃妙に何かを隠していたように見えてたことに―――
私の身の上を案ずるかのように遠まわしに語ったり、現に電話の量も増えていた。
余計なおせっかいを増やしていたり、どこかで鐘は鳴ってたはずだ。
見落としたんだ。
情けなくて、愚かしくて…そんな自分がまた増えた、みっともなくて、最悪な己の姿をまざまざと実感する。
“お前だけは違う”という深層にある勝手な思い込み…
これが本音なんだと思う。
軍人のくせに、何を忘れているのか…生死は誰にでも伴ってくる。
弾は誰にでも向けられるし、避けてくれるほど調子のいいものじゃない。
そんなことはわかりきっていたことだ。なのに、私はどこか過信していた。
散々、殺しまくった自分が憂う度、あいつのことを取り上げては、空しくなっていたのだ。
思考の悪循環も、ただの気分の慰めで、一方的に友を持ち上げていたにすぎないのではなかろうか
感情の制御すら―――できもせぬのに、形だけ取り繕おうと必死になってる己が嫌だ。
こんな自分が他人を愛せるだなどとは到底、思えない。
いや、驕っている。きっと、思いたくないんだ
知られて、愛されなかった時の、拒んでくる彼女の姿を―――
それで暗い気分を味わい、後から不毛になるのだから、始末に終えない。
この頃は最悪な心情ばかりが夜中に巡って、寝るのもかなわなくて…
ある夜、大声でわめいて、汗だくになったまま悪夢と共に私は飛び起きた。
「…―――!」
――夢だ、情動がおかしくなってる
あいつの葬儀後、墓前に立ちすくんでいた時、一瞬だけホークアイ中尉には私自身の混乱を悟られた。
彼は、私の気配を取るのが上手いので隠し去ることができなかった。
「雨が降ってきた」などと、適当に嘘をついてぼやかして…
だから、もうあれ以上はと思って、無様な姿をさらけ出すことよりも、精神の均衡を保つのに私は力をこめてしまっている。
昼間がそれで、夜が唯一逃避できる逃げ場となって…
「大佐、汗を…」
枕もとのコップに水を入れて、タオルとともに渡された。
自然と私はそれをハボ子から手に取ってしまう。
本能的にもがき倒した結果、男が走る情事への逃避などありきたりで私はハボ子を抱きつくしている。
悲哀と苦痛を置き換えるため、劣情を彼女に与えては吐きだめにしていた。
強制的に何日も自分のベッドにずるずると、薄ら寒く口説いては連れ込んだ。
彼女は私を拒まなかったので、快楽の追及に私はずっとつき合わせている。
「着替え…ますか?」
話しかけられると、どうにも意識がはっきりといがみを帯びてきて、いらんと無愛想に答えてしまった。
――見られてる。こんな無様な格好を…
「帰ったんじゃなかったのか?」
「うなされてたんで…ここにいました」
「寝てるフリでもしておきたまえ」
――はいってくるな、知った君を見たくない
「風邪ひいてるんじゃないかと思って…額、熱いし」
寝ている時に触った額が熱いと、手で再び確認しようとハボ子はこぼしている。
それを、ぱんと私は跳ね除ける。
「もともとこうだ」
だから、そんな風に近づくのはやめてくれ
勢いをつけて、私は睨みに怯んだハボ子の手を引っ張った。
体にかかる彼女の甘い匂い…倒錯できる艶やかな肌
「あの…、大佐?」
「脱げ…跪いて開けろ、やりたくなった」
君はそのためだけにいてるんだろうと、私は声をあてつける。
こちらに折り重なった彼女に淡々と指示をした。
私の体調が悪いのではと、気を配ってここにいてくれた彼女になんという仕打ちで返すのか…
「い、いや…です。さっき、したじゃないですか」
「ただのセックスだろ。私と君の好きな行為だ」
「大佐…」
「足を開いて入れるだけの姿勢になれ」
それを承知ではじめからいるんじゃなかったのかと付け加えて、ついつい皮肉に力を込めた。
「中尉とするのと私とするのと大して変わらんではないか」
「あっ、や…っ」
胸元の飾りをまさぐるように、私は彼女をいじっていった。
「ヤ、ァ…大佐……やめ、て…くれって」
「いってる時の君は本当にいい声をしているよ」
「でも…―――大佐は俺が好きじゃない」
言い返されて腹が立ったので、取り上げたコップの中の水を彼女の下腹部にぶちまけた。
さすがにやりすぎたかと思った。
どうにも何故、これほどまでに彼女にあたるのか…
きかん気の子供のようで、抑えられない。
「悪い…」
しんと静まり返った室内、苛立つ私は吐き捨てるように謝罪してから舌打ちしてしまった。
その様子にいたたまれなくなったハボ子が、私を受け入れるためだけの仕草に及ぼうとする。
「…それで落ち着くなら」
すると、濡れた寝巻きをかみ締めて、しばらく俯いていたハボ子はスタンドのほのかな明かりを消した。
そして、月だけの闇の中、彼女は日付の変わる前に散らされた体をもう一度差し出す。
面倒だから自分で解せと私が言うと、走り落ちた水滴を使って彼女は自分の中を指で探っていった。
「…んっ」
抑揚をつけて男を盛んにさせようと振舞う彼女を、私はじっと見据えていた。
「…あ、ん…っ」
時折、涙目になって惨めな姿を晒しているハボ子だったが、私は我慢ならなくなってぐずぐずしだした彼女を押し倒した。
彼女にとって…秘部が濡れても、こんな風に中を指で慰めているだけなのは気持ちのいい仕草ではなかったのだろうし、それくらいならいっそ…無心に思い込んでハボ子を抱こうと触れかかる。
乗りかかった私は、激しい勢いをして、彼女の淡い性を弄っていった。
「ア…ァ…」
潤わせた幕間に、猛った自身を私は突き進ませる。
結合が無意味に行われると、私はわけもなく中で動きだす。
「は、あ…ぁ」
涙まじりに犯されて、私のものを呑み込みながら、ハボ子は苦痛と共に喘いでいた。
こすれて痛そうにしているが、私は夢中になって奥のほうまで貪った。
腰を揺さぶり、野獣のように彼女を抱いた。
本能的な性行動にすぎなくて、彼女をはけ口のように扱ってしまう。
「ア、大佐…ンゥ…―――」
「動きたまえ…もっと、こうして」
「あ、ん…ぅ…アァ!」
上まで到達して、自分だけ私はそれを獲得してさっさと彼女を離す。
容易に訪れては膨らむ快楽、思慕も何も残そうとはしないただのセックス…伝え損なう自分が嫌だ。
この体も、君の領域に溺れる自分を認めたくない自身が本当に―――
「……っ…―――」
ハボ子の嗚咽が空気を伝っていた。鼓膜に響く彼女の音が私を責め立てた。
やがて…落ち着いてくれたかと、おそるおそる私を伺うハボ子に、私は瞬時に突き落とされる。
細い肩に顔を当てて、悔しくなって顔を伏せた。
そして、とうとう言ってしまった。
――やめてくれ
「もういい」
助けてくれ
「…嫌な男に、何でそこまでするんだ」
「……っ」
悲哀とか恐怖というものはおかしなもので、後から意味をなしてくる。
「なぜ逃げない?」
ヒューズ、お前が持てた新しい絆が私も欲しい。
欲しがる私は愚かだろうか
お前が知っていただけでも私は卑屈になっていたんだ。
あいつが羨ましくて、空っぽな自分を思い知って…自分が情けなくて、人から逃げた。
女と遊んでいくつも己をごまかした。
虚しいと実感しだした頃、どこまでも拒絶しないハボ子に溺れた。
彼女は私をよく知らないし、それで都合も良かったが、好きになってからずっと後ろめたかった。
本当の自分を余計に知られたくなくて、すがる子供のように癇癪をおこしては、無様な男を隠していった。
だが、
「ここにいます」
「そんなことは、もっといい男に言え!」
彼女のあっさりとした応答に、私は怒鳴り返してしまう。
数秒後、彼女は起き上がった私に突然抱きついた。
ベッドから離れて背を向けていた私の体に、後ろから重なっていたのだ。
「おい…?」
思いもよらぬ彼女の動作に、私は戸惑いながら振り向いて、
ハボ子が激しく泣きだしているのを見て押し黙る。
ただその姿があまりに美しく…涙が光って、尊いとさえ感じてしまい―――手が震えてきた。がむしゃらに触っていた頃とは違った。
ここで、もう駄目だ…と思い知る。
これ以上、汚せない
汚したくない、自分は彼女を傷つけるだけでどう接していいのかもわからぬ馬鹿な男だ。
ヒューズのように人を愛せる類の人間になれそうにない。
――ずっと思ってた。
資格がない――方法がわからない。
踏み出すことにできないもどかしさも、君を想うあまりにわめく自分の状態も、どれもこれもまともじゃない気がする。
ヒューズの声が聞きたい。
友としてのあいつにもっと私の駄目な部分をとがめて欲しい。
私を知っているあいつにだけは、暖かい家庭を築いて生きていって欲しくて…
だが、唯一のその救いが、もうどこにもなくて――――
彼女にそれを求めていいのかもわからなくて
「大佐?」
そのまま、私は彼女を強く放して、服を着込んで出て行った。
車を走らせ遠くへ逃げた。
運転しながら逃げ惑う自身の姿を、嫌味なくらい喉を濡らして嘲笑した。
きっと、もっと泣いている。
あんなふうに投げ出されては、心底私にあきあきしているだろう。
丸一日、私は仕事を放り出して夜まで外を徘徊した。
遅く、家に戻ってあたりを見回す。
ちょうど、ヒューズと並んで撮った私との写真が目に入った頃、悪寒で全身がぞっとした。
ここには既にいないハボ子が予想していた通り、本当に風邪でもひいたらしい。
だが、鳴り出した電話を取り上げて聞いた内容に、私はさらに冷ややかな気分を味わう。
「怪我とは、…少尉がか?」
ホークアイ中尉が淡々と内容を報告してくる。
ハボ子が、私と敵対する何者かに襲われたらしい。
『大佐を特に狙っていたようです。犯人は最近、軍部内に潜伏していた者でして…
彼女が軍内のドアからでてきた所を、続いて大佐がでてくるものと詰め寄って撃ち合いに』
「それで怪我は酷いのか?」
『ただのかすり傷だそうです。本人が言うには』
「詳しく教えろ」
『肩を弾がかすったみたいで…今、病院にいて、眠ってますが』
返事もせずに私は受話器を置いた。我を忘れて、私はハボ子の所へ向かった。
ホークアイ中尉は私が今日、欠勤することを聞いた時、ハボ子もそれと同じことだろうと思い違っていたらしい。
ゆえに彼も、余計に軍内の建物にハボ子が一人でいるのは考えてはいなかったようで、常に誰かと行動しろという指示の隙間を突かれたと漏らしていた。
部下の身辺の防備に、今度ばかりは注意を払えなかったのだろう。
病院の裏口から入り、ロビーで中尉に落ち会う。
そこで私は医師から本当にかすった程度の小さな傷であったことで、命にまったく別状ないことと知ってようやく安堵する。
「ここ最近は彼女を大佐の護衛にと思って離れぬように、いさせてたんですが、今日はなかなか姿が見えなかったので、一人だったとは思いませんでした。
…一緒ではなかったんですね」
「すまない」
私は彼に頭を下げた。彼のために、彼の恋人である彼女のために謝った。
ヒューズの件から沈む私を見抜いた中尉は酷く冷静で、私までもが暗殺されることに頭をずっと回していたらしい。
そしてそれはハボ子も同様であった。
彼女は、自ら私の警護に回してくれるように中尉に進言していたのだと今、聞かされる。
二人が、私にとって得難い存在であることを私は死ぬほど感謝した。
ふらふらと悲痛と感傷に入り浸っていた、ていたらくな私に比べて、よっぽど彼らのほうが空気を読めている。
この時から、私はひとつの決心に気持ちが動く。
だが、中尉に対してどうすればいいのだろうかと私は躊躇った。
その時、彼は病室で寝ているハボ子を報告した後、こう付け加えた。
「私は、大佐がこの国を手に入れるならそれでいいんです。彼女もそれを願っています」
彼は私に決断を迫るように向き合ってくる。
「それに、私が少尉と親しくあったのは、つい最近までです。
彼女は私よりも大佐に心を奪われているからもう、今は…」
「私のせいか…?」
後から割り込んだ私の…気まぐれからはじまった本気の思いに、中尉は苦笑しながら顔を歪めている。
自分のせいだなどと、うぬぼれた発言に悔やみだした私の顔色を見ては、彼はますます苦笑していった。
しかし、やがてそれも消え、常日頃の冷静な表情に戻っていく頃、彼に諭される。
「お気になさらず…どうか、守ってあげてください。彼女はずっとそのつもりですから」
私は、汗ばんだ額を振って中尉に教えられた病室に向かった。
護衛を彼がつけてくれようとしたので、私はそれを病院内の警備強化に回せと今だけは断った。
「ハボ子?」
扉を開けると誰もいなかった。
院内のスタッフにそれとなく聞くが、荷物がそのままあるので散歩にでもでかけたのではないかと簡単にあしらわれる。
探そうと廊下をきょろきょろしていると、入院している他の患者に彼女らしい人物が屋上へ散歩に行ったと教えられた。
こんな時に、彼女は何をやっているんだ
中尉のはからいで警備が強化されている病院とはいえ、一人でいては何かに狙われる可能性もあるだろう
射撃も格闘技も並みの男以上の腕だが、それでも心配でならない。
護衛達が廊下をぞろぞろ巡回しているのを確認しながら私は足早に移動した。
誰もいない区画に入り、屋上へ向けて直通する階段を走っていると、やがて私は今にも扉を開けようと最上階の扉に手をかけようとしいるハボ子を見つける。そして大きく名を呼んだ。
びくっと振り返った彼女は、苦く笑いながら
「あの…そんなたいした怪我じゃないんで。絆創膏しか貼られてないから平気ッス。
このごろ疲れてて、倒れて爆睡してたのを周りが変に騒いでたンスよね」
「本当に大丈夫なのか?」
「もちろん、ちゃんとやっつけたんですよ。口割らせたら、ヒューズ准将の件とは関係なかったみたいで…前からいた、大佐への私怨な奴だって聞いて、残念だったけど」
――ヒューズの件
この言葉に心臓を貫かれる。
彼女の気の配りように、私は顔を下に向けた。
もう隠せない。隠したくない。
「大佐…屋上行くんですけど、景色でも一緒に見ます?」
「聞いてくれ」
てすりにかけた手に力が入った。あと十数段上ればハボ子のいる所にたどり着く。
私はそれにむけてゆっくりと足を運んだ。
飲み込んでいた全てを吐きながら…届ける。
「正直に言う。くだらない男だと呆れてくれ」
階段を上りながら、私は彼女の姿を追っていく。
そうしてひとつ、足を止めて静止したままの私は声をだした。
「昔のことに囚われて、私はずっと人が愛せない。ヒューズがそれを知っていた」
「大佐…」
「知られるのが嫌なんだ。だからあいつ以外、誰にも見られたくない…
都合よく生きるために、君にはずっと馬鹿なフリをして貰いたかった」
どす黒い昔の姿を思い出して、私は首をふった。
言い表すことに、胸がざわつく。
結局、自分が欲しがるものがただのひとつの愛情だということに、顔が幾度も苦めいた。
ゆっくりと、最後の一段まで来ると、階段の端までハボ子は寄ってきてくれる。
下を向いて、無言でいる私を覗き込み、彼女は私に近づいてきた。
「身勝手にも、ヒューズだけは幸せでいてくれと思い込んで…私は逃げて、遠ざけた。なのに…できなくなったよ」
「……」
「好きなんだ。君のことが」
その時、私はハボ子がキスをしてきたことで体が固まることとなる。
驚いたまま…唇を離したハボ子を見やると、私は期待に胸を弾ませる自身を恨めしく思い、頭を掻いた。
嬉しくてしょうがないんだ。
「あいつがいなくなった途端、このザマだ…」
「傍にいます」
「こんな男でいいのか?」
どこへでもついていくと彼女は私を見つめてくれた。
待たせて悪かったと私が告げると、ハボ子は少し涙ぐんで微笑み返してくれていた。
病院から出た私はハボ子を家まで送ろうとしたが…一緒にいたいと願ってしまった。
口説き文句も、歯が浮くような台詞のひとつもばら撒かずに、自宅に招くだなんて初めてだ。
そのせいか、私はいささか野暮ったい言い様だったかもしれない。
しかし、ハボ子は顔を赤くさせながら、寄り添ってうなずいてくれた。
家に戻ると、私はとりあえず扉も窓も開けっ放しで出たことを思い返した。
部屋の中が、凍土のように冷たかった。
あまりの室温の低さに、ばつの悪い空気で肩をすくめてしまったが…
「手が冷たい」
ハボ子が私の手を自らの脇に当て、暖めようと息を吹きかけた。
「寒いッスね」
「ああ」
「ずっと思ってたんだけど、大佐の部屋っていつもこうッスか?」
冬でも暖房など備え付ける気にならなかったので、
これからは訪れる彼女のために用意しようと私は検討しだした。
「良い暖房を買う。何なら二人で住むか?」
「…その言い方、俺のせいみたいだ」
「寒い…な。君の手はあついのに」
「え―――大佐?」
ずずっと私は彼女にもたれかかった。
それから、意識が続いてなかったので、後のことは覚えていない。
眠くて、だるくて…彼女を獲得できたことでほっとしたせいか、次に訪れてくる、先日からの寒気と熱で寝込んでいったらしい。
遠い声が薄い気の向こうで鳴っていた。
ハボ子が私の名を呼んで、ものすごくうろたえていた感じだけはそこで見つけたが…
お互い、落ち着かない男女だっていうのはまったく事実だ。
夢に埋もれた私は3日間、熱に浮かされて眠りこけた。
『――お前さん、ほんと薄ら寒い男だな』
なんとでも言ってくれ、前からわかってる
『俺が先に結婚した意味わかってんのか?まあ、今だって彼女とは大恋愛中なんですけど』
つかまったからだろ。お前は結婚前から、とっくにネジが外れてた。
妻子自慢で私をうんざりさせるのが、あの頃から予想できたさ。
しかし、今になってこんな過去の記憶とごっちゃになった夢なんて…
ヒューズの声を聞いているだなとと…とうとう熱で頭がおかしくなったんだろうか
――馬鹿だな、わかれよ
はっとして私は振り向いた。
後ろから声をかけられたような気配を覚えたのだ。
そこにある知った顔、幾度も共に、苦境を切り抜けた戦友…
同士、人間として焦がれた存在、唯一無二の親友が私に笑いかける。
『後は頼む。先行くぞ』
あいつ、何言ってるんだろう。
行くったって、こいつが行ける所なんてそれは…―――すでにあの場所で…
お前…もうなれないんだろう
幸せになりたくてもなれなくて
大事な家族に会えなくて、一番悔しいのはお前なわけでどうしてそこで私を責めない
気づけなかった私に、なんでそんな風に話してくる
罵ったっていいんだ、悔しさとか恨みをぶつけてこいよ
『いいや、そうでもなかったぞ
―――お前に会えて、家族を持てたり、俺は結構幸せだったんだが』
だから夢は嫌なんだ。私ばかりに綺麗にまわって、ろくな気分になれない。
せめて…報いる言葉を返したくなって…私は幾度も言い訳をして―――
「私は…お前のようになりたくて、少しでも近づきたくて」
『それからな』
――俺の代わりになんてうっすいこと考えるな。自分のものは自分で掴め欲しいなら、臆するな
背筋を伸ばして、前を見ろ
振り返るなよ、まっすぐ進む…それでこそ“ロイ・マスタング”だろうが―――
一番、念をおされたような夢を見た。背中を押されたように、私は夢から目を覚ました。
重たかった瞼を開けると、泣いていた自分に気がつく。
――ヒューズ
むくりと起きて、私は腹の部分で加わった痺れに眼をやる。
傍で看病していたらしいハボ子が座ったまま私に向かって突っ伏して、寝こけているのだ。
重くのしかかっている彼女をより分け、私は汗臭い自身を払おうとシャワーを浴びた。
髪を乾かして寝室に戻ると、ハボ子はまだ眠っていた。
寝返りで顔のずれたハボ子が、慌てて目をぬぐうのを見てくすくすと笑うと…
どうにも、また泣けてきた。
顔を抑えてそれを隠すが、夢に出てきた親友のことで気が弱くなっていったらしい。
「大佐…起きたんスか?…どこか痛い?」
「いいや」
「まだ寒いッスか?…暖房、中尉が用意してくれたんですけど、効いてないのかも」
「寒くない」
こんなふうに…放りだされた子供のように置いていかれたことで、悲しむだなんて――
独りの時しかできなかったことなのに、私は視界を滲ませてしまった。
彼女がいる前で弱い姿を晒すのに、ためらわずにいられることに…
自分に触れる彼女の温もりに生きていることを今思い知る。
悲しめる、苦しくなる、愛して焦がれて…それをできるのは自分がヒューズよりもまだ生きていけるからだ。
時間が止まったあいつのためとか、家族に会えないあいつに申し訳ないからとかそんな理由が消えてきた。
彼女が好きだ
もうそれだけでいい
走って、走り抜いてやる
傍に彼女がいるのを望み、私自身はそれに伴う意味を果たす
私は頬をよせて、目を閉じいって額をさすっているハボ子を抱きしめた。
空回っていた頃とまったく違う口付けから、互いに抱擁に向かっていく。
「愛してる」
「あ、…俺も…」
熱い抱擁から濃厚な口付けで愛撫に連なった。
手順とか、空気とか全てが自然に感じられた。
「アッ…はぁ、あん」
愛し合いたい、それだけを求めて体が動く。
形のいいハボ子の胸に口付けて、揉んでいった。
脱がせた露な彼女の体…つんとはり起った乳頭を呼び覚まし、幾度も彼女を撫で回した。
「はぁ、ン…」
震える声で、乳首に甘く噛み付く私を感じたハボ子が瞳を濡らして悶えている
互いに全て脱ぎ終えた時、私は下肢の間に唇と指で押し入った。
柔らかくて滑らかな彼女の臀部をさすり、赤く息づく所にやがて集中していく。
「あっ、あ…ん」
無我夢中に彼女を愛した。
赤く潤って、淫らに開くその部分を私は激しい愛撫で接していく。
私自身の体も、一心になる。
荒廃していた飢えという感覚が、ハボ子を吸い込んでみなぎっていくような悦びにあふれてしまう。
掻き分けた襞の先で、ハボ子の弱い所を指先で私は感じさせていった。
「ん、あぁ…そこ…はっ」
「綺麗だ…ここも弱かったよな」
「大佐、アァ…も…欲、しい…」
零れる水で紐解いた部分を…私は、自身と合わせていった。
繋がりいく体を、ハボ子はじっと受け入れた。
「うぁ……っ」
「好きだ―――」
こうして胸がおかしくなるほど詰まった気持ちで、人と抱き合うのは初めてだ。
「っ…あ……」
さんざんに踏みにじっている私だった頃もあったのに、ハボ子はこうして応えてくれる。
ただもう、いとしくてたまらなかった。
中に納まると、私は緩慢に貫いたものを動かしていった。
ひたすら抱いてハボ子と溺れようとしていった。
「ヒッ…イ、アァ」
蕩けるようにハボ子が喘いでいる。
私は彼女の内奥で擦りあう器官を滑らせた。
膣口から蜜が煌めき、甘い匂いに私は酔う。
感じいく彼女の嬌声がはねて、同時にそれへの情欲が私をさらに駆り立てる。
貫いた先で、彼女の子宮がぶるぶると震えてくる。
「大佐っ…」
「いてくれ…愛してる、君だけを」
「あっ…俺も、どこまでも…大佐と、いたい」
「ハボ子…っ」
「――あぁん…」
中を突き崩すように、私は激しく動いた。
染み入る快楽に身を預けるハボ子が、私にすがるように熱い声で啼いていった。
「んっ、アァ!」
交わりを終えて、それでもつぶさに私は彼女と抱き合う。
体が濡れて、体温がどこまでも醒めなかった。
男として、私は初めて充実した時をハボ子と過ごした。
いつか目を合わせた時、私は彼女に顔をなぞられる。
辿り着いた頂上から、ハボ子は体のだるさで未だ溶けているようである。
その内部の余韻に包まれている彼女はとても美しくて…全てに私は満たされた。
「――約束、してください…」
「何を」
恋情でうつろになっていた私は、ハボ子と深く唇を通わせた。
漏れる吐息と交し合う舌が、激しく互いを確かめ合い隅々まで欲していく。
零れた息を拾いながら、彼女は私に願ってくる。
「何があっても果たしてくれると」
「ああ」
「大佐なら、きっと大丈夫だと信じてます」
「そのために、私も願うよ」
吸い込まれるような瞳に向けて、私は誓いを強めた。
ヒューズの二の舞になどさせるものかと声を震わせ、こう告げる。
「必ず守る。君も誓え」
「大佐」
「――死ぬな。絶対だ」
「了解」
これまでにない微笑をして、私にハボ子は応えてくれた。
始めて見る、美しい彼女の微笑みに陶酔しつつ、私は再びキスをした。
死なせはしない、その決意に対して私は彼女を導いていく。
「ついてこい。必ず果たす」
甘く、強い魂の惹かれあいの中に踏み込んだ私達は、信念と絆に向けて再び肌を合わせた。
二人一緒に見たその夜の夢は、どこまでも心地よくて内容までがそっくりだったという。
朝になって笑いながらベッドでそれを喋っていたときの
楽しさといったら言い表せないほどで…――
想いを重ねて、遥かなる道を共に歩む。
そんな朝を私は彼女と迎えて行った。
永遠に―――あの誓いと温もりを忘れない
愛している君とともに
終わり