歪恋月
>坂上氏
「あ、あひっ い、いや、いっ …………も、もう、いっ、あぁっ」
「いくのか? 一緒にいこう、もう少し我慢してくれ」
「あぁ、あ、早く、あぁん! もぅ、いっ 早く、もう、だめ……っ」
もう嫌だ、痛い、早く終われ。本当はそう言いたい。
喘いではいるが、喜んでなんかいない、ただ痛くて辛いだけ。あんたは気付いてないけれど。
濡れてるからだろう? 今日は最初から、すごく濡れてただろう?
当然だ、潤滑剤を入れてきた。始めが少しでも痛くないように。
痛がってりゃ、そのうち嫌でも濡れてくる。そうなるまでの痛みが、少しでも軽減するように。
今さら痛むだなんて思ってもみなかった、それなのに、最近はすごく痛い。
あんたのものが大きくなったわけでも、俺のが狭まったわけでもないだろうけど。
ちっとも気持ちよくない。ただの異物感と、中をかき回される不快感と、のしかかる圧迫感。
あとは、ただただ痛いだけ。
あの日以来、あんたとのセックスが苦痛でたまらない。
あの日は、ちょっとそんな気分じゃなかった。体が少しだるかったし。
忙しいあんたが、無理に時間を割いて会ってくれているのは、よく理解している。
だからこそ、たかだか数十分のセックスで燃え尽きて終わらせたくなかった。
ずっと、眠りに落ちるぎりぎりまでお互いを感じていたかったから、セックスを拒んだ。
あんたは態度にこそ出さなかったけど、明らかに落胆して、不機嫌になっていった。
セックスなんかしなくても、俺がいればそれだけでいい、とは思ってくれないのか。
俺は単なる捌け口か。セックスしなきゃ、俺と会う意味さえないのか。
そう思ったらいたたまれなくなって、コートを引っ付かんで部屋を飛び出した。
家に駆け込むと、今夜は帰らないと言って出てきたから、アルが目を丸くして驚いた。
訳を話すと、アルは言葉を選びつつも、あいつに同情を寄せて暗に俺を批難した。
せっかく時間が取れたんだろうに、あんまり我がまま言ってると、会えなくなっても知らないと。
俺が悪いのか。セックスを拒んだのが、そんなに悪いのか。
所詮は他人のあいつに言われたならまだしも、アルに言われたのがどうにも堪えた。
そのまま、呼び止めるアルの声も無視して家を飛び出す。
無我夢中で走っていると駅に出た。どこでもいい、遠くへ行きたい。
ちょうど、東へと向かう列車が数分後に発車する。切符を買ってホームへ急いだ。
最終便、人はまばらだった。席に座り、次第に街の灯りが遠ざかるのを見送った。
イーストシティで宿を取って、夜が明けてから故郷へと戻る。
ばっちゃんの顔を見て行こうかとも思ったが、おそらくアルから連絡が入っているだろう。
あいつの顔もアルの顔も思い出したくない、ばっちゃんに余計な心配はかけたくない。
だから、自分からは誰にも会いにはいかないことにした。ただひとり、母さんを除いて。
墓の前まで来て、手ぶらだったことに気付く。花くらい、買ってくればよかった。
母さん、俺が悪いのかな。セックスは、久々に会う恋人同士だったら当然するべき行為なのかな。
拒んだ俺が変なのかな、あいつに対する愛情が足らないのかな。
愛してるからこそ、精一杯、あいつの愛情に応えてきたつもりだったのに。
俺、どうするべきだったんだろう。母さん、教えてよ。
涙がぼたぼた落ちていくのも放っておいて、しばらく泣いた。
泣きながら、これまでの事が頭の中で再生されて、はたと気が付いた。
あいつの愛情に応えてきたというけれど、俺は明確な何かを返しているだろうか。
あいつは今まで、いろんな形で支えてきてくれた。軍人として、大人として、男として。
俺が返せるものといったら、女として、できる限りのものを差し出すくらいのことしか。
なのに、こんな見た目じゃ飾りになれない、こんな性格じゃ癒しになれない。
せめて求められることを素直に受け入れればいいのに、それもしてこなかった。
あんな服は着ない、こんな下着は付けないと、要求を拒むことの方が多かった。
それに、俺のせいで、あいつは親友を失った。
敵はどのみち国の転覆を狙っていたから、俺に関与せずとも、いずれはそうなったかもしれない。
あいつはそう言ってなぐさめてくれたけれど、やっぱり俺のせいだ。
俺は、あいつに何をどう詫びればいい? 何をどう償えば、あいつが失ったものを補填できる?
そんなものはどこにもない、何をしたって償いきれない。
俺のせいだ、俺が悪い。やっぱり、俺が悪いんだ。俺には拒否権なんかなかったんだ。
せめて、求められることすべてに応じること、それが俺にできる精一杯の償い。
あいつが今まで俺のために支払ってきた代価に応じるためには、それくらいのことはしなければ。
愛されているからと思い上がっていた、対等でいようとしていた。
対等じゃだめだ、俺は本来、あいつの奴隷にでもならないと割の合わない話なんだ。
あいつの要求は、何ひとつ拒んじゃいけない。それが俺のあるべき姿だ。
自分のなすべきことが理解できたから、急いで駅へ向かった。
イーストシティ経由でセントラルへ向かう列車があるが、待ち時間が結構ある。
焦っても仕方がないので、ベンチに座ってこれからのことを考える。
とりあえず、謝ろう。そして今後は、求められたら絶対拒まず、すべて受け入れる。
だって俺はあいつの奴隷でいなきゃ。
やっと来た列車に乗り込んで、家路につく。丸二日は留守にしていた、アルが心配しているだろう。
体がだるい、きっと夕べ、よく眠れなかったせいだ。
家に帰ると、アルが駆け寄って抱きしめてきた。何も聞かず、ただ心配したとだけ告げた。
ろくに眠っていないらしい、真っ赤に充血した目をしている。
悪かったと言うと、僕の方こそごめんと言う。姉さんは何も悪くないよと、笑顔を見せた。
アルもそうだ、俺がそそのかしたせいで体を失った。幸運にも、どうにか元の体に戻れたけれど。
俺たちが元の体に戻ることが、巻き込んでしまった人たちに対するせめてもの償いと思ってきたが。
こうして体が戻った今、これで償いが済んだとは、とうてい思えない。
アルは何も悪くない、すべての元凶は俺にある。だから、償いも俺ひとりの問題だ。
求められるなら、差し出さなければ。牛乳を飲むこと以外なら、俺は何でもしよう。
アルから連絡されたのか、すぐにあいつが電話を入れてきた。心配していたと叱られた。
この間の埋め合わせをしたいから会いたいと言うと、3日後を指定されて、電話を切った。
何が何でも会わないと。あいつが買った下着を付けて、服を着て、靴を履いて。
俺に、そういう姿であって欲しいんだろうから。
最近はなぜか、最初からあいつの部屋で会うことが多い。前は外で食事をしてから、ここへ来ていた。
渡されている鍵で中へ入って、あとはひたすら待つ。前なら勝手に風呂を済ませておくところだが。
せっかく着てきたんだから見てもらおうと思ってのことだが、それにしても遅い。
なんだかだるくなってきた、少し横になろう。
デンにじゃれ付かれている夢を見ていて、目を開けると、いつの間にか帰ってきて上に乗っている。
服は着たままだったが、下着はすべて取り払われていた。付けていたところを見てもらえたなら良い。
そのまま指が太股の間を這い始めた、いつもならそれだけで濡れてくるのに。
今日はその気配がない、濡れてこない。謝らなきゃと思って、緊張しているからだろうか。
摘まれても擦られても痛いだけ。とにかく謝ってすっきりしよう、すっきりすれば気持ちよくなるはず。
この前はごめんと言ってはみたが、気にしてないよの一言で済まされてしまった。
それなのに、まだ気持ちよくならない。濡れてこないのがわかるのか、脚を広げられて顔を寄せてくる。
風呂に入っていないのに。以前なら蹴り飛ばしてでも逃れて風呂に直行したけれど。
やりたいようにすればいい、俺は決して逆らわない。
舐めてもらえれば、さすがに濡れるだろうし。指で弄られると、クチュクチュと音がしてきた。
これならと思ったが、濡れたのは入り口だけだったようで、入れられる時から痛かった。
こんなに痛いのは久しぶり。まるで初めてした時のような、割かれる痛みが中に響く。
痛い、痛い、とにかく痛い。耐えるのに必死で、引きつったような悲鳴が喉から漏れる。
痛みに喘いでいると、気持ちいいかと見当違いなことを聞いてくる。
気持ちよくて出る喘ぎ声と、今の悲鳴との区別も付かないのか。男なんて、そんなものか。
痛みのせいで頭の中がどんどん冷えていく。こいつ、結構まぬけな顔して腰振ってるんだな。
今までは快感で、こっちがそれどころじゃなかった。こんな顔、初めてゆっくり見る。
痛みで感覚が麻痺してきたころ、ひときわ強く奥を突いた腰が静止した。良かった、やっと終わる。
濡れた音と共に収められていたものを引き抜かれ、目尻を指で拭われた。痛みのせいで涙が出たか。
そういう優しさを見せながら、ふいと背を向けてしまう。理由はわかるけれど、空しい。
今は特に。やっぱり単なる捌け口なのだと、思い知らされているようで。
俺がいいと逝ってくれた、俺を選んでくれたけれど、それはより具合の良い捌け口を選んだだけ。
愛情というよりは、体への愛着なんだろう。俺という個性は、結局どうでもいいんだろう。
でも、こっちからは、もう何も求めない。今まで充分受け取った、これからは返していくんだ。
だって奴隷には愛も優しさも必要ない。要望と命令さえあればいい。
表面上はあくまでこれまでと変わりなく、心づもりは奴隷のように。何も求めない、何も拒まない。
これからは、そうして接していこう。それがせめてもの俺の償いであり、精一杯の愛情だ。
あんたのことは、今までどおり好きだよ。ひどく空しいけど、それで嫌いになれるわけじゃない。
あまり会えなくて寂しいと思っていたが、今はむしろ、ほっとしている。
だから家の電話が鳴ると、体がびくりと跳ね上がる。また誘いの電話がかかってきた。
会いたくない、いや会うのは構わない、どっちかというと会いたい、それだけで済むのなら。
拒否するつもりは最初からないので、大人しく着替えて出かけた。
渡されている合鍵で開けて入り、あいつの部屋で待つ。相変わらず帰ってこない。
誘ったのはそっちのくせにと気分もくさり始めたところで、電話が一度鳴って切れた。
またすぐにかかってくる。この鳴り方は、あいつからの電話。俺に出ろということだ。
受話器を耳にあてたところで、今夜は帰れなくなったから好きにするといい、とだけ告げられる。
盗聴避けに備えて、極めて簡潔に会話するようお互い心掛けてはいるが、あまりに素っ気なくはないか。
考えても仕方ない、ここにいても時間の無駄だろう、家に帰ってゆっくり寝ることにしよう。
またアルが驚いて余計なことを言うかもしれないが、もう傷付く余裕さえない。
賑わう夜の街をひとり歩いていると、誰かに声をかけられる。無視していると名前を呼ばれた。
振り返ってみると、どこかで見た顔が傍に立って見おろしている。アルくらいの年の男。
僕を覚えていませんかと笑いかけてくる、確かに以前見た顔だが思い出せない。
フレッチャーです、フレッチャー・トリンガム、覚えていませんかと困った顔になった。
名前で瞬時に思い出せた。あの偽物兄弟の、まだ幼かった弟の方だ。こんなに背が伸びるとは。
懐かしいなと言うと、覚えていてくれましたかと嬉しそうに笑った。
お互い積もる話があるからと食事に誘われる。どうせ他にすることもないし、付き合うことにした。
兄の方は、あれからもずっと錬金術の研究を続け、特に生物環境を専門分野にしているそうだ。
制度の変わった今なら、自分も国家錬金術師の資格を取ろうかと話しているらしい。
そんな兄の手助けをずっとしてきたが、最近兄の元を離れてセントラルへ単身やってきたという。
広く世間を知ろうと新聞社に見習いで入り、情報の収集にあたる毎日を送っている。
兄弟揃って、研究者にありがちな専門馬鹿になるのを防ぐのが目的だと言った。
兄に世間のことを教えるのが僕の務めですと笑う。結局、それも兄のためなのか。
こっちも、今まであったことをかいつまんで話した。それだけでも、結構な時間が経った。
食事を終えて別れる時、資格試験についてなどいろいろ聞きたいから、また会ってくれと言われる。
断る理由がないので承諾し、お互いの連絡先を交換した。
家に戻ると、アルに意外なほどあっさりと迎えられる。まるで帰ってくるのを知っていたかのように。
フレッチャーのことを話そうかとも思ったが、アルには関係のない話と思い、止めておいた。
それから一週間後、電話に出てみると、相手はあいつではなくフレッチャーだった。
今から会えないかと言われ、少し迷う。あいつから電話が入るかもしれない。
だが、電話があるかどうかもわからないし、留守中の誘いにまで応じることはないだろう。
承諾して電話を切り、着替えはじめる。アルは、またデートなのとだけ聞いてきた。
説明するのも面倒だし、そうだと答えてさっさと出かけた。
誰が見ているかわからないので、店のなるべく奥の席に入れてもらい、ふたりで食事する。
一通りの世間話を終えたところで、急にフレッチャーが声のトーンを落とした。
国家錬金術師になって、辛かったことはないかと改まった口調で聞いてくる。
軍の狗と言われ、訳もなく蔑まれたことならある。それはやはり、辛いものではあった。
今は制度が変わり、そんなふうに言われることもないだろうが、一応は耳に入れておかないと。
だから、軍の命令には逆らえないし、辛いことは多かったと伝えた。
その代わり得られたものも多かったし、後悔はしていないことも。
するとフレッチャーは悲し気に眉を寄せ、さぞ辛かったでしょう、可哀相にとつぶやく。
自業自得だからと言っても、僕は貴方の味方ですよと真摯な目を向けてくる。
意味がわからないので話題を変えた。フレッチャーも、話をそれ以上は引きずらなかった。
お互いのその後の、楽しかった部分だけを語り合い、自然と笑いが込み上げてくる。
こんなに楽しい気分になれたのは久しぶりで、時間もあっという間に過ぎていった。
別れ際、ぜひまた会って欲しいと言われ、当然のようにうなずいた。
楽しかったから。純粋に、ただそれだけが理由。
あれから三日と間を置かずに連絡が入り、そのたび出かけるようになった。
最初は慎重に、人目をはばかるように会っていたが、次第にそれも面倒になってきた。
アルは何も言わないし、どうせ連絡も入っていないんだろう。
あいつを拒むつもりはないが、求めてこない間も待ち続けなければならない義務まではないはずだ。
別にやましいことをしている訳じゃない、堂々と会えばいい。
それに、あいつと正式に婚約を交わした覚えもないから、誰からも蔑まれる理由はない。
フレッチャーと会って何が悪いのだ、こそこそ隠れる必要などないだろう。
そう思い、人目のある公園などでも待ち合わせ、人の多い店で食事したり、遊びに行ったりした。
今日はプレゼントがあるといって小箱を渡され、開けてみると指輪が入っていた。
深い意味はない、似合いそうだったからと顔を真っ赤にして照れながら言う。
ほとんど無意識のうちに、右手の中指にはめていた。自分でも呆気に取られる。
その様子を見て、好きな人がいるのかとフレッチャーが聞いてきた。
わからない、と答えた。
途中までフレッチャーと並んで歩いて、家が見えたところで別れた。
別れたすぐ後、急に追ってきて、いきなり抱きしめられる。驚いたが、不思議と殴り倒しはしなかった。
貴方が好きなんです、付き合ってくださいという声が、顔を埋めた胸から響いて聞こえる。
どうしようか。頭の中ではひどく迷っているのに、二つ返事で承諾の意を伝えていた。
嬉しいとめちゃくちゃ喜ばれ、こっちも悪い気はしない。だが、ひどく空しい。
明日も会う約束を交わしてから本当に別れる。家まで、あと数歩。後ろ姿が見えなくなるまで送る。
その数歩のところで後ろから急に腕を取られた。悲鳴をあげる前に口を手のひらで塞がれた。
そのまま引きずられ、浮遊感のすぐ後に衝撃が全身に走る。冷静に周りを見回すと、車内のようだった。
車の中に放り込まれたらしい。運転手の横顔は、間違いなく黒髪のあいつのものだった。
何を弁解されるでなく、ひたすら車は走っていく。峠を越えて、人気のない山中へ出た。
ようやく車は止まり、シートを倒される。そうくるだろうと思っていたから驚かなかった。
荒々しく唇を塞がれて呼吸が苦しい。背中に爪をたてて抗議するも、聞き届けられない。
指が、舌が、服の中へと入ってくる。こんな所で抱かれるのかと思うと、狂いそうなほど恥ずかしい。
だが、摺り合わせた太股の内側はしとどに濡れていた。自然にこんなになったのは久しぶり。
前戯など必要なくて、相手にもそれは伝わったのか、そのまま突っ込まれて揺さぶられた。
気持ちいい、久しぶりにセックスが快感だ。どうせ聞く者はないと、声をはばからず存分にあげる。
あいつの突きに合わせて、車全体が揺れている。なんだか楽しくなってきたので、喘ぐ傍ら笑い続けた。
やがて奥を突かれて、中がわずかに圧迫感を増す。これが俗に言う中出しの感覚か。
こんな状況で妊娠したらどうしよう。望まぬ子ではない、だが望んでできた子でもない。
まあ、いい。たとえ独りででも産むつもりだ。どこか、こいつの知らない遠い地で、独りで産もう。
濡れた股もそのままに、また車は走り出した。拭うのも面倒で、そのままにしておく。
いつの間にか寝てしまったようで、揺り起こされた時には、見慣れた建物の前にいた。こいつの家。
抱き上げて運んでくれるでなく、股を伝う液が気持ち悪いのに歩けと言われる。
部屋に入ってすぐにベッドに突き飛ばされ、脚を広げられて押し入られた。
こちらのことなど一切構わないとでも言いたげに、一心不乱に腰を振られる。幸い、今日は気持ち良い。
しかし、こいつのこの様子。これではまるで、怒られているようだ。
タイミングからして、きっとフレッチャーと会っていたのを見ていたんだろう。
そう、それこそ俺が望んでいたもの。だからこそ、今日はとても感じるんだ。
もっと怒って、もっと叱って。もっと嫉妬して、尻軽と罵れ。
そう言ってくれたら、俺はまだあんたに愛されていて、俺を惜しんでくれていると思えるから。
以前のような関係に戻りたくて、嫉妬でもしてるのかと軽口をたたいたのに。
そんなはずがないだろうと、口の端だけ釣り上げて笑ってみせられる。
なんだ、やっぱり捌け口は捌け口でしかないのか。乱暴なのは、もはや愛などないからか。
もう少しは惜しまれると思っていた。せめて弁解くらいはさせて欲しかった。
いや、俺からは何も求めちゃいけない。理解してくれとは、とても言えない。
求められれば、ただ与えるだけ。そこに歓びを見出せるようになりたい。
何も拒まないから、好きでい続けることだけは許して欲しい。
意識のある間は常に貫かれ、気付いた時は夜が明けていた。傍らに、あいつの姿はなかった。
体がひどくだるいけれど、帰らなければ。
風呂を借りようと部屋を出ると、隣の書斎に寝着を引っ掛けただけのあいつがいた。
手招きされて書斎に入る。相変わらず、部屋の壁のほとんどが本棚と化していた。
家を改装するから、どれでも好きな本を好きなだけ持っていきなさいと言う。
一時的に預かれということかと問うと、そうじゃない、あげるよと言った。
まだ目を通していない、題名だけでも興味深い本がたくさんある。どれにするか迷うほど。
迷うことはない、欲しいならすべて持っていけと言って、袋を用意された。
持てるだけの本を詰め込む。それにしても、どうして。本を手放すなんて、あり得ないのに。
理由を聞いてみたいけれど、今は早く帰りたいし、込み入った話はできるだけ避けたい。
だから、礼だけ言って風呂を借りて、素早く身支度をした。
袋を両手で持ち上げ、再度礼を言って玄関を出る真際、後ろから抱きすくめられてキスされた。
前と変わらない、優しいキスだった。唇が離れていくのが名残り惜しかった。
風邪などひくなと言いながら頭を撫でてくる。きっと、こいつのことは一生嫌いにはなれない。
また暇ができたら連絡をくれと言って、あいつの家を後にした。
本が重い、そういえば最近はアルとの組手もおろそかになりがちだったから、体が鈍ったか。
明日は筋肉痛かもしれないと思いながら、やっとのことで帰り着く。
アルに朝帰りを叱られつつ、もらった本を見せて自慢した。特に希少なものを選ってきたから。
あれ、姉さんそれどうしたの。アルが指差すところを見て、血の気が音を立てて引く。
フレッチャーからもらった指輪が、左手の薬指にはまっていた。
あの時、右手の中指にはめたままだったはず。移し替えたのは、あいつしかいない。
どうして。他の男からもらったと見当が付いているだろうに、どうして。
恋人の浮気だと怒っているなら、こんなことはしないだろう。
俺とのことは本当に、本当に遊びだったのか。結婚を夢見ていた俺が馬鹿だったのか。
愛されていないという現実を押し付けられて、やっと自分がどれだけ愛しているかを知った。
今なら、まだ家にいるかもしれない。急いで行って、弁解して指輪も捨てて見せよう。
愛されていなくてもいい、せめて愛していることを伝えたい。
きびすを返して玄関の方を向くと、扉が不自然に曲がって、床が浮いた。アルの声が聞こえた気がする。
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