めりくり!
>642氏



 エド子は、アルバイトをしていた。
 愛する弟にクリスマスプレゼントを買うため、小さな体を生かして仔グマの着ぐるみに入り、毎日、元気よくクリスマスケーキの予約チラシを配っているのだ。
 そんなある日、30歳くらいの冴えない男がケーキ屋の下働きとしてやってきた。
 何をやっても失敗ばかり。
 今日も店主に叱られて、店の裏口の階段でしょんぼり座り込んでいる男の姿を見つけた。
 エド子は、暖かいコーヒーを入れて、そぉっと男に近付いてこういった。
「失敗は、誰にでもあるよ。これを飲んで元気を出せ!」
 男は驚いていたが、エド子が差し出したマグカップを受け取り、湯気をフーフー吹きながら、コーヒーを飲んだ。
 エド子も少しホッとして、男の横に座ってコーヒーを飲み始めた。
 男の名前はロイ・マスタング。
 焔を操る錬金術で、大切な人の為にケーキを焼こうと思い立ち、友達の紹介でこの店に来たのだと言う。
「しかし、たかがケーキと思っていたら、これがまた、奥が深くてね」
「ふーん」
「私は、料理などしたことがないから、失敗ばかりで…」
「割った卵が入ったボウルをひっくり返すのって、料理の経験とか、関係ないんじゃない?」
「…(´・ω・`)」
「いいいや、でもさ、やった事がない事をやってみようなんて、偉いよ! うん!」
「お世辞はいい。どうせ私は無能なケーキ職人見習いだよ」
「いや、でもさ、最初から上手い人なんていないさ!大事なのはガッツだ!ガッツ!」
 ほっぺたを真っ赤にしてそう言うエド子を見て、ロイはクスクスと笑い出した。
「何がおかしいんだよ!」
「いや、29にもなって、こんなにかわいい仔ぐまに励まされるなんて、思ってもみなかったよ」
「うっさい! オレだって好きでこんな恰好、してるんじゃないやい!」
「ほう」
「弟に、アルフォンスにクリスマスプレゼントを買ってやりたいんだ。だから、お金が必要なんだ」
「そうか。君の弟は幸せだな。こんなに小さくて優しいお姉さんがいて」
「小さいはよけいだ!!」
 ふてくされるエド子の頭を、ロイの暖かくて大きな手が撫でた。



そういうと、ロイは立ち上がった。
「じゃあ、もうひとがんばりしてくるか」
「ああ、今度はしくじるなよ!」
 苦笑いして手を振ると、裏口から店の中へ姿を消した。
 この何気ない出会いが、自分の運命を変える事になるとは、神ならぬ身のエド子には知るよしもなかった。
 2人分のマグカップを手に、元気よく立ち上がったエド子は、頬に冷たいものを感じ、空を見あげた。
「雪…?」
 灰色の雲から、次から次へと白いものがふわふわと舞い降りてくる振ってくる。
「寒いと思ったら…そっか、もう、12月だもんな」
 エド子は家で待つ弟の笑顔を思い浮かべながら、エド子は嬉しそうに目を細めた。
「さぁて、オレも、もうひとがんばりだ!」
 店に戻り、マグカップをチラシに持ち帰ると、エド子は街へ飛び出した。
そして、あっという間に二週間が過ぎた。
 日に日に寒さはつのり、街は白い綿帽子に包まれている。
「ふぃ〜! さむっ! さむッ!」
 手袋をはずし、エド子が更衣室に飛び込んできた。
「お疲れさま。暖かいコーヒーを淹れておいたよ」
 手袋を腋に挟み、ロイが差し出したマグカップをエド子は両手で受け取る。
「ありがとう! うわッ、熱ッ!!」
 熱いコーヒーで舌を火傷し、慌てて口を放して舌を出す。
「大丈夫か。ちょっと見せて見ろ」
「ふえ?」
 軽く顎を掴まれ、あげるともなしに目線をあげると、ロイの顔が近付いてくる。
 エド子は慌てて首を振って、ロイの手を振り払った。
「ななな、何するんだよ!」
「火傷の具合を見ようとしただけだが? …はぁん」
 真っ赤になっているエド子に、ロイはニヤリと笑ってみせた。
「なんだよ!」
「いや…。見かけは小さなクマだけど、エド仔グマも女の子ってことか」
「小さい言うな! それから、やらしい言い方すんな!」
「私は、エロ親父だからね」
「自分で言ってりゃ世話ねえぜ」
「この間、君がそう言ったんじゃないか」
「オレが着換えてるの見たからだろ!」
「あれは偶発的な事故だ。私だって、どうせ見るならボインの方がいい」
「どうせ、オレはツルペタだよ! 悪かったな!」
「じゃあ、がんばって、牛乳のまなきゃな」
 頭に乗せられた手を振り払いエド子は、顔を真っ赤にして噛みつく。
「白濁した牛の分泌液なんか飲めるか!」
「じゃあ、何の分泌液ならいいんだ?」
「何でも、分泌液なんか飲まないつの!」
「そいつは残念だ」
肩をすくめるロイを睨みつけながら、「ガキ扱いしやがって」と小さな声で呟いた。
 昨日の夕方、夕飯の買い物をした返り、エド子は見てしまったのだ。
 ロイが女性とカフェに入っていくのを。
 彼女は背が高く、スタイルもいい。長い金色の髪を一つにまとめ、凛とした横顔も美しい。
 彼女と彼女の肩を抱いてエスコートするロイは、誰が見ても恋人同士に見えるだろう。
 クマの着ぐるみを着てチラシを配るチビでツルペタな自分とは、格が違う。
 ロイが、彼女のわがままを聞いて、ケーキを作ってあげたくなるのも、無理はない。
「オレだって、胸…あるのに…」
 得体の知れない寂しさに、エド子は小さな胸を抱きしめた。
「さてと、落ち込んでる暇があったら、仕事仕事!」
 今も、あの女性の事を聞きたいと思いながら、言い出せない。
 もし、恋人だと言われたら、泣いてしまうかもしれないから。
 来週になれば、クリスマスも終わり、エド子のバイトも終わってしまう。
 ロイもクリスマスでこの店をやめると言っている。
 クリスマスが終われば、弟と二人ぼっちの暮らしが始まる。
「クリスマスケーキの予約締め切りが迫ってまぁす! よろしくおねがいします!」
 差し出したケーキのチラシを受け取った男は、くしゃくしゃと丸めて道に捨てた。
「ねえ、ママ、今年は去年より大きなケーキを作ってよ!」
 背後で、小さな子供の声がした。
 立ちつくすエド子の脇を、手を繋いだ母子が通り過ぎていった。
 白一色に染まった冬の街で、エド子はなすすべもなく立ちつくす。
 風に吹かれて、捨てられたケーキのチラシが仔グマの足にすり寄ってくる。
 小さなクマは、丸めて捨てられ、濡れて弱くなったチラシの皺を丁寧に広げながら、カサカサに荒れた唇を噛みしめた。
図書館で調べものを終え、夕食の買い物をして家に帰ると、大きな鎧がいきなり抱きついてきた。
「無事だったんだね、姉さん!」
「うわぁ、なんだよ、アル!?」
「今さっき、ラジオで姉さんの店がある通り近くの交差点で、爆破事件があったって言ってたんだ!」
「まじかよ」
「姉さんが帰ってくる時間でしょ? もう、心臓止まるかと思ったよ」
「いつだ?」
「夕方の五時半頃」
「オレが店を出たのは五時だ。タッチの差だな」
「そうなの? でも、とにかくびっくりしたよ」
「しかし、この辺りの物騒になってきたな」
「姉さん、送り迎えしようか? ボク、硬いから、何かあっても盾くらいにはなれるよ?」
 アルはコンコンッと自分の鎧の胸を叩いて見せた。
 アルがこんな体になったのは、エド子がアルを人体錬成に誘ったからだ。
 術が失敗し、何とか魂だけは救うことができたが、アルは肉体をなくした。
 この街に出てきたのは、アルの体を元に戻す為だったが、ほとんど、手がかりというほどのものは掴めていない。
 図書館でも、本当に見たい資料は扉の向こう。
 国家錬金術師という肩書きがなければ、見せてはもらえない。
 だが、己の力を、軍の利益にのみ使う国家錬金術師になるという事は、「錬金術師よ、大衆の為にあれ」という錬金術師の原則に反する。
 それでも、何の情報も得られず、親が残した貯金を食いつぶし、アルバイトの収入で日々をしのいでいくだけで精一杯の生活よりは、マシではないか?
 鎧姿のアルを見あげ、エド子は決断の時が迫っているのを感じていた。
「いいよ、お前と歩いてると目立つから、逆に標的にされそうだ」
「そお? でも、気をつけてよ。姉さんがいなくなったら、ボク、本当に一人になっちゃうんだからね」
「わかってるよ。んっ? いい匂いがするな」
「ああ、シチューを作ったんだ。姉さん、好きでしょ? 味見してみて」
「大丈夫か?」
「何言ってるんだよ。錬金術は台所から始まったって言う説もあるんだよ。ボクを誰だとおもってるの?」
「はいはい、鎧の錬金術師様」
 笑いながらエド子はダルマストーブの上にある胴鍋の蓋を取ってみた。
 白い湯気と共に、美味しそうなシチューの香りが室内に広がる。
 おたまですくって味見をすると、思った以上に美味しかった。
 一気に食欲が湧いてきて、早速、スープ皿によそって、買ってきたパンと一緒にテーブルに運ぶ。
「どう、姉さん」
「ああ、美味いよ。どこかのケーキ見習いとは較べものにならねえな」
「そうそう、ロイさん。今日はどうだった?」
「ああ、この忙しいのに卵白混ぜる機械が壊れてさ、ずっと卵白混ぜさせられてたみたい」
「へー」
「修理は二〜三日かかるらしい。あいつ、しばらくは筋肉痛だぜ、あれ。卵白をメレンゲするのって、結構、力いるからな」
 厨房で白衣を袖まくりし、一所懸命に卵を混ぜているロイの姿を思い返し、エド子はクスクス笑った。
「そういえば、お母さんがいた頃、ケーキを作るときは、必ず、姉さんが卵を混ぜてたよね」
「そういうアルは、つまみ食い専門だったけどな」
「うん、苺を食べて、姉さんに叱られた」
「そうだな。オレも、今年のクリスマスは、久しぶりにケーキでも焼いてみるかなぁ」
「ここ、オーブンないけどね」
「それもそうだな」
「今年は、姉さんのお店のケーキでいいよ。美味しいんでしょ? 買ってきてよ」
「うーん、そうだな。店長に頼んでみるか」
「わーい! 楽しみだな」
 そうは言ってもアルフォンスはケーキを食べることができない。
 そんなアルが、何故、食べることができないケーキを欲しがるのか、エド子にはわからなかった。
 ふと見ると、今朝はなかったクリスマスツリーが置いてある。
「アル、あのツリー…」
「暇だから作ってみたんだ。クリスマスっぽいでしょ? あっ、そうだ。姉さん、後で一番上のお星様つけてよ」
「えっ?」
「てっぺんのお星様をつけるの。姉さんの係でしょ?」
 子供の頃、ツリーのてっぺんに飾る星を巡って、姉弟喧嘩になった時だ。
 いつもは何でも弟に譲れという両親が、星を飾る係はお姉ちゃんの役目だと言って、エド子のわがままをきいてくれた。
 忙しくて、そんな些細なことさえ忘れていた。
「おまえ、まだ、そんな事、おぼえてたんだ…」
「えっ?」
「いや、なんでもない。ようっし、星でもケーキでも、姉ちゃんがなんとかしてやる! まかせとけ!」
 胸を叩いたエド子の脳裏に、彼女の肩を抱くロイの姿が過ぎった。
 多くを望んではいけない…。
 多くを望んだ結果が、今の自分とアルフォンスの姿なのだ。
 失いかけた家族がそばにいて、今年もつつがなくクリスマスを迎える事ができる。
 多くを望んではいけない。
 エド子は自分に言い聞かせた。

翌日、エド子は更衣室で休憩を取りながら、溜息をついていた。
 ロイはまだ泡立てマシン代わりにこき使われている。
 だが、今日は顔を会わせなくて済んで、正直ホッとしていた。
「まさか、あいつが…」
 朝、出勤途中の事だ。
 足を止め、湿気で疼く左足をさすっていると、ロイが交差点の横断歩道を渡っていくのが目に入った。
 店とは逆方向に歩いている。
「よかった。あいつ、無事だったんだ」
 残業で八時頃まで居残りと言ってたから、大丈夫だとは思っていたが、実際に無事を確認して、エド子はホッとした。
「けど、どこに行くつもりだ? 遅刻すると、また店長に叱られるぞ」
 舌打ちをして後を追うと、ロイは一旦足を止め、辺りを見回して細い裏路地へと入って行った。
「…なんだ?」
 いつにないロイの怪しい行動に、コソコソと後を付けていく。
「まさか、彼女がいるのに、浮気してるんじゃねえだろうな」
 物陰に隠れながらつけていくと、革ジャン姿にサングラス、銜え煙草の男がロイに声をかけて来た。
 そばに近付きながら、じっと聞き耳をたてていると、切れ切れに「次の爆破予告」だの「アジトの場所」だの物騒な言葉が聞こえてくる。
「あのケーキ屋の付近は、広場に面していて、絶好の爆破ポジションだからな」
 というロイの声がした。
 今まで、見たこともない厳しい横顔に、エド子は息を飲んだ。
 人違いだ。
 ロイはドジでスケベで世話のかかるおっさんだが、人を殺すような男ではない。
 顔や背格好や着ているコートが似ているだけの別人に違いない。
「しかし、司令官が直々に現場付近で張り込んでるってのはどうかと」
「年末で人が足りないのだから仕方がない。例のテディ・ベアの件もあるしね」
「ああ」
「出来れば無傷で手に入れたい。かなりのレアものだからね」
「無傷…ねえ。ある意味、無傷は無理なんじゃないスか?」
「まあ、そういう事だから、今日中に泡立て器の修理の方の手配を頼む」
「アイサー」
 踵を返し、ロイが戻ってきた。
 エド子は物陰に身をひそめてやり過ごし、店までやってきたのだが…。
「こんにちわー、機械の修理に来ました」
 店の方で声がした。
 エド子が更衣室から顔を出すと、店長と小柄で眼鏡をかけた修理屋が工房に入って行くのが見えた。
 修理屋と入れ替わりに、ロイが右腕をさすりながら出てきた。
 エド子は、慌ててドアを締め、何事もなかったかのように椅子に座ってコーヒーを飲む。
 間もなく、ロイが休憩をしに更衣室に入ってきた。
「はー、やっと、修理屋が来たぁ…」
 いつものように情けない声をあげるロイの姿に、エド子は今朝のはやっぱり人違いだと自分に言い聞かせた。
「あれっ、私の分は?」
「あっ、悪い。今日は休憩なしなのかと思って、淹れてなかった」
「酷いなあ。まあ、いい。一口だけもらうよ」
 ロイはエド子のマグカップを奪うと、一気にコーヒーを飲み干してしまう。
「あーーーーーッ!!」
「なんだ?」
「かッ…かッ…カッ…!!!」
「ん?」
「何すんだよ!」
「何がだ?」
「人の飲みかけなんか飲むなよ!」
「んっ?」
「んっ?じゃねえだろ! このセクハラ野郎!」
 まっかになって怒鳴るエド子を見つめ、ロイはニヤリと笑った。
「はぁん…、間接キスしちゃった、いや〜ん・ってか?」
「ナッ! ダッ! オッ!」
「そうか、エド子はそんなに私の事が好きなのかぁ」
「何でッ! 誰がッ! お前なんかッ!」
「おっ、顔が赤いぞ? どれどれ?」
 ふいにロイの顔が至近距離まで迫って来て、コツンとおでことおでこが触れ合った。
「うーむ、熱はないようだ…ガフッ!!」
「人の気も知らないで、この人でなし!!」
 左手の拳を握りしめ、目に涙を浮かべて怒鳴ると、エド子は更衣室を出ていった。
「ちくしょう! ちくしょう!」
 エド子は、朝からロイが悪いテロリストのリーダーで、沢山の人を殺したんじゃないかと、どうしたら罪を悔い改めさせ、更正させる事ができるのかと、必死に考えていた。
 なのに、当の本人は、いつもとかわらず暢気にセクハラだ。
 爆破事件では三十六人の重傷者が出ている。
「なんで、平気でいられるんだよ!」
 大勢の人を殺してでも、自分達の我を通そうとする人間は、自分以外は虫けらだとでも思っているのだろうか。
「あんな奴、少しでも心配したオレがバカだった!」
 額を触り、手のひらで涙を拭った。


そして、12月24日。
 エド子はロイと店の外に設営されたケーキ引き渡し場にいた。
 まだ客は来ないが、通りを歩く憲兵の姿がやたらと目立つ。
 今朝の新聞には、再び爆破事件を起こすと、テロリストの予告状が軍に届いたと書いてあった。
 横目でトナカイの着ぐるみを着たロイを睨みつつも、どうすれば爆破事件を止める事が出来るか。
 エド子の頭は、これ以上ロイに罪を重ねさせない方法で一杯だった。
 なのに、当のロイは、相変わらず暢気なものだった。
「なあ、一つだけ聞きたい事があるんだが…」
「何?」
「私がトナカイの着ぐるみなのはいい。だが、何故、君はミニスカサンタじゃないんだ?」
 こんな時に下らない事を言いだすなんてと、舌打ちしながら適当に答える。
「死んだ母さんの遺言で、女の子は足腰冷やすなって言われた」
「けど、クマサンタとトナカイっていうのはどうかと思うが?」
「…」
「やはり、クリスマスでコスプレと言えば、ミニスカサンタだろう」
「なら、あんたがミニスカサンタやればいいだろ」
「最近、冷たいなあ」
「そう?」
「あー…、この間の間接キスは悪かった。そろそろ、機嫌を直してくれないか?」
「あっ、お客さんだ。いらっしゃいませ〜!」
 取りつくしまを与えず、エド子が営業スマイルで接客をはじめた。
 ロイはさらに話しかけようとするが、一度客が来始めると、次から次へやってくる。
 ようやく客の波がとぎれ、二人が息をついた時だ。
 小さな男の子が引換券を持ってやってきた。
 エド子からケーキを受け取った男の子が歩き出した時、雪に足を取られて転んでしまった。
「おい、大丈夫か!?」
 駆け寄ったエド子が、男の子を抱き起こし、雪を払ってやる。
 受け取ったケーキは地面に叩きつけられグシャグシャになっていた。
 落としたケーキのなれの果てに気付いた男の子が泣き出した。
 どうする事もできず、エド子がオロオロしていると、ロイが「こらッ」と言って男の子の頭をこづいた。
「たかがケーキ如きで、男がメソメソするな」
「おい!」
 泣いている男の子を叱り、ロイは新品のケーキを男の子に差し出した。
「ほら、これを持っていきなさい」
 差し出されたケーキと、自分をこづいたおじさんを交互に見つめ、
「でも、おじさん、お金……」
「おじっ…、まあいい。これはクマサンタからのクリスマスプレゼントだ。だから、お金はいらない。そのかわり、今度は転ばないように気をつけて帰るんだぞ?」
「うん、トナカイのおじさん。ありがとう、クマのお姉ちゃん」
「それから、泣き虫な男は女の子に嫌われるぞ。ほら、涙を拭いて…」
 ロイが涙を拭いてやり、頭を撫でてやると、男の子はニコッと笑って礼を言い、そーっと足元に気をつけながら歩いていった。
 その後ろ姿を見送ったあと、おもむろに落ちたケーキを拾いあげたロイの尻にエド子が蹴りを入れた。
「何をする!」
「何をするじゃねえ! 勝手な事しやがって! ご予約ケーキは数量限定だろうが!」
「だから、なんだ?」
「数が足りなくなったら、どうするんだよ!」
「その時は、謝るしかないだろうな」
「ああ?!」
「というわけだから、ここは頼む。ちょっと店長に叱られてくるよ」
「ちょっと待て!」
「大丈夫だ。悪くしても私がクビになるだけの話だ。大したことじゃない。それに…」
「?」
「幼い頃の幸せな記憶は多い方がいい。大人になって辛いことがあっても、それを支えに生きていける」
 そう言ったロイは、少し泣きそうな顔をしていた。
「仔グマには、まだ、わからないだろうけどな」
 笑いながら、大きな手で、いつものようにエド子の頭を撫でたロイは、少し哀しそうに見えた。
 エド子は、何故、ロイに惹かれたのかわかった気がした。
 ロイのやさしさと笑顔の向こうに広がる闇は、エド子の心の奥底に潜む暗闇と同じ色をしている。
「なあ…」
「んっ?」
「どんな理由であれ、人を傷つけるのはよくないよ…な?」
「急に、どうした?」
「オレは、自分の家族が殺されそうになったら、そいつの事を殺してでも、家族を守ろうって…思う」
「………」
「だけどそいつにも家族がいる。もし、本当に殺してしまったら、オレはそいつの家族まで傷つける事になるだろ?」
「何が言いたい」
「誰も傷つけず、傷つかずに、みんなで上手くやっていく方法って、ないのかな…」
 拳を握りしめたエド子の右手が微かに軋む。
「他人の命を奪わずに、みんなで仲良くやっていく方法って、ないのかな」
 ロイの瞳に映るエド子は、泣きそうな顔をしていた。
「幸せでいたいのは、大人も子供も一緒だろ?」
 ロイがどんな人生を歩んできたか、エド子は知らない。
 ただ、他人を殺さずにはいられないほどの決意を抱くほどの絶望を、抱えている事だけはわかる。
 エド子が何とかしたいと思っても、決めるのはロイだ。
「オレは、自分が知ってる奴が、悪いことをしたり、人を苦しめるのは嫌だ」
 ロイはエド子の肩に手を置くと、静かな声で答えた。
「そうだな。だが、そうもいかないのが大人の世界だ」
「…」
「好きで他人を傷つける人間などいない。不毛だとわかっていても、そういう方法しかない事もある」
「でも!」
「世の中の人が、みんな、君のよう優しい人ばかりならいいんだが…。まあ、今はそんな事を言っていても始まらない。とにかく、店長に叱られてくるよ」
 優しく仔グマの頭をなでて、ロイは店に入っていこうとした。
「待てよ、オレが行く!」
「しかし…」
「いいよ。オレ、ケーキの数の事ばかり考えて、あの子の気持ちなんか考えてなかった。それに、おまえが忙しくて気が立ってる店長にボコられて、売り子がへったらオレが困る」
「だが、言いだしたのは私だ」
「いいから、いいから! あとはよろしく!」
 エド子はロイの手からケーキをひったくると、店の中に入って行った。





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