探求浪漫
>13氏
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愛している。狂おしいほどにいとおしいあの子のことを
人を探し、そうすることで私は旅を続けてきた
夢の中に、君の中に
この数日、どうも感傷的でいかん。
あれから私は研究所に3日ほど泊り込んでいる。
外来客用に宿泊施設の完備されていた所なので何も不自由はなかった。
だが、通信機器のメンテナンス期間と重なったせいか、そこで外部と連絡は取れずにいた。
ゆえに、その間、妻は家で一人でどうしているだろうかと気が気でなかったのだ。
彼女は私どころか、他人に世話を受けるのすら避ける節がある。
簡便な生活をと思って雇った介護人やハウスキーパーすら疎ましく感じているのか、まったくといっていいほど彼らに物事を頼もうとはしないのだ。
食事だけでも用意するか運んでやるかしてやってくれと、出かけ前に言っては来たが、心配ではある。
車椅子しか扱えない彼女のここ数日はどうなっているのか。
大きな娘を持った親のような感覚まで持ちえてしまう。
「家に電話?」
ようやく回復した通信機器の前に私はいた。
振り返ると、以前、売買交渉した彼女がいる。
もうじき准将という甚だしい昇進を遂げる彼女…マスタングだった。
「受話器、さかさまだ」
「ああ、うっかりしてたよ…近年の設備品というのは慣れないものだ」
やめた。彼女の前で電話はしたくない。
それに、こんな夜ふけにかけても繋がらないだろう。
朝いちで、またかけなおしてみよう。
「君、体調はいいのかい?こんなところまで出向いてくるなんて」
顔色があまりよくないな。
それに、そんな薄手のカーデガンだけでは寒いだろうに。
夜も遅いが、ここでは軍部の制服だと目立つから、あえて私服できたのだろうか。
「着ていなさい、こんなもので悪いとは思うが寒さはしのげる」
「ありがとう」
とりあえず、上着を渡すとマスタングは苦笑しながら微笑み返していた。
こうして見ると、いずれ母になる予定の人は、本当に美しいと思う。
だが、君の意図がわからない。
ハボ子を差し出したいと言ったのは君で、彼女を私に突き出したのは治すためではなかったのか?
私を利用したかったんだろう?
得難い部下を治したかった君が何故…鷹の目と、一時でも関係していたハボ子を更に悲しませることをする
泣いて叫んで治せ、買えと切羽詰ったあの顔で、崩れていた君の願いは何だった?
金銭による売買ではなく、上司としての命令でハボ子を私のもとに送ったのではなかったのか?
とんでもない君の発想に困惑した私は、意趣返しをしてやったんだ。
受け入れる条件に、私はあえて結婚という形を提示して、ハボ子自身に拒否させるつもりでいた。
なのにそれでもハボ子は、君に説得されたのか、のこのこきたんだぞ。
あの子を何だと思っているんだろう。
鷹の目と君が昔から深い関係なのも薄々、気づいていたさ。
離れがたい強い絆、君らの繋がりに私もハボ子も付け入る余地などなかったのもわかっていた。
「光のホーエンハイムは何か言いたそうだ…言ったら?」
「無いものに惹かれる質でね…それだけだよ」
だが、惹かれていたんだよ。駆け上がる君の姿が美しく、輝いて好きだと思った。
しかし、私のその思いはあがいて走る人間への憧れからくる恋情の入り混じりだ。
私にはできない生き方をする君が心底羨ましくて、私にできない浪漫を持っている。
最初はまったく気のおちつかない気分だったが、子供のような憧れだと覚えていった。
そんな折、ハボ子と共に怪我をして復帰した後、君は酷く憔悴していた。
あの時、私はいっそう確信したんだ。
不謹慎な浪漫だが、ハボ子の怪我に責任を感じて苦しむ君を心底羨んだ。
そんな対象がいる、守り抜きたい仲間を持っている…重い立場だが、人を心底思っている。
君は志だけでなく、仲間の生命も守りたいと願って生きている…
あふれんばかりに人間らしかったんだ。
明るくふるまい時には冷笑するが、その実奥はとても暗く、あがいて、悲しんでいる。
そんな姿がひどく美しかった。
だが、その時、私はもうひとつの対象に目が行った。
君が悔やんだ仲間の存在に、私は大きく気がついたんだ。
そんなに君が思い煩う対象とは、どんなものかと関心が向いただけかもしれないが、そこでハボ子の存在に初めて私は意識をともしたんだよ。
あの子の、鷹の目に送る視線は、前々から普通じゃなかった。
君に悔やまれ哀れまれ、鷹の目には慰めのように接して抱かれるハボ子…
下卑た想像に私は辿り着いたんだ。
そんな予想が当たっているのではないかと、見ていられなかった。
心細そうでたまらなかった。
――似てたんだ
トリシャに置いていかれた私の空っぽな虚無感があの子を欲しがってしまったんだ。
そしてやがて、焦がれた君より深く愛してしまった。
嫌われていてもいい、憎まれていてもいい。
愛し返してくれはしないあの子とわかっていながら抱いていった。
「明日、あなたは帰ると聞いたけど?」
「ん、ああ…研究が一段落ついたのでね」
物思いに沈む私をはっとさせるかのように、彼女はここに来た理由を淡々と述べていった。
「私は、巡察のついでに寄っただけだから…それに、誰かのおかげで、中尉がここ数日、留守中でどこへ行くにも気楽なものだし」
「何の巡察か検討がつくね、私の動向に軍がどう介入するかだろう」
「私は部下の復帰がかなうかどうか知りたいだけだから…ほかのことはどうでもいい」
「今のところ、前向きでいてくれたまえ」
「そう…それがいい」
聞いてみようか。
妻と鷹の目の関係も一時的な慰めだと知っていただろうに
断ち切れていない妻の思いを知っていて、あえて孕んだ?
買った私が言うのも変だ。
それに、妻が知ったらかわいそうだとか簡単に考えてしまった自分が単純すぎて恥ずかしくなる。
うまく言葉にできないんだが、
「マスタング大佐…君は」
「……」
沈黙の後、彼女は突如として結論を述べてきた。
はっきりと、まっすぐに
「あれは、私のだから」
私はその意味に聞き入った。
「私が死んだら、あれは仕事をやめて他のものを守ろうとしないんだ」
「鷹の目が、か?」
「だから、繋いでおく。私に次ぐ唯一の同胞だ。
死んでも守らせるもののために残してやる。
そうすれば戦い続ける男になる。そう決めたんだ」
「子はそのためか?」
「無論、愛する。この子の人生は私の責任だ、全霊を私が捧げる」
それでハボ子も、他の部下たちをも守れる可能性にかけるのか。
君はまったく…
「なんて女性だ…極端すぎる気もするが」
「安易すぎて反吐がでるな…だが、他に何もいらないんだ」
「そうでもないよ、私も器用な人間じゃないからね」
私のように寂しがるだけで手に入れたことを思えばね
誰かがいないと、愛するものを認識できないんだ
次の日、私はいつのまにか使用人も誰も出勤してこない様子の我が家に戻った。
「ただいま、戻ったよ」
昼なら誰かが必ず家か庭の手入れをしているのに、妻は彼らを帰らせたのだろうか。
廊下をひたひたと、あてもなく私は彼女を探す。
そして、寝室の前の扉で、私は『彼ら』のやりとりに耳がいった。
男と女…―――――
小さく開いた扉の隙間から流れる音そのものに…
久々に聞く彼女の声、久々に聞く奏でられた女の色
「あ、ぅ…やあぁ」
「戻ったみたい…ハボ子少尉…あなたの人」
「やだ…やめない、で…ア、ア…―――っ」
激しい嬌声だった。悔しがって私の腕の中にある時の彼女じゃない。
幸せそうで、嬉しそうで…だが、とても悲しそうだった。
気づいたのか、それとも彼は君に伝えたのか?
君の中には決して収まらない相手なんだぞ
「もっと…あ、はいってきて…あん、中尉っ…」
そんなに無理に鷹の目を繋ぎとめようとするなと感じる。
鷹の目は快楽だけを割り切って持ち、妻を抱いていっているようだ。
至極精緻な落ち着きの様子で、大して女と喜びあっている風でもないみたいだ。
それでも、ハボ子は悩ましげに鷹の目を求めている。
声だけでわかるさ。
放さぬように、死に物狂いで男を探ってる声なんだよ…。
「や、あぁ…もっと動いて…きつく、して…犯していいからぁ…ぁっ」
欲しいと切に願ってる。
鷹の目がそれほど真摯に抱かなくなっているのを寂しがり、ハボ子は甘えた声でねだるように欲しがってる。
開けようと思ったドアを隙間だけで、私は閉めた。
そしてしばらく居間で時間をつぶした。
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