幸せのカタチ
>坂上氏

【注意】ロイエド子前提


お義兄さんへ

突然こんなことをして申し訳なく思います。貴方の目の前にあるだろう紅い水は、僕と姉さんです。
僕はやはり、姉さんと離れて生きていくことを、想像することさえできませんでした。
貴方はかつて、死ぬことでしか愛を表現できない物語を、陳腐を越えて滑稽だと笑いました。
僕も同感です。ですが、死ななければ守り通せない愛もあると、身をもって知りました。
思えば僕ら姉弟は、今まで何度も死に別れそうになったり、別の道を歩みそうになりました。
それでも離れずにきましたから、僕は姉さんと一生涯添い遂げるつもりでいました。
なのに姉さんは、貴方と結婚すると言うのです。僕は止めるよう泣いて頼みましたが、だめでした。
恥ずかしながら貴方にも、姉さんを諦めてくれるよう頼んだこともありましたね。
でも、貴方も姉さんも、お互いを愛する気持ちは固かった。僕が付け入る隙はありませんでした。
だから僕は、姉さんが完全に貴方のものになる前に、もう誰にも奪われないよう共に旅立ちます。
貴方には本当に心から感謝しています。せめてものお詫びに、僕らは溶け合って石になります。
なにか貴方の役に立てれば幸いです。半分は姉さんです、捨てずにおいてください。
貴方の義弟であるにはあまりにも惰弱で恥ずかしいのですが、僕にはこれが精一杯です。
こんな形でしか、僕は愛を守れなかった。さぞ滑稽でしょう、笑ってください。
ごめんなさい。本当にごめんなさい。姉さんは僕がもらいます。

                                     義弟より


「……やめた」

ペンを放り投げて紙を丸める。ゴミ箱を狙って投げたが、ややそれて床に転がる。
拾いに行くのも面倒で、そのままにする。紙屑がゴミ箱を中心にあちこちに散らばっていた。
無理心中の遺書を書きなぐっては丸めて放る、それを何回繰り返しただろうか。
そんなこと、実行できっこない。だからこそ書くことができて、書いては捨てる。

いよいよ姉さんが婚約する。春になったら正式に結婚するという。
酒に酔った勢いで、泣きまねをして見せながら、おどけて結婚は止めてくれと言ってみた。
ずっと傍にいると約束してくれたじゃないかと、姉さんが困るのを承知で言ってみた。
姉さんは、僕の顔を自らの胸に押し当てるように抱え、ごめんと言いながら頭を撫でてくれた。
僕は泣きまねだったのが本当に泣き出してしまい、何度も何度も行かないでと言って泣いた。
一生僕だけのものでいて。でも幸せになって。誰よりも幸せでいて。
僕が幸せにするなんて言えない。僕が姉さんにあげられる幸せなんて、程度が知れてる。
机に突っ伏して頭を掻きむしっていると、足元で猫が鳴いた。
抱き上げてやると、喉をならして顔を擦り付けて甘えてくる。春には家族はこのこだけになるのだ。
このこ一匹なら、いくらでも幸せにしてやる自信があるのに。
でも、実はこのこが一番好きなのは、義兄の膝の上だ。あの肉厚な感じがいいらしい。
お前もか。そう言うとニャンと一声鳴いたのを鮮明に覚えている。

姉さんは、泣きすがる僕をどう思ったかわからないけど、あれ以来態度になんの変化もない。
家具を探しに行く、合わせて生活用品を買いに行く、それらすべてに付き合わされた。
いいかげん荷物を抱えてふらふらしていると、最後に一件寄る店があると引っ張られる。
僕がもっとも見たくない、花嫁衣装のデザインを決めにいくのだと言う。
僕は新郎ではないし、そんなの着る人が好きに決めればいいと思う、と返事をするも問答無用。
興味ないからと宣言したものの、大量のドレスを前にすると、あれこれ着せてみたくなる。
とりあえず、胸のパットは5枚くらい仕込むと見栄えがいいということがわかった。
父さんは相変わらず行方不明で、このぶんだと姉さんと腕を組んで歩くのは僕の役目になりそうだ。
たびたび義兄が夜にやってきては、新居だの引っ越しだのの話をしていく。
僕も同席させられるけれど、話はほとんど聞いていない。適当に相づちをうって、適当に流す。
どうしてそんな話を僕に聞かせるんだろう。僕には全然関係ない、ここにいて辛いだけだ。
何がどう決まっても異存はないからと伝え、話も早々に部屋に戻る。
ベッドの上では猫が長々と真ん中に寝そべっていた。こんな時に、緊張感のないやつだ。
姉さんが嫁いだら、今の姉さんのベッドはお前にあげよう。存分に伸びるがいい。
……だめだ、姉さんのベッドは僕がもらう。せめて匂いだけでも姉さんを感じたい。
姉さんのいない生活。きっと、静かでいい。帰りが遅いと心配したりされたりすることもない。
猫が姉さんの部屋に入り込んでカーテンをバリバリにして、僕が怒られることもない。
ある意味、天国だ。本当の意味でも天国かもしれない、生きている気がしないから。
いや、僕は死んだら天国にいけるんだろうか。実の姉を本気で愛しているのに。
姉さんに聞いたらきっと、天国も地獄も存在しないから何も怖れるなと言うだろうけど。
天国だろうと地獄だろうと、姉さんと一緒ならどこへだって行ける。喜んで行ける。

義兄さんが気に入らないんじゃない。姉さんを僕から奪うものなら、何だって等しく憎い。
だったら、そいつを消せばいい。でも、姉さんが愛した人を消せば、姉さんが悲しむ。
消した僕のことを恨んだり憎んだりもするだろう。それは嫌だ、姉さんに嫌われたくない。
いっそ死んでしまおうかと思ったりもした。死ねば、それから先のことは知らずにすむ。
でも、姉さんが命がけで練成してくれた体を易々と手放すことはできない。
でも、体が戻ったせいで、僕は姉さんと離ればなれにならなきゃいけなくなったんだ。
あのまま鎧でいればよかった。鎧なら、姉さんが嫁いだ先に置いてもらえたかもしれない。
そして、姉さんの子供やその子供、そのまた子供に至るまで、ずっと見守れた。
鎧がかつて動いて喋ったと知る人がいなくなっても、ずっとずっと姉さんの子供たちを見守れた。
そうだ、そうすればよかった…………なんて。あれほど生身の体に戻りたいと願っていたのに。
戻れるなら何でもしようと思っていたのに。いざ戻れたら、鎧の方がよかったなんて。
僕は単純で贅沢だ。生身の体の方がいいに決まってる、鎧の方がよかったなんて嘘だ。
姉さんの温かさや柔らかさ、肌の感触や髪の匂いを、あれほど知りたいと願っていたんだから。
命がけで僕の体を取り戻してくれた姉さん、影ながら支え続けてくれた義兄さんには感謝している。
もうやめよう。いつまでもこんなに鬱々としているのは。
そのふたりが手を取り合って幸せになろうとしているんだから、笑顔で見送るのが筋だ。
だから最後に一度だけ、僕の我がままを聞いて欲しい。本当に、これが最後だから。

「姉さん、一週間だけ付き合って」
「だけ? このくそ忙しい時に一週間も? 何に?」
「うん、仕事とか休める?」
「そりゃ頼めばどうにかなるだろうけど、だから何に付き合わせる気なんだよ?」
「一週間だけ、僕だけのものでいて」

姉さんも僕も無理を言って休みをもらう。ふたりきりで最後の旅に出た。
かつて修行した無人島へ。他に誰にも合わず、本当にふたりだけで過ごすために。
姉さんは一応恋人にだけは、連絡が取れなくなるが一週間で戻ると電話で告げていた。
義兄さんは猫の餌やりを申し出てくれたそうで、ありがたかった。
島に人が渡ったと知られるのを避けるため、夜にダブリスへ着く列車に乗る。
深夜、周りに人がいないことを確認してから、湖面を凍らせ道を作った。
歩いている途中、ふと思い立って姉さんと腕を組む。春には式場でこうやって歩くんだろう。
義兄さんが待つところまで、姉さんを連れて。姉さんを渡すために。
嫌だ、父さん帰ってきて。そんな役目、僕にはできない。そのまま自分が祭壇の前まで行きそうだ。
いや、やめよう。そういう思いを払拭するために、ここまで来たんだから。
すると姉さんが自分の荷物を探り始め、鞄の中からシーツを引っぱり出して頭に被った。
ベールっぽいだろと言って笑う姉さんを、月がほのかに照らす。
この道中が僕らの結婚式だ。これから一週間だけ、僕は姉さんと結婚生活を送る。







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