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8

嘆くはならぬ
いとし子よ
そは幸せにあらねども
光りあれと
声降りて
世の全き理を与えん

汝が願いを
汝が夢を
汝が哀しみを

すなわち
汝を統べる全ての感情を

浩々たるその瞬きに示すのだ




「おい。」
声を掛けると、蒼い瞳が祐希を見上げた。
「何やってんだよ。」
揺れる瞳を無視してドサリとその横に腰を下ろす。
それ以上言わない祐希に昴治は悲しげな面持ちで俯いた。

あの出来事以来、ふたりの関係はすこし変わった。
いつも笑顔で祐希をみつめていた昴治の瞳は、
どこか物悲しげな光を湛えて、
昴治が何か漠然とした、けれど以前より強く、
確かに近づいてくる不安にゆれているのを祐希に知らしめた。
けれど、祐希はそれ以上に不安を感じていた。
自分がどれだけ昴治に依存しているかを知ってしまったから。
いつ、昴治が以前の記憶を取り戻すのか、気が気ではなかった。
昴治が悩めば悩むほど、自分の中の不安も大きく膨らんで。
昴治にとって、思い出すのはきっと良いことではないと、
だから何も考えなくていいから、ただ自分の傍にいればいいのだと。
何度も口に出しかけては、その度にその言葉を強引に嚥下した。
思い出すか否かは、昴治の問題であって、
本来は祐希の関わるべき範囲ではない。
けれど、一緒にいて欲しいという気持ちがあることだけは
どうしても偽ることが出来なかった。
昴治が何を思っているのか、青い風に揺れる瞳からは
何を推し量ることもできない。
ただ真っ赤な夕焼けが、何も言わずに二人を包んだ。
「陽が落ちる。」
たくさんの言葉の代わりにそれだけを言う。
見上げた昴治はひどく追いつめられているようだった。
落ち着かせるように、その肩を抱く。
「家に入れ。夜は冷え込むからな。」
その言葉に、昴治は唇を噛んでぎゅっと祐希に縋りついた。
「おい…?なんだ?」
慌てる祐希に、昴治は何も答えなかった。


すっかり陽も落ちて、夕飯を食べ終えると、
少しだけ二人に会話が戻った。
暖炉の前に椅子を置いて、ぽつりぽつりと話をする。
とはいえ、話しているのは昴治ばかりで、祐希は聞くのが専門なのだが。
昴治に少しだけ笑顔が戻った。
それが、祐希には嬉しかった。
しかし。

コンコン

響いた音が何なのか、一瞬二人には理解する事が出来なかった。
気づいた時、二人はハッと息を飲み背後を振り返った。
コンコン、ともう一度ドアを叩く音がした。
昴治を見やると、彼は酷く動揺していて両手を胸の前で硬く握り締めたまま
ドアをみつめて立ち尽くしていた。
強く唇を噛んで、祐希は昴治を少し下がらせ自分はドアを開けるために前に出た。
じっとりと汗ばんだ手に、ノブが酷く冷たかった。

コンコン

もう一度、変わらぬ様子でドアを叩く音。
深く息を吸い込んで、祐希は静かにそのドアを開けた。
「誰だ…。」
細く開けた隙間から伺うように外を見る。
そこに立っていたのは、一人の男だった。
緩やかなウェーブを描いた銀髪が、もう少しで肩に触れそうに揺れている。
明るい緑色の瞳は薄い月明かりを映して。
唇はやわらかな笑みを浮かべていたけれど、祐希はそれだけではない何かを感じていた。
「こんな時間に、何の用だ。」
「あのですねえ、人を探しに来たんだけど途中で道に迷っちゃいまして。
今晩泊めていただけたりしたらありがたいんですけどね。」
祐希の警戒するような言葉にも、男はまったく動じる様子はない。
変わらずうっすらと笑みを浮かべているだけ。
「アンタを泊める義理はない。」
祐希は追い返すようにドアを閉めようとした。
酷く嫌な予感が胸をざわめかせる。
「帰れ。」
言ったのと、小さなつぶやきが空気を震わせたのとは、同時だった。
ドアから手を離し、背後を振り返る。
引き止める力を失って夜風に大きく開かれたドアの、
その先に佇む人影を捉えた昴治の揺れる瞳が、大きく見開かれた。
男も、まるで昴治がそこにいることを知っていたように、
真っ直ぐな瞳で彼を見つめる。
「…迎えにきたよ。昴治。」
ゆっくりと紡がれる言葉に、昴治の唇から細い息が漏れた。

「イクミ…。」





---------------------------------補足ぅ!
いつもながらおっそい更新で
漸くお届けします。8話目です。
ははははは、イクミ登場(何故笑う)
いろいろいそがしかっただけでなく
彼の登場シーンにこだわりすぎて
なかなか書けなかったというのも本当です。
後は冒頭の詩。文体めちゃめちゃですが、
笑って許してやってくださいね。
だってこれが一番よかったんだもん…。

さて、ラストまで後数話。
よろしければお付き合いくださいませv


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