「Two for the Rord 前編」



 それは金波宮のとある日常風景から始まった。

 いつものように下界に降り、深夜になってようやく戻った陽子を、景麒がこれ以上ない位渋い顔で待ち受けていた。
「今戻ったぞ――」
「お早いお帰りですね」
 あっけらかんと悪びれた様子もなく戻った陽子を、酔っ払って深夜に帰った夫を迎える妻のような声と表情で景麒は迎えた。
「一々嫌味を言うなよ。言いたい事があるのなら、はっきり言ったらどうなんだ」
 その言葉に景麒の眉間の皺はますます深くなり、珍しく語気を荒げる。
「今何時だと思っているのですか!」
 しかし全く堪えた様子もなく、陽子は明るく返した。
「悪い、ちょっと遅くなった」
「連絡位して下さってもいいではありませんか!」
「分かった分かった、もう疲れたから寝るよ」
「お待ちください、まだ私の話は終わっていませんよ」
「もう遅いから後でいいじゃないか。待ってないで先に休んでればいいのに。そんなにその日の内に説教しないと気が済まないのか?」
 そう切り返すと、陽子はさっさと自室へ戻って行った。
 ほとんど――というより完全に立場の逆転しているこのやり取りは、陽子の脱走の度に繰り広げられる年中行事であった。

 さらに数日後、金波宮のある休日。
「主上、これ位は覚えておいて下さい」
 基礎的な単語ばかりを書き連ねた紙の束を、庭で鈴、祥瓊と共にお茶を飲んでいた陽子の元へと休日にも関わらずわざわざ持ってきた景麒に、陽子はうんざりしたように答える。
「たまの休み位ゆっくりさせてくれ」
「何を仰るのですか。私は主上の為を思って――」
 どちらが妻でどちらが夫かは言うまでもないが、このまるっきり夫婦のようなやり取りをさすがに呆れた様子で鈴と祥瓊は眺める。
「ちゃんと政務はしてるだろう? 何でわざわざ休みの時までそんなものもって来るんだ」
「そんなものとは何です。これは主上に必要なものなのですよ!」
 主従の争いを止めるべきか悩む鈴と祥瓊だったが、馬に蹴られるのも嫌である。とりあえず静観していると、一通りお互い言い合いそろそろネタ切れになったのか、主従は同時に黙り込む。
 景麒は静かに主を見つめていたが、陽子に睨み返されふいっと視線を逸らす。
「もう……もう、我慢出来ません!」
「それはこっちの台詞だ。一日中小言を聞かされる私の身にもなってみろ!」
「……分かりました」
 景麒の言葉に陽子は今回の喧嘩はこれで終わりだと思ったが、今日はそうではなかった。

「しばらく、実家に帰らせて頂きます!」

 咄嗟に何のことか理解できず、対応が遅れた。呆然としている陽子を後に景麒はその場から逃げるように走り去っていった。

「おい……」
 たっぷり数分の間が空いた後、陽子は呟いた。
「何なんだ……この場合、私が景麒の実家とやらに迎えに行かなきゃならないのか? というより、あいつの実家って一体どこなんだ?そもそも、あいつはいつから私の妻になったんだ……?」

 様々な疑問が浮かんでは消え、陽子はしばらくその場に立ち尽くすしかなかった。


後編へ  戻る               03/06/20

前編です。
何だか日常風景っぽいです。
結構前に書いたものです。

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