「MISSION IMPOSSIBLE Part U〜ミッション・インポッシブル・パート2」

〜Part Tのあらすじ〜

 金波宮に、不可能と言われた任務を遂行しようとしている男がいた。
 一度は失敗したものの不屈の精神でリベンジを図る。
 その無謀な男は今日も花束を持って執務室へ向かっていった。



 もう失敗は繰り返さない。はっきりと主上をお誘いするのだ。
 そう胸の内で何度も呟きながら景麒は執務室の前で気合を入れなおし入室する。
「主上、これを――」
 どうぞ、と言いかけた景麒の動きが止まった。
 不可解なことに何故かそこには冢宰がいたからだ。
「ああ、景麒か。悪いけど用なら後にしてくれないか。これからちょっと出かけてくるから」
 そう言って陽子は浩瀚の隣に立つ。
 景麒は混乱した。
「どこに行かれるのです? それに何故冢宰がここに居るのです?」
「浩瀚が麦州を案内してくれるんだって。ちょっと視察に行って来るから」
 そう軽く言うとさっさと歩いて行ってしまう。
 呆然とする景麒に、浩瀚は楽しげに言う。
「ではそういう事ですので、台輔」
 予想外の出来事に、景麒は二人が去った後もしばらくその場に立ち尽くしていた。

 その後は当然政務も手に付かず、苛々しながら待っているとようやく主が戻ってきた。
 すぐに景麒は冢宰の元に向かう。

「どういう事です、浩瀚」
 予想通り来た景麒を、浩瀚はにこやかに迎える。
「どう、とは?」
「そのようなとぼけ方は止めて頂きたい。主上をお誘いした事についてです」
「ああ、それが何か?」
 あくまで白々しく答える浩瀚に、景麒は僅かに声を荒げる。
「私にあのような事を持ちかけておきながら、何故あのような真似をなさるのか」
 軽く肩で息をつきながら問い詰める景麒を前に、浩瀚は全く動じる様子がない。
「台輔」
 静かに呼ばれ顔を合わせると、至極真面目な顔で浩瀚が言った。
「私は邪魔をしないとは一言も言っておりません。それに、こういう事は、障害があった方が盛り上がるものなのです」
 景麒は陽子を相手にする時とはまた違った意味で、力が抜けて行くのを感じた。

 景麒は今日も「縁起のいい花」というあまりよろしくない言葉と共に陽子に花束を差し出した。
 芸が無いが、浩瀚に先を越されては大変である。
 陽子は不思議そうにそれを受け取る。
「花くれるのは嬉しいんだけど……何だって急に花を寄越すんだ? この前もらったばかりだし」
「縁起がいいのですよ、ええ……新年の門出に相応しく……」
 すでに新年と言う時期でもないが、口下手であることにかけては金波宮一である景麒はそう苦しい言い訳をするしかない。
「まあいいか」
今回ばかりはあっさりとした陽子の性格が幸いし、それ以上の追及を逃れ景麒はほっとした。
 そして次なる難関へと進む。
「主上、私と……明日一日その……お疲れでしたらいいのですがその……」
 恥ずかしい。景麒は頬が赤くなるのをはっきりと感じていた。
 しかし前回のように女御達と出かけられては困る。ましてや浩瀚となど持っての他である。
 もごもごと口ごもりながら切り出すが、どうしてもその先が続かない。
 最初は普通に聞いていた陽子だったが、煮え切らない景麒の態度に苛々してきたようだった。
「何だ? 言いたい事があるならはっきり言え!」
 主に睨まれ、景麒は慌ててほとんど叫ぶように言った。
「明日一日私と一緒に過ごして下さいませんか!」
 その言葉に陽子は拍子抜けしたように答える。
「何だ、そんな事か。いつも一緒にいるじゃないか」
「いえ、そうではなくて……一緒に下界に下りませんか?」
「でも、浩瀚がこの前案内しきれなかった所があるって言ってたし……」
 浩瀚……仕掛けておきながらどこまでも邪魔をする気ですね……景麒は心の中で呻く。
「浩瀚は急を要する政務があるのでしばらくは無理でしょう」
 この前の仕返しとばかりに景麒は言う。
「そうだな、たまには景麒と行くか。それで、どこを視察するんだ?」
「は……?」
「視察だろう?」
「……いえ、その、デ……」
「デート」という単語がどうしても言えず、景麒は再び口ごもる。
「そうです……たまには民の様子を直接知る事も大切ですので……」
 結局自分で自分の首を絞めている景麒であった。
 ここまでくるともうほとんど自棄になり、景麒は次なる難関に一気に進む事にした。
「主上、これをどうぞ」
 そう言いながら素早く包みを渡す。
 陽子が受け取った瞬間、景麒はくるりと踵を返した。
「では、明日お迎えにあがりますので」
 ほとんど走るように去って行った景麒を不思議そうに陽子は見送った。
「相変わらず変な奴だな。これは私にくれたって事か?」
 そう呟いて包みを開けてみると、そこには色鮮やかな襦裙が綺麗にたたまれて入っていた。
 香が炊いてあるらしく、品の良い香りが辺りに広がる。
 それを贈った景麒の思いも虚しく、陽子は軽く眉を寄せた。
「新手の嫌味か……?」
 どこまでも幸薄い景台輔であった。

「浩瀚」
 入ってくるなりいきなり本題に入る景麒を、浩瀚は面白そうに見た。
「主上をお誘いしましたよ」
「おや、予防線は張っておいたのですが、よくお誘いできましたね」
 しれっと言う浩瀚に、景麒は軽く眩暈を覚える。
「それと台輔、先程台輔が主上に贈られたものは無効ですよ。私は出かけ先で贈るよう言ったのですよ」
 どこまでも食えない浩瀚に、景麒はわなわなと震える手を握り締めた。
「分かりました。それも明日やり直せばいいのでしょう……」
 どこか重たげな足取りの景麒を、浩瀚は微かに笑みを浮かべて見送った。

 しっかりと布を二重に被って金の鬣を完全に隠した景麒は、主の姿を見て一瞬動きが止まる。何故なら昨日贈ったものをしっかりと着込んでいたからだ。
 黙ったまま見つめる景麒に、陽子は怪訝そうな顔をする。
「何だ、これを着ろって事じゃなかったのか? 全く、遠まわしな嫌味だよな」
 嫌味……思ったとおり個性的な解釈をしている陽子に、景麒は溜息をつきたいのを何とかこらえる。
 気の利いた台詞一つ言えないまま景麒が黙り込んでいると、背後から爽やかな、かつ抜け目のない声がかかった。
「主上、よくお似合いです。何をお召しになっても主上はお美しいですね」
 恥ずかしがる事もなくさらりとこんな褒め方をするのは、もちろん浩瀚であった。
 これが景麒なら陽子はすぐさま黄医に見せただろうが、浩瀚の場合不思議と違和感がない。
「そうかな……ありがとう」
 さすがに褒められて悪い気はせず、陽子はにっこりと笑った。
 ようやくこれからという時に……景麒は額を押さえ小さく呻いた。とことん邪魔をする気のようである。
「どちらに視察に行かれるのですか?」
 『視察』という言葉をわざわざにこやかに使ってくる辺り、浩瀚もさすがであった。
「首都を見てくるんだ」
 何も知らない陽子は明るく答えた。
「それは良いですね。私もしばらく視察しておりません。ご一緒してもよろしいですか?」
 陽子があっさり頷くので、景麒は慌てて遮った。
「冢宰、先程秋官長が探しておりましたよ。何か火急の用とか」
「その様な事は聞いておりませんが……おかしいですね」
「とにかく、探しておりました」
 そう言い切り、主の手をしっかり掴むと、軽く引っ張るようにして禁門へと向かう。
「何だ、景麒? そんなに引っ張るなよ」
「早く行かないと日が暮れてしまいます」
 一瞬だけちらりと後ろを振り返ると、浩瀚が例の食えない顔で笑っていた。


To be continued………


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次回に続きます。
次の話の都合上陽子には女装……?してもらいました。

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