◆眠れない夜に見上げるのはただ、秒針ばかり◆




「コーチ、大変さ」
その声に道徳真君は振り返る。
「俺っちなんかちっさくなったさ」
「て、天化!?なんだ!?どうした!?」
「いや、さっき雲中子さんの所で……」
幼子の姿で天化はことの経緯を道徳に話した。
雷震子に用向きが在った天化は雲中子の元へ。
そこで茶菓子の代わりに出された杏に口をつけたのだ。
もちろん雲中子特製の杏である。そのあたりの果実とは別物。
知らずに口にした天化はこの姿となったのだ。
「どーすんだ、お前……」
「どーするも効果が切れるのを待つしかないらしいさ」
「雲中子……どこまで俺に頭痛を持たせればすむんだ……」
過去に受けた数々の被害を思いこす。それだけでずきずきとこめかみが痛んでくる。
「それまでコーチのとこで世話になるさ。こんな姿じゃ下山できないさ」
子供ながらに咥え煙草。天化はにししと笑った。



「道徳、お昼持ってきたんだけども」
呑気にいつものように顔を出したのは普賢真人。
「いや、普賢……今日は一人で食うよ……」
いつもと違う口調に普賢真人は首を傾げた。
「何を隠してるのかな?」
「な、何も隠してなんか……」
「普賢さん?」
道徳真君の後ろから天化が顔を出す。
「出てくるなって!」
「……新しい弟子?随分と小さい子を選んだね」
天化の頭をくしゃくしゃと撫で、普賢真人はニコニコと笑う。
「普賢さん、俺っちさ。天化さ」
「……天化はこんなに小さくないと思うけど」
「雲中子のところで何か食わされたらしい」
ひょいと天化を抱き上げて普賢はまじまじとその顔を見た。
「まだ、ここに傷が無いね」
「普賢さん、降ろして欲しいさ」
軽く抱きしめて頬をすり寄せる。
「可愛い……ボクこんな子欲しいな」
元来の子供好きの彼女は天化を離そうとしない。
「天化、しばらくボクのところに来る?」
「行く。コーチのとこよりか普賢さんのところのほうがいいさね」
意気投合。天化は普賢の首にしがみ付いた。
「待て!子供でもそれは天化だぞ!!」
「こんな小さいこの面倒をあなたが見れるとは到底思えないけれど?」
「だけどな、天化は脱走の常習犯だぞ。それに手の掛かる子供だ」
道徳真君の言葉に天化は口だけで笑った。
「普賢さん、俺っちいい子にするさ」
「ほら、天化もこう言ってるよ」
(ダメだ……子供好きには何言っても無駄か……)
道徳真君は深いため息をつく。
彼の気持ちなど知ってか知らずか二人はわいわいと話込む。
「普賢、こうしないか?天化が元に戻るまでの面倒はお前に頼みたい。言われたとおりそんな
小さい子供を育てたことは俺には無いからな」
「良かったさ。コーチの飯は捻りが無いから俺っち発育不良になるとこだったさ」
道徳は天化のほうを見る。
「どんな姿であれ、天化は俺の弟子だからな。元に戻るまではここで一緒に暮らしてもらう。
それでどうだ?」
「別にいいけれども。たまには人様の洞府で暮らすのも悪くないしね」
「じゃあ、この話は終わり。天化、鍛えなおしてやるから表に出ろ」
ひょいと天化を普賢の手から奪う。
「これだけ小さいうちから鍛えればいい道士になれるからな」
「コ、コーチ……目が本気さ……」
後ずさりして天化は普賢の後ろに隠れる。
「とりあえずお昼食べてからにしたら?天化もお腹すいただろうし」



少し遅めの昼食を終えて、二人の稽古を見ながら普賢真人は中途になっていた書面を広げた。
場所が変わってもやるべきことは同じである。
ただでさえ他の十二仙に揶揄されることが多いというのにこれ以上抱えた仕事を遅らせるわけには行かない。
(これだけでも終わらせなくちゃ……)
いっそ二人で暮らしてしまえば一々互いのところを訪問する手間も省ける。
しかし、互いに弟子持ちで仮にも十二仙に名を連ねているのだ。
自分たちの勝手で動くことは禁じられている。
(本当に、なんでこんなことになってるんだろ……)
異例の速さで仙人に昇格し、十二仙という立場に座するこの少女。
(余計なこと考えてないで、これ終わらせなくちゃ)
眼鏡を直して、さらさらと筆を進める。
穏やかな日の光。日差しは春のそれで。
「普賢さん!コーチが俺っちのこといじめるさ!」
「修行だ、修行。甘ったれたこと言ってんじゃない」
逃げてきた天化を匿いながら、普賢真人はくすくすと笑った。
(でも、毎日楽しいよね)
「お前は昔から脱走の常習犯だったもんな、天化」
「そんな風に言わないの。天化だって頑張ってるじゃない」
「甘やかすと付け上がるからな、天化は」
「じゃあ、ボクが代わりに相手しようか?」
天化が手にしていた剣を取り、普賢は道徳真君と対峙する構えを取った。
争いごとを極端に嫌うために普段は剣を取ることなど滅多に無い。
精々モクタクの相手をするときくらい。
それさえも作り出した幻との打ち合いの事さえもあった。
「普賢が?」
「そう。これでもボクだってあなたと位の上では同格だ」
(同格だけどさ、厳密に言えば俺よりも上なんだよな……普賢の方が)
真君と真人。僅かな差ではあるが普賢の方が能力在りと教祖は『真人』の名をつけた。
「どうする?負けるのが恐い?」
「まさか。普賢こそ俺に勝てると思ってるのか?」
この二人の場合、基本的に手加減という言葉を知らない。勝負は何時だって本気だ。
「勝てないだろうけれども、一本取るくらいは」
対極府印に触れて頭上に光の輪を浮かべる。
「それ何さ?」
「探知機みたいなものだよ。こうでもしないと道徳の動きが読めないからね」
軽く一礼をして、普賢真人は道徳真君を見据えた。
伸ばされた剣先が光を受けて、銀色に輝く。
「それ使ったら普賢、お前が怪我するぞ。折るから」
「………そうだね」
「本気でやるならこっち使え。ほら」
莫夜の宝剣のスペアを手渡され、普賢真人は構え直す。
(くらくらする……元々攻撃型じゃないからな……)
なれない宝貝は仙気を吸い取る力が強い。それは十二仙とて同じこと。
逆に言えば普賢真人の対極府印を道徳真君や他の十二仙でも使いこなすには無理が掛かるということだ。
同種の宝貝を使うものならば話は別なのだが。
「それじゃ、行きますか。普賢」
不適に笑って道徳真君は大地を蹴る。
頭上の輪がピィンと反応し、普賢真人も同じように宙を舞う。
宝剣の光がぱらぱらと地上に零れ落ちていく。
打ち合う音は激しさを増し、普賢の息が荒くなり、汗がこぼれ始めた。
「どうした?もう降参か?普賢」
対する道徳真君は呼吸一つ変わっていない。
普賢の剣先を受けながらまだまだ余裕の表情だ。
「まさか……そう簡単に降参なんかしないよ……」
小柄な身体を最大限に活用して、普賢真人は相手の懐に飛び込む。
見透かされたかのようにかわされ、もう一度大地を蹴った。
ぎりぎりとぶつかり合う宝剣同士。
「俺が勝ったら何してもらおうかな?」
両手で剣を構える普賢に対して道徳真君は軽々と片手で宝剣を操る。
「………天化!!」
「はいよっ!普賢さん」
投げられたもう一つの宝剣を持ち、今度は二刀流に。
「増えたって同じことさ。普賢」
「それでも可能性は増えるでしょう?」
掛かる息が苦しげで、少し胸が痛む。
だが、逆に手加減をすれば今度はそれが彼女の自尊心を傷付けるのだ。
(どうすれば……動きは予想以上に早い……)
打ち合いながら必死に策を巡らせる。
(宝剣……斬りつける物……刀……そうか……)
「どうした普賢?隙だらけだぞ」
頬を掠めた剣先が小さく傷を作った。
ふらつく足元を諌めて、間合いを取り直す。
「勝てなくても……完敗はしないよ!!」
宝剣を大地に突き刺し、その勢いで高く飛ぶ。
背後に太陽を配置した形になり、一瞬だけだが普賢の動きが読み取れなかった。
(これが狙いか……さすがは普賢……)
落下する速度を利用して、宝剣に体重をかけて重みを乗せる。
「良く出来ました。けどな、それだけじゃ俺には勝てないぞ」
正面からその太刀筋を受け止め、道徳真君は普賢真人の剣を弾き飛ばした。
受け止めきれない衝撃で後ろに飛ばされ、その身体は岩盤に背中から叩きつけらる。
「やば……普賢!!」
「痛っ……やっぱり勝てないか……悔しいな」
「普賢さん、大丈夫さ?」
心配そうに駆け寄る二人。
少し埃で汚れた顔を指で拭って普賢真人はいつものように笑った。

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