◆ラブリーベイベー◆
〜〜〜仙界師弟事情 其の一〜〜〜




里帰りと称して太公望が崑崙に戻ってから数日。
発は時間を持て余しながら空を見ていた。
遥か天上に彼女は居る。そこが本来のある場所。
「小兄さま、何をなさってるんですか?」
「あいつ居ねぇとこんなに静かなんだなって思ってさ……」
太公望が崑崙に戻ると共に、天化、ヨウゼン、ナタクなども同じく帰省とばかりに戻っていった。
これが恐らくそう遠くない未来の姿であるのだろう。
殷王朝の崩落。それは封神計画の終わりを指す。
仙道の無い世界のためのこの計画の結びは道士は全員消えるということだ。
「あーあ、俺にも仙人骨ってのがあったらなぁ」
「あまり阿保な事を言うでない」
「太公望!!」
勢いをつけて抱きつこうとすると、ひょいとかわされる。
「僕ですよ。武王。忘れ物を取りに来たついでに様子を見てくるようにと師叔から言われたので」
「なぁ、俺も仙人界って所に行ってみたいんだけどさ」
「無理ですよ。行った所で仙骨の無い人間にはなんの利益ももたらしませんよ」
「見聞を広めろってのはアイツの口癖だ。だからさ、ちょっとでいいんだよ、な、頼むよ」
拝み倒してくる発にヨウゼンも折れたのが分かりました、と承諾する。
(なんにしろ師叔は玉虚宮の教主殿に自室を構えてる……武王が行った所でどうにも出来ませんしね)



「それでは僕は用事があるので。その辺を歩いてれば誰かには会えると思いますよ」
周軍には崑崙の道士が多数在籍していた。
それを考慮すれば誰かが面倒見ることにはなるのだ。
(仙人界ってもそんなに変わらないんだな……)
辺りを見回しながら発は野路を進む。
(お、プリンちゃん?)
小さな人影を見つけて、気付かれないように後ろを歩く。
篠編みの籠を手に、ゆっくりと歩く姿。仙界のものなのだから当然道士か仙人であることは明白だ。
(いっちょアタックしてみますか)
「プリンちゃ〜〜〜ん!!!」
後ろから抱きつかれ彼女は驚いた顔で振り返った。
灰白の髪と、同じ色の大きな瞳。
(おお!!これは……大当たりかも!!!)
「あの、離してくれないかな?」
細い腰と乳房に回された手が妖しく動く。
「でないと、キミ……死んじゃうかも」
「はい……?」
頬を掠める宝剣。
眼光鋭く、男は発を睨みつけた。
「え、あ、あんたたしか天化の師匠の……」
「普賢から離れろ」
周での姿とはまるで違う殺気めいた声。
その声の低さに発は普賢と呼ばれた少女から身体を離した。
「大丈夫?」
「え、あ、まぁ……」
「大人気無い人でごめんね。でも、あんまり感心できる挨拶じゃないかな」
にこにこと笑う顔。
「道徳も落ち着いて」
察するにこの二人はただならない仲らしい。道徳真君の殺気は威圧感さえも生み出している。
男を諌める少女。
改めて見ればあどけなさの残る容貌。おおよそ仙道には見えない。
「それじゃ、ボクたちはこれで」
まだ何か言いたそうな道徳真君の手を取って普賢は何もなかったのように歩き出す。
(しっかり指まで絡めちゃって……本当にあの男、仙人なのかよ)
しかし、思い起こしてみれば天化を始めとしておおよそ仙道らしかぬ言動の者が多いのは確かだ。
その天化の師匠だといわれればそれはそれで納得の行くことなのかもしれない。
(しっかし、あんな可愛い子隠し持ってるってのは許せねぇよな)
勝手気ままな小鳥は籠の中に納まることを由としないことを彼は知らない。
もちろん、その鳥の各位と実力も。




時の流れも、空の色さえも何もかもがゆっくりと穏やかに流れる世界。
同じようにふわりふわりと漂う姿。
真白の防護服に全身覆われ、見ようによっては異様とも思える。
「おぬし、そこで何をしておる?どこの弟子じゃ?」
予想していたよりもずっと軽やかな声に発はすこしだけたじろいだ。
「いや、その……太公望に会いに来たんだけど……」
「太公望に?あれならば修行中だ。二、三日は独居で過ごすゆえに面会は叶わぬぞ」
顔さえも見えない仙道は声だけで発に答えた。
(色んなのがいるんだなぁ……仙人って)
「暇ならば茶でも入れてやろうか?」
「あー、ついでに色々と教えてもらえるありがたいんだけどさ」
「なら、付いて来い」
「あんた名前は?」
「儂か?道行という」
途中で様々な事を聞きながら二人は乾元山へと向かう。
「太乙、迷子を見つけたゆえに保護した」
「あっれ〜?武王じゃないか。どうしたの?」
アイゴーグルをたくし上げて太乙真人が振り向く。
この仙人は比較的、友好的な部類に入る。
「いや、太公望に会いに来たんだけどもなんか大変なことになってるみたいだしな」
「彼女は教主の直弟子だからね。何かと忙しい身分なんだよ」
あれこれと話し好きな太乙真人は武王相手に雑談を。
豊富な知識と話術は他人を飽きさせることが無い。
「太乙、茶を入れてきた」
緋色の長衣に身を包んだ姿。
「ありがとう、道行」
(ってさっきの未確認浮遊物体がこいつなのか!!!)
揺れる巻き毛に栗色の大きな瞳。締まった腰と膨らんだ胸は目を誘うものばかり。
革帯(ベルト)に締められた細腰に発は息を呑んだ。
「お嬢さん、良かったら他のところで二人きりで話をしませんか?」
道行の手を取り、じっと目を見つめる。
それが面白くないのは太乙真人。
口だけで小さく笑っておもむろに宝貝を構えた。
「今、新しい宝貝開発してるんだよね……ちょうど人体実験したかったことだし」
「太乙、よさんか。儂のことをお嬢さんなどと呼ぶ位じゃ。良いではないか。お嬢さんなどと久しく
呼ばれたことも無いゆえにのう……」
道行は目を細めて笑う。
聞けば気の遠くなる年を生きていると言う。その姿道見ても自分と同じかそれよりも僅かに年上に見えるくらいだ。
「仙人になるとみんな年取らねぇもんなのか?」
そうやって見れば太乙真人も先の道徳真君も自分と大差ない外見に見える。
それでも、彼らは悠久の時を過ごし、人間とは違う時限に生きているのだ。
本来ならば仙人は人間と接触は持たない。
仙骨のある物を引き取り、道士に育て上げる。接することが出来るのは極限られた一部のものだけだった。
「取らぬわけではないが、時流のようにゆっくりとじゃのう」
「道士とかさ、仙人を好きになったらどうすりゃいいんだ?」
その言葉に道行は首を傾げた。人間と仙道は交わることが無いからだ。
「どうやったって太公望を残して俺は死ぬ。どうやったらあいつを泣かせないで済むんだ?」
王位も何もかも投げ打って、彼は恋人を守りたいという。
迫り来る未来は確実なもので、それを止めることは誰にも出来ない。
「泣かせないで済むか……それは無理じゃのう……」
道行は発の手をそっと握り、包みこむ。
「その時は泣かせてやれ。泣くなとかは言うでないぞ」
「何でだよ……泣かせたくねぇよ」
「おぬしがもう少し年を取れば儂の言うことも分かるぞ。武王、焦らずに行くが良い」
時間を止めた仙人はただ、微笑むばかり。




太公望の動きも無く、発は周に居るときと同じように空を見上げていた。
「王様、なにしてるさ?」
「天化。いや、行く当てもねぇからどうすっかなーって考えてたところよ」
「ふーん。だったら紫陽洞(うち)来るさ?コーチ居るけども」
言われて先ほどの眼光の鋭さを思い出す。
「ま、普賢さんもいるからそんなに機嫌悪くも無いと思うさ」
(いや、その普賢さんとやらに悪戯かましたのは俺なんだよ……)
それでも、ここで断わるのも得策ではない。
「んじゃ、頼んじゃおうかな」
「付いてくるさ。王様好運(ラッキー)さね。普賢さん居る時で。じゃなきゃ今夜の飯は下手したら
大根そのままとか出されるところだったさ」
天化の後を付いて、発は洞府へと向かう。
崑崙は無数の山々によって構成されている世界。
仙号を持つものは洞府を与えられ、弟子と生活するようになっている。
自室に荷物を置いて、天化は発を連れて厨房へと足を運んだ。
「普賢さん、道で王様拾ったさ」
「あれ?さっきの……」
包丁を手にしたまま普賢は発の顔をまじまじと見つめた。
「え、あと、こんちは」
「こんにちは。天化の知り合いだったんだね。ボクは普賢真人といいます。よろしく」
「あ、俺のことは発でいいよ。普賢ちゃん」
「コーチは?」
「汗かいてるみたいだったからお風呂に入れてきた」
手を休めることなく、普賢は食材を調理していく。
物珍しそうに発はその姿を見ていた。
(仙人辞めて、側室とかはいんねーかなぁ……さっきの道行ちゃんも……)
そんなことを小さな背中を見つめて考えた。
この少女も自分の意思で時間を止めた仙人の一人だ。
それを思えば同じく悠久の時を選んだ仙人を伴侶に選ぶのは凄く当然のことなのかもしれない。
「普賢ちゃんはさ、天化の師匠とは恋愛結婚なワケ?」
「え?結婚なんてしてないよ」
あっさりと返されて発は思わず口元を押さえた。
(ってことはまだ俺にも脈ありって事か?)
「んじゃあさ、俺がもしも求婚したら、どうする?」
振り返らないで普賢は答える。
「後ろで睨んでる人に聞いてみて」
「え………」
「道徳も妙な殺気は消して」
事も無く答える声。天化も慣れているのか別段変わった様子も無い。
「天化。落し物は太乙のところにでも置いてきなさい。あいつは世話好きだからな」
穏やか声と裏腹な殺気。
「太乙さんとこ、道行さん来てるさ」
「俺んとこだって普賢きてるだろーが」
師弟のやり取りを聞きながら普賢は慣れた手つきで皿を並べていく。
普賢にしてみれば今更人数が一人増えてもどうとも思わないのだ。
ぎゃあぎゃあと言い合う二人を無視して自分の感覚を崩すことなく、穏やかに料理を運ぶ姿。
「二人とも、喧嘩するかご飯食べるか核融合か選んで」
「食事します」「飯食います」
少女の一言で男二人は大人しくなる。その光景も発にとっては新鮮だった。
発が何かを聞けば普賢はそれに答えて、その度に刺さるような鋭い視線を浴びせられる。
(おー、仙道っても一端に嫉妬はするんだな)
聞けば太公望とは同期で親密な仲だという。
(二人揃って貰っちゃうってのもありだよな)
「普賢ちゃんもさ、太公望みたいに道士なわけ?」
「王様、普賢さんはコーチや太乙さんと同じ十二仙の一人さね」
天化も加えてあれこれと仙界のことを話しながらの食事は賑やかで、その光景に普賢は顔を綻ばせた。
(誰にしても、賑やかのはいいよね)
片付けも終えて、それぞれがそれぞれの時間を過ごす。
天化は珍しく武術の書を。道徳と普賢は背中合わせでなにやら書面を広げている。
「今日はボク、白鶴洞(うち)に帰るね」
「何で?」
「モクタクが帰ってくるし。あの子滅多に帰ってなんてこないからね」
「んじゃあ俺も一緒に……」
ぱたぱたと広げたそれを畳込んで、身体を離す。
「ダメ。またあの子にからかわれるから」
天化同様に起抜けの姿をモクタクに抑えられた過去はまだ記憶に新しい。
「モクタクって?」
「普賢さんとこの弟子。ナタクの小兄さね」
揃って仙界入りした三兄弟。次男のモクタクは普賢が預かることとなった。
「この人にも相談したんだけれども、剣士系の道士は育てたことが無くて……結構喧嘩もしたけども
あの子が来てくれてよかったと思う」
「どこも弟子では苦労すんだよ。俺だってそうだったし」
人間には人間の、仙道には仙道の悩みがある。
母が恋しいと泣くモクタクの姿を思い出しながら懐かしむように目を閉じる。

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