異説封神演義
〜〜〜趙公明攻略 魂の欠片〜〜


一段一段。階段を登り行く。
さららとこぼれる石の欠片は、螺旋を描いて零れ行く。
「太公望!!」
「太乙……何をしにきた……」
はあはあと息を切らせて太乙真人は太公望の後を追う。
「ナタクと君のメンテナンスだよ」
「……わしもとうとうナタクと同じ扱いか……」
とん…と浮石を蹴って太公望は更に一つ前に行く。
「待って……僕は高いところが……」
「おぬし、それでも十二仙か?」
やれやれといった風に、さらにもう一段。爪先で飛んで。
「太公望、左手に意識を集中してみて」
言われるままに、左手に意識を集中させる。
ふわり。光の感触と、空気が渦巻く感覚。
「普賢の対極府印のコードを解析したんだ。それを僕なりに改良してみた」
「ほう……」
「もう一度。今度は一気に上昇できるはず」
天化と蝉玉は我先にと上に姿を消した。その二人に追いつくにはまたとない好機。
一気呵成に攻めるならば先の二人は心強い。
しかし、相手は趙公明。一筋縄ではいかない男である。
「さて、ならば行くぞ、太乙」
右手で太乙真人の腰に手を回す。同じように彼も彼女に。
(うわぁ……太公望も結構細腰だよ……)
目を閉じて、左手に意識と感覚を集中させる。
「!!」
加速する速さと気流のなか、二人の身体は二階を目指して一直線に。
「何あれ!!」
「師叔!?」
風の中、にやりと笑うのが見えた。まるで「早くおいで」というかの如く。
「さっき宝貝人間にも越されるってのに……待つさ。師叔!!!」
蝉玉、天化、思うところは同じ。恋人に少しばかりいいところを見せたいのである。
石段を勢い良く蹴り上げていくも、既に太公望の姿は無い。
「……ったく、師叔と太乙さんじゃどっちも力不足さ!!」
「ひ弱二人って感じよね」
「……蝉玉、少なくとも師叔はひ弱じゃないさ。結構……強い」
天化は宝剣を手に太公望の後を追った。






太乙真人、雲中子の両名が下山している現在、普賢真人が単独で封神台の管理に当たっていた。
中枢である太乙真人のところからデータは転送され、普賢は一日中管理システムと向き合う。
数値に乱れはなく、通常通りに封神台は機能している。
「普賢」
「どうしたの?珍しいね」
声だけで返し、目線は浮かぶモニターに。
「太乙から連絡を待ってるんだ。君を元に戻すための」
画面表示は「異常無し」と。普賢真人は忌々しくその文字を見つめた。
「おぬしと雲中子も一枚噛んでるわけか」
「そういうことになるね」
アイゴーグルを外して、普賢真人はため息を付いた。その周りを数値が緑色に光りながら回っている。
狂うことなく、正確に。道行天尊の半身を削り取りながら。
「道行、ボク……変わった?」
「そうじゃのう。以前よりもずっといい表情をしておる」
「多分ね、ボクも道徳とこうならなきゃ、太乙に手を貸すことなんてなかったと思うよ」
太乙真人に話を持ちかけられた当初、普賢真人はこの計画に手を貸すか戸惑っていた。
封神台のシステムを一時的にだがダウンさせて、機能の根本にある魂を解放する。
だが、いくら研究開発に携わりシステムの管理者であっても見つかれば厳罰は確実だ。
厳罰ですむならばいい。最悪のことを考えれば封神台に直行も在り得ることだった。
普賢真人は太乙真人にその理由を求めた。
よほどのことでない限り、封神計画の根本のひとつである封神台のシステムに侵入するなどは考え無いからだ。
ましてや、それが開発計画班のリーダーである太乙真人ならば尚更。
その答えは簡潔なものだった。
『魂の牢獄から、彼女を助けたい。一人の時間を終わらせたい』と。
老いることも、何もかもを失って、罪を一人で背負い生きてきた。
仙人名でさえ、まるで責める様に重くのしかかる。
見つかれば自分も同罪。
以前ならば首を縦に振ることはなかっただろう。
「もしね、道徳が封神台に収監されたらどうしようって考えた」
「…………」
「ボクも太乙と同じことを考えたよ。きっと同じようにして、あの人を助け出す」
掌にぱらぱらと落ちる光の粉を普賢はくしゃ…と潰した。翠の欠片が零れて消える。
「太乙も、ボクも大差ないよ。だからこの話に乗ったんだ」
「すまぬ……」
「謝らないで。ボクにとっても道行は大事な友達だもの」
再び目を画面に向けて、普賢真人は居並ぶボタンとの格闘を始めた。
一つでも間違えればこの計画は崩れる。
慎重に、悟られないように進めなければならない。
「道行、ボクね……ずっと男の子に生まれればよかったって思ってた」
女の身体であるだけで、奪われるものがありすぎた。
「強く、みんなを守れるだけの力が欲しかった」
あの日、一族を守ることも出来ずただ目の前で繰り返される惨劇に涙を零す以外できなかった。
叫び声も、伸ばした手も。
届く事は無く、ただ、空回りするだけ。
繰り返し見るこの悪夢を断ち切りたいのは自分なのかもしれない。
「男の子ならどんなに楽だっただろうって」
「………………」
「でもね、今は……女に生まれてよかったと思う。あの人を受け止めることが出来るから。
もしかしたら、いつか子供を授かることが出来るかもしれないしね。可能性はゼロじゃないでしょ?
ボクも道徳も可能性を信じることにしてるから」
この鎖を断ち切るために。
「やられっぱしは性に合わないんだ」
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