同じ開発者同士、対峙するのはナタクと馬元。両者共に宝貝人間同士だ。
砂煙と派手な爆発音。
「うわっ!!ナタクのやつまた派手にやらかしてくれて……」
手で風を防ぎながら太乙真人は目を凝らす。
逝く度の戦火を越えてナタクは強くなった。いや、強くなってきた。
強い視線。痛みを知らないはずの子供が少しずつだが他人理解しようとその指先を伸ばす。
「太乙。同属であろう。あれは」
太公望目線を馬元に向ける。
「僕のナタクの方が性能がいいに決まってる!さぁ行け!ナタク!」
「しかしのう、ナタクに嫌われている季靖を人質にしても効果は少ないだろうて」
打ち合いが激しくなり、太乙真人は太公望を後ろから外套で包み込む。
「君に怪我をさせたら敵を沢山作ることになる」
「ありがたく守られることにするよ。わしは今は人間じゃ」
馬元は言う。同じであって同じではないと。
多少過剰ではあるが愛に包まれて育ったナタク。
ただの兵器として育て上げられた自分。
同じはずの宝貝人間のはずなのに、何もかもが違う。
「お前の核(これ)見せろ。そしたら本気で……やる」
「下らんな」
胸の真ん中を指で裂き、ナタクは己の核を馬元に示した。
「金号は……やはり妖怪しか居ないのか?」
「え?」
「ナタクは幸せだ。父と母と……おぬしが居る」
ただ一人生き残ってしまったものはそう言葉をつけた。
立場がほんの少し違えば自分が馬元に成り得る可能性もあったはずだ。
ほんの少し掛け違えるだけで、何かもが狂っていく。
体内からナタクの母を取り出し、罵言は笑ったように見えた。
「頼む……俺を殺してくれ……」
かちかちと時間を刻む音。
「普賢」
「何?トレーニングはどうしたの?」
画面から目を逸らさず、振り返ることも無く彼女は口だけで答えた。
「今からボクは……危ないことするから道徳は出て行って」
「なんだよ、それ」
ゴーグルをたくし上げる。少し疲れたような目の色。
「巻き込みたくないから。見つかったら封印牢に直行になるよ」
「何をする気だよ……お前」
言葉など無いかのように普賢真人は手元の画面を凝視した。
側面に浮かぶのは封神台を映し出した一際大きな画面。
「ここじゃダメか……やっぱり太乙のところを使うしかないみたい……」
仮面を全て閉じて、立ち上がる。その手を少し強めに道徳真君は握った。
「待てよ。なんで無視するんだ」
「巻き込みたくないから。失敗して掴まるのはボクだけいい」
「俺ってそんなに頼りないか?お前に取っちゃその程度の男か?」
「……いから……」
「え……?」
「恐い……本当は。失敗なんて許されないし、これが最後のチャンスだもの。原始様が望ちゃんのところに
向かった今が……今しかないの!でも、一つ間違えれば全部が消える!でも、今やらなきゃ……
道行を助け出すことなんて出来なくなる!!なのに……なのに……恐くて……たまらない……」
上がりそうな嗚咽を殺して、普賢は両手で顔を覆う。
泣く事を忘れた子供のように。
「行かなきゃ……残り時間が減ってきちゃう」
「俺も行くよ」
「ダメ。道徳は紫陽洞に帰って。ボク一人でいいよ」
「見張りくらいできるだろ。巻き込みたくないって言われてもなぁ……」
照れたように頭を掻いて、彼は続けた。
「俺がお前に惚れた時点で巻き込まれてんだろうな。まぁ、太乙と知り合ってる時点でもか……」
その胸に飛び込んで、背中に手を回す。
同じ様に抱いてくれるその腕が、愛しくて、愛しくて。
「ありがとう……」
時間は確実に過ぎていく。閉じた画面を普賢はもう一度起動させた。
「太乙のところには監視役が居るのか」
「そうみたいだね。抜け目のないご老人だ」
次々と開かれていく画面を普賢は目で追う。封神台の機能に今のところエラーはない。
「俺はでも何をすれば」
「ここにいて。それだけでいいから」
一呼吸置いて普賢はぱちぱちと数字を打ち込んでいく。
等間隔で並ぶコードは封神台の内部を映し出す。展開される画面には内部構造と断層。
(どこにある……ロックを外すのは……)
じりじりとした焦り。初期の開発者はありとあらゆる仕組みと罠をこのシステムに導入した。
それは至極当然の行為なのだが今更ながらに憎らしく思う。
膨大な転送量と圧縮の中、三人は小さな穴を見つけた。
それだけが唯一つ、彼女を救う鍵なのだ。
「あった!ここをこうして……」
封神台のシステムは崑崙の中枢部にリンクしている。まずはそれを切断しないことには進入すら出来ない。
「少し時間がかかるんだ」
だらりと椅子に身体を投げ出して、普賢真人は頭上の画面を仰いだ。
「疲れたか?」
「平気。まだほんの始まりだからね」
失われた魂の欠片は、今もまだこの檻の中で静かに息衝いている。
少女、女、母。どれにも属さないその半身。
「ねぇ、罪って何だろうね」
ちかちかと点滅しながら圧縮された数値は目の前を通り過ぎていく。
「罪……か。なんだろうな」
抱き上げて、まるで親が子供を抱くようにすると普賢はうふふと笑った。
「何?急に」
「椅子よりはいいんじゃないかと」
この男に出会ってから、随分と自分も変わったと思う。
「原始様のミスは、ボクを道徳と逢わせた事だよ……でなきゃ太乙に手を貸すことも無かった」
「普賢……」
少し苦手だった他人と触れ合うことも、今はいいと思えるように。
「そろそろいいかな……封神台の化けの皮、剥がさせてもらうよ」
崑崙の中枢との繋がりを切断して、今度は封神台の内部を開いていく。
「太乙が殆ど準備してくれたからね」
次々に覆い被さってくる数値を普賢は的確に消していく。
薄い膜を剥離するように、その奥深くへと。
一枚一枚剥がしながら、ようやく見つけたのは小さな光。
それはうっすらと胎児の様にも見えて普賢は目剃らした。
「……酷いな……」
「こんな……原始様は何をお考えに……」
胎児の身体には何本もの配線が張り巡らされ、その先は封神台の各所へと通じているようだ。
痛々しい姿。動くことも出来ずに。
震える指に、重なる手。
「普賢の言うことは難しくて俺には分からないことが多いけれど」
せめて、一人ではないと証明できるなら。
「俺に出来ることはするから」
「ありがとう……」
同じように太乙も道行のことを思ったのだろう。その気持ちは同じ立場のものとして痛いほど分かる。
十二仙同士の逢瀬は本来は禁忌。強大すぎる力は危険因子を生みかねないからだ。
それは自分たちとて同じこと。たまたま相手が同格の仙道だったというだけ。
「道行……今助けるから」
まるで母の胎内のように、封神台は彼女の魂を包み込み、守る。
その配線を消すために指先は解析された数値を狂うことなく打ち込んだ。
その行為に呼応するように、一つ、また一つ、ゆっくりと胎児から離れていく。
「あと一つ……」
それで全てが終わる。そう信じていた。
「!!」
画面全てに「警告」の文字が映し出される。
「嘘!どうして!!」
呆然としながら見つめるしかなく、背筋に寒気が走った。
予想された行為に、対応するための書き換え。教主は全て見込んで下山したのだ。
ただ、予想外だったのは懐剣と思っていた愛弟子が牙をむいたこと。
それ以外は全て想定されたの出来事だった。
「……引くわけには行かないんだ。やらなきゃ」
残る関門は唯一つ。
口癖のように「裏をかく」という言葉が頭の中で踊る。
「道徳、道行の仙人になる前の名前は!?」
「あ、えーと確か……彌戒とかいったような気が……」
「それで十分」
にやりと笑い普賢は新しい認識を打ち込む。
期待通りに最後の一本は外れ、胎児は見る間に道行天尊の姿へと成長していった。
手を休めることなく普賢はあらかじめ準備しておいたプログラムを打ち込んでいく。
それは道行の魂の代わりとするべく、太乙真人が道行にすら告げずに作成した代物。
「原始様、思いが仇となりましたね……」
「普賢……?」
「何時までも過去に縛られちゃいけないんだ」
それはほんの少し前までの自分への言葉。
(望ちゃん……君も過去に縛られちゃいけないんだ……)
開放された魂と入れかわりに光の玉が封神台の中に埋め込まれる。
それに群がるように配線は纏わり付き、奥へと沈めていく様をじっと見つめた。
「魂魄を封じるには、魂魄で無ければいけない……か」
事後処理をしながら普賢はそんなことを呟いた。
「例え誰であれ、封神台に飛ばされれば『神』になる。神を封じる……何のためなんだろうね」
「そうだな……いずれ俺たちもあそこに行くのかもしれない。そのときは神として祀られる……」
「おかしいよね。神様でもなんでもないのに……」
宝貝人間にも、魂は宿る。それは罵言の魂魄が飛ぶのを見なががらナタクが呟いた言葉だった。
自分の存在理由は「戦うこと」と記憶の奥底に埋め込まれている。
本体さえ無事ならば、何度でも再生は可能だ。
肉体は死んでも、新しい入れ物が与えられればなんら変わりない。
「おい」
ぼろぼろの身体でナタクが太公望を見る。
「俺は何のために生きている?」
「おぬしもわしも生かされているのじゃよ。だが……それでは面白くないとは思わぬか?
ただ、何かの目的のために生かされている。それでは」
「何を言ってるかさっぱり分からん」
「おぬしには父も母もいる。身体は蓮だとしてもおぬしを育て上げたのはその二人だ。
切れぬ縁なのだよ」
縛られた魂はまだ一つ。
いまだ自分が縛られたことには気付かずにそこいる。
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