異説封神演義
〜〜〜〜趙公明攻略 渇望〜〜〜〜



愛されたい。愛されたい。
ただ、それだけのこと。
たった一つだけの願い。



降り立った船の上。
わき目も振らずに大公望は前に進む。
「師叔、何があるかわかんないさ。俺っちが先に……」
「見たであろう?時間制限付じゃ……スープーたちの命が掛かってしまった……」
見せられたのは砂時計の中に閉じ込められた霊獣。
さらさらと無常なる砂はゆっくりとその命を奪っていく。
(あやつだけは許さぬ……趙公明……)
巨大な扉に手を掛けて、大公望は唇を噛んだ。
「……花束……?……ヨウゼン。おぬしにじゃ」
ばさりと投げつけ、ため息をつく。
普段の彼女には見られない感情の乱れ。
「趙公明からじゃ。初陣はおぬしとは良い……とな」
悔しげに笑い、ヨウゼンのほうを振り向く。力無き人間の身体。
「……一人で入れと書いてありますね。まぁ、どう考えても罠でしょうけれども」
伸びた髪を留めようとする指。組紐を探すが、どうにも見当たらない。
「わしのでよいならば」
「どうせなら結んでくれませんか?」
祈るような指先が男の髪を拘束した。
「お守り……ですね」
「…………」
「一人で入れとあります。人質を取られている以上、従うほうが得策でしょう」
太公望を制して、ヨウゼンは扉に手をかざした。
呼応するように扉はゆっくりと開き、内部をぼんやりと見せ始める。
「ヨウゼン、くれぐれも油断せぬように」
「ええ、分かってますよ……師叔」
振り返ることなく、ヨウゼンは前に進む。
(あなたを守れるように僕も強くなります。師叔……)



生暖かい水が足に絡みつく。まるで体液のようにぬるりとした感覚。
黴臭い匂いと少しはがれてきた漆喰の壁。
(中々いい趣味の持ち主だ……趙公明……)
皮肉めいた笑い。唇の端だけが上がった。
「ようこそ、趙公明様の豪華客船へ」
「……歓迎されてるとは思えないけれどね」
仮面の男の目がヨウゼンを捕獲する。まるで暗示にでも掛かったかのように身体が動かない。
「私はお前以上に変化の使い手だよ、ヨウゼン」
「……変化の術は仙人界ではボクと胡喜媚以外は使えないはずだが?」
「どうかねぇ……ヨウゼン」
目の前の景色がゆっくりと歪み、仮面の男の姿が消えていく。
(まさか……)
ぼんやりとした人影。やがてそれは輪郭を作り出し、その姿を模りはじめる。
伸びてくる腕。
体中を鞭が打ち据えて行く。
「聞仲!!」
姿は妲己に変わり、そして申公豹に。
肉の裂ける感覚と熱さ。じりじりとした痛みと閃光は右目の光を奪っていく。
小さな風。穏やかな笑みを浮かべ彼女が立ちはだかる。
「無様じゃのう……ヨウゼン」
「そんな……馬鹿な!!」
太公望の姿はゆっくりと打神鞭を振りかざし、幾重にも重なる風の刃を映し出す。
「信じるも信じまいも……おぬしの自由じゃがな」
風が右腕を切り落とし、痛みに身体が水に沈む。
膝から崩れ落ちたヨウゼンの頬に太公望の指が触れた。
「おぬしはわしに殺されるのが望みであろう?ヨウゼン」
優しく冷たい微笑み。
「いや、むしろ私か……」
「師匠……何故お前が師匠を知っている……!?」
呆然とするその瞳。
「ならば面白いものを見せてやろうか?ヨウゼン」



暗く湿った闇の中、痛みだけを抱えて前を見つめる。
ぼんやりとした意識がただ、目を開かせた。
(五体が……痛みあるのに……幻覚か……?)
小さな光が水底から浮かび上がり泡になる。その泡が弾けて人影となった。
「あなた……男の子ですわ……」
「すまん……お前の身体を俺は……」
指先が赤子の髪に触れ、その声の主が笑うのが分かった。
「この先どれだけこのこと一緒に居られるかはわかりません……私が人間であるのかさえも……」
伸びた黒髪。微かに横顔が見え隠れ。
「名前を……この子に……」
赤子の頭からは小さな角が見える。
全身を覆う外套の中に男二人を隠すように包み込んだ。
(あれは……僕……だ……)
ぱらぱらと何かが剥がれ落ちていく。
心の奥底に封印したはずのこと。
(母……様……っ……)
一陣の風が女の髪をかき上げる。
そこに見えたのは愛してやまないあの人の姿。
(師…叔……何故……?)
男に女は寄り添い、愛しげに子供を撫でる。
その女の髪に口付ける男の顔。
(……あれは……僕……)
ぱぁんと光が消える。何も残さずに。
再びぼんやりとした人影。
闇の中に浮かび上がる小さな身体。
(……師叔……)
伸ばした指先は宙を掴むだけ。
大公望は少し膨れた腹を摩る。小さな身体に不似合いな腹部。
夜着姿。椅子に座り、穏やかな表情。
少女は女になり、母になろうとしている。
「のう……おぬしは産まれ直したかったのか……?」
呟く声。
「なぜ、わしの腹(なか)に居るのだ……?」
ドクンドクンと心音が響き出す。
「何もかもが嫌だったのか?そんなにも辛かったのか?」
血液が逆流する感覚。
「のう……ヨウゼン……」
背筋が凍りつくのが自分でも分かった。
大公望は悲しげに、愛しげに腹を摩るのだ。
(……師叔……駄目ですっ……あなたが……)
「わしの肉を使い、わしの子として産まれ直すのか?」
(……僕は……僕は……っ!!)
真実を告げることはいつも恐怖と隣り合わせ。
恐くて恐くて、泣いてしまいそう。
ぎしぎしと軋む骨。
(あなたを……)
荒い息だけが響く。
目を開ければ太公望の姿は無かった。
(今度は何だ……何をしたいんだ……)
一人の小さな子供。
唯一つ違うのは伸びた角が生えていること。
泣きじゃくる子供をそっと抱き上げる人影。
(……師匠……?)
揺れる黒髪。真白な道衣。
(違う……師叔……)
お願いだから僕を捨てないで。
お願いだから僕だけのあなたでいて。
何度も何度も繰りかえし祈った言葉たち。
(僕は……あなたにとって何なのですか……?)
幼き日の自分を抱き上げ、笑いかける姿。
欲しくて欲しくて。
愛情に飢えていたあの日々。
(ああ……僕は………)
何かが自分の中で崩壊していくのが分かった。
「はは……あはははっ………」
乾いた笑い。沸騰する血液。高揚する神経。
水門が決壊するように感情と涙が溢れてくる。
「……ヨウゼン……」
闇に浮かぶ裸の身体。
そっと触れる指先は額の封印玉から、耳元に。
「……師叔……」
それは二人だけの秘密。
誰にも知られることのない筈のこと。
首筋に沈む指の感覚に目を閉じる。
(ええ……あなたになら殺されても構いませんよ……)
渇望したのはただ一つだけの愛情。
生れ落ちた時から求めてやまなかった光。
『これ、ヨウゼン……なにをぼおっとしておるのだ』
脳裏に響く声。
(……師叔……?)
「ヨウゼン」
『ヨウゼン』
同じであって違う声が闇の中に響く。鼓膜に直接浸透するその音。
『わしは疲れておるのだ。おぬしにばかり構っているわけにもいかぬ』
「ヨウゼン……わしと一緒に沈むか……?このまま……」
『天才道士がその体たらくか。呆れたものよのう』
「ここで……二人で朽ちていくのも悪くないと思わぬか……?」
身を挺して、自分を守ってくれた女性。
傷つくことを躊躇わず、前だけを見つめる強く儚いあの人。
あの日、差し出された手を取って何もかもが変わった。
(……師叔……)
静かに目を閉じる。何もかもを捨てて、己の中の己に語りかけて。
目を閉じて初めて見えてくるもの。耳をふさいで初めて聞こえてくる真実。
(無いはずの腕の感覚がある……)
砕けたはずの骨も、裂かれたはずの肉も何もかもがそこに在るのだ。
(……出て来い……哮天犬!!)
主人の呼びかけに応じて哮天犬が腕から飛び出す。
「無いはずの腕から哮天犬が出た……」
ヨウゼンは唇だけで笑う。
「カラクリは分かったよ……君の負けだ……」
三尖刀を構え、ヨウゼンは男を見据えた。硝子のように冷たい光を湛えながら。
「君の犯した失策を言おうか?君は僕だけしか知らないものを映し出した……いや、あれは……
僕だけが見ていた景色だ……」
切先が男の喉に触れる。
「君は変化の使い手ではない……僕の脳を乗っ取ったんだ」
口元には微笑を。
「君だけは……許せないな……あの人を汚した……」

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