溶岩の上にいくつも浮かぶ浮遊岩。
踏み外しそうになりながら中央の大き目の岩盤の上で蝉玉は男と対峙していた。
「り……劉環……」
「久しぶりだね。蝉玉さん」
巨大な弓を構え、男はにこやかに笑う。
そんな劉環を無視して蝉玉はあたりをぐるりとみまわした。
「!!!嫌ぁっ!!ハニーが埋まっちゃってる!!!!」
「ハニー?あなたとその男のことは知ってるよ。でも、それは俺の気を引くためにやってることだろ?」
「馬鹿言ってんじゃないわよ!!ハニーを返しなさいよ!!!」
蝉玉と劉環。両者共に金螯の出身である。
「あなたがそうやって俺を試すたびに、俺はあなたの愛を感じるんだ……」
劉環は陶酔した表情でそんなことを言ってのける。
蝉玉や天化も思い込んだら一直線に走る傾向が強いがどうやらこの男はその比ではないらしい。
もっと近視眼的で、危険な思い込み。
「あんたなんか大っっっっ嫌いだって何回も言ってるでしょ!!!」
手にした五光石を蝉玉は劉環目掛けて投げつける。
光を帯びながら幾重にも割れて雨のように劉環に降り注ぎその身体を岩盤にたたきつけた。
「……やった……幻の分裂魔球の完成だわっ!!!」
同時に仙気を吸われてふらつく身体。今までの五倍体力の減少も早くなっているのだ。
「ハニー、今助けるからね!!」
眩暈を感じながら蝉玉は前に進もうとした。
「!!」
ぐっと足首を掴まれる。
「どうして素直になれないのなかぁ……蝉玉さん……」
執拗にまで自分を追いかけてくる男。何時の時も、どんなときも。
絶えず自分の視界に入り、追い詰めてくるのだ。
「離しなさいよ!!!!」
「あなたにお灸を据えるのも愛だよね、蝉玉さん」
立ち上がって劉環は弓弦を引く。光の矢が生まれて彼は蝉玉に照準を合わせた。
「師叔……あの劉環って男、変さ」
「おぬしや蝉玉以上に周りが見えておらんな……差し詰め破滅型か……」
「なに冷静に言ってるさ!このままじゃ蝉玉が危ねぇさ!師叔!!」
矢は容赦なく彼女に降り注ぎ、幾条もの傷を作っていく。
その度に上がる悲鳴に太公望は眉を寄せた。
五光石で相殺しても尚、矢は降り注ぐ。
一言で言えば劉環の方が蝉玉よりも能力も宝貝も上だったのだ。
(ふらふらする……五光石を投げられるのも後一回ってところね……)
視界はぼやけて、霞んできている。自分の身体を支えるも精一杯だ。
倒れそうになる脚を諌めて、彼女は前を見据えた。
「こっちに、戻る気になった?蝉玉さん」
「誰が……あたしにはハニーが居るんだから……どうしてそっちに行かなきゃなんないのよ……」
あなたがここに居て、わたしの名を呼んでくれるから。
「最高に幸せなのよ……」
わたしはあなたのために強くなれる。
「蝉玉さん、公明さまには俺が説明してあげるから」
あなたはそこに居てくれるだけでいいから。
何時の日も。どんな時も。わたしの隣で。
その笑顔を見せて欲しいのです。
「……これが最後の一投よっ!!!!!」
光を帯びて、五光石が目指したのは劉環ではなく、その先にある大きな砂時計。
みしみしと音を立てて亀裂が走り、大量の砂と共に土行孫がどさりと投げ出された。
「……良かった……ハニーが無事なら……あたしは……それで……」
膝を付き、蝉玉は荒い息を上げながら倒れそうな身体を必死に支える。
守るべきものがあれば人はどこまでも強くなれる。
「嘘…嘘だ!蝉玉さんがこんな醜男のためになんて!!!!!」
降り注ぐ矢から彼女は彼を庇う。流れる血は無いもののように。
痛みも、骨の軋みも、何もかもが生きていることの存在証明。
この痛みが消える頃、きっと何もかもを忘れてしまう安堵な死がやってくるのだ。
生きる限り苦しみは付きまとう。
思い通りにならないことの日々。
追いかけて、追いかけて、それでも触れることが出来ない。
この眼が、指があなたを知ってしまったから。
刺さった棘を抜けるのはあなただけ。
「やばいさ!師叔!!!」
「………………」
(仕方あるまい……本当は趙公明とあたるまで温存しておきたかったが……)
劉環の仙気に反応して溶岩が形を変えていく。
巨大な火の鳥。鳳凰とでも言うべきか。
(天化では相容れぬ……わしがやるしかないか……)
「手に入らないのならば……殺す!!」






かち、かち、と時計の針の音だけが耳を刺す。
胎児のように膝を抱き、彼女は蘇生したての身体を確かめていた。
醜く残っていたつなぎ目は綺麗に消えて、傷一つ無い。
(偽者の……身体だ……)
戦って失った部分も、なにもかもがまるで無かったかのような身体。
(娘を……産んだ傷すらも無いのか……)
ちくり。胸が痛んだ。自分の過去を全て奪われたように思えて。
(……気配が無い……竜吉……その身体でどこへ……?)
孵化したての蝶のように、脆い成体は起こすことさえままならない。
だらりと伸びた手を伸ばしても、まだ自分の意思で完全に支配することが出来ない。
「師匠」
「……偉護か……?」
偉護と呼ばれた道士は道行の傍らに座ってその顔を覗き込んだ。
道行天尊が預かる道士の一人がこの偉護。
宝貝を預かるまでの能力と再起はあるのだか如何せん暢気な性格だ。
緩くうねった黒髪は肩の辺りで跳ねて偉護の男振りを上げている。
「すげぇ疲れた顔してる……大丈夫か、師匠?」
手を借りて身体を起こす。
「公主が太公望のところに向かったみたいですぜ。俺も行って来ましょうか?」
「……あれは誰に似たのか意固地な娘だ。お前が行った所でどうにもなるまい。それよりも、
偉護。頼みがあるのだが良いか?」
熱があるのか少し潤んだ瞳。
「俺が師匠の頼みを断るとおもってますか?」
「すまん。儂を普賢のところまで連れて行ってくれ。後始末をせねば……」
古びた道衣をそっとかけて、偉護は道行を抱き上げる。
師弟といっても見ようによっては偉護の方が彼女よりも上に見えるほどだ。
「後始末?」
「やっと……自由になれた。あとはゆっくりと老いることにするよ……止まった針を動かしてもらった
から……だから、幕は引かねばならんのだよ」
初めて偉護が道行と顔を合わせたのは仙籍に入る前。
修行をさぼって木陰で昼寝をしているところを見つかったのがきっかけだった。
ゆらりと現れて『隣を借りて良いか?』といって同じように目を閉じる姿。
大方自分と同じように単調な修行に飽き飽きした同胞だろうと思っていた。
そして、いざ師弟関係を結ぶ段階になって彼と数人の道士は一まとめに集められた。
脱走の常習犯、さぼりの常習犯、いわゆる問題児ばかりが隔離されていたのだ。
よほど心してかからなければならない道士の顔ぶれにその場に呼ばれた仙人たちはため息をこぼすばかり。
程なくして、あの時と同じようにゆらりと道行はその場に現れたのだ。
そして一言『儂はあの道士を引き取ろうぞ』と偉護を指した。
居合わせた仙道たちは十二仙の直弟子にあのような者を当てるわけにはいかないと止めに入ったが
元々意固地なところがある道行は頑として聞き入れない。
そして、偉護は十二仙の一人の道行天尊に指示することとなったのだ。
過ごす時間が長くなればなるほど、少しずつ自分の師であるこの女性の過去が聞こえてくる。
それは噂話のようで真実の様でもあった。
そのたびに彼女は少し寂しそうに笑っては偉護の問いに偽り無く答えた。
『人を見るならば心で見てごらん』それは彼女が呪文のように偉護に聞かせた言葉。
そんな道行に対して偉護が恋心を抱くのにはそう時間はかからなかった。
つぎはぎだらけの身体を彼女は少し寂しそうに晒して。
その肌に、唇に触れるたびに自分の若さを彼は呪った。
彼女の苦しみを、孤独を、消すことも、減らすこともできない己の微弱さを。
「髭くらい剃ったらよかろうに……偉護……」
「でも、師匠は俺の見てくれじゃなくて心(なか)を見てくれてんだろ?」
彼も、彼女の心を覗く。時折垣間見せるその小さな笑顔。
『慕情』そんな気持ちを道士になってから知るとは思わなかった。
そして『嫉妬』と言うものも。
「偉護、儂に囚われるな」
「俺の師匠はあんただけだから。囚われるも何も無いよ」
軽すぎる身体を抱いて彼は白鶴洞を目指す。
「他の誰でもない。道行天尊って女が俺の師匠だ。俺の自慢の一つさ」
そっと手を伸ばして無精髭の生えた顎に触れる。
「知った口を……」
「やっと、笑った。師匠」
道行の修行はお世辞にも優しいといえるものではなかった。
生半可な気持ちでかかれば見透かされたように叩きつけられる。
絶対なる強さ。十二仙の一人の名に恥じないその能力。
今では目にする機会など殆ど無くなった『術』を使い宝貝以上の攻撃力を誇る才女。
小さな身体からは想像できないその戦闘能力は彼女の過去をより鮮明に思い浮かばせた。
その甲斐あってか偉護は同期の道士の中では異例の速さで宝貝を習得するほどになる。
普賢の邸宅の書庫の隠し部屋の階段を下りながら二人はそれぞれに昔のことを思っていた。
あのときはこんな未来は想像もしていなかった。
この先にあるものがどんな結果であろうと、もう、自分の気持ちから逃げるようなことはしない。
「普賢さん、お邪魔させてもらうぜ」
「こんにちは、偉護。道行」
勧められた椅子に道行を降ろして、偉護はその隣に座る。
普賢は手元に画面を手繰り寄せて数値を入力していく。目の前には巨大な画面が二つ。
一つは現在の封神台。そしてもう一つは湖に浮かぶ趙公明の船だった。
封神台の方を閉じて、今度は周軍の宿営地へと画面を変える。
「太乙、聞こえる?」
「普賢?大丈夫だよ。こっちはけが人続出でね。雲中子と二人掛かりでも追いつかないよ」
武王を始めとして崑崙側にも怪我人は絶えることがない。
太乙真人はナタクの修繕を。雲中子は負傷者の治癒を担当していた。
「太乙」
「道行?気分はどう?どこか不具合は……」
「ありがとう。おぬしが戻るのを待っておるよ。話したいことがありすぎて何を言えばいいか分からぬ……」
太乙真人は手元の小さな画面に映る道行の笑顔にそっと触れて同じように笑った。
「笑ってくれればそれで良いよ、道行」
「待っておるよ」
「うん。早く……戻れるように祈ってて」
画面を一つに戻して今度は趙公明の船の中、太公望の姿を映し出していく。
薄い画面越しに見えるのは焦りと怒り。
「!!」
ふわり。太公望の後ろにたたずむ影に全員が息を飲んだ。






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