水は全ての生命の源となり、その根底を包み込む作用を持つ。
幾重にも重なった水は壁を砕き、溶岩の鳥を水の籠の中に閉じ込めていく。
「お初にお目にかかる。私は竜吉公主と言う者」
長く伸びた黒髪。ゆらりと揺れるその姿はどことなく誰かを髣髴させる。
「公主。おぬし身体は……」
「弟子たちが世話になったようじゃしのう。その礼代わりに。それに……何時までも守られている
子供で居るわけにもいかぬ……」
仙人同士の間に生まれた彼女。
下界の空気は否応無しに彼女の体を蝕んでいく。
その純血ゆえに仙界のみでしか生きられない宿命を背負った仙界一の美女は儚げに笑った。
「太公望、ここは私に任せてくれぬか？」
すい…と指先で水を操り劉環の周りを包み込む。
「おぬしの相手は私だ」
「邪魔をするな……女ァ！！」
溶岩は再び鳳凰となり、彼女に襲いかかる。広げられた翼は熱を放ち空気を振動させていく。
眉一つ動かさず、たじろぎもせずに公主はただ劉環を宙から見下ろしていた。
その流麗な唇に小さな笑みを浮かべて。
（似てる……でも、誰に……？）
霧雨の中、公主はゆっくりと印を結ぶ。
ぴぃんと水は形を変えて再び鳥を籠の中へと封印していく。
「溶岩全てが宝貝か……ならば全部冷やせばよいだけのこと」
単純明快な答えは真に実力のあるものしか発することを許さない。
それだけの力が彼女にはあるのだ。
蒸気と熱を伴いながら溶岩は全て地に還っていく。
その光景を公主は満足げに笑いながら見つめた。
「静かなる攻撃さ……勉強になる」
「うむ……」
小さな水の塊が劉環の頬に触れてぱちんと弾けた。
「立ち去るが良い、金螯の道士よ。おぬしの宝貝はもう死んだ」
圧倒的な強さとそれに伴う威圧感。
崑崙一の仙女は小さく微笑んだ。
「何でだよ……何で……何で赤の他人が俺の幸せの邪魔するんだよ！！！！」
弓弦を引き、光の矢を放つ。
矢は水に阻まれ彼女に届くことは無い。
「殺生は好まぬ。立ち去るが良い」
「…っく……」
じりじりと焦る気持ち。
劉環は忌々しげに頭上の公主を見上げた。






画面越し、道行は目を離すことなく公主の一挙一動を見つめていた。
それは母が娘を見守り、胸を痛める姿。
そして、その成長を見ながら少しだけ嬉しそうに笑う姿だった。
（……竜吉……成長したのだな……）
引き離されても、忘れた日など一度も無かった。
この身体に、もう……そのときの傷は無くとも確かに自分の胎内で育ち、育んだ命に変わりは無いのだから。
そっと祈るように指を組み、愛娘の初陣を見つめる。
その傍ら、普賢は小さく呟いた。
「ねぇ、道徳」
「何だ？」
「ボクたちが……劉環（彼）に成り得る可能性だってあるんだよね……」
同じように普賢も目をそらさずに呟いた。
画面を見つめる目。
「師叔？どうしたさ？」
「天化……わしとあやつと一体何が違うのであろうな……わしも同じようなものだ……」
「何言ってるさ？」
「おぬしがわしの傍から消えたとしたら……わしも同じようになるということだ」
小さな身体を縛り付けるのは慕情という想い。
それは嫉妬を伴い、幾重にも絡まる。
あがらいきれない金連鎖。
「ボクと彼と、何が違うのかな……どうして違ったのかな……」
ゆらゆらとまるで蝋燭の炎のように揺らめく想い。
「わしとあやつ……どこを違えたのかのう……」
ただ、愛しただけ。それだけのこと。
ただ、愛されたかっただけ。たったそれだけのことなのに。
「！！」
「蝉玉！！！」
ふらふらと劉環は蝉玉を抱き、穏やかに笑う。
「……蝉玉、俺はもう駄目だ……勝てないかも知れない……」
ばたばたと四肢を動かして蝉玉は振り払おうと必死になる。
「一緒に死のう……俺もすぐ行くから」
ぐっと首を絞める腕に力が込められる。
「冗談じゃないわよ……死ぬなら勝手に死になさいよ……っ……」
太公望、天化、公主、三人のどの位置からも蝉玉を救出するには時間が足りなさ過ぎた。
ぎりぎりと締まる感覚を振り切ろうと蝉玉はもがく。
「！！！」
ふいに力が抜けて投げ出されるように蝉玉は前に倒れこんだ。
「女の子はもっと丁寧に扱え、ボケが！！」
「ハニー！！！！」
背後の土行孫から打ち出された爪は劉環の身体に深々と突き刺さっていた。
光の輪が身体を包み魂魄が上空へと弧を描きながら消えていく。
「魂魄が出口を探して彷徨ったか……最後は間違えずに外に出られたかのう……」




ただ、あなたを愛したかったのです。
ただ、あなたに愛されたかったのです。
それはあなたへのささやかな慕情でした。
一度だけでよかったのです。
ただ、あなたに愛されたかっただけなのです。