「まったく、何回負けたら気が済むのかしらね……」 建物の屋根から屋根へと軽やかに飛び移りつつ、少女はやれやれといった口調で呟いた。 少女、ロリホワイトはいわゆる変身ヒロインである。 その名の通り白を基調としたコスチュームに身を包む彼女は、普段はごく普通の小学生。 しかし、街のピンチには即変身して駆けつけるのだ! ――徒歩で。 とはいっても変身ヒロインらしく謎のパワー(通称ロリパワー)が供給されており、 肉眼ではとても追えない程のスピードで走ることができるのだが。 彼女は走りながら愛用のメモ帳をぺらぺらとめくり、げんなりとした表情になる。 「ついに月10人の大台突破かぁ……ちょっとは出し惜しみしなさいっての」 ロリホワイトの仕事は突如として街に現れる怪人の撃退である。 今日は4月27日。 つまり、今月は3日に1回以上のペースで怪人の相手をしているわけだ。 わざわざ彼女の住む町内にばかり現れているあたり、ある意味では律儀な怪人達である。 どうやら征服活動よりも打倒ロリホワイトを優先しているようだ。 できることなら本陣を叩いてさっさと終わらせたいところなのだが、基地の位置が判明していない以上は後手後手に回らざるを得ないのだった。 「ん……あれかな?」 ロリホワイトの自宅にほど近い、春には桜が美しく咲き誇る花咲公園。 その中央に何やら怪しい影が見えた。 ビルの屋上から目を凝らせば、どうやらそれは牛をモチーフにした怪人であるようだった。 というか、牛を無理矢理2足歩行できるように改造したようにしか見えない。 牛男の周りにはベンチに縛り付けられた子供達の姿も見える。 「こら、そこの変な牛!子供達を離しなさい!」 叫ぶと共に、驚異的なジャンプ力で屋上から跳びあがる。 そして空中でくるくると回転し、ロリホワイトは華麗に牛男の目の前へと降り立った。 「出たなロリホワイト!残念だったな、お前はこの俺によって倒される運め」 「黙れ!」 「げぶぅっ!?」 前口上すら許されず、牛男の顔面に編み上げサンダルがめり込んだ。 ロリパワーを纏った蹴りの威力はすさまじく、150kgは下らないであろう巨体が地面に平行に吹き飛んでいく。 「ホワイトお姉ちゃんすごーい!」 「かっこいー!」 ロリホワイト、地元では中々の有名人である。 歓声に軽く手を振って応え、ゆっくりと牛男に近づいていく。 「今日は早く帰って宿題やらないといけないんだから。 悪いけど、一気に片付けさせてもらうわよ」 そう言うロリホワイトの右手に、バチバチと危なっかしい音を立てる光の玉が生まれる。 「よし、これでおしまい」 「ぐぅっ……さ、させるか!」 光球が放たれるより先に、牛男は地面に這いつくばったまま手の平をロリホワイトに向けた。 「喰らえ、牛ビーム!」 牛男の手の平から、白い水飛沫のようなものが飛び出す。 「っ!?」 自分はともかく、背後の子供達が危ない。 そう判断したロリホワイトは攻撃を中断し、即座にドーム状のバリアを展開した。 ビームの威力はさほど強くないようで、あっさりとバリアに弾かれる。 「これは……!?」 「くくく、聞いて驚け! なんと、この俺は1分間に300リットルもの牛乳を生成・放出することができるのだ!」 「あんたホントにもう帰りなさいよ!」 あまりにも間の抜けた攻撃に、思わず怒鳴り声を上げるロリホワイト。 しかし、これは意外にも簡単には抜け出せない状況であった。 彼女のバリアはあらゆる危険物を遮断すると言っていい代物だが、発動中はロリパワーの全てがその維持に回されるのだ。 ロリホワイトが「平和を守る」為のヒロインであるが故の仕様である。 早い話が、これを展開している間は他の技が使えない。 牛男がビームの放射を続けている以上、今バリアを解除すれば、自分自身はともかく子供達が牛乳を被ることになってしまう。 「お姉ちゃん、大丈夫?」 「あ、大丈夫大丈夫。今ほどいてあげるからねー」 とりあえず、人質を解放するのが先決だ。 ロリホワイトは器用にロープの結び目をほどいて子供達をベンチから解放する。 「みんな、怖くなかった?」 「ううん、お姉ちゃんがすぐ来てくれたから!」 「ありがとうございまーす!」 捕まっていた子供は5人。 いずれも少女であり、皆で遊んでいるところを襲われたしい。 「あんな牛すぐ倒しちゃうから、もうちょっとだけ待っててね」 とは言ったものの、どうしたものか。 話している間も牛男の攻撃は続いており、バリアの外は真っ白に染まっている。 「うーん。ちょっと浴びるのはしょうがないかなぁ」 ロリホワイトのスペックは恐ろしく高い。 仮にバリアを張らずに銃弾や硫酸を浴びようと、スーツの力だけで十分に防ぎきることができる。 しかし――仮に無害だとしても、牛乳などかぶりたくない。 牛男も永久に牛乳放射を続けられはしないだろうし、しばらく様子を見るのが無難だろうか。 腕を組んで考えるロリホワイトに、背後から声がかけられた。 「あの、これってまだかかりそうですか?」 「ん?えっと……あの牛次第かも」 振り返ると、おかっぱ頭の少女が近づいてきていた。 これから塾でもあるのだろうか、やや焦ったような表情である。 「それより、皆と一緒に端っこの方に避難してなきゃ駄目だよ。やっぱり危ないからね」 「はい、でも…」 少女は素直に頷きながらもその場から動かず、ロリホワイトの右手をとってくる。 「近づかないと、私の技は使えませんから」 「えっ……」 ちくり。 手のひらに何かが刺さった。 ロリホワイトが反射的に振り払うより先に、少女は後ろに跳び退って距離を取る。 その身のこなしは明らかに常人のものではなかった。 「ロリホワイトのお姉さん、はじめまして。私、怪人の蠍女と申します」 「か……怪人…!」 1度に2体の怪人が出現するなど、前代未聞の事態である。 また、人間と全く同じ姿の怪人などという存在も想像の範疇外であった。 「私は、人間社会に溶け込めるようにと最新の技術を駆使して作られた怪人です。 毎日きちんと小学校に通っているのですよ」 にっこりと、いかにも子供らしい笑みを浮かべてみせる蠍女。 彼女はロリホワイトを見つめたまま、バリアの外へと声をかける。 「牛男さん。ビームを止めてくださいな」 「え?もう終わったんすか!?」 牛男が牛乳の放射を止めると、真っ白な飛沫が少しずつ収まっていく。 そして蠍女の姿を確認すると、彼は深々と頭を下げた。 「お疲れ様っす! ――って、え?ロリホワイト全然元気じゃないっすか!?」 「いえいえ、決着はつきました。 後は私だけで十分ですので、先にお帰りください」 「しかし……先輩の身に何かあったら!」 「牛男さん」 蠍女はロリホワイトから視線を外し、牛男に微笑みかける。 「『帰れ』と言ったんですが、聞こえませんでしたか?」 「すっ……すいません!お疲れ様っした!」 どうやら、彼の方が階級は低いらしい。 牛男は一瞬にして顔を青くすると、逃げるように全速力で駆け出していった。 「やれやれ、ですね。物分かりの悪い部下を持つと面倒です」 苦笑しつつロリホワイトに向き直る蠍女。 ロリホワイトは緊張した面持ちでその視線を受け止める。 手のひらには何の痕も残っていないが、何かをされたのは確かだ。平静でいられるはずがない。 「何をしたの!?」 「バリアの使用中は、全てのロリエネルギーがそこに集中する。 今までの戦闘から明らかになっていることです」 質問には答えず、蠍女はくすくすと笑う。 「しかし防げない攻撃が存在しない以上、大した欠点ではありませんね。 普通に考えて、バリアの外からお姉さんを攻撃する方法はないのですから」 「っ!」 「気づいたようですね……そう。 『仮にバリアの中に潜入できれば、無防備なロリホワイトに攻撃できる』ということです」 笑みを濃くする蠍女とは対照的に、頬を引きつらせるロリホワイト。 展開し続けていたバリアを消すが、今さら何の意味もない。 「無敵のロリホワイトといえども、生身で私の針を刺されたらおしまい…」 「あっ!?」 前触れもなく、ロリホワイトの膝がかくんと落ちた。 絶望して跪いたわけではない。 唐突に両足から力が抜けたのだ。 「お姉さんの体は、既に私の支配下です」 蠍女は、地面にへたり込んだままのロリホワイトにゆっくりと歩み寄る。 ロリホワイトは地面に手をついて立ち上がろうとするも、今度は腕の力が抜けてしまう。 挿絵:ブロッサムさん 「無駄ですよ」 「くっ……!」 成す術もなく、へたり込んだまま蠍女に見下ろされる。