それは産まれた時からかかっていた魔法のようなものだ。

 気づいた時には隣にいて、何処に行くのも、何をするのも一緒で、ボク達はボク達の世界にいる限り、それが自然で当たり前のことだった。片方ができないならば、片方がやればいい。片方が考えて出した答えはそのまま二人の答えだった。
 間違っているとか、正しいとかそういうことは考えたこともない。親よりも何よりも、信じている。誰の言葉よりも、直接響く。たった一言でさえ、他人のどの言葉にも敵わない。

 ボク達二人の言葉は、ボク達の共有物。

 仕方ないじゃないか。

 ボク達はずっと一緒だったから。誰よりも長い時間を互いに過ごしているから。ひとりでいる時間よりも、ふたりでいる時間のほうが圧倒的に多かったから。

 だけどある日突然気づくのだ。
 この先も、誰よりも一緒の時を過ごすわけではないことに。
 離れてしまえば解ける魔法。

 時とともに、ゆっくりと。ボク達は違うモノになってゆく。

 

 

 

 

全 力 少 年    





 

 

 水色の絵の具を溶かして、雑に塗ったような薄っぺらい空。
 見上げながら、ぼうっと
MDから流れる曲を訊いていた。
 身体を預けていたフェンスに体重をかけると、潮風で錆びている箇所がギイっと音を立てる。
 立てた膝に乗せている本を捲っていき、文字を目で追った。
 小春日和といって良いほどの陽気に、学生服の前ボタンは全部あけて風を入れる。

 海に近い六角中学の校舎、屋上から見下ろせる位置にある海岸から潮の香りが風に乗ってきて、本のページをはためかせた。肩まで中途半端に伸びた髪が、何度結び直しても落ちてくる。目の前を塞ぐのが鬱陶しくて、再度手櫛で纏めてゴムでくくった。

(気持ちいいなあ……)

 木更津淳はうっとりと目を閉じた。陽は中天をさし、緩やかな日差しを地に注ぐ。
 基本的に一人が落ち着く淳は、屋上の端っこで昼食を取るのが好きだった。このような陽気なら尚更。
 それに読みかけの歴史小説と、好きな曲があればとても幸せな気持ちになれる。ちなみにMDウォークマンは、誕生日に買ってもらったミニステレオ付きのもので、音量を絞って流していた。風に消されるか消されないかだから、教師にばれることもない。耳に直接響くよりも、こうして風景に溶け込む音楽が好きだ。

(うーん。このまま五時間目さぼりたい気分だな)

 読んでいる司馬遼太郎作『太閤記』もクライマックスで、どうせなら最後まで一気に読みたい。五時間目の授業はなんだっけ、と本気で思案してみた。普通教科の授業ならば、机の下に隠して読める。

(あ、体育だったや。合同だから亮ちゃんと一緒か)

 双子の兄と一緒となると、まずいなければ速攻バレる。淳は渋々本に栞紐を挟んで閉じた。
 個々ならばそんなに目立つ存在でも容姿でもないと思うのだが、二人揃うとまず注目を浴びる。それは双子に生まれついた者の運命だと諦めてはいるが、些か辟易するのは否めない。
 携帯を開いて時刻を確認し、MDを止めた。着替える時間を考えると、そろそろ教室に戻らなければならない。

 立ち上がろうとした時、屋上の扉が開かれると凄い剣幕で男女が入ってきた。

「――だからっ! 声かけんなって言ってんだろっ?」
「うっさいなっ。好きで声かけてるわけじゃねえっての。体操服貸してくれって言ってるだけじゃんっ! ほら、貸せよ!」
「それが人に物頼む態度かよっ? しかもな、普通女が男の体操着なんか着ねえんだよっ!」
「仕方ねえだろっ? 忘れちまったモンは忘れちまったんだから! おら貸せ、そく貸せ」
「だからモノ頼む態度じゃねえっつーのっ! ちくしょう。洗って返せよっ」
「お前よりかは、綺麗だ!」

 怒涛のような二人の遣り取りを、思わず訊いてしまった淳は脱力する。言葉使いだけ聞いていると、どっちも男としか思えない。しかし確実に片方はれっきとした女生徒だ。女生徒の方は淳と同じクラスメイトで、長い髪を耳の横でひとつにまとめ、ピンで器用に止めている。顔立ちは可愛い部類に入るだろうが、言葉使いで全てを台無しにしているタイプだった。しかし普段からここまで酷いわけではない。相手の男子生徒と一緒になると、途端くそみそに言葉使いが荒れるのだ。
 隠れる場所も無いし出入り口もひとつだけなので、仕方ないと淳は立ち上がった。

「相変わらず、容赦無いね。きみ達…」
「うおっ、淳くん…っ」

 うお、って女子の驚き方としてはどうだろう。淳はそう思ったが、口に出すほどお節介ではない。

「なんだ、お前またこんな所で一人で飯食ってたのか?」

 男子生徒の方は去年亮と同じクラスだった。大概双子というものは、相手の友人とも面識を持つことになる。しかもこちらは知らなくても、相手は知った気になるものなのだ。全然知らない生徒に「よう!」と、気安く声をかけられることなど日常茶飯事であった。

「相馬妹が体操服忘れたの?」
「そうなの。まあ、ジャージだし。わからないかなって」
「お前さ。昨日オレが入れてたの見てたじゃん。なんで忘れるかな」
「見てたよ。おかげで入れた気になってた」
「あほ」
「うるせえ」
「待て待て。あのさあ、どうして双子なのにそんなに仲悪いかなぁ」

「「双子だからだよ!」」

 ハモって返されて、淳は目を丸くする。

「――双子だよねえ」

 苦い笑みを浮かべて漏らせば、二人は途端胡乱な顔で互いを見ていた。
 この二人の名前は、相馬剛・静といって、男女の双子だ。勿論、二卵性なので外見は姉弟程度にしか似ていないが、双子――しかも男女とあって自分達とは違った意味で有名だった。
 同学年に双子はこの二組だけということもある。

「っていうかさ、一卵性とは違うって。はっきり云って、私こいつと同じ顔だったら自殺してる」
「こっちだってお断りだっ!」

 しかめっ面で静がこき下ろせば、すかさず剛が食ってかかった。本人達は気づかないのだろうが、傍かれ見れば絶妙なコンビネーションだ。

「そんなに違うかなあ」
「違うでショ。しかも、こっち男女だし」
「珍しいよね」
「鏡に映したようにそっくりのほうが珍しいと思うけど」
「そうかなあ?」

 交互に話かけられて、淳は右に左に大忙しだ。

「この間、またホームルーム入れ替わってたでしょ。先生最後まで気づかなかったけど」
「わかった?」
「片方をしょっちゅう見てればね。さすがに違うよね」
「違うな。淳のほうがちょっとタレ目」
「だよねー」

 今度は仲良く頷いている。淳は心の中で思わず『自分達もこんなんかなあ』と、仲が良いんだか悪いんだかわからない二人を見た。

「でもやっぱり、顔似てると仲いいのかな。一緒に手繋いで帰ってたりして〜」
「今はしてないけど」
「「はっ?」」

 静の問いに、普通に返したつもりが、素頓狂な声を上げられてしまう。まじまじと二人がかりで見つめられてしまい、さすがに恥ずかしい過去を暴露してしまったと、淳は慌てて云い繕った。

「昔だよ! 小学校…低学年の頃の話。家までの道のりが危険だからそうしなさいって云われてたし」

「凄い…さすが一卵性双生児は違いますなあ」
「本当に。わたくし、心臓が飛び出る思いですわ」

 しみじみと莫迦にされた気がして、淳は気色ばんだ。

「そういう所だけはお前達だって仲いいじゃないか。なんだよ、手ぐらい繋いだろ?」
「はあ〜? オレとこいつが手ぇ〜?」
「繋ぐだぁ〜? 私達がぁあ〜?」
「――ごめん。訊いたオレがバカだった」

 そのまま皺が取れなくなっちゃうんじゃないかと心配してしまうほど、渋面を作られてもろ手を上げて降参する。

「イヤ、キモ! 気色悪! 触らないでって感じ」
「ばーか、ばーか。こっちこそバカが移るんだよー」
「……オレ、行くわ。体操着に着替えなきゃならないし」

 小学生レベルの罵詈雑言の嵐に、淳は付き合っていられないと二人に背を向けた。

「あ、私もだよ! んじゃ借りるね」
「今日持って帰って来いよー」

 体操着袋を振り回して、静は「おう!」と元気良く答える。男女の双子はよくわからない。淳はよろよろと屋上を後にした。

 

 

 教室に戻れば既に着替えが始まっていたので、2クラス分の男子生徒で溢れていた。ちなみ隣のクラスは女子が使っているので、反対に女だらけとなっている。

「遅かったね、淳。1組だったら女子に追い出されて、体操服取れなかったぞ」

 朗らかに声をかけてきたのは、同じクラスでテニス部仲間でもある佐伯虎次郎だ。

「なんだよ、女子に告られでもしてたか?」

 にやにやとふざけたことをのたまうのが、一応戸籍上は兄の亮である。

「違う。相馬兄妹に絡まれてた」
「ああ〜相馬ね。あいつら仲いいんだか、悪いんだか」

 兄のほうと友人関係にある亮は「よくわかる」と頷いた。

「仲いいんじゃないかな。だって、よく廊下で怒鳴りあってるじゃない」

 脱いだ制服を几帳面に畳みながら、佐伯がなんとはなしに感想を口にし、亮が片眉を上げた。

「怒鳴りあってて仲がいいのかよ」
「仲がよくなきゃ怒鳴り合いにならないと思うよ。オレの幼馴染の兄弟なんかさ、今弟が口も聞いてくれないらしいから。まあ、それぞれだとは思うけどね。でも正直な話、双子って仲良いってイメージがある」
「仲ねえ。どうよ、淳」
「なんでそこでオレに振るかな。っていうか、どうせなら年の離れた兄さんが欲しかったなあ」
「オレは姉さんだな。サエの姉さん、美人で優しいよな。理想だぜ」
「無いものねだりだよね。というか外面に騙されるな」

 ふっと、佐伯に笑われた。

「オレは双子に憧れた時期あったけどね」

 淳と亮は互いを見てから、佐伯に顔を向ける。

「それは、よく云われるけどさ。一体なにが羨ましいんだ?」
「だから、無いものねだりなんだよ。産まれたときから、常に一緒って楽しそうだし。相馬は無理だけど、お前達なら『双子のロッテ』やれるよ」
「――やりたくねえから」
「なに、それ」
「………っ」

 いきなり佐伯が、腰を折って震えだした。

「サエ?」
「――ぶはっ! あはははははっ! 同じ顔〜! 同じ顔〜!」

 ひーひー、と腹を抱えて笑う級友に、淳と亮はうんざり肩を落とす。

「また、妙なツボに嵌ったね、サエ」
「こうなると長いんだよなあ。毎回毎回、何がそんなに面白いのやら」

 幼馴染といってもいいテニス仲間は、文句無しのカッコ良さを誇る容姿なのに、それを台無しにするほどの笑い上戸だった。しかもその笑いのツボというのが、大体においてよくわからない。
 二人は佐伯を放っておくことにして、着替えに専念した。暫くすると落ち着いたのか、佐伯が涙を拭きつつ復活する。彼はついさっきまで爆笑していたとは微塵も感じさせない顔で「でもさ」と、何事もなかったように話を続けた。

「オレ二人を最初に見た時って今でも鮮明に覚えているよ。女の子の双子だと思ったし。なんか日本人形みたいだった」

 あからさまな不快感を表すのは亮の方だ。

「やめろよ、思い出さなくていいっつーの」
「あの時…、オレが転入してきた頃だから小学校四年かな? オジイのアスレチックだったよね。手繋いで来てたっけ」
「やーめーろー! ったく。よく覚えてるよな。オレその辺の記憶さっぱりねえぞ?」
「え、覚えて無いの? 初対面ってアレだよね。揶揄ってきたバネと殴り合いのケンカしたじゃない。その時間に入って止めたのがサエだったんだよ」

 二人の会話から思い出した逸話を、淳はポロリと零した。

「ああ〜? あったか。んなこと」

 佐伯が頷いて先を続ける。

「そうそう、確かバネがどっちかにトカゲ投げたんだよ。んで、おもいっきり顔に当たって…泣いたよね? んでもう一人が怒って殴りかかったんだ」

 こちらの方が頭のデキが良いらしい。スラスラと昔話を始められ、淳は不用意に思い出したことを後悔した。しかもわかってかわからないでか、にっこり笑うと「泣いてたのってどっちだったの?」と、聞いてくる。

「そら〜淳だろう。オレ泣かないよ。トカゲぐらいじゃ」
「覚えてないクセに、よくぬけぬけと云えるよね」
「だって淳だろう?」
「……そうだけど。普通驚くでしょ。いきなり顔面にトカゲじゃ」
「お、顔が赤いぜ。思い出しても泣いちゃうか?」
「やめてよ」

 頬をつつかれて、淳は身を捩って逃げた。

「あははははっ。やっぱり昔から仲いいじゃないか」
「サエ…。オレだってサエの恥ずかしい過去のひとつやふたつ…」
「おっと、予鈴が鳴っちゃうね! 行かなきゃだ!」

 淳がじっとりと佐伯を睨めば、慌てたように制服を体操袋の中に入れて二人から離れる。そんな様子を眺めながら、亮はくすくすと笑った。

「幼馴染ってこういう時に嫌なもんだよな」
「……双子ってのもヤなもんだよ」
「はっはっはっ。お互い様だろうが」

 そうしてお互いの蹴りがカウンターで決まる。

「お前っ。お兄様に対してなにしやがる!」
「誰がお兄様だっ。七分違いってだけでエラそうな口叩かないでよ!」

 一度火が付けば、導火線が短いのが兄弟喧嘩というものだ。あっさりと闘いの火蓋が切って落とされると、周囲の生徒がいつものこととざっと退く。

「大体無神経なんだよ! どうして過去のこと持ち出して、泣き虫とか云うかな!」
「泣き虫なのは本当のことじゃないか! 三日前だって……」
「うわー! 何云い出すんだよっ! 物覚えがオジイ以下のクセにどうしてそうくだらないこと覚えてんのっ?」
「誰がオジイ以下だっ! いつもはお前こそがクダらないことをいつまでも覚えてて、グチグチ云ってくるじゃねえか!」
「クダらない事じゃないから云ってんだよっ!」
「うるせえ! 泣き虫! あれは小学一年の時」
「ひねくれ者…っ! だったら小学三年の時」
「うわあっ! その話を持ち出すなっ! だったら小学四年の遠足…っ」
「小学六年、修学旅行前夜…!」

 顔かたちや体格が同じなのだから、声質だって区別がつかない。遠目から見れば瓜二つの亮と淳が喧々囂々といると、周囲からすればどっちが何を喋っているのかさっぱりわからなくなってくる。
 佐伯はそんな二人を遠くから眺め、溜め息を漏らした。

「――相変わらず、謎なケンカの仕方だなあ〜」

 日付けだけで相手を罵る。他人には理解しがたかった。

 

 













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