Travels ――巡る星の意味



 

 ―――ギュアオオォォォオオオオ―――ッ!

「……っ!」

 灼熱と轟音の中に、狂おしいまでの咆哮が鳴り響く。
 それは地を揺るがすが如く。
 目の前の化け物はのたうち回り、その度に炎が舞った。
 必死にそれに耐える男は、ただ腕で頭を庇い、それでも化け物から目を逸らさずにねめつける。

 ―――あと…少し……。

 力を入れようにも、入らずに震えるだけの拳で、己の足を叩き何とか鼓舞する。けれどもガクガクと笑う膝も、気を抜けば開かれる拳も既に限界を男に教えていた。

 ―――グギュオオオオオォォォ――ッ!おの…れ…おのれ…人間…め……っ

 のたうつ化け物が、咆哮の合い間にも悪態をついてくる。

 男――アラシは目を細めた。

「――お前は…出てくる所を…間違えたんだ…よ…も…眠れ…」

 かさかさになった唇から声を絞り出す。
 汗が滝のように流れては目に入り、アラシは何度も瞬いた。

 ――「巳、亥、未、卯、戌、子、酉、午、巳」

 そして最終印を結ぶ。

 男の目的はただ一つ。目の前の荒れ狂う化け物からこの里を護る事、それだけだ。
 焼き払われた野には、もうアラシ以外立っている者はいない。

 ―――サガノ…ホマレ…。

 仲間の名を呼びたい。けれどもうその力さえ無かった。

 ―――すまない…すまない…オレに力が足りないばかりに!

 わかっているだけでもかなりの数の忍が命を落としている。

 ―――自分で最後だ…オレと共に来い、化け物…!

 最後の気力を振り絞り、ありったけのチャクラを練りこむ。

「うおおおおおお―――っ!」

 どん、と背後に異様な空気が渦巻いた。自分の背中から、自分自身を引きずりだされたような感覚に戦慄を覚える。それを掴んでいる死神が、ありありと見えた。
 この術と契約した者のみが見えるという。
 大蛇丸に破れたのち、必死になって身につけた呪法であった。

「封印術、屍鬼封尽っ!」

 背後の死神が、己の魂を貫く。その衝撃にアラシは慄いた。
 死神の手が、アラシの腹から突き出る。

「うぐ…っ」

 九尾の狐を掴んだ。九つの尾が、天を覆い尽くすが如く別れ広がる。動きは封じた。あとは取り込むのみである。

 ―――力が…力が足りない…っ

 グラリ、と男の体が傾いだ。汗と共に流れる血が目の前を真っ赤に染める。震える手は限界で、もう印を結んではいられなかった。

 ―――ダメだ、今死ぬわけには…ここで倒さなければ……。

 まさしく走馬灯の如く、里の者達の顔、そして死んでいった仲間達の顔が浮かんでは消えた。

 涙が出た。

 悔し涙だ。

 ―――護る…オレは護るんだ…里を、仲間を、そして…

「バカだなあ…一人で何もかも背負おうとするなよ」

 ―――っ!

 そっと、背に温かい何かが触れた。それが手のひらだという事に、暫くして気づく。

「な、なんで…」

 困惑にアラシの肩がわなないた。搾り出す声は、化け物の咆哮に紛れながらも背後の人物に聞こえたようである。当てられた背から、温かい力が流れ込んできた。
 涙が、あとからあとから男の頬を伝った。

「なんで…来た…」
「――夫の大事に寝てられるか、大バカ野郎」

 こんな壮絶な場面なのにも関わらず、軽口を叩く相手に、アラシは嗚咽を耐え切れずに洩らす。

 振り返って見たい。顔を確かめたい。そして抱きしめたい。
 けれどそれはこんな状態では夢のまた夢だ。いや、現在のこの状況こそが夢じゃないだろうか?この温もりも、声も、振り返ってしまえば消えてしまいはないか…。

(だってそうじゃないか…今アイツは…アイツは)

「ふ…ふええええ―――んっ!」
「…ぁ」

 しかし場違いにも赤子の声が聞こえてきた。そこで背後から片手だけが伸びてきて、白く細い手が男の両手で結ぶ印に絡みつく。
 途端、眩いばかりの発光が辺りを照らし出した。金色の光は化け物の、炎のようなチャクラを収縮させて、動きを完璧に止めた。

「力を、力を貸すから…早く封じてしまえ」

 苦しそうな女の声に、アラシは首を振った。

「ダメだ…オレに封じても、きっと封じきれない」
「ここに依代がある…封じられる」

 赤子の声がまもや耳に届く。男は驚愕した。やっとの事で現実に頭が追いついたと言っていい。

「おま…っ!お前まさか…っ!」
「ふふん。元気な男の子だぞ?感謝しろ…よ…」
「オ…オレの…」

 幻だと思っていた。先ほどまで出産のために苦しんでいたのではないか?それが何故ここに居るのだ。
 ただもし、彼女が本物だとすると、その赤子は紛れもなく自分の子だ。

「グダグダ言わずに術を発動させろっ!流石にオレも体力が無いんだよっ!今!」
「だが…なん…」

 語尾が震える。
 それを背後の女が一括した。

「お前はこの里の!木ノ葉の里の長だろうっ!四代目火影!」

 アラシは息を大きく吸い込む。

「木!火!土!金!水!」

 バッと印を結び直し、叫んだ。

「四象封印―――っ!」

 

 ―――ウゴオオオオオォォォォオオオオオオ―――ッ!

 

 化け物が眩い光に包まれ、身の毛もよだつ悲鳴と共に、アラシの腹へと吸い込まれていく。

「うぐっう!」

 あまりの衝撃に、四肢がばらばらになりそうだった。
 それを背後のカグラが必死に支える。
 最後まで抵抗をする化け物を、何とか己の体に引きずりこむと、体の中がズタズタになった。
 それでも、なんとか背後を振り返る。

 そこには亜麻色の長い髪を風圧で遊ばれたカグラが、菩薩のような微笑を浮べて立っていた。その手には金色の髪色をした、まだ臍の緒がついている、小さい、本当に小さい吾子がむずがるように泣いている。

 カグラはそっと絹に包まれた吾子を差し出す。アラシは神聖な儀式のように、手のひらで吾子の顔を包むように撫でた。

「うぎゃあああ〜っ!うぎゃあ〜っ!」

 元気の良い泣き声がひときわ高く上がった。
 二人はどちらともなく目を見合わせると、細く笑む。

「あとは…移してくれ…この子を…里を救った英雄に…してくれ……」

 細い息を吐きながら、アラシが微笑む。あまりにも慈愛に満ち、そして儚い笑みを浮べられて、気丈なカグラの目からも涙が零れた。

「まかせろ…あとの事は」
「ふ、そうしてると…本当に母親…みたいだ…」
「ばか…野郎……」

 男がどうっと、倒れた。もう己の体を支える事さえできない。力は全て使い切った。
 そして、この術は発動と同時に死を意味する。効力と引き換えに己の魂を死神に引き渡す為だ。
 これから、アラシは魂を食われる。
 全てを承知しているカグラが、赤子を片手で持ち替えて、その体に覆い被さった。

「―――う…っ…うっ」

 声にならない。必死で空いた方の手で、アラシの血と汗と泥で汚れた顔を拭う。

「目を…目をしっかり開けて見ろ!お前の子供だぞっ!お前と同じ金色の髪だっ!」
「ふふ…頑張ったな…あん…なに産むの…嫌がってた…の…に」

 耳を必死で傾けなければ聞こえない。カグラは顔を触れ合わせて声を聞く。頬が涙で冷たい。いや、既に体温が失われつつあるのだ。

「あた…あたり前じゃねえ…か、何年男として育ったと…思ってんだ……」
「最初から…女でいりゃ…もっと早く…早く…」

 ―――ダメだ…もう…何も見えない…。

 死神の高笑いだけが、段々と大きくなっていく。

 白濁してゆく意識と視界。アラシは――覚悟した。

 いや、しようとしたが無理だった。未練が残らぬはずがない。

「死…死にたく…ない――」

 ―――これからなのに、子供も産まれて…お前が居て…。

「…死ぬなよっ!死ぬなよ…ぉ…。オレ…オレ…お前が、本当はずっと前から、お前が……」

 頬を必死ですり合わせる。もうお互いの涙が混ざり合いぐちゃぐちゃだった。
 ふっと、男の吐く息が止まった。穏やかな笑みが浮かぶ。

「――――………」

 唇を合わせた。かすかに呟く。

 果たしてそれが通じたかどうか。

 もう、男にそれを確かめる術は無かった。

 首が力なく、垂れる。

「―――――――っ!」

 カグラの慟哭が天を突き抜けた。

 力の限り、男の名を呼んだ。

 もう二度と、返事をしない。声の聞けない。

 

 男の名を、ただ―――呼んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 里に残された忍達がその場に現れたのは、事が収まったと核心してからである。
 荒野と化した野に、倒れ伏す二つの体を発見した時は里人の肝が冷えた。
 元気な赤子の鳴き声が無ければ、発見はもう少し遅れたであろう。

「四代目――っ!奥様っ!」

 抱き起こした時。皆が息を呑んだ。四代目の体はとっくに冷たく。女の顔も真っ青で瀕死の状態であった。

「カグラ…っ」

 必死の形相で駆けつけた三代目が女を起す。

「バカモノ…!産んですぐの体で何を…」

 ぐったりとしているカグラの体を静かに抱き上げた。

「三代目!四代目の腹に封印の記しが…っ」
「なんと…」

 その声が耳に届いたのか、カグラの睫が震えて瞼を押し上げた。
 虚ろな表情のまま、震える手で我が子をさす。

「子に…移せ…。その子を、里を救った英雄にして、くれ…と…最後の言葉…」
「カグラ!」

 目を瞠る。そして迅速に命令を下した。

「早く式を安定させる為に里に連れて行き、儀式を完成させよ!そしてカグラ病院へ…っ!出血が凄い!」
「――はっ!」

 数人が目頭を赤くして、即座に行動を開始した。
 誰の目から見ても、体を張って二人が里を護りきった事は明白である。

 そして、残された骸の前に三代目が膝まづく。

「よくぞ…よくぞやってくれた。感謝するぞ」

 静かに瞑目すると、数人の忍もそれに倣い敬意を表した。

 

 そして――四代目の骸は三代目の作り出した金色の炎に巻かれ、天へと上り、灰となっていったのであった。

 

 

 

 

 


 三代目が音も無く襖を開ける。
 仄かに明るい部屋の中で、カグラが一人横たわっていた。
 傍らにはそろそろ三ヶ月になる赤子が、可愛い寝息を立てている。

 ふと、カグラが目を開けて訪問者を見た。

「なんじゃ、起きておったのか」

 三代目が密かな声で驚く。

「まあな…」

 ハッとするほど綺麗に笑う女の影は儚い。三代目は会う度に今にも消えてしまいそうなカグラの様子に胸を詰まらせた。

「夜泣きでも酷いか?」
「いいや…元気に起きて、寝たら起きない――良い子だよ」

 それだけを言葉にするだけでも疲れるのか、浅く息をつく。

「ただ…この頃、目を瞑るのが…恐い」

 仄かな照明だけでなく、青白い顔が全てを物語る。女からは生の匂いがしない。

 三代目は唇を噛み締めた。
 カグラの体は既に限界に来ている。ただでさえ普通の体の持ち主では無いのに、産後死闘を繰り広げた、その付けが彼女を今尚苦しめていた。
 母親の顔になる時だけ、彼女は生気を放つ。その細すぎる指で隣に眠る赤子の握られた手をつついた。
 ぴくぴくと動く。愛らしい。

「この握られた手の中に、夢と希望が詰まってるんだって言ったのは誰だったかな…」

 ふっと、また細く息を吐く。

「この子…しっかりと生きて…。誰にも負けずに生きてくれるよな。強い子になるよな」
「なに弱気な事を言っておる。――この子は生まれながらに重い宿命を背負ってしもうた…、誰かが護らねばならぬ」
「いいや…この子はオレと、アラシの子だぜ?負けねえよ。負けねえ…きっと踏まれてもすぐに起き上がって、走り出す…そんな子になるさ。護られるんじゃない、護り通す――この子の父親のように」

 まだ薄い、子の髪の毛を愛しそうに梳いた。

「不思議だよな。普段なら、ずっとずっとこんな幸せが続くものなんだと…誰もがずっとオレの側に居るもんだと、疑問にも思わずにいれたのに…アイツと出会って、別れるまで、たった十一年だぜ?十一年…短いよな…もっと長く居たと、居るもんだと思ってた」

「カグラ――」

「この子なんて、ほんの数分だ。数分見ただけだ…、どうして、どうしてもっと早く出会えなかったんだろう。どうしてもっと長くいれなかったんだろう」

「カグラ」

 女の肩が震える。枕は涙を吸い込み、丸い染みを広げていった。

「オレ、どれだけアイツに優しくできたかな?どれだけ笑って貰ったかな?どれだけ――伝えられたかな……」

 すすり泣く音に耐え切れず、三代目は目を逸らした。

「オレがアイツを火影にした…それをアイツは命をかけて真っ当した。それはオレが望んだことなのか?アイツが望んだことなのか? 悔しいよ…悔しい…何でオレは巫女なんだろう。なんで――オレが愛した男を、火影になんかしなきゃならなかったんだ…っ!」

 苛立ちに声を荒げる。カグラの心中を察して三代目はその肩を撫でた。

「火影は、あの男しかおらなんだ。お前の愛はアイツに伝わったさ…でなければ、誰が命を張ってまで火影になる」

 カグラは声を殺して泣き、枕に顔を埋めた。

 自分以前の巫女が、なぜ男の元にいなかったのか。子をなしたと同時に里を離れ、国の神殿でひっそりと暮らしていたのか。

 今のカグラにはわかった。愛していたからこそ、彼女等はそのような地位に押し上げる自分の存在を隠したかったのだ。そして、彼女達は己の罪悪から目を逸らして生きて来た。

 カグラは自問自答を繰り返す。

 自分の選択は間違っていたのだろうか。

 否、アラシの側に居られない人生なんて、きっと無いも同然だろう。失った痛みに耐え切れそうもないが、それでも無かった事になんかしたくない。

 自分達は確かに、幸せだった。

 ただ、それが長く続かなかった。それだけだ。

「コイツを頼むよ…どうかこの子が自分の力で運命に立ち向かえるまで、この子の秘密を漏らさないでくれないか?そして……両親の事も黙っててくれ」
「なにを――それでは下手したらこの子が憎悪の的になるぞ?四代目が我が子に命を賭して封印したと、説明しなければこの子の身も危ういかもしれん!」
「言ったろ?そんな弱い子じゃない。親の身勝手かもしれないけど、そんな事で腫れ物でも触るように扱われ、担がれるのはこの子の為にはならねえよ。この子の体の中には四代目の血と、オレの…古い巫女の血が入っている。それを周りに知られてしまえばこの子は、自分の足で立つ前に誰かにムリヤリ操られるだろう。この子が己で己の運命を見据える事ができるまで――恨まれてもいい。秘密にしてやってくれないか」

 決死の眼差しは拒絶を受け付けない。諾と言うまで逸らされないであろう。

 三代目は嘆息を漏らした。

「―――わかった…」

「ありがとう……親父」

「!」

 その一言に驚いて女の顔を覗きこむ。けれど一足早くそれは閉じられてしまっていた。

 安堵したように、力を抜き、微笑む。

 複雑な気持ちで三代目はそれを見た。認知はしていない。相手も自分を親だなどと思った事も無いと思っていた。

 古代からの流れを汲む巫女達は、里で一番力のある男を選んでは、子を成していく。

 婚姻する者は稀だ。なぜなら彼女達にとって必要なのは、力ある者の“血筋”だけなのだからと、三代目は聞いていた。

 カグラの母親が目の前に現れた時。三代目は既に既婚者であった。それでも構わない、里の為に、と二代目にも促され関係を持ったが、それきりだ。

 カグラが十一の時。目の前に現れ「自分の相手をみつけなければいけないが、どうせなら自分で選びたい」と言った時には心底驚いたものだ。

 本来なら、先代火影が巫女に、次代に相応しい男を選び、会わせるものらしかった。

 母親はどうしたのだ、と聞けば、明確な答えは返ってこなかったが、夭折した事は知れた。

 三代目も詳しくは知らない。巫女と名乗る、神の娘達。

 そしてその体に謎を秘めたまま、彼女もまた逝こうとしている。

「この子は…嵐の目となる…。頼むよ、この子を―――ナルトを……」

「安心しろ。この子は…ワシの孫は何に代えても護る」

 潮時だ。
 三代目は詰まる胸を抑えて、部屋をあとにした。
 そっと閉じられた襖の向こうで、密かな声が聞こえる。
 子守唄だろう。

 

 優しく、温かい、歌声が――――

 

 小さくなって――消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

新しい星が、そうして                               ――巡る。












もう行かなくちゃ 行かなくちゃ
どうしてかわからないけ わからないけど
ひとつだけわかること
僕たちはいつもサヨナラを抱えて生きている

君が今日何度くらい 涙をこらえたのか
僕にはわかるちゃんと 僕も同じだから同じだから

その風は僕だ その雨は僕だ その歌は僕だ
君に降りそそいでる
遠くにいったんじゃないよ 遠くには行ってないよ
僕はまだ星になんかなれないよ

ねえ 約束を守れなくてごめん 本当にごめん
だけど僕なりに叶えていくから

最後についた嘘 今は嘘だとしても
信じていて欲しい 僕はここにいるから いつもいるから

やがて時が過ぎて やがて誰かと出逢って
もう一度日が昇って もう一度歩き出して
僕が君の中で永遠になる時
僕はきっときっと星になるの
泣きながら泣きながら星になるのだろう

その日まで そばにいる ここにいる







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