Travels ――旅の途中





 

 男は女に振られてむしゃくしゃしていた。

 自分は顔にそれなりの自信がある。位だって中忍だ。下忍が多数を占めるなか、中忍とは憧憬の的となる地位である筈だ。

(なのに、あの女…っ)

 あっさりと自分を断った女の顔を思い出し、大した女でもない癖に、と毒つく。
 昼時の商店街に差し掛かり、その賑わいに目をやった。
 その時、ふいに視界に入った女の後ろ姿に触手を動かされた。
 重い荷物を抱えているのか、背を反らし気味に歩いているが、長身でスラリとしている。
 長く揺れる髪から垣間見えた白い顎から、顔を見てみたいという衝動に駆られた。

 ふむ、と一考すると、男は近寄っていった。

「お姉さん、荷物重そうだしオレが持つよ」
「あ?」

 振り向いた女性の顔を見て、男は息を呑んだ。それほどの美貌の持ち主であったのだ。

「お…お美しいですね…」
「そりゃどうも」

 この手の輩に慣れているのか、女性は怪訝な顔をするもののアッサリと返してくる。
 しかもじいっと凝視してきたのだから、美貌に呑まれた男は情けなくも震えてしまった。

「…荷物持ってくれんの?」
「持ちますとも!」

 このような美しい女性に頼まれて、断れる男がいるだろうか、いやいない。男は尻尾があったなら振る勢いで女の腕から大きな包みを奪い取った。

「…!」

 途端、ずっしりとした重みが腕に伝わり、意外にも重い荷物を男は取り落としそうになる。

「いや〜米貰ったのはいいけど、オレこんな体じゃん?ちょっと困ってたんだ。ありがとう」

 微笑まれて、鼻の下が伸びた男だが、女性に似つかわしくない「オレ」という一人称よりも、「こんな体」に引っかかった。
 あれ?と思い、下からもう一度女性を見て、腹の辺りで目が止まる。
 そこは明らかに大きく膨れていた。
 胸から上、腹から下の完璧な細さを思えば、それが太っているためではなく、妊娠しているからだという事がわかる。

「…に…妊婦サンでしたか…」
「は? 知ってたから荷物持ってくれてるんじゃないの?」

 男はとても情けない顔をした。

 

 

 

 

「ぶあっはっはっはっ――っ!バカじゃないその男―っ!妊婦ナンパしてどうっするっつーのっ!」

 爆笑して涙まで流し始めたツムギを、カグラはげんなりと見た。

「いや、結構居るんだコレが。後ろから見たらわからないみたいでさ。でも荷物持ってくれたから助かったけど」
「私はないわよ?」

 そう言って叩いた腹は、こちらも目立ち始めた程度だが膨らんでいる。

「そりゃ、お前は有名だもん。オレは妊娠してこの姿で固定されちゃうまでは外に出た事ないから、女で」
「でも、もう予定日間近でしょ?それでよく男も気づかないわよねえ。つーかそれで米5キロ持つ方もどうかと思うけど」
「米屋のオヤジが『四代目に』ってくれたんだよー」
「いや、オヤジさんもまさかアンタが担いで持っていくとは思わなかったはずよ…」

 どうにも女としての自覚に欠けるカグラに、ツムギは呆れた。

「なんだよー。まあ、いいや茶でも淹れるか」

 よいしょ、と腹に手を当てて椅子から立ち上がるカグラを、慌てて止める。

「私が淹れるからいいわよ!」
「気遣うなよ、オレはあと産むだけだけど、お前は赤ん坊抱いてるんだから。まだ二ヶ月だろ? 無茶するなあ」
「大丈夫、この子いい子だから。外を出歩けるようになったからアンタ達の家に来れたのよ。まったく、あの家は私を一生外に出さない気かっての。困っちゃう」

 憤慨しているツムギだが、自然と幸せそうに顔が緩んでいる所を見ると本気ではないのだろう。
 七月に産まれたばかりの赤子は、今はソファの上で健やかに寝ている。

 カグラも笑みを漏らすと「じゃ、淹れてくれ」と腰を降ろした。

「でもさ〜、もういい加減出したいよ。動きが鈍くなって困る。イテっ、蹴られた…」
「あはは、そんな事言うから。急がなくたって近々会えるんだから待ちなさいよ」

 嘗て知ったるといった感じで台所に立つと、ツムギはポットとお茶道具一式をお盆に持ってやってきた。

「まあ、そろそろだろうとは医者にも言われてるけどさ。お前も知ってるだろうけど、産まれる準備を体が勝手に始めていて、骨盤が緩むだろ。そのせいで歩くとたまにスネの辺りがカックンときてさ〜。その度にアイツが青くなるんだよ」
「ははあ〜。心配なのよ、愛されていて結構じゃない」
「愛?まあ、この子を愛してデロデロなのは知ってるけどな」

 丸みを帯びた腹に、手を置く。そこから鼓動が伝わってくるようだ。
 湯気が立ち上り、芳香が流れる。ツムギがカグラの前に淹れたてのお茶を置いた。

「サンキュ」
「いいえ。でもさーアンタ達が結婚したのにも驚いたけど、女になって妊娠したのにも驚いたわよー。アラシは四代目火影になっちゃうし」

 同班だった少年を思い出す。彼は立派な青年になり、頭角を表したかと思うと、最年少で火影の座に就いてしまった。
 それと同時に、大変な美女と結婚をしたものだから、当時彼の周りは荒れたものだ。
 しかも、これは本当に身近な人間しか知らぬ事だが、相手が「男だったはず」のカグラである。
 最初は単に変化をしているのかと思っていた他の同期の男達は、カグラの懐妊を知ったと同時に全員が熱を出して倒れた。
 同期の者達は今や里でも有数の力の持ち主となり、里を支えている屈強な男達である。それが軒並み揃って寝込んだのだから、里では一時、敵方の呪いか、と危ぶみ緊迫したものだ。
 それを見ていたやはり同期の女性陣は腹を抱えて笑い倒れた。

「ねえ、でもアンタって本当はどっちなの?男が女になったの?女が男になってたの?」
「秘密です」
「いやーん、いけずねえ。まあアンタほど顔がよけりゃ男でも女でもいいんだろうけどさ」
「なんだかねえ。オレのことよりもお前の方が里人の度肝抜いたんじゃない?あのうちはの旦那を陥落したんだから。堅物のうちはの旦那が若い嫁さん貰って再婚したって聞いた時は耳を疑ったね」
「おほほ!アンタ見習って、押して押して押し捲ったのよ!」
「相手は奥さんが亡くなっているとはいえ子持ちなのに、よくそんな気になったな」
「いいじゃない!惚れたんだから!」

 そう言い胸を張るツムギの腹を、カグラは複雑な表情で見た。
 押し捲ったと言い張る彼女の言い分を、その身を持って体現しているのだから素晴らしい。
 いわゆる、できちゃった婚をした友人を前に、カグラは拒みきれなかった里一の血継限界の血筋を持つ男を思い出した。

 前の奥方との間に一子を設けるも、その出産がうまくゆかず、他界してしまっていたので父子家庭であった。それからは浮いた話もなく、一族総でで息子を育ててきた、厳格な男である。

 それがいきなり若い娘にひっかかったのだ。

「知ってるか?うちはの旦那が今なんて呼ばれてるか」
「なによ〜」
「一発屋だって」
「あはははははは―――っ!」
 おもしろーい、と他人事のように笑う奥方を前にして、カグラは旦那に同情した。

「ねえねえ、アンタの旦那は今どこにいるのよ?今日は非番じゃないの?」
「火影に非番もあるかよ。って言ってもこの頃は早く帰ってくるんだけど、あまりにウザイからこの間追い出した。どっかで暇潰ししてるんじゃねえ?」
「―――里長に対してかなり酷い仕打ちね。サガノとホマレが黙ってないわよ〜あんまり邪険にすると」

 サガノはカグラの班員で、ホマレがアラシの班員である。今は四代目の利き腕として活躍をしているのだが、これが強烈なアラシの信望者であった。
 自分を邪険に見る二人の顔を思い出し、カグラは鼻で笑う。

「オレが独り占めするほうが恨み買うさ」
「そうかもね〜。結婚式の時荒れてどうしようも無かったものね」  

 こちらは思い出し笑いだ。

「ああ、でも久し振りにカグラが来てくれたんだ、アラシを呼ぶか」

 おもむろに立ち上がると、カグラは窓を開けた。そこで、式神で鳩を作り空に飛ばす。
 暫くして、玄関から嫌な顔をした、忍服の少年が現れた。

「―――お呼びですか」

 思いっきり不機嫌な声を出す少年に、カグラは悪びれなく「うん」と答えた。

「あら、カカシ君久し振り〜」

 ヒラヒラと手を振るツムギに、そこでカカシと呼ばれた少年は始めて気づき、もっと嫌な顔をする。

「ツムギ先生まで居たんですか…」
「ふっふっふ〜。居たのよ、カカシ君。君は相変わらず顔を半分隠してるのねえ。照れ屋さん」

 大人の女性の揶揄ほど困るものは無い。年端も行かぬ少年とあれば尚更だ。ヘタな事を言うのは命とりと、心得ているカカシは沈黙を賢明に保った。

「…で、呼び出した用件は?カグラ様」
「うん。お前の先生を引っ張ってきてよ」
「――…あのですねえ。どーしていつもそう、夫婦間の事でオレを使うんですかっ!オレだって今や立派な忍なんですよ!」
「知ってる〜。でも君の恩師は私の旦那でーす。行ってらっしゃい」
「だからっ」
「行ってらっしゃい」

 にっこりと、美しい顔で有無を言わせぬ迫力の笑み。少年はぐっと詰まるしかない。いつもこの笑顔で押し切られるのだ。

 ちなみに奥方がこれなら旦那も旦那で、やはり少年に私事の頼みをする時は笑顔で押し切ってくる。どうにもしようもない夫婦であった。

「今日は火曜日だから、きっとパチンコ屋にいるね。ちょっと連れてきて」
「―――カグラ様。火曜はレディースデイでは」
「ははは!なーんでそんな事を知っているんだという野暮な事は聞かないから、よろしく〜」

 手を振られて、カカシは「まさか」という疑惑を持ちながらもその場から去った。

 入れ違いに呼び鈴を鳴らされ、カグラがそのまま玄関に出る。

「はい?」
「こんにちは〜」

 そこに立っていたのは、同年代の女性であった。あ、とカグラが思う間もなく、赤ん坊の泣き声が上がる。

「わ、ここまでは大丈夫だったのに〜!」
「うわあっ!モモじゃん、どーしたの!」

 歓喜の声をこちらは上げた。モモと呼ばれた女性は、カグラの元班員だ。

 まだ首が座っていない赤ん坊を、前抱きの抱っこ紐で止めている。その赤ん坊の顔をカグラは覗き込んだ。

「かわいー。えっとサクラちゃんだっけ?何ヶ月なんだ、出歩いていいのか?」
「四月に生まれたから四ヶ月ね。なーんか家にこの子と篭ってたらノイローゼ気味になってきたから遊びにきたのよー」
「そっかそっか、入れ入れ。丁度ツムギも来てるから良かったな」

 招き入れると、中で待っていたツムギも喜んで迎えた。
 茶のみ仲間が増え、ひとしきり出産の話題で盛り上がる。

「お産ってさ〜目を開けてするもんなのよ」
「そうなの?」
「そう、目を瞑るといきんじゃうし、そうすると頬の血管が切れちゃう場合もあるんだって」
「あのさあ〜やっぱ痛い?痛いのか?」

 特殊な事情を持つガクラの感心はもっぱらそこにあった。大体男はその痛みに耐え切れずに死んでしまうと言われるぐらいである。果たして男でもある自分に堪えられるのかどうかが心配であった。

「痛いわよ!しかもいきんじゃダメなのよ!この子小さいし楽かと思ったけど冗談じゃなかったわ。隣の分娩室から他の人たちの声が聞こえるんだけどさ〜。一人はしょっちゅう吐いてて、一人は「殺す気かああ―っ!」って叫んでたもん」
「あははは! スイカを鼻から出すって感じよね」

「ぎえーっ!なんすか、それは!なんでいきんじゃダメなの?」

 青くなるカグラは経産婦二人に、興味深々に尋ねた。

「産道が開かないうちに、無理矢理出そうとすると…この子の頭ちょっと触ってみて」

 モモが抱かかえていた赤子の頭を、カグラの方に向けた。
 恐る恐る触ると、そこは柔らかくて簡単にへっこんでしまう。

「小さな産道を通るために、赤ん坊って頭蓋骨が繋がってないのよ。だから、無理矢理押し出したら頭が潰れちゃうんだって」
「へえーっ! 凄いな!」

 差し出されたまま、カグラはその赤ん坊を受け取った。壊れてしまうんじゃないかと思うぐらい小さいのに、どこもしっかりと人間で感心してしまう。人見知りもまだない赤ん坊は、むずがりもせずに腕に治まった。

「だから切るのよ」

 ずばり、とモモが言う。

「き…切るの?やっぱ…」
「そうねえ、カグラ。昔の産婆サンだったら切らなくていいように、名人芸を持っていたらしいけど」
「なに?」
「昔の産婆サンって小さい手の人しかなれなかったんだって。それで産まれる時に手を突っ込んで、中で赤ん坊の頭を捏ねて伸ばすんだって!そして出すのよ」
「ぎゃあ――っ!なんっすか!それっ」

 伸びた頭の赤ん坊を想像して、カグラは思わず絶叫した。この話にはツムギも青くなったようだ。

「…で、長くなった頭を、それから徐々に丸めていって普通にするんだって、数ヶ月かけて。今の時代に生まれて良かったと思わせる話よね」

 これには二人とも、まったくと頷いた。

「うう、しかし話には聞いていたけど切るのかあ〜」
「カグラ、安心して。出産の痛みでそれどころじゃないから。しかもキレイに縫ってくれるからノープロブレム!」

 そう励ますのはツムギだ。

「いや…ノープロブレムって…。はあ、でも不公平だよなあ。作る過程までは一緒なんだから、男が妊娠してもいいじゃねえか。こう、運の悪い方が当たるとかさ」
「あはははっ!運の悪いほうが妊娠するの?」
「―――何を気色悪いこと言ってんの……」

 女同士の話に、男の合の手が入って、三人はピタリと口を閉じた。

「あら、お帰りなさいませ火影様」
「お久しぶりにございます、火影様」
「ご機嫌麗しゅう、火影様」

 上品な挨拶をそれぞれにされて、四代目火影の顔が歪む。

「イジメ?それは新手のイジメなの?」

「おほほ、何を仰いますのやら」

 ツムギが口に手を当てて笑った。カグラはそこで突っ立ってるアラシの手が掴んでる先を見て声をかける。

「カカシ、探してくれてどうもな」

 呼ばれたカカシは、アラシに首根っこを掴まれていて、逃げようと必死でもがいていた。

「信じられないっ!ほっんとうに信じられないよ!この人!」
「あはは〜カカシ。恩師に向ってこの人呼ばわりは酷いじゃないかあ」

 柔和な笑みを浮べるアラシに、少年は指をさして吼えた。

「フツー火影が女装してパチンコ屋にいるかあっ!信じられないっ」
「女装じゃないよ、変化だよ。美人だったでしょ?」
「いやーっ!こんな上司いやーっ!」

 騒いでじゃれあう師弟に、モモとツムギが冷たい視線を送った。

「何やってんの、アラシ君」
「アホじゃない?」
「そうですよね!アホですよね!この人!」
「うう…、奥さん〜みんなに虐められるよー」

 酷い!とショックを受けたアラシが、そのままカグラに泣きついた。

「それより、勝ったのか?」
「勝ったよ〜。えっと、チョコでしょ、お菓子でしょ。ベビー用品なんてものもあって、オムツとか、ガラガラ…あと服もちっこいのが一杯あったんだ〜」
「それだけか?」
「ふ、まかせなさい!本日はバカ勝ち!じゃーん、ホームビデオー!」
「でかした!アラシ!」

 夫婦二人でぐっ、と親指を立てあう。

 見守っていた他の者達はごぞって『買えよ…火影ともあろう方が…』と、遠い目をする。

「これで赤ちゃんの記録撮るんだー!…て、カグラっ!いつの間に産んだの――っ!」

 そこでやっとカグラが抱いている赤ん坊に気づき、アラシは愕然とした。

「うーん、ついさっきポロッと…って産めるかあっ!このボケ男!」
「ナイス、乗り突っ込み!」

 またもや夫婦は、お互いの健闘を称えあう。これが里の権力者夫婦かと思うと、皆は頭が痛かった。

 特に痛いのはアラシだ。以前はこのようなノリの男ではなかった筈なのに、子供ができた途端になにやら始終ハイになっている。見ているほうが疲れるほどだった。

「……先生、オレ帰っていい?」

 昔のクールな姿はどこにいったのか、現状を情けない気持で見ていたカカシは、泣きそうになりながら退室を申し出た。

「なんだよー、飯でも食ってきなよカカシ」
「先生…オレの知ってる先生はそんなんじゃないやい!」
「ガーン!そんなんって言われちゃったよー!」
「……アラシ…大分ノリが自来也化してきたわね」
「―――恐い事言わないでくれ、ツムギ」

 そんな男を旦那に持っているカグラはがっくりと肩を下ろす。

「アラシ君、ちょっとは落ち着きなさいよ」

 見かねたモモが口を挟んだ。

「だってさ、嬉しいんだよ本当に!もうちょっとで子供に会えるかと思うとさ…。ホントはもっと早く欲しかったんだけど、砂といざこざあってそれどころじゃなかったから」

 自嘲するアラシの言う通り、つい最近まで大きな戦が勃発していて木ノ葉は揺れに揺れていた。しかし、砂となんとか同盟条約をこぎつけて、やっと一息つけたのだ。

「そう考える男が多いのはわかっているわ。おかげで只今ベビーラッシュらしいわねえ」

 モモが「そういえば」、と爆弾発言をした。

「揃いも揃って仕込み時期が一緒だもんねー。焦ったんじゃない?」
「ツムギの場合はお前が焦ったんだろ」
「ちょっとー、人を恥女みたく言わないでよカグラ!」

 ここに居る女性全員が妊婦と出産直後な上、明け透けに生々しい事を言われ、カカシは思わず泣きそうになった。
 思春期の少年の前で何を言うのだ、この人達は…と心中毒つくも言えない。

「えへへー、でもおかげでアンタ達の子と同い年だわ。将来よろしくね」

 ツムギは寝入る赤子に目やりながら、アラシとカグラに手を振った。

「アンタ達の子供頂だいね」
「は?」

 アラシは耳を疑う。

「だってカグラの子でしょ?性別なんてあってないようなものじゃない。この子次男になるしいいでしょ」
「あ、いいなあ〜。ウチ女の子だもんなあ」
「よくないよ!ツムギ!そして羨ましがらないでよ、モモ!」

 焦る夫を無視して、妻は興味を覚えたようだ。

「つーことはだ、次の火影をうちはから出したいのか?」
「あ、そうなっちゃうのかしら?違うけど、ただ単にアンタ達の子供って最強そうじゃない」
「あははっ!言えてる〜ウチの子も側にいさせて貰おう!」

 モモもそれには賛同した。赤子が「だあだあ」と笑う。

「嫌です!嫌!ウチの子は誰にもやりません!」
「産まれてもないのにもう親バカ発揮?あのねえ、アラシ。私とあの旦那様の子よ?そりゃー顔は私似で男前だろうし、中身はあの渋さのステキな男子になるに決まってるじゃない!なに文句あるのよ!」
「ツムギの顔で旦那の性格〜?恐ろしい仏頂面の男じゃないか!」
「男はそれぐらいでいいのよ!」
「あのさあ、その場合その子って押しに弱いの?それとも押しに強いの?」
「カグラ、問題にすべきはそこじゃないでしょ!」
「あの…オレ帰っていいですかあ〜」

 大人達の不毛な争いに、カカシは疲れ果てていた。

「あ…」

 だがそんな嘆願は、悲しくもカグラが己の異変に気づいた事でまたもや無視されてしまった。

 声を上げたカグラに、皆の視線が集まる。

「―――破水したっぽい」

「―――はあっ?」

 全員が一斉に立ち上がった。

 カカシはふらふらと壁に手をつく。気分はもう「助けてお母さ〜ん」状態だった。

「は…破水って。ザバっときたの?」
「いや…今朝もちょっとあったんだけど…単なる出血だと思ってた…。でも今のはさっきより量が多い…」
「破水ね」

 モモがさっさと我が子をカグラから受け取った。

「え?でも破水ってそんなに少量だっけ?」とはツムギだ。
「下の方が破けると、ザバっとくるけど、上からだと少量ずつなのよ。で、上からの方が『機は熟した』って事で破けるの」
「――しかも陣痛もきてるです」
「早く言えーっ!カグラ!わ、わわ、どうしよう」

 女性陣は淡々と喋っているなか、アラシはようやっと事態を飲み込んで焦った。そんな夫を尻目に、カグラはどこまでも冷静である。

「とにかく、病院行くから入院用に纏めていた荷物持ってきて」
「わかった!」

 言うや否や、素晴らしい速さで取りに行く。

 カカシは逃げるタイミングを逃した。

 

 

 

 病院に着ついてから、破水しているかの検査を終え、正式に発覚したカグラは感染予防の処置として抗生物質を飲まされた。

「う〜ん。お腹が張ってる…」
「大丈夫か?大丈夫か?」
「――お前が大丈夫かよ…」

 取り敢えず、赤子を持つモモとツムギを帰して、カカシに荷物を持たせここまで来た。

 現在ベッドに横たわる妻に寄り添う火影を、病院関係者は微笑ましく見守っている。

「あ、きた」
「えっ?なにが!」

 アイタタ、と腰を摩るカグラに、アラシが慌てた。

「陣痛…、腰さすってくれ〜痛い…」
「わかったっ!こうか?」
「うん…」

 ひーひーと息を漏らすので、痛みの具合がわからない男は心配するしかない。

「治まった…今何分間隔だろ」
「うん、計ってるよ」
「カカシはどこに行ったんだ?帰ったのか?」

 何か話していないと気が紛れないらしい。そんな事を聞いてきた。

「いや、三代目に報告に行って貰ってる」
「三代目に?お前…」
「わかってるよ、君があの方と無関係を装いたいのは…でもこうして父親になった今。あの方の気持ちもちょっとはわかる。どんな関係であろうと、この子にも血が流れているんだから」
「―――アラシ…。うっ!またきた」

「えーと五分だね」

 一生懸命腰の辺りを摩ってやる。

 暫くして、また陣痛が止んだ時だ。部屋の外が騒がしくなった。

「ちょっと待って下さい!」「困ります!」とは看護婦の声だろ。

 しかし制止の声も振り切って、ドアが開かれた。

「こんな時に申し訳ありません!四代目…っ!至急おいでください」

 非礼をわびて、忍服姿の男が敬礼した。その姿に二人は目を瞠る。男は血をあちこちから流し、服はぼろぼろに近かった。

「何があった?」
「それが…」

 ちらり、と男が奥方を見た。アラシはのっぴきならない状況を察すると立ち上がる。

「ごめん、行くね」
「うん…しっかり励んでこい」
「そりゃ君でしょ。カカシ、そこに居るね?」
「は、はい」

 三代目の所に行き、そこで四代目の場所を聞かれたカカシはこの男を連れてやってきたらしい。ドアの外から顔を覗かせると、アラシは申し訳なさそうに「奥さんのこと見守っててくれる?」と言って出て行った。

「え?」

 自分も一緒に戻ろうとしていたカカシは驚くも、目の前で病室のドアを閉められて唖然とする。

「オレに一体どうしろと…」
「カカシ…」

 苦しげに名を呼ばれて、ビクリと振り返る。

「腰を摩ってくれ〜」

 カカシは今度こそ泣いた。

 

 

 男に連れられて火影詰め所に出向くと、中は恐ろしい緊迫感に包まれていた。
 数こそ少ないが、上忍達が揃ってアラシを待ちわびていた。

「四代目…っ!」

 現れた里長を、皆が縋るように見た。

「どうした…っ」

 先ほどまで奥方の出産に右往左往していた姿は、微塵もなく厳しい表情で部下の顔を見渡す。

「それが…里の外れで化け物が放たれたんです。どうやら殺生石を持ち込んだ輩がいたようで…っ」

 青褪めた一人が、申し出る。

「化け物?」
「そうじゃ…九本の尾を持った…化け狐じゃ」
「三代目…っ」

 肩を支えられ、部屋に入室してきた三代目にアラシは目を疑った。

「すまぬ…ワシさえこの様じゃ…不甲斐無い」
「何を…っ!」

 負傷して包帯を巻かれている体に、アラシは唇を噛んだ。

「死傷者ははかり知れん。ワシは最後まで残ろうと思ったのだが、お前に引継ぎをせねばと思って来た」
「死傷者…?そんな人数が出向いているのですか?」
「ああ、里の忍全員に召集がかかっておる。とにかく、あの化け物は凄まじい…手に負えぬ…。だがどうにかせねばなならい」
「そうじゃないでしょう!何でオレをさっさと呼ばなかったっ!」

 アラシは激高した。

 自分は里の長である。そんな人物が、里の民が死闘を繰り広げている話を何故最後に聞かねばならぬのか。

「それは…サガノ様とホマレ様が…」
「なに?」

 怒髪天をつきかねない様子のアラシを慮って、一人の上忍が口を挟んだ。

「―――奥さんの予定日も間近なのだから、呼ぶな…と」
「……どこだ?」
「え…」
「その場所はどこだと聞いている!」
「は!只今、演習場のある山間です!」
「近いじゃないかっ!里に下りてくる前に蹴りをつけるっ」
「アラシ…っ!」

 厳しい顔で吐き捨てるアラシを、三代目が止めた。

「貴方はここに居て下さい。忍でない住人を護る人が必要だ。他の者も残れ、里人を護るんだ!」
「はっ!」と、部下が承知する。 

「待て!アラシ…っ!死ぬならこの老いぼれからじゃっ」

 蒼白になって三代目が声を上げる。

「いいえ、この場合確かな方が行きましょうよ。三代目は負傷なさってる。オレが行きます」
「カグラと子供はどうするんじゃ!」

 そこで、男の背中が不用意に揺れた。

「―――戻ってきます。オレはもう、あの時の…大蛇に太刀打ちできなかったオレじゃない。オレは…護るって約束したんです、この里を…カグラを…」

 アラシは一度だけ振り返った。

 その時の顔を、のちにその場に居た全員が忘れられない表情だった、と語っている。それほど清々しい笑顔だった。

 そうして、アラシは部屋を飛び出した。













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