五大国のうち一つ。火の国、木ノ葉の隠れ里。
 そこには数多の優秀な忍がおり、里を独特の体制で守り、国に属さぬ独特の自治体とし存在してきた。
 たかが里が、ともすれば国と同等の態度で接することができるのは、忍としての力量が国としては無視できぬほど強力なものであるからだ。
 だがそれだけで護っていけるほど、里という小さな集団が立ち行くはずもなく。里には絶大的な力と全ての住人の信頼を勝ち取る長なるものが存在していた。それが皆の確固たる団結力の中心となり、ともすれば暴走してもおかしくないほどの異能集団を纏め上げていた。

 名に、影とつく。

 五大国にはそれぞれ忍の里という特異な集団がいるが、その影と呼ばれる者達の役割は様々だ。

 しかし、木ノ葉の里で影を――火影を名乗るという事はそういう事なのである。
 火影にとってはその里が全てだ。
 里こそが唯一無二のものであり、里に住む者達全てが、大切な家族となる。
 そこに息づき生活する人々。笑い、駆け回る子供達。
 懸命に、しかし日常に、その生活している全ての人々の息吹がこの里を生あるものとしている。
 それら全てが、火影にとっては無性に愛すべき存在でなくてはならい。

 例えば、子供が遊び疲れて帰ってくる。それを、夕飯を作り出迎える母親がいる。
 父親が帰宅する。子供の寝顔を見て微笑む。
 そんな他愛もないもの全てを、火影は守らねばならなかった。

 ―――火影とは、この里一の力の持ち主と信じられ、信頼された守護者であったからだ。

 火影。

 その銘の重さを、襲名したものは知るだろう。
 だからこそ命を賭して、彼等は木ノ葉の隠れ里を守り抜く事になる。

 己が命さえ、犠牲にしてまでも……。




Travels ――出会い



 第一印象は最悪だった。

 確かに相手の顔には一瞬見惚れてしまったが、次にその容姿で吐かれた言葉で全てが反転した。

「お前がうずまきアラシか?ふ〜ん」
「……そうだけど…」
「顔だけだな。顔だけ」
「―――は?」
「だから、顔だけ」

 初対面でいきなりそのような事を言われてしまい、一体どう返せば良かったというのか。
 まるで深海のような色をした瞳に凝視され、アラシは困ったように顔を傾げると口を開いた。

「―――どうも……」
「…………」

 相手はポカンとした表情で、しばし押し黙った。
 次いで、まじまじとその顔を改めて覗き込む。

「お前、頭大丈夫か?」

 そう本気で言われてしまえば、さすがに暢気モノと評判の少年さえ気色ばむというもの。

「いたって大丈夫だよ」
「ぶっ!あはははは――――っ!」

 しかし気分をいくら害されたとしても、どこか見当外れの答えをするアラシに、相手は耐え切れず爆笑した。

「あはははっ!お前面白いなあ〜っ」

 憮然とする少年を目にしても構わず、その肩を力強く叩く。

「オレの名前はカグラだ、カグラ。覚えておけよ」

 えらそうに名乗る相手を、今度はアラシがまじまじと見る番だ。

「新手のナンパ?」

 ボカッ。
 容赦無い鉄拳が横っ面に飛ぶ。

「何が悲しくて男が男ナンパしなきゃなんねーんだよ。タコ」
「―――男……」

 いきなり殴られた事よりも、そちらの方に目を丸くした。

 カグラと名乗った相手を見れば、胸を張ってこちらを睥睨している。そのままツカツカとアラシに近寄ると、その手を力任せに取り己の胸に押し当てた。

「うわっ」

 驚くアラシに眉を顰めるも、グイと押し付ける。そこにあるのは骨の感触のみ。

「どっからどうみても男だろーが」
「まさしく……」

 それでも困惑を隠し切れないアラシは、もう一度足先から相手を眺めた。
 スラリとした肢体に柔らかさなどないが、その容姿はアラシが知る同年代の中では圧倒的に端正なものである。
 真っ白いが、決して不健康には見えない肌。大きな深海色の瞳には強い意志の光が灯っている。長い睫。薄い唇。後ろで無造作に束ねられた髪は柔らかい亜麻色。
 自己申告が無ければ少女としか見えなかった。
 そんな思いが相手にも伝わってしまったのか、カグラはアラシの沈黙に段々と不機嫌になっていく。

「あのなあ……オレから言わせて貰えばお前だって相当、男かと言いたくなる容姿してんだぞ?」
「え?」
「絶対お前ってば、ちょっと前まで女に間違われてただろ?」
「まあ、そうかな…」
「そうかなって……」

 それは本当の事だったので、正直に頷いた。
 自分も色が白い。少年らしく健康的に焼けた肌などを望んでいるのだが、焼けても赤くなるだけで一向に褐色になってくれない事が悩みであった。
 しかも目まで大きい。風が吹けばすぐにゴミが入って痛くなる。これも少年の悩みだ。全体的の色素が薄いためか、髪の色も金色というより、白金に近い。
 とにかく色素が薄いという事は、人に与える印象もぼやけたものになるという事だ。

 だが、決して人込みに紛れる事が無い。どうにも浮き上がる。

 アラシはどちらかと言えば万事控えめな少年だった。それは戦争孤児として育ったが故である。表に出る事よりも影に回り人を、里を支えたいとこの年で常に思っていた。
 だからこそ、容姿で目立つのは不本意極まりないことであった。
 ここにきてこの少年のおかしな所なのだが、今もカグラに「顔だけ」と言わしめるほど整った容姿をしているにも関わらず、そのような自覚はまったく持ち合わせていない。
 ただ人より少々変わった色合いをしているからだ、としか認識していない風変わりな少年なのだ。

「女に間違われるのはしょうがない。オレはヒョロヒョロしてるから。でも、もうこの頃は無いよ」
「それでオレを女に間違えたってか?ヒョロってて悪かったな。身長は同じくらいだろうが」
「悪かった。ごめんなさい」

 素直にいきなり謝られて、毒気を抜かれる。カグラは口の開閉を繰り返すと嘆息した。

「本当に変な奴。いきなりシツレーな事を言ったのはオレだってわかってんの?」

「わかってるさ。それでも、オレが失礼な事を言った事には変わりないだろ。さて、オレは謝った。君も謝ってくれる?」
「ふん。口が回るな。いいさ謝る、悪かったよ。頭おかしいのかなんて聞いてさ」

 ニヤリと笑われた。キレイな顔をしているのに勿体無いな、とはその時の正直な感想である。言ったらまた鉄拳が来るのは、なにやら予想できたので賢明にも堪えたが。

「まあ、顔だけかどうかはまだお前の実力知らないし、そっちの謝罪は保留」
「保留って……」
「いいじゃん、顔だって重要だぞ。人に与える印象っていうのは良いほど色々都合がいいんだ。お前はなんつーか宝の持ち腐れって感じだけど」
 胸を張られて自慢されるが、それがこの容姿の持ち主でなければなんと笑い種な台詞だろうか。ただ鼻持ちならないという感じをあまり受けないのは、彼の屈託の無い物言いのせいかもしれない。

 アラシは奇妙にも感心する。

「だけど…君はともかく、オレは別にキレイな訳じゃない」
「そっか?その瞳…まるで真夏の青空のようじゃん。オレはキレイだと思うぞ」
 そう言って、それこそ綺麗に笑うとカグラは顔を近づけてアラシの瞳を覗きこんだ。
 男とわかっていても、ドキリとする。

「なーにガキがイチャついてるのかのーっ!」

 その時だ、下品な野次とともに、アラシの背中が力任せに叩かれたのは。

「…っ!」
「…っ」

 全ては一瞬の事だった。しばし状況が飲み込めず固まるも、理解したと同時にアラシは尻餅をつく嵌めになる。
 カグラに思いっきり突き飛ばされたのだ。

「いてっ!」
「何しやがるっ!このジジイっ!」

 地べたに転がるアラシなどは無視して、カグラは顔を真っ赤にして怒鳴った。怒鳴られた男は背後に立ち、ニヤニヤとこちらを見ている。

「なんだ〜? お前等今チューしなかったか?」
「…てめぇっ、自来也」

 心なし顔を赤らめて口を必死に拭いながらも、鋭い眼光を向ける。しかし向けられた方はどこ吹く風だった。

「うむ〜。不純同性行為を目の前に、今ワシは教育のあり方について心痛めておるぞ〜」
「何ぬかすっ、誰のせーだ、誰の!」
「教師に対してなんつー口叩くかのう〜このガキはよう」

「……あの…」

 激高するカグラとそれをからかう自来也の間に、控えめな少年の声が割って入った。
 勿論、未だ地べたに突っ伏すアラシである。

「退いてくれない?…いい加減」
「あ、悪ぃ」

 勢い余ってアラシの背中を踏み潰していたカグラが、悪びれなく足を退けた。

「なんかのう〜カッコ悪いのう〜アラシよ」

 自分の教え子が地に這いつくばっていた事に、担当教官である自来也は呆れた眼差しをくれる。

「誰のせいですか……」

 のっそりと起き上がると教師を睨み、そうして体についた土を払う。さすがに少しは悪いと思ったのか、カグラも背中を叩いて手伝だった。

「先生、それでこの子のこと知ってるんですか?」

 何やら気安い仲の二人を見て、アラシは問い掛けた。自分は先週アカデミーを出て、教官の試練に合格し晴れて下忍になったばかりで、未だ日は浅い。いくらふざけた態度の自来也を前にしても、上忍相手に砕けたもの言いはできない。しかも自来也といえばその若さで里最強の三忍に数えられるほどの実力者だ。その下で修行につけると知った時には感激までしたほどである。ただ、この性格を知るまでは、と注釈がつくが。

 しかしカグラは何も臆する事無く、自来也に相対している。その関係に興味を覚えた。

「ん〜?まあ、知ってるっちゃあ、知ってるっつーか」
「オレも忍だよ、アラシ。ツナデ先生率いる第三班の下忍だ」
「え?下忍…」

 またもや驚いた。今忍の里は、大戦を終らせたばかりで、どこもピリピリとしている。そんな中、優秀な者しか必要としていないこの里で下忍になるのは生半可な力では無理だ。今年に限り主力三忍が教師として、後任の育成にまわされた事でも、その困難さが伺える。

「なんだ、そんな紹介もまだで初チューしちまったのか。手が早いの〜」
「うるせーっ!このセクハラオヤジ!」
「お、カグラ顔が赤いぞ!もしや初というのは本当なのか?」
「あ…」

 アラシが止める間もなく、カグラのアッパーが自来也に決まった。

「死にさらせ、ジジイ……」
「仮にも上司を殴ったなあ――っ!」

 その時である。頬を抑えて騒ぐ男の頭を、ペシリと叩いた者が居た。

 ―――自来也先生…本当に最強の三忍なのだろうか……

 そんな疑惑が少年の中で、頭をもたげてしまうのも仕方無いだろう。簡単に背後をとられすぎである。

 凛と立つ女性が自来也に容赦無い眼差しをくれた。

「なーに、油を売ってるんだ。自来也」
「む、ツナデ……」
「ツナデ先生!」
 カグラが歓喜の声を上げて、美しい妙齢の女性に駆け寄った。

「どーしてワシが呼び捨てで、ツナデが先生なんだっつーの」
「は、人格の差だろう。行くぞカグラ、こんなのに付き合ってたら時間がいくらあっても足りん」
「はい、先生」

 はきはきと答えると、教え子と教師はさっさと姿を消した。残されたもう一方の教師と教え子はその姿を黙って見送る。

「ったくよー。相変わらず顔はいいのにキツイ女だつーの。取りつく島もねえ」
「自来也先生…一体なんだったんですか?アイツ」

 いきなり現れて、好き勝手に喋ったと思ったら消えた。今一よくわからない少年である。
 首を傾げるアラシを見て、自来也は口をひん曲げて少々考えた素振りをした。

 そして少年の黄色い頭をポンポンと叩いてやる。

「気に入られたんだろー。まあ、色々励めや」
「……はあ」

 やっぱり意味がわからない。
 だが何はともあれ、それが二人の最初の出会いであった。

 互いに十二の年。春である。

 





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