注目を一気に集めた手塚と真田だったが、競技が進むにつれ、参加者たちはそれぞれの応援に夢中になっている。それは勿論二人にも云えることで、最初こそ仕方なしに参加していた感が強かったが、根は負けず嫌いの二人だ。自然熱くなりつつあった。

 午前中の競技。真田が参加する綱引き、追っかけ玉入れなどが終わり、あっという間に昼食休みとなる。午前の時点では、赤組―55点 白組―45点 青組―60点 黄色組―35点 緑組―60点 と、青と緑がトップ、次点が赤組となっていた。

「んーやっぱり若いのが多い緑は強いわねえ」

 お茶を紙コップに注ぎながら、幸村の母親が感想を漏らす。
「綱引き圧倒的だったよね。大体、あっちプロレスラーがいるなんてずるいって」
「あー鳥羽さんね。まさか参加してくるとは…」

 母親からお茶を受け取って、幸村は口をつけた。

「真田、食べてる?」
「食べてるとも。美味いです、あかりさん」

 何度か幸村家にお邪魔をしたことのある真田は、幸村母に名前で呼ぶことを強制されている。まあ、確かに真田におばさんと云われてしまえばダメージが大きいのはわかるので、幸村もさしあたっては放ってある。

「あら、ありがとう。もっと食べてね」
「その出し巻きはお祖母ちゃんの作じゃん」
「煩いわよ、精市」
「ねえねえ、おにいちゃん。玉入れちゃんと撮ってくれた?」
「バッチリ撮ったよ。あとで写真にもしてあげるから」
「うん!」
「あれは真田くんと手塚くんの一騎打ちみたいなものになってたわよね」

 感慨深くあかりが呟いた。

 籠を背負った子供を背負い、玉を投げあう競技の話だ。それぞれ円を描いて5ヶ所にチーム色に分かれた玉が置いてあり。まずそれを自分の首から掛けた布に詰め込むだけ詰め込み、相手の籠に入れるのという簡単なものだ。ルールとして玉が無くなったらまた玉置場に戻り、布袋に詰め込むとまた戻るのを繰り返す際、玉置き場に常駐してはいけないとうものがある。
 ので、とにかく子供を背負って走り回らなきゃいけない、父親達の体力勝負だった。
 玉が飛んできたらよける。籠を見つけたら、子供が入れやすいように近づく。同じチームの者達と組んで、一人を囲むなんて技もある。
 真田はほのかを、手塚は央を背負いながらも、機敏に動き続けた。

 綱引きで負けたこともあり、真田は殊のほか真剣に挑んだ。その成果だかどうかは団体競技なのでわからないが、赤組の勝ちで終っている。

「ところで幸村」
「なに?」
「お前毎年、このような競技に他の父親達に混じって出ているのか」
「まさか。オレが出るのはもっと少ないよ。中学生くらいの子が出る競技って決まってるし」
「……は?」

 あっさりと衝撃の事実を伝えられ、真田の動きが止まった。
 そう云えばと思い出せば、幸村の小学校時代の友人達は、障害物競走やらキャタピラリレーなどに出ていた。子供達だけで。

「あの…幸村…それは一体どういう……」
「ん? だって真田はオレの変わりじゃなくて、今回ドタキャンした父の変わりに競技に出てるからさ」
「そ…そうか」

 悪気なく云い切られてしまえば、文句を云うだけの甲斐性は残念ながら真田には無い。理不尽なものを押し殺しながら、真田はおにぎりにかぶりついた。

「精市、早く食べてね。午後の部の最初が仮装から始まるんだから」

 母親が急かす。息子は顔を顰めた。

「なにやらせる気さ」
「あっと、母さんもう行かなきゃ。精ちゃん、逃げたら乱取り百本やらすからね」
「病上がりの息子に云う台詞か!」

 聞こえないふりをして、母親はスニーカを履くとさっさと姿を消す。強引さがどこまでも似ている親子だった。勿論、真田はそんな事を思っていても口にはしない。

「まったく」
「おにーちゃん、今年なにやるのかね。この前はバカ殿だったよね」
「だったね。あ、いっとくけどオレやってないよ」

 慌てて幸村は真田に手を振った。

 真田は「そうか」とだけ答えたが、そもそも『バカ殿』がよくわからない。語感からして幸村とはイメージがかけ離れているのは理解できた。

「…真田、携帯鳴ってない?」

 ふっと幸村が真田のバッグを指す。かすかに流れてくるのはテレサ・テンの『別れの予感』の着メロだ。

(…この間仁王に勝手に弄られて、まだ直してないんだ。気に入ってるのかな。それとも直し方がわからないとかか? まさかな)

 そのまさかなのだが、心の問いに答えられるわけもなく。真田は自分のバッグから携帯を取り出すと、断りを入れてシューズを履いた。校庭の脇にある遊具の側まで移動する。

「はい」
『――弦。お前〜暫くぶりに家に帰ってきたのにいないとは薄情なヤツだなー』
「兄さん、おかえりさない。ちょっと朝友人から呼び出しがあったもので、すみません」

 暫くぶりに聞いた兄の声に、真田は少しばかり驚いた。大きな事件が続いているらしく、殆どを県警近くにある寮の友人の部屋で寝泊りしていたのだ。

『ま、いいけどな。オレもう寝るし。ジイ様もいないしさー。寝る前に一応お前の声でも聞いておこうかと…なんか、周りが騒がしいな』
「すみません。運動会にいるんです」
『運動会〜? 中学のか?』
「中学だったら体育祭ですよ。友人の妹が参加している、T区の連合運動会です。父親のピンチヒッターを頼まれたんで」
『ぶーっ! お前が父親代わりかよ! 友人って美人か? 人妻?』
「幸村ですよ。会ったことあるでしょう」
『じゃあ美人ってのは合ってたな』
「どんくらい寝てないんですか…」

 さっさと電話を切って寝ればいいのに。真田は薄情な感想を持つ。人気の無い所を捜しつつ喋っていたら、遊具の隣に立つプラタナスの樹に隠れるようにしていた男とバッチリ目があってしまった。隠れるようにしている上、スーツ姿の男はあからさまに怪しい。しかも目が合った途端、二人揃って「あ!」と声を上げてしまった。

『なんだ? なんかあったのか?』

 携帯の向こうで兄が訝しがる。

「……葛城さん…なにしてるんですか」
『葛城だと?』

 若いスーツ姿の男は逃げ腰になりながらも、ぎこちない笑顔を作った。

「弦一郎くんこそ、なんでこんな所に…」
「オレは友人の父親のピンチヒッターで」

 兄にした説明を繰り返す。

『うおーい、弦。なんだ? そこに葛城がいんのか?』
「あ…、うん。葛城さんがいるけど…かわろうか?」
「え、誰と喋ってるんだい」

 三人の会話が錯綜するも、両方の声が聞こえているのは真田しかいなのだから通じるわけがなかった。

 真田は携帯を葛城に差し出す。

「兄ですよ」
「先輩…っ」

 心なし顔を青くして、葛城は携帯を受け取った。

 葛城は真田の兄、大樹の高校時代からの後輩で、兄が大学の剣道大会にて団体優勝を果たした時のチームメイトでもある。大樹に傾倒しており、そのあとを追うようにして同じく警察官への道を進んだつわものだ。そのような繋がりもあり、真田は幾度となく葛城と面識があった。今は兄と同じく県警務めであるはずだが、課が違うと聞いていた。

「あ、おはようございます! え…あ、そうなんです。まさか、こんな所で会うとは…。あ…はい。はい…ええ、その事件で」

(――事件?)

 立ち聞きのような後ろめたさはあるが、これだけ近くにいて聞こえないほうがおかしい。

「すみません! そうですよね! はい。そうですね…そうなると助かるんですが。早く見つけないと消されてからじゃ遅いですから」

 段々と物騒になっていく会話に、真田の体がすっと冷えた。男は皆警察官という家庭で育ったのだから、事件のひとつやふたつでおたついたりなどしない。が、穏やかに進む運動会に、何かしら危険が迫っているとなれば話が別だ。

 知らず険しくなる表情に、葛城がいつの間にか携帯を真田に向かって差し出していた。反射的に受け取り耳に持っていけば、 

『関心持つなよ』

 見透かしたごとく、一言だけ厳しく命令すると、切れた。

「……葛城さん」
「な、なんだい」

 十歳は年下の、しかも後輩相手にびくつく。兄と違った迫力を持つ真田を、葛城は少々苦手としていた。

「この運動会でなにか事件でも?」
「刑事が身内に持っていて、それを聞くかい」

 そう切り替えされてしまえば、真田に次の台詞は無い。守秘義務を知らないとしらばっくれるほど、厚顔無恥ではなかった。

「すみません」
「いや〜、でもあれだよ。別に運動会が危険なわけじゃなくてさ。単に人探しで来てるだけだから、気にしないで」
「…いいんですか?」
「まあ、これくらいなら」

 真田は頭を下げると、仕事の邪魔をしてはいけないと踵を返した。だが、心に不安のしこりが残るのは仕方が無い。

 陣営に戻る道すがら注意して周囲を見てしまった。刑事が一人で行動を起こすことはない。大きな事件ならば何名かが潜伏しているはずだ。

(――何事もなく済めばいいが…)

 赤組に帰ると、すでに幸村の姿はなく。ほのかだけが友達の少女と歓談していた。

「弦ちゃんおかえりー」
「お兄さんは?」
「仮装のために行っちゃったよ」
「そうか」
「残りのお弁当、食べてねって」

 真田の分と残しておいてくれたのだろう、弁当の中身を指されてその前に腰を下ろす。ほのかは友達をおいて、その前に戻ってきた。

「どうした?」
「ひとりで食べたら寂しいもん。ほのかもいっしょ」

 真田は破顔した。

 

 




 

「手塚、楽しそうだよね」
「なんだ、いきなり」

 不二の姉が、朝6時に起きてこさえたという力作の弁当は、和食党の手塚が唸るほど美味なものだった。央もしきりに、美味しいと頬張っている。不二だけがハーブで味付けした鳥肉のサンドイッチに、持参したタバスコをばかばかかけて食しており。その匂いを嫌った央が、手塚側に少しづつ寄っていた。「それで味がわかるのか?」と批難に対して返ってきた台詞が冒頭である。

「さっきの玉入れなんか、そらもう嬉々として参加してたじゃん」
「そうか…?」
「そうだよ。楽しそうだったよ」

 断言されてしまうと、少しばかり恥ずかしい。確かに夢中になっていたような気がしないでもないので、反論の余地がないからだ。

「ぼくも楽しかったよ! 手塚さん、背が高いから、凄かったよ!」
「そうかそうか。それは良かったね。央も頑張ったもんね」
「うん! たくさん玉入れたよ! まーくんの籠にも入れたよ!」
「たくさん入ってよかったね」
「うん!」

 少ないボキャブラリーを駆使し、どれほど楽しかったかを体を使って伝えようとする。結果として、口元や手先がケチャップだらけになっていき、不二はお絞りで拭いてやった。
 その動作はとても自然で、やはり弟妹がいるのといないのでは違うものだなと、手塚は感心する。

「あのう…」

 背後から声をかけられた。手塚が首をめぐらすと、太陽の母親が立っている。二十代後半の楚々とした小柄な女性だ。

「ウチの太陽知りませんか? さっき央くんの所に行くと云ってたんですけど」
「太陽くんですか? いえ、昼食に入ってからは見かけてませんが」
「そうですか…、ごめんなさい。どこに行ったのかしら」
「あっちの空中ブランコのところに居るのがそうじゃないですか?」

 目を細めて遠くを眺めていた不二が母親に教える。央が立ち上がって、そちらを見た。

「本当だ。陽くんだ」

 何分小さいので人の波に隠れがちだが、体型からして確かに太陽だった。忙しなく頭を動かしては、ふらふらと移動している。誰かを捜しているようだった。

「やだ、あんな所に。ありがとうございます」

 見失うことを畏れているのだろう母親は、子供を目で追いつつ頭を下げる。

「きっとおとうさん捜してるんだよ」

 央が云った。

 母親は「え…」と、我が子から目を離し、央を見た。

「さっき、おとうさん絶対来るからっていってたし。ずっとまってたから」

「――……来ないわ」

 ふっと声色が変わる。先ほどまでの柔らかい表情が消え、疲れたように肩が落ちた。

 しかしそれも一瞬のことで、再度頭を下げると、我が子を捕まえるために走り去っていく。

 気にならないといえば嘘になるが、些細なことだ。ただ、父親が今日は来れないと、彼女は云ったに過ぎない。しかし…

「ねえ、陽くんのおとうさん約束破ったから、おかあさん怒ってるのかな」

 心配そうに央が不二に訊いた。子供心には、母親が怒っているように感じられたのだろう。

「どうだろう。ちょっと僕にはわからないな」
「陽くん、楽しみにしていたのに可哀想ね」
「そうだね。でもおとうさんにもおとうさんの事情があるかもしれないよ。央みたいにね」
「うん」
「そろそろ午後の部が始まっちゃうから、早く食べちゃいなさい」
「うん」

 どことなく意気消沈とし、央は手元に残っていたサンドイッチの欠片を口に押し込んだ。

「……デザートに、姉さんがカスタードアップルパイとチーズパウンドケーキをたくさん焼いてくれたからさ。ほのかちゃんに分けてあげれば? 喜ぶんじゃないかなあ」
「え…! ほほほほのかちゃんに!」

 現金にもテンションが急上昇するイトコに、不二は苦笑を漏らす。

「早く食べて、行っておいでよ」
「その必要はないみたいだぞ」

 手塚が二人に教えた。見ればほのかに引っ張られるようにして、真田がこちらに来ていた。

「央くーん」
「ほのかちゃん! どうしたの?」
「んとね。今、弦ちゃんと校舎一周してきたの。来年から小学生だから」

 そのついでに通りかかったらしい。

「あのね、あのね! ゆみこおねえちゃんがたくさんお菓子作ってくれたの。いっしょに食べようよ」
「お菓子? いいの?」
「うん!」

 せいいっぱいの央の誘いを援護するように、不二が「こっちにおいでほのかちゃん」と呼び寄せた。

「弦ちゃん。いいかなあー」
「うむ。せっかくだから、いただきなさい」

 承諾を得ると、ほのかはシューズを脱いで央の隣にちょこんと座った。不二がケーキやパイを並べると、子供達の目に輝きが増す。

「真田も座ったら、甘いもの平気?」
「ああ…じゃあ、少しだけご相伴に預かろう」
「手塚はアップルパイなら食べられるんだよね」
「なんだ、気なんか遣わなくとも良いのに」
「そういうわけにもいかないよ」

 勧められたもので、真田はアップルパイに手を出した。サックリとした歯ごたえと、酸味と甘味が丁度よいリンゴの風味が広がり素晴らしく美味い。真田は率直に賛辞を口にした。子供達も夢中になって食べている。

「口にあって良かったよ。姉さんも喜ぶ」
「不二のお姉さんは料理が上手いのだな」
「そうだね。母親が凄い凝る人だから、自然姉も味を追及することを覚えたみたい。味覚ってとにかく母親で決まるよね」

 それには手塚が同意した。

「そうだな。よく好き嫌いが同じになるとは云われるな。母親の嫌いなものは食卓に乗らないから」
「だから手塚は和食党なんだね」
「んとね、ぼくはおかあさんのハンバーグが好きだよ」
「ほのかは『ゼンマイの煮物』が好き」

 子供達が元気よく答える。対照的な好物が、日頃の食卓を物語っており面白い。

「ほのかちゃんはゼンマイが好きかあ。渋いねえ」
「しぶいの?」

 不二の感想が通じず、ほのかが首を傾げた。

「いや、僕も好きだよ」
「うん。山菜おこわも好き。おにいちゃんは、焼き魚が好きなんだよー」
「そのお兄ちゃんはどうしたの?」
「仮装の準備のために行っちゃった」
「仮装…出るんだ。幸村」

 最後は真田に問いかけたものだ。

「そうみたいだ。オレもよくわからないのだが」
「ふーん、何演るんだろう。とにかくカメラは必須だね」

 キラリと不二の目が光った。

「お前が幸村を撮ってどうするんだ」
「焼き増してあげるから」

 微妙に答えになっていない返答を不二はする。

『只今より、午後のプログラムを開始いたします。まずはそれぞれのチームが力を入れてお届けする仮装パレードでお楽しみください。今年はどのような力作が登場するのでしょうか。まずは青チームの皆様です』

 かろやかなアナウンスとともに、賑やかな音楽が流れ出した。会場から拍手が沸き上がる。

 結局真田達は自分のチーム内ではなく、不二達と見学することになった。

 本部近くの門から、まずは小さい子供達がワラワラと出て来た。皆いちように着ぐるみを着用している。

『とっとこハム太郎の仮装です。元気で可愛いみんなの友達。お母さん達の力作ですね』

 説明とともに、子供達は飛んだり跳ねたりを元気がいい。確かにこっていて、一人は手作りの車輪の中を走っていた。

「確かに可愛いけど…何故に大人が参加…」

 不二がげんなりと漏らすもの無理はない。大人も同じくハムスターの着ぐるみ、もしくはよくわからないがとにかく借りれたから着ちゃえ的な、熊やウサギの着ぐるみも居た。
 グランドをゆっくりと回る。

『続きましては黄色チーム。可愛い妖怪たちの登場です』

 続いて門をくぐったチームも凝っていた。ゲゲゲの鬼太郎を筆頭に猫娘や砂かけ婆。ポピュラーな妖怪からぬり壁の着ぐるみなので笑いをとってきた。

 勿論大人と子供が混ざっていて、子供は可愛らしさで、大人は笑いをとることで高得点を狙っているようだ。

『続きましては緑チーム。たくさんの仮面ライダーが終結。町内の平和を守ってくれています』

 今度は仮面ライダーやウルトラマンの格好をした子供達が出てくる。市販されているものから手作りのものまで有り。目を惹いたのは大人が着用しているライダースーツだった。

「すごーい! ホンモノだあー!」

 子供達は喜んだが、不二にしてみれば「…どこにでもオタクっているよね」といった辛辣な感想しか浮かばない。手塚と真田は論外だ。そもそも最近の仮面ライダーの事情など知らない。

「たくさん種類があるなあ」

 と、漏らすのが関の山だ。

 そして仮装行列が出てくるたびに、真田の心音は激しさを増した。果たして幸村は何を被って出てくるのか。想像すると胸が痛んだ。

『続きまして、赤チーム。こちらは打って変わって華やかに。お嬢様を持たれるお父さん達は涙涙の花嫁行列です』

 おお――、と感嘆の声が漏れた。

 天使の格好を模した子供達が花弁に見立てた紙ふぶきを巻いて登場。マーメイド型のドレスを纏った花嫁が、モーニング姿の父親と腕を組み現れた。裾を持つのはやはり天使の格好をした子供達だ。

 これには娘を持つ父親たちはたまらない。年頃の娘だったならまだしも、未だ幼稚園、小学校の子供ならば、想像するだけで腸が煮えくりかえる場面である。
 ところどころで、男泣きをする親父達が続出した。
 咽びなくオヤジ達が醸し出す、異様な空気をしり目に、真田を筆頭に手塚と不二も呆気に取られていた。

 当初は幸村の姿を捜し、しかしそれといった者が見当たらない。仮装をしなかったのだろうか、と首を捻ったところで―――

「……は…花嫁してる…? もしかして……」

 呆然と呟く不二はまだいいほうで、真田は卒倒しかけた。
 そうなのである。どこにも幸村の姿が見当たらないなあ、と思っていた矢先。花嫁のベールが風で少しだけ捲れたのだ。

「ゆゆゆゆゆゆゆゆ」
「おにーちゃんが、花嫁さんになってるー」
「きれいだねえ」

 動揺する真田を置いておいて、ほのかと央は素直に感想を口にした。

「上手い演出だよね。婿を用意しないことで、会場にいる父親たちの同情を集めるんだから」

 しばらくして驚愕から立ち直った不二が、カメラを覗き込みながらそう評した。まさしくその通りで、付近に居た父親たちはごぞって自分の娘を誰にもやるものかと抱き締めている。娘からしてみればいい迷惑だ。

 赤組のあとに続く仮装行列も見事なものではあったが、真田の意識は花嫁姿の幸村に釘付けで眼中になかった。

 花嫁行列はトラックを一周すると、門から出てゆく。

「―――真田」
「…………」
「焼き増しどうする?」
「お願いする」

 不二は涙目になりながら、笑いを噛み殺した。

 

 一方、花嫁姿など不本意極まりない幸村は、早足で校舎内に用意されている更衣室へと急いだ。擦れ違う者達全員に立ち止まられ、振り返られ、うっとりとした眼差しで感嘆を漏らされる。中には写真を撮らせて下さいといった声もかかったが、忙しいふりをして足を速めた。

(――冗談じゃない。真田や不二、手塚の前で…っ)

 何の仮装をするのか、訊ねないまま更衣室に向かった幸村が甘かった。突然ウエィディングドレスを着ろと云われ、目の前が真っ暗になったものだ。

 勿論最初は頑として断った。だが、母親に『私の着たウェディングドレスをせっかく精ちゃんようにリフォームしたのに』と訴えられては折れるしかなかった。

(つーか最初っからオレに着せようと画策してたわけか…)

 母曰く。

『だって小さい子以外の参加者は皆既婚者でね。今更ウェディングドレスを着るなんていうツワモノがいなかったのよ』

 だからといって普通息子に着せるだろうか。

『昔っからワンピースとか似合ってたじゃない』

 そういう話ではない。そして別に好きでワンピースを着ていたわけでもない。

(あー真田に軽蔑されてなきゃいいけど)

 中学二年の春。丸井が女装をしただけで、怒り狂った真田である。想像したら泣きたくなった。

 更衣室に入るとさっさと脱ぎにかかる。

「もう脱いじゃうの? 写真撮りたがってわよ、みんな」

 母親がついてきて無神経な台詞を吐いた。

「冗談じゃない。なんで女装した上、写真撮らせなきゃいけないんだよ」
「似合うわよー」
「嬉しくない! ちょっと、もう背中のチャック下ろしてくれよ」
「はいはい。まったく、顔は文句なしの美人なのにねえ」
「性別を考えてから発言してくれ」

 ドレスを脱ぎ捨てると、元のジャージ姿に戻る。

「化粧落としたい」
「これ使って洗顔しなさいよ。一度で済むから」

 クレンジング兼用の洗顔フォームを渡されて、水飲み場へと移動した。化粧に慣れていない肌にとって、ベタベタするものを落とす感覚は爽快だ。すっきりしてタオルで拭う。これで元に戻ったわけだが―――思わず溜め息が漏れる。

(…開き直るしかないよなあ)

 頭上では借物競争を始めるアナウンスが流れていた。

 

 





















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