季節はずれの幽霊奇談 三話







 

 ホールに集まったのち。コーチ陣の紹介と、三日間のスケージュルの説明があった。その後昼食を取り、四時間の練習が行われた。まずは体慣らしといった具合で、ストレッチや基礎が主体となっている。八人で一組のグループが、三つ作られ。真田と柳は同学校ということもあってか、同じグループだった。跡部と千石は、それぞれ違う班に分けられている。

 初日の練習が終わると、夕食となり。部屋番号の若い順から入浴といったタイムスケージュルだった。

 が、初っ端から遅刻したとあり、跡部・真田・千石はランニングを居残りで追加。勿論、夕食の時間も、他の者達より遅れて取ることになる。

 それでもさすがと言うべきか、足にはそれなりに自信を持っている三人であった為。さほど、時間はかからなかった。

「――真田くんと跡部くんって、足速いよね…」
「そういう千石もついてきてんじゃねーかよ」
「――は…恥だ。いきなりこのような罰を受けるとは…幸村に顔向けできん」

 タオルで汗を拭きつつロビーに戻ってきた所で、待っていたコーチが「さっさと食堂に行け」と苦笑して出迎えてくれた。

 顔と手を洗い、食堂に入れば。すでに半数はいなくなっている。残っていた人間全てに注目されてしまった。

「あはは…凄い悪目立ちしてる…よね」

 自業自得だとはわかっているので、千石は顔を逸らすしかない。

「悪は余計だ。目立つのはオーラのせいだとでも思っとけ」
「ポジティブだねえ、跡部君は…。それに比べて、真田君? おーい真田君、大丈夫かい?」

 ぶつぶつと暗い顔で、猛反省をしている真田には、千石の声は届かないようだった。

 柳だけが悠々と先に戻り、他の部屋の者達に混じって夕飯を食べていたようで、茶を優雅に飲んでいる。

「――災難だったな、三人とも。オレ達の入浴時間は最後に回されたぞ。ゆっくり飯を食えとのことだ」
「……柳くん」

 置いてかれた千石としては、知らずじっとりと睨んでしまった。

「なんだ? おまえ達のせいで、オレまで入浴が後回しになったことなど気にしてないから大丈夫だぞ」
「そうですか……」

 しかし相手はチームメイトである真田でさえ見捨てた男である。何か言うだけ無駄だと、さっさと諦めた。

 厨房前のカウンターで、夕食の乗ったトレーを持ち、空いている席に座る。柳も茶を持って、同じテーブルに移ってきた。


「蓮二…オレは副部長として失格だ…」

 真田は未だ浮上できずに、暗雲立ち込めた表情で向かい合った柳に懺悔する。

「どーしてそこまで落ち込むかなあ。オレなんか遅刻で走らされるのしょっちゅうだよ?」
「なんだそれは、たるんどるぞ。千石」
「ぎゃっ! 慰めたのに、反撃された!」
「放っておけっつーの。失格なら失格でいいんじゃねえか。大体よ、部長ならともかく副だろ? 威張れた役職でもねえじゃんか」

 箸を割った跡部が、面倒そうに加わった。あんまりな物言いに真田が気色ばむ。

「威張るとか、そういう問題ではないだろう。責任の問題だ」
「責任かー。そういや、オレも副ぶちょーだよ。真田くんと一緒だね」
「なにっ?」
「そうなのか?」
「――と、言うか『そういや』ってなんだ」

 驚く二人を置いておいて、柳が冷静に訊ねた。

「ウチにはとーっても真面目な南って部長が居るからね。オレは名前だけなんだよ」
「南…と、言うとダブルスで昨年全国行ったよな」
「よく知ってるね。そうだよ、南と東方。略して地味,s
「略?」
「略」
「……それで、お前が副か…。苦労が目に見えるようだな」
「あはははは! 今頃くしゃみしてんじゃないかなー。ってか、氷帝は?」
「あーん? オレ以外に誰がいんだよ」
「だと思ってましたとも」

 調子を合わせながら、千石は納豆をかき混ぜるのに集中する。

「じゃあ、副は?」

 とは、暇を持て余している柳だ。

「いねー。ウチはマネージャが多いからな」
「マネージャと一緒にするな!」
「真田くん、納豆半分いらない? オレ一個丸まるはいらないや」
「じゃあ、いただく」
(うまいな、千石)

 柳は感心しながらも立ち上がると「お茶いるヤツ」と聞き、全員が手を上げたので四つ持って、戻ってきた。それとなく周囲を見渡し、殆どの者達が自分達一角を気にしているのを確認する。

(目立つな、やはり…)

 このまま一人、部屋に消えてしまおうかと思ったが、あとで何か問題があった時に幸村に責められることを考えればそうもいかないのが辛いところだ。

 その時である。

「―――?」

 ジャージのポケットに入れておいた携帯が震えだした。

 急いで皆の前にお茶を置くと「失礼する」残して、廊下の方に出る。

「柳くん、一端部屋に戻って携帯持ってたんだね。ってか誰からだろう。彼女とかいんのかな?」
「………」
「真田くんってば」
「ん? ああ、オレに聞いてたのか。なんの話だ?」
「そんな眉間に皺寄せて、サンマの骨取ってないでよ」
「ち、輸入モンは水っぽいぜ」
「いや、跡部くんもサンマの話題に食いつかないで。彼女! 彼女の話! 柳くんいんのかなーって」
「彼女? 中学生でいるわけないだろうが!」
「頭かてーな、おい」
「そう言う跡部くんは?」
「オレがたった一人の女のモノになっちまったら、暴動が起きる」
「さすがでございます」
「たるんどる!」
「弦一郎」

 いつの間にか、柳が真田の後ろに立っていた。

「なんだ? 話は終わった…」
「お前に」

 ずい、と出されて、反射的に受け取る。

「オレに?」

 訝しげに出てみれば、よく知っている笑い声が耳を擽った。

『そこでも叫んでるのかい?』
「――ゆ」
『名前言わないでよ。誰が聞いてるのかわからないから』
「は? まあ、いいが。どうしたんだ?」

 周囲を慮って、真田も立ち上がり廊下に出ようとした。が、速攻横から千石が「人参とシイタケ交換して」とやってきて、跡部までもが「じゃあ、オレはほうれん草のおひたしと、サラダを」勝手におかずを交換していく。

「やめんか! あ、すまん。こっちの話だ。あ、ミニトマトは勘弁してくれ…っ」
『楽しそうだね』
「え? なにがだ」
『真田、テニス好き?』
「好きだ」

 てんぱっている所に、簡単な質問をされて。考えもなく真田は答えた。

『じゃあ、オレ以外のプレイヤーに心奪われちゃ嫌だよ』
「だから、浮気などしないと言っている!」
『くすくす。ありがとう。じゃあね』

 謎な質問だけを残し、速攻切られてしまう。

「……なんだったんだ?」

 首を傾げつつ、携帯を睨んだ。しかしもはや切れた携帯から答えなどわかるはずもない。持ち主に返そうと、そちらを見てぎょっとした。テーブルに突っ伏し、背中をひくつかせている。

「ど…どうしたのだ?」
「い…いや……」

 手だけを真田に差し出して、携帯を受け取る。

 怪訝に眉を顰めつつも、食事に戻ろうとすれば、何故か跡部と千石が信じられないものでも見るかのように凝視しているではないか。

「なんだ? なんなんだ?」

 それどころか食堂全体が、いつの間にか水を打ったかのような静けさに包まれていた。
 沈黙を破ったのは、やはり千石だ。

「嘘つき…真田くんいるんじゃん」
「いる?」
「彼女」
「………」

 真田の頭の中で、その語録を検索するのに時間がかかる。

「しかも熱々だよね。凄いなあ」
「ちっ。世の中には物好きがいるもんだぜ」
「なんの話をしとるんだ?」

 跡部にまで意味不明な感想を吐かれて、困惑は増すばかりだ。

「物好きって酷いよー跡部くん。真田くんって背も高いし、テニス上手いし絶対モテるって」
「そうかあ? しかしこの強面だぜ? それで『いかん』とか『たるんどる』とか。退くだろ、フツー」
「跡部くんの『オレ様』もどうかと思うけどね」
「ラッキーなんとかに言われたくねえっ」
「だから何の話をしとるんだ!」
「真田くんがカッコ良いかカッコ良くないかの話だよ! モテでしょ? モテるでしょ真田くん! 彼女の友達紹介して!」

 真剣な顔した千石に詰め寄られて、真田の脳味噌は飽和状態。

「何ヨイショしてるんだと思えば、目的はそっちかよ。情けねー」
「じゃあ、氷帝の可愛い子ちゃんでもいいよ!」
「バスの中で盛り上がっていた青琳女学院はどうしたんだ」
「あ、柳くん復活したんだ。ってか何笑ってたの?」

「笑ってたのかっ? 蓮二」

 ここまで来ると、聞き耳を立てていた他の少年達が絶えられず。一斉に立ち上がり、真田達のテーブルに殺到した。

「違うだろっ? なんでんな話題になってんだっ?」

「そうだそうだ! 問題は真田の彼女だろうが!」
「どうしてお前に彼女がいて、オレにいないんだ!」
「それはオレの台詞だ!」
「どんなんだ? キレイ系か、可愛い系か!」
「ぶっちゃけ、どこまでいきやがった!」

 思春期の少年ともなれば、このような感心しかない。
 集中攻撃を受けた真田は、目を白黒させて慄く。

「可愛いんじゃない? 浮気しないでーってくるぐらいだから」
「柳、どうなんだ? お前の携帯にきたってことは、知ってるんだろう」

 動じないのは、やはり同じ疑問を問い質したい千石と跡部で、振られた柳はコホンと咳払いをした。

「そうだな、知っているよ。…見せようか」
「あるのかっ!」

 携帯を開けば、今度はそちらに全員が殺到する。柳の背後は「オレもオレも」と興味津々の少年達で鈴なりだ。

 携帯画面に、一枚の写真が呼び出される。

 ざわり、と空気が動いた。

「こ…これは…」
「可愛いな」
「た、確かに可愛い…が…」

 携帯に集中していた視線が、どんよりと真田に移る。

「真田くん…」
「なんだ、千石」
「これは、ちょっと犯罪だよ? まあ、確かに十歳ぐらいの年の差だったら、将来はわかんないけどさ」
「お前…その年でロリコンはないだろう」

 跡部にまで奇奇怪怪な注意を受け、とうとう真田は切れた。

「だから何の話を先ほどからしておるんだっ! ちゃんと日本語を話せ! 蓮二も一体何を見せてるんだ!」
「何って、これ」

 画面が真田に向けられる。

「……?」

 そこには満面の笑顔で、花冠を被る少女が写っていた。

「誰だ?」
「精ちゃん」

 即答。

「精…?」
「五歳の頃の写真らしい。昔は普通に可愛いな」
「昔の写真か。なんでお前そんなモノを持っているのだ?」
「本人に貰った」
「昔? ってことは…このせいちゃんって子。今何歳なの?」

 目敏く千石が割って入る。

「同じ年だよ」
「なんと! 昔でこれだったら、今はさぞや美しく…」
「いや、待て。昔は昔だ。昔は普通に可愛いとはどういことだ? 柳」
「敏いな、跡部。今は…キレイな部類だろう。だよな? 弦一郎」
「……? まあ、確かに」

 真田の一言に、またもやピタリと静まりかえる。

 先ほどまでの奇異な視線をあっさり払拭すると、今度は険しい顔で、少年達はボソボソと耳打ちを始めた。

「のろけ? のろけですよね、それは」
「ちくしょー! オレだっていつかは可愛い彼女作ってやるー!」
「けっ、この勝ち組みが!」
「卑屈だ…どう言っても卑屈だ。羨ましいぜ、こんちくしょー」
「こーら! お前等! さっさと風呂に行け!」

 たむろっている少年達を、コーチが叱りつける。「ういーっす」と、わらわらと散っていった。

「オレもご馳走様―。入浴の順番回ってくるまで、メル打って皆に報告しようっと」
「素材は悪いが、味付けはまあまあだったな」

 千石と跡部もトレーを持って立ち上がり、ぽつねんと残された真田はもはや柳に縋ることしかできない。

「―――詳しく、状況を説明してくれないだろうか」
「お前にわからないことが、オレにわかるわけないだろう」

 ここで嘘をつくなと、問い詰める甲斐性は真田には無い。

「蓮二…。結局幸村はなんのために電話してきたんだ」
「寂しかったんじゃないのか」
「そうなのか? で、その写真はなんだ」
「精市が勝手に送ってきたんだ。欲しいなら、送るぞ」
「――え……。う、うむ」
「欲しいのか…」

 真田に聞こえないような小声で漏らし。次いで「口が曲がりそうだ」と、茶を啜った。すでに温かった。

 

 

 





[FROM]
 柳蓮二
[件名]
 定期連絡
[本分]

 お前は朝から伏線を張っていたのか。よくやる。お陰で弦一郎には熱々の可愛い彼女がいるという噂で持ちきりだ。しかし、本人はさっぱりその騒動について意味がわかってないぞ。仕切りに首を傾げている。こいつの鈍感さもここまで来ると心配になってくるな。怪我もイジメも勿論無い。が、少々本日目立ちすぎた。推薦の決まっている三年連中もいるのだ。出る杭が打たれぬよう祈っててくれ。

 

[FROM]
 幸村精市
[件名]
 ありがとう。
[本分]

 報告ありがとう。そうか、そんなにうまくいったのか。本当ならあそこまでふざける気はなかったんだが、なにやら楽しそうだったのでつい意地悪をしてしまった。友達ができたようだね。オレも行きたかったと、後悔中だ。言っても詮無い事だけどな。ちなみに出る杭だけど、簡単に打たれてやるタマでもあるまいよ。打たれる前に打てば?

 

 

 

 














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