季節はずれの幽霊奇談 一話









 

 

 じっと、上目遣いで見つめられて、真田はたじろいだ。

「――幸村……」
「心配」
「心配って…小学生じゃないんだから」
「心配」
「だから――あの…なあ」

 困ったように頭を掻く。頑なに自分を心配してくる幸村に、果たしてどういう言葉を返せば、その不安を取り除けるのか。先ほどから考えてはいるのだが、一体何をそんなに心配しているのかもわからないものだから、解決案が浮かぶわけもなかった。

「大丈夫だ。心配しなくとも、立海大附属の名に恥じぬよう、頑張るから…」

 手持ちぶさたに帽子を取って、へこませてみたり。

「蓮二と二人で、立派に合宿をまっとうして成果を上げる」

 なあ、と隣に立つ蓮二を見れば、あっさりと視線を逸らされた。
 幸村は尚も、じいっと見つめてくる。

「本当なら……」
「うむ」
「本当なら、オレが行くはずだったのに。真田と二人で…」
「仕方ないではないか。あの手塚も肘を痛めて、今回の合宿は辞退したというし。お前は仲の良かったイトコの結婚式と重なってしまったんだから」
「真田は、オレじゃなくて蓮二と二人のほうがいいんだ…」
「そのようなことは言っておらんだろうが。…――お前、そのイトコにどうしてもって言われたんだろう?」

 いつになく、子供じみた我儘を口にする幸村に、ほとほと困り果てて、やはり帽子を玩んだ。このように絡んでくる幸村は初めてでどう対処すべきかまったくわからない。

「でも親戚は嫌いなんだ」
「うむ。知っている」
「なのに、真田いないし」
「月曜の夜には帰ってくる」
「―――悪いんだが。もう電車が出るぞ。待ち合わせの時刻に間に合わなくなる」

 駅の改札口で、まるで今生の別れを惜しむ恋人同士のような二人に、柳は野暮を承知で割って入った。このままいくと確実に遅刻となるのだから、仕方が無いことはわかっているだろうに案の定、幸村に咎めるような視線を送られて嘆息する。

「たかだか、選抜合宿だろう。あんまり弦一郎を困らせるな」
「困らせてなんかいないさ。ただ、心配なだけだ」
「だから、何が心配なんだ」
「虐められたら、即蓮二に言うんだよ? 怪我なんかさせられたら、必ず相手校と名前はチェックして教えてね。――ネクタイ曲がってるよ」

 白い指が、真田の制服のネクタイにかかる。

「だからオレは小学生か? イジメなどないし、あったとしても名前なんか知ってどうするんだ」
「後悔させる」

 声のトーンがひとつ下がった。当事者である真田はきょとん、と眼を丸くするが、傍で聞いている柳のほうこそ心臓が飛び出す勢いで戦慄した。

「まったく、冗談が過ぎるぞ」

(――そこで冗談と受け取るのはお前ぐらいだ! 弦一郎っ!)

 思っていても声には出さぬ。これが立海大附属中テニス部、新部長のもとで生きていく上での掟である。

「あと―――」

 すっと、ネクタイが固く締められた。

「浮気するなよ」
「―――………」

 どんな冗談だろうか。そうは思ったが、そう返した途端に首を締められそうな危機感だけは、鈍感な真田にもわかった。

「お、オレは立海大を裏切る気は…無いぞ!」
「―――……」
「そ、そのな。お前以上に…心奪われるプレイヤーも…いない! 女子にもうつつも抜かさぬぞ!」

 知らず跳ね上がる鼓動を、なんとか抑え真田は叫ぶ。果たして答えが合っているのかは謎であったが、取り敢えず手が首元から離れたのを確認して、肩から力を抜いた。

「引き止めてしまってすまなかったな。頑張ってくれ、二人とも」
「うむ」
「ああ」

 にっこりと機嫌よく笑まれて、図体のでかい男二人は情けなくなくも、ほっとした。

「蓮二、(わかってるな?)任せたよ」
「お前の変わりだ。侮られぬよう、気張るさ(毎夜、定期報告。わかってるぞ)」
「オレはそんなに、頼りないか」

 幸村と柳のアイコンタクトに、まったく気づかない真田は憮然とするも「そんなことないとも、副部長さん」と、やはり幸村に聖母のごとく微笑まれて、送り出された。

 

 

 

 関東Jr選抜。夏の関東大会の実績で選ばれた、各中学校のテニス部員達が、一同に集まり合同練習を行うというものがある。
 それぞれの学校の生え抜きが集まるわけだが、王者と名高い立海大学附属中からは、常に毎年選ばれていた。
 今年は全国大会優勝に貢献した、部長の幸村と副部長の真田とが選ばれたのだが、残念ながら幸村のみ辞退となったのである。どうしても抜けられない祝い事と日が重なり、遅れて合流することも考えたが結局、ならばやはり全国優勝に貢献した柳に行って貰おうということになったのだ。

 関東とひとつに纏めても広いので、北と南に分かれて集合場所が違う。真田達は東京駅だった。
 そこからバスに乗って軽井沢にある合宿所へと移動するのだ。
 東京駅に着けば、スポーツバッグを抱えた様々な制服を着た少年少女が集まっていた。
 真田達は出席名簿をチェックしていた係りの者に、学校名と名を告げる。

 途端、すっと周囲の視線が自分達に注がれたのがわかった。

「なんか、見られてないか?」
「当たり前だろうが。全国優勝したばかりだぞ」

 現中学テニス界で、最強と名高い幸村と一、二を争う実力者が真田である。その自覚の少ない友に、柳は呆れた。
 ただでさえ、王者立海。テニスをしている者で名を知らぬ者などない名門校だ。

「見縊られても業腹だ。堂々としていろ」
「う、うむ」
「まあ、堂々としなくてもお前は威圧感あるがな」

 武道をしている者特有の、背筋の良さ。同じ身長の者でも、背筋が曲がっているか、まっすぐかで印象はまったく違うものだ。その点、真田は実際の身長よりも大きく見えるし、胸板もある。
 なんとはなしに、周囲から距離を置かれていた二人だったが、ひょっこりと一人の少年が前に出てきた。

「ねえねえ、でっかいねえ。身長いくつなの?」
「―――? 百七十七だが」

 律儀に答えたのは真田である。

「うわあ。いいなあ、オレもそれぐらい欲しいな」

 心底、羨ましそうな口調で感嘆された。それから先、何か話しがあるのかと待ったが、少年はそれだけが聞きたかったらしく係員の「バスに乗ってください」の掛け声で「オレ窓際希望!」と、さっさといなくなる。

 名乗りもしなかった少年に、真田は呆気に取られた。

「なんなんだ…?」
「あの制服は山吹だな。あそこはダブルスで有名なんだが、ダブルスプレイヤーには見えなかったな」
「どこでわかるんだ?」
「協調性」
「なるほど」
「冗談だ」
「なる…ほど?」

 柳は言い捨てると、バスに乗り込む。真田が揶揄されたことに気づいたのは、バスが発進してからだった。

「冗談なのか?」
「なんだ、まだそんなことで悩んでたのか?」
「いや…」
「丸井と仁王。協調性あったら見てみたいな。ウチのダブルスは、協調性の塊のようなジャッカルと柳生がいるからこそ成り立つ」
「辛口だな、蓮二」
「――とは、精市の言葉だが」
「えっ? 意外だ」
「―――……(意外ときたか。恐るべし、精市の大猫)」

 しかも尻尾が六本ぐらい分かれていそうだ。想像して、柳はぞっとした。

「幸村、楽しみにしていたみたいだから残念だったな……」
「そうだな。携帯使えるようなら、報告でもすればいい」
「ああ」

 いつになく肩を落とす真田を、柳は訝しく思った。

「そう言えば、朝言っていたが…、精市は親族と折り合いが悪いのか? まあ、イトコとは仲が良いみたいだが」
「―――……」

 普通に尋ねたつもりだが、真田は複雑な顔をして沈黙した。

「ちょっと…な」

「そうか」

 どうやらおいそれとは言えないことらしい。これが他の人間ならば、根掘り葉掘り誘導尋問してみる所だが、相手が相手なだけにリスクが高い。柳は賢明にも諦めた。

「しかし、それよりもお前の方が心配だったようだが」
「まったく。子供扱いにも困ったものだ」
「女子もいるからな。色々と気を回しすぎたんだろう」
「な! た、たるんどる! 大体女子とは合同練習なんか無いのだ。接触する機会もないだろうにっ」
「接触ときたか」
「だから、ものの例えだ!」

 顔を真っ赤にして、真田は怒鳴った。

「まあ、落ち着け。オレみたいにまったく心配されないというのも寂しいものだぞ」
「なら、オレが心配してやる」

 真面目な顔で返されて、柳は苦笑を漏らす。

「気持ちは嬉しいが…精市の前では言ってくれるなよ」
「どうしてだ?」
「どうしてかな」

 柳は満足そうに、背もたれに体重をかけた。

「難しい話は終わった?」

 またもや、背後の席からひょっこり顔を出す。さきほどの少年だ。真田はびっくりして、覗き込んでくる少年を見上げた。

「さっきさ、自己紹介できなかったからー。オレ、山吹中二年の千石清純ってーの。清純って書いてキヨスミねー」

 へにゃり、と人懐っこい笑みを浮かべられ、真田は硬直する。

「ねね、君達は? 名前教えるの嫌な人?」
「いや、オレは立海大附属中の柳蓮二、こっちは真田弦一郎だ」

 如才ない柳は、唐突な出来事にもマイペースで応対できるが、真田はそうもいかなかった。「よろしこ!」と、手を差し出されても、握り返すのはやはり柳である。

「よろしくだろう。日本語は正しく使え」

 真田にしてみれば、ようやくそう答えるのが精一杯だ。

「えー? つかさ。関東大会の時。おたくのダブルスさんがそう言ってなかったっけ? 立海で流行ってると思ったんだけど、違うんだ」
「うっ」

 そう返されると、何も言えない。関東大会までは正規のレギュラーメンバーではなく、そのような崩れた言葉を使う者といったら限定された。

(だから常日頃からまともな日本語を使えと言っていたんだ! 丸井めぇ〜)

「千石君、こいつは見た目通りの人間なんだ。色々な種類の十代がいるんだよ」

 柳はフォローだかわからない言葉を挟む。

「見た目通りかあ。じゃあ、お父さんって感じなんだね!」

 朗らかに言い放たれて、真田はドーンと落ち込んだ。

「オ…オレは中学二年生だっ!」
「知ってるよー」

 物怖じしないとはまさにこのこと。柳は、各校要チェック人物表に、まず千石の名を記すことを決めた。

「山吹からはオレ一人なんだ。仲良くしてね〜」
「一人なのか。卓越してるんだな」
「うーんとね、そうだったらいいんだけどさ。青学の手塚君が辞退したじゃない? だから呼ばれたんだよね」
「そうか、オレもウチの新部長が辞退してね。変わりに呼ばれたんだ」

 普通ならそのようなことを説明するのは屈辱的なことではないだろうか。だが、敢えて隠さない、そんな千石という少年の矜持の高さに柳は好感を覚えた。

「新部長さんって、真田君じゃないの?」
「違うよ。幸村ってヤツだ」
「えーと。なんか、こうキレイ系の人だよね?」

 先ほどのことといい立海戦を観たことがあるのだろう、記憶を辿るような仕草で千石は首を傾げた。確かに外見からすれば真田のほうが、風格があるといえばある。

「見た目はな。中身は弦一郎の数百倍ぶっとい人物だ」
「それは…一度話してみたかったなあ」
「話すよりも戦ったほうがわかりやすいぞ」
「なるほど。そいつあ、是非来年戦ってみたいね」
「その前に、オレと戦ってみないか」
「おーいいねえ!」

 データー魔柳の恐ろしさを知ってか知らずか、千石は喜んだ。とにかく、強い者達と戦ってみたいのだろう。その眼差しは純粋な期待に溢れている。
 真田は負けん気の強い男が嫌いではない。そこに実力がついてなければ、軽蔑の対象となりえるが、判断を下すのはプレイスタイルを見てからでも遅くはないだろう。

「ふん。千石か、名は覚えておこう」
「覚えってねー。んじゃ、またあとで」

 真田の皮肉も軽く躱すと、千石は手を振って己の席へと戻る。拍子抜けして、後部座席の騒がしい声に耳を傾ければ「ねえねえ、その制服って青琳女学院だよねー」と、後ろの席の女子に声をかけているのがわかった。
 片っ端から声をかけているようで、背後では「えー?」とか「やだぁ、千石君ってばー」など華やかな声が上がっている。
 真田は「たるんどる!」と、憤然。柳は苦笑を漏らした。


「まあ、ウチにはいないタイプではあるな」

 

 

 









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