季節はずれの幽霊奇談。 五話

















 午後に入ると同時に、4っつのコートで練習試合が始まった。

 対戦相手はコーチが実力を考慮して、決めたとの事で。既にホワイトボードには名前が書き込まれており、指定されたコートへとそれぞれ移動する。
 人数の多さも手伝い、一人一試合となった。
 試合していない者は、観戦したいコートをウロチョロしている。コーチ達も審判している者以外は、手にクリップボードを持ちチェックを入れていた。

 ひときわ歓声の上がったコートがある。

 柳はタオルで汗を拭きつつ、そちらに向かった。つい今しがた自分の試合を終えたのである。道ゆく少年達が、いっせいに柳に畏怖の眼差しを向けた。

 こそこそと耳打ちしている内容は、聞かなくともわかる。

 将来を嘱望されている、三年の選手をストレートで降してきたばかりだからだ。

 向かった先のコートでは、一足早く試合が終ってしまったようで、選手同士が握手をしていた。柳はボードに目をやり、やはりストレートで決まった勝敗に満足する。

(まあ、心配はしてなかったがな)

 肩で息をし、苦味潰した顔の三年を尻目に、真田は堂々とコートをあとにした。それを見届けて、また移動する。

 ――柳の読みどおり。三年の実力者と言われている選手と、ことごとく四人は当てられた。メインというわけでもないだろうが、最後の方に用意された試合に、他の参加選手達は興味津々といった具合だった。

 柳にしてみれば重なってしまったために、試合が満足に見られないことが癪に障るというものだ。

 跡部と千石の試合も同時に行われているのである。

 次に覗いたコートでも、殆ど勝敗は決まっていた。

「オレ様の美技に酔いなっ!」

 華麗なる球捌きで相手を翻弄している跡部に、わっと歓声が上がる。

「見栄えするヤツだな」

 こちらもストレート勝ちが決まった。

 関東大会では強敵になるだろう相手だ。大言を吐くだけあって強いと、柳は認めた上で反射速度、打威、球速、プレイスタイル。データを脳に蓄積していく。
 性格上、関東大会ではS1でくるだろうことを考慮すると、当たるのは幸村だ。

 シュミレーションしてみると、中々面白い試合が拝めるかもしれないと他人事のように思った。

(精市は面には出さないだけで、テンションにむらがある奴だからな。きっと『オレ様の美技に酔いな』なんて言われた瞬間に『酔わせてみろよ、このヤロウ』と笑顔でターボ全開だろう。いや、この場合ここに参加していないもう一人。手塚との対戦も見物だ。ヤツの仏頂面の裏には天然が隠されているとオレは見る…)

 試合経過よりも、対人関係を試行錯誤していると、

「あっ」

「―――?」

 隣のコートからの驚愕の声。足早に、千石の試合するコートに向かえば、背後から「蓮二」と真田が合流した。

「勝ったみたいだな」
「弦一郎もな…。それより…」

 ざわつく少年達の隙間からコートを覗き込めば、千石が落ちたラケットを拾っている所だった。

「―――なんだ?」

 後ろ姿を見ている限り、即座にはわからなかった。が、右膝から血が垂れて、白いソックスを染めている。

 真田は瞠目した。

「ケガをしたのか…」
「狙われたんだろう。あそこは午前中、練習時に集中攻撃を受けて転んだ傷だ」
「なに?」
「常套手段だな」

 今度は跡部がやってきて、隣に立つ。そして、おもむろに他の少年に「ケガの経緯は?」と訊いた。

「え? ああ、ボールが…その足元ばかり狙ってさ。何度か転ばされたんだよ」
「ふーん。だとよ」
「そうか。それでも5−1か。相手の立つ瀬がないな」
「まったく、たるんどる。勝負事に綺麗も汚いもないのはわかるが、矜持を捨ててまで攻撃するなら勝たんでどうするのだ」

 憤慨する真田に、跡部は同意見だった。
 ケガをしているとしても、千石は機敏さは失うことなく。最終的にはサーブを全部入れて勝つという。相手にとっては大変屈辱な勝ち方をした。

「ノータッチエースかよ。やるじゃん」
「山吹か…ダブルスで二勝。最後の一勝が千石っていうことだな」
「うむ。侮れんな」
「んだよ。氷帝の人員は厚いぜ? 山吹なんか目じゃねえっての」
「その話は都大会が終ってからしたいな」
「言うじゃねえか、柳」

 全ての試合を消化したので、選手達は片付け作業へと移っていく。その中を縫って、千石が三人を見つけてやってきた。

「オレが一番最後になっちゃった」
「いい試合だったんじゃないか? 強いサーブを持ってるな。あと目がいい」
「なに…そんな事までわかっちゃうの? 柳くんが見てたのって最後のほうだけだよね?」
「オレも目は利くほうなんでね」
「はあー。『いい』じゃなくて『利く』ね。柳くんらしいです。はい」
「つーか、いつまでダラダラ血流してんだよ。さっさと洗って来い」

 嫌そうな顔を跡部に向けられ、千石は改めて己の傷の酷さに驚く。

「うお! けっこう出てるね! ちょっと、これ持ってて」

 跡部に荷物を押し付けると、水飲み場まで急いだ。

「オレは荷物持ちか!」
「まあ、いいではないか跡部」
「だったらお前が持てよ、真田!」
「何故だ?」
「副部長だろ!」

 理不尽なことを平然と言い放つと、真田に荷物を渡す。そして真田も素直に受け取ってしまった。

「だから…副は別にマネージャーでは…」
「あーちくしょう。シャワー浴びてえ。さっさと戻ろうぜ」
「いや、まだ整備が残っているぞ」
「なんの為に荷物持ってんだよ。千石の付き添いとか嘯けばいいんだよ。オラ、千石連れてさっさと戻るぜ」

 それに対して真面目な真田は反論しようとしたが、跡部は平然と先に行ってしまったためにできなかった。柳までもがついていってしまったので、千石の荷物を持っている真田も渋々あとを追う。

 跡部は水道場から足を引き摺る少年を見遣りながら、目を細めた。

「なあ、柳。これで終わりだと思うか?」
「さあな。終って欲しいが…。そうはいかない確率のほうが高いだろうな」

 そしてやはり、柳の読みは正しいのであった。

 

 

 

 











 

 救急箱を借りて、部屋で柳に手当てをしてもらった千石は、曲げると痛いのかヒョコヒョコと歩いて食堂に来た。

 先に座っていた跡部と真田を見つけ、二人は同じテーブルに着く。

「まだ食べてなかったんだ」

 最後の晩とあり、バイキング形式になっているのだが、そのテーブルには何も置かれていなかった。千石は待っていてくれたのか、と喜んだように笑う。

「別に…。ただ真田とテニスについて喋ってただけだ」

 跡部から素直に答えが返ってくるとは元から思っていないので、千石は「そうか〜」と笑みを絶やさなかった。

 四人揃ったところで、動き出す。

「――……」
「なんだか、蓮二。楽しそうだな」
「そうか?」

 ふいに、真田が思いもよらぬ感想を口にしたので、柳は取ろうとしていた春巻きを落としてしまった。

「楽しいと…言うか。まさかこの四人で、なにかと一緒に居るのが不思議でな。面白いとは思っている」
「そうだな。最初は変なヤツ等だと思ってたが。他校との交流というのも興味深いな」
「…お前が言うのもおかしいな。いつか練習試合でも申し込むか? 話を聞くに、あいつ等のチームメイトも中々の個性ある連中らしいぞ」
「オレが言うと何がおかしいんだ?」
「……ウチも大概、万国ビックリショーだからな。想像すると些か笑いが込み上げる」
「万国? ジャッカルのことを言ってるのか?」
「弦一郎」
「なんだ」
「――そっちのトレーから皿を一枚とって、レバニラ入れてくれ」



 真田達から遅れて、千石も喜色満面と戻ってきた。
 トレーの上には性格がよく出ていて、好きな物を盛り沢山にかなりごちゃっとなっている。見栄えは二の次。とにかく食べたいという意気込みだけがわかった。

「――お前、気持ち悪くねえか? 普通エビチリの隣にカルボナーラなんて盛らないぜ…」
「いいじゃん。混ざってピリカラって感じ」
「てめえ、O型だな?」
「うん」

 意外と几帳面な跡部が、千石の皿を覗いて渋面を作る。
 子供みたいに頬をいっぱいに掻き込むのを、A型の三人は呆れて眺めた。

「でも、膝は大丈夫か? 関節痛めたら大変だぞ。戻ったら一度病院に行ってみたほうがいい」
「んー? あんにふっころんだけだはら」
「…ちゃんと飲み込んでから喋れ」
「メンゴ、真田くん! 単にすっ転んだだけだから、平気だと思うよ。擦り剥いたから、暫くお風呂が痛いけどね」
「しかし、後日痣ができたなら行ってみることだ。膝を強打して、暫くしたら階段を上るのも辛くなるという話もあることだしな」
「そっかー、うん。わかった」

 素直に頷いた千石の後ろに、すっと少年が立った。

「よう、千石」
「ふへ?」

 口の中に物を瞬時に詰め込んでいた千石は、膨らんだ河豚のような顔で振り返る。

「さっきは悪かったな。足のケガ、酷いか?」
「まぐだはふ」
「……飛ばすなよ」

 愁眉を寄せ、身を逸らしたのは、千石の対戦相手であった三年の松本である。千石は一生懸命に飲みこむと、きょとんとした。

「大丈夫っすよ。これぐらい」
「そうか。試合とはいえ、悪いとは思ってるよ。すまなかったな」
「いーえ。勉強させて頂きました」

 へらり、と笑む。嫌味なのか、本気なのか、松本は量りかねた。

「そう…か。まあ、大したことないなら良かったよ。――このあとの恒例肝試しにも出れるんだな?」
「肝試し?」
「と、言っても別に特殊なことはやんないけどな。ただ、夜に散歩コース歩くだけだ。あとでコーチ達からも説明受けると思うけどな」
「ふーん。脅かしたりとかはしないんですか?」
「この辺は別荘しかないからな。夜道なんか、都内で暮らしてる者にとってはびっくりするぐらい真っ暗だぜ。しかも…本物が出るって有名な別荘の前を通るからな」
「本物が出る別荘」

 それに千石は目を丸くして、跡部達を窺った。見れば、全員酢でもの飲んだかのような顔をしている。

「本物ってどんなんっすか?」
「今は誰も住んでないみたいだけど。昔、けっこう大きな連続殺人事件があってよ。女だけを三人殺した犯人が、子供を連れてその別荘に逃げたんだ。数週間後、警察に掴まる前に、犯人は謎な死を遂げたらしいぜ」
「凄い生々しい話っすね。謎な死ってなんですか」
「実話だからな。男は腹を包丁で一刺し。だけど、その時別荘にいたのは小さい子供だけ。男は殺した女達の幽霊にやられたんだって、この辺じゃ有名な話だ」

 幽霊話というよりも、生臭い話に千石は眉を顰めた。

「子供は、どうなったんですか」
「錯乱して、病院送りって聞いたぜ。嘘じゃねえよ。ここでずっと働いているオバチャンの話だから。七〜八年前らしい」
「実話…」
「こえーだろ? それ以降、その別荘からは男が殺した女のすすり泣く声が聞こえてくるとか、白い影を見たとか。現に、昨年も人魂を見たーって、大騒ぎになったからな」
「そんな危ないこと、すんですか」
「危ない? お前幽霊なんて信じてんだ」

 松本が鼻で笑う。千石は、即座にその意図に気付き、げんなりとした。

(あーそう言う事。ようはオレを揶揄いたいのね)

 千石は頭をめぐらす。

「信じますよ。オレ霊感強いんです。すぐ見えちゃって…。どうしよう。そんな凄い場所に行ったら、当てられて倒れちゃうかも。コーチに行って辞退させてもらおうかな」
「え? マジで?」
「ええ――。それに、そういう話を軽々するのもダメですよ。…出てきちゃいますから」
「―――っ!」
「でもリクエーションのひとつというなら、参加しなきゃいけないんでしょうね。――松本さんも、気をつけて。霊を見て、二日後に交通事故に遭った人知ってますから」
「オ…オレは見ないぜ!」
「そうですか」

 ふっと、細く笑む千石に、松本は青くなって「じゃあな!」と、そそくさと逃げていった。

 一部始終を黙って見ていた真田は、真摯な表情を千石に向けた。

「お前、本当に霊感が強いのか? 怖いようなら、辞退を…」
「なーいよ。ないない。霊感、何ソレ? ってぐらい無い」

 つまんなそうに、千石は箸を持ち直す。

「嘘をついたのか? 先輩に」
「弦一郎、そもそもあっちが、揶揄うためにあんな話をしてきたんだよ」
「カラカウ?」
「柳の言うとおりだぜ、アホくせー。どうせ、肝試し前に怖い話をして、びびらそうって魂胆だろう? テニスで負けたからって、こうも姑息なマネするか」
「そうなのか。それでは、今の話も嘘か?」
「そこまでは知らねーよ」

 跡部は眉を跳ね上げて、口ごもる。

「本当かもねー。オレが脅したら、怖がってたから」
「ああ、そうだな。怖がらそうとして、自分が怖がるなんて本末転倒も甚だしい」

 もくもくと箸をすすめる千石と柳に、真田は情けない顔で「お前達は平気なのか?」と訊ねた。

「平気かと言われても、実際見てみないことには反応は予測できん」

「あははは! 言えてるー。ってか真田くん怖いのダメな人?」
「ダメ…と言うか…」
「弦一郎はホラー映画は絶対に見ない。以前、ウチの部員が無理矢理見せようとしたら、全員投げ飛ばして逃げたほどだ」
「蓮二―っ!」
「情けねーなあ、そのデカイ図体は見せかけか?」
「そーゆう跡部くんは、一気に食欲失せたみたいだけど」
「う…っ。と、取りすぎたんだよ」
「あははは…、辞退しとく?」

 千石の申し出は、声を揃えて

「せん!」
「しねーよ!」



 却下されたのだった。

 























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