シーソーゲーム 5話





 常夜灯のひとつが切れかかっていた。

 チカチカと不気味に点滅している道を、少女が不安そうな面持ちで歩く。

 周りに人影はなく、家屋から漏れる光は確かに人がいることを教えてはくれるのだが、頼りないものである。

(……もうやだなあ。なんでこんな目に合わなきゃならないんだろう)

 腕時計を見ると八時近い。そろそろ自分だって家に帰らなければ親が心配するだろう。
 ゆっくりと周辺を巡り、公園の前を一周した。このへんでいいよ、と止めてくれる声を待っているのだが、いっこうに誰も駆け寄ってきてはくれない。
 背後からなんの気配も感じないのが気になったが、千石と不動峰の人達がいる―――はずだ。

 あんまりにも静かなので、太一は少しばかり不安になった。

 襲われるために歩き回っているらしいのだが――そう言われてもあまりピンとこない。こんな姿をしているから尚更だ。

 もういい加減許してくれないかな、と足を止めた。

 その時である、見計らったかのように背後から数人が近寄って来たのがわかった。遅いですよ―――言おうとした太一だが、振り返ると同時に固まる。

「ねえ、帰りたくないの?」

 思わず慄いた。
 心臓が跳ね上がるのを感じながらも、素早く三人の男達に囲まれてしまって、青褪める。

「え…あの、なんですか?」

 男達からは独特の崩れた雰囲気が感じられ、誰もがニヤニヤと気色の悪い笑みを浮べていた。
 高校生ぐらいだろう。その服装に、太一は先ほど道の途中でバイクを横にたむろっていた男達だと思い出す。

「いやさー、さっきから見てたらなんかウロウロしてんじゃん? 帰りたくないのかなーってさ」
「わかるわかる。帰りたくないときって誰にでもあるさ。可愛いねえ、中学生か?」
「つーかおめえ、その発言ヤバ! オヤジ入ってんじゃんよ!」
「そっか〜?」
「不動峰だろ。今時セーラーなんてそこしかねえもん」

 当たり前だが全員太一より背が高い。囲まれると萎縮してしまう。いつでも逃げ出せるように、退路を探したが、うまい具合に邪魔された。

「なあ、帰りたくないなら付き合ってやるぜ? 大体アンタぐらいなら高く売れるって」
「ぎゃはははーっ! 高いってなんだよ!」
「あ、でもそれっていいじゃん。高く売れるのって今時期だぜ? 女子こーせーだって値下がりしてっからな」

 腕を掴まれて、必死になってそれを外そうとしたが、力が違う。

「やめて下さい! ボクは帰りますから!」
「ボクだってよ」
「あ〜なんかそういうアイドルが居たよな。ま、可愛いからいいんでない?」
「ほせー腕。こりゃマニアに高値だな」
「ロリコンってやつ? ま、確かに」
「出会い系サイトに写真つきで載せっか」
「やめて下さい! やめてーっ」

 バイクのところまで引き摺られて、太一は真っ青になった。どこに連れ込まれて何をされるのかなんて想像もつかなかったが、最悪な事態になることはわかる。必死に抵抗をすると、それが気の短い男達の逆鱗に触れた。

「ちっ。なんだよ、ノリの悪いヤツだな!」
「あんまり騒ぐと人がくるだろーが!」
「痛い!」

 ヘラヘラとしていた男達の表情が一変する。腕を掴まれ、万歳の恰好を強要されると、いきなり一人が胸をまさぐってきた。

「うわー! まな板!」
「いいんじゃね? とことんマニア受けでさ。ビデオ回したら裏できっと高値だぜ」
「あ、泣いちゃった。んだよ、虐めてるみてーじゃん」

 ぼろぼろと涙を溢れさせながら、太一は恐怖に竦む躰をなんとか動かそうとした。が、どうしても巧くいかない。

(なんで! なんで誰も助けにきてくれないのっ?)

 




 

 ―――見守っていたはずの面々は、それこそ必死になって町中を走り回っていた。

 話は少し遡る。途中までは確かに太一のあとを追っていたのだが、人数が多いのがネックだということに気づき、別れることにしたのだ。
 大体七人の男がぞろぞろあとをついていったら目立つことこの上ない。
 先回りする隊と、背後を守る隊。三人と四人に別れたのだ。
 先回りには千石、石田、桜井。背後には深司、アキラ、森、内村となった。

 先回りに消えた三人を見送ったあと、背後を守っていた四人だったが、暫く経っても何も起きず、気を抜いた瞬間を狙われた。

「―――え」

 公園に差し掛かった時。一番後ろにいた森が倒れた。

 前方にばかり注意を払っていたので、気づいた時には遅く。アキラが異常に気づき振り返った時には、サングラスをかけた男が、ぐったりとした深司を担ぎ上げていた。
 内村とアキラが驚愕する。

「なんだ、お前!」

 追いかけようとしたら、男は手にスプレー缶を持っており、すかさずアキラ達に噴出したのだ。

「うわ!」
「い…っ」

 のちに、それは痴漢撃退用の催涙スプレーだと知る。目の痛み、ツンとする鼻の奥。涙を流しながら、二人は咳き込んだ。

 ―――気づけば男の姿も深司の姿も無かった。

 

 

 

 

 桜井の携帯が鳴ったのはそのすぐあとだ。

「―――アキラ? どうした……」

 何事か、と千石と石田が足を止めて桜井を待つ。

「え? なにっ! なんだよ、それ! 警察……」

 警察という単語となにやら事件が起きたらしいことに、千石の表情が険しくなった。

「なに、なんだっ?」

 勇み、話途中にも関わらず問いただす石田を、目線だけで押し留めた。

「わかった、オレ達も今から行くから!」

 携帯を切ると同時に、千石が鋭く「どうした?」と尋ねる。青くなった桜井は、混乱していてあまり要領を得なかったが、何者かに襲われ、深司が連れ去れたことは理解できた。

 どうしようか、とオロオロする二年生二人を見て、千石は背中を叩く。

「落ち着いて。オレが警察に連絡いれるから、君達は神尾君達と合流して、まずは救急車を呼んで森君を病院に運ぶんだ。二人残って、あとは一人にならず、全員で伊武君を探す。いいね?」
「はい」
「オレも太一を拾ったらすぐに行くから、無理はしちゃダメだよ。大丈夫。時間はそう経ってない」
「はい!」

 落ち着きを払った千石の的確な指示に、石田と桜井は驚嘆した。そして畏敬の念を露にする。連絡を受けた時よりも大分冷静になっている自分に、桜井は驚いた。

 そして二人は、駆け出したのだった。

 

 

 



 引っ立てられて、バイクに乗るよう強制される。
 太一は必死に抵抗していた。

「イヤです!」
「うるせーんだよ! ちくしょう、口塞ぐべきだなこりゃ」
「面倒くせーな。この間の女は嬉んでウリしてたぜ?」
「誰か――っ」

 抗う太一に、男が舌打ちをして手を振りかぶった。

「黙れ!」

 殴られる、と太一は咄嗟に身を竦める。
 しかし予想に反して痛みの声を上げたのは男の方だ。

 ――――空気を裂くように、鋭く、何かが飛んできて男の手にヒットしたのである。

「いて…っ」

 痺れるような痛みが男の手を襲う。
 手に当たったそれは、跳ね上がり、壁にぶつかって、地上にテンテンと転がった。

 太一はそれを視界の端に捉えて、涙腺がどっと弛む。

「―――んだよっ! ちくしょう…っ テニスボール?」

 見ればそこには黄色い玉。
 男達は状況が掴めずに目を剥いた。

 ――――パン。

 ――――パン。

 

「いてっ!」
「あんだ、ちくしょーっ! 誰だっ」

 小気味よい音ともに、弾丸のごとくテニスボールが男達の手や躰に当たった。素晴らしい正確さで狙われ、固いボールは信じられないぐらい痛い。闇夜に目を凝らすも、速過ぎて球の軌道さえも認識できなかった。
 本能的に男達は手で躰を庇ったが、見事にそこを避けて躰に当たるのだ。そこで男達はとんでもないことに気づく。

 ―――少女には一球たりとも当たっていない。

「くそ!」
「…や」

 少女を掴んでいた男が地に放り出した。転がった少女を、八つ当たり的に蹴ろうとする―――その時だ。

「―――なにしてんだよ、テメエ等」

 蹴りが横からその男のわき腹に決まる。「ぐえ」と、奇妙なうめき声を発して男は飛んだ。
 太一は転がりながらも、一生懸命躰を起す。そこには自分を守るように立ちはだかった長身の男が居た。

 信じられない、とその姿を見上げる。

「ち、弱えーな。んなんでこんなガキ攫おうなんてバカじゃねーの」
「あ……亜久津先輩っ?」

 目を擦るが、その姿は消えない。そこには確かに、私服姿の亜久津が自分を庇うように立っていた。

「うっせ! なんだてめえーっ!」

 いかにも柄の悪そうな亜久津の出現に、男達はしり込みしたが、それでも三対一ということもあり、殴りかかってきた。

 ―――しかし。

 ドン。ドン。ドン。

「くそ、くそーっ!」

 とにかく四方八方から球が飛んでくるのである。それも正確に腹や腕を狙い撃ちしてくるのだ。頭を抱えながら、男達はそれぞれのバイクに乗って走り出した。バイクもところどころへこませられている。直そうとすれば、それなりに高くつくだろう。

 だが亜久津にとってそんなのは知ったことではない。

 男達が消えうせると、亜久津は舌打ちして太一を見た。

「―――ったく、アホが。なんつー姿してんだよ」
「亜久津…せんぱーい……」

 地面にべったりと座りこむ太一の姿を改めて見て、亜久津は長嘆する。立ち上がれないらしいので、仕方なくその腰に手を回して立たせてやった。

「大丈夫か? 太一!」
「ったく…ヒヤヒヤしたぜ……」

 電灯の届かぬ個所から、ラケットを持って出てきた思いもよらぬ人物達に、太一は理解できずに首を傾げた。

「へ……南部長、東方先輩?」
 そして、申し訳なさそうに最後に現れたのは千石だった。

「ごめんね、壇君。なんか色々と大変なことになってまして……」
「なんで皆いるですか!」

 悲鳴に近い声を上げた後輩に、答えたのは南だ。

「千石から…メールが届いたんだよ。丁度部活終った時でさ、慌てて来たら途中で駆け回っているこいつと亜久津を見かけてさ」

 わざわざ携帯を開いて見せてくれた。そこには画像つき――勿論セーラー服姿の太一だ――のメール文。

『太一君が男に襲われてたーいへん! 早く助けてあげて!』

 脱力した。
 一体、それ以外に何ができようか。

「送信した時は冗談だったんだけど…危機一髪だったね。本当に、ごめんなさい!」

 街中に少年の声が響き渡ったのは言うまでもないだろう。

 

「千石先輩のバカ――――っ!」

 

 

 



→最終話

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