シーソーゲーム 5話
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チカチカと不気味に点滅している道を、少女が不安そうな面持ちで歩く。 周りに人影はなく、家屋から漏れる光は確かに人がいることを教えてはくれるのだが、頼りないものである。 (……もうやだなあ。なんでこんな目に合わなきゃならないんだろう) 腕時計を見ると八時近い。そろそろ自分だって家に帰らなければ親が心配するだろう。 あんまりにも静かなので、太一は少しばかり不安になった。 襲われるために歩き回っているらしいのだが――そう言われてもあまりピンとこない。こんな姿をしているから尚更だ。 もういい加減許してくれないかな、と足を止めた。 その時である、見計らったかのように背後から数人が近寄って来たのがわかった。遅いですよ―――言おうとした太一だが、振り返ると同時に固まる。 「ねえ、帰りたくないの?」 思わず慄いた。 「え…あの、なんですか?」 男達からは独特の崩れた雰囲気が感じられ、誰もがニヤニヤと気色の悪い笑みを浮べていた。 「いやさー、さっきから見てたらなんかウロウロしてんじゃん? 帰りたくないのかなーってさ」 当たり前だが全員太一より背が高い。囲まれると萎縮してしまう。いつでも逃げ出せるように、退路を探したが、うまい具合に邪魔された。 「なあ、帰りたくないなら付き合ってやるぜ? 大体アンタぐらいなら高く売れるって」 腕を掴まれて、必死になってそれを外そうとしたが、力が違う。 「やめて下さい! ボクは帰りますから!」 バイクのところまで引き摺られて、太一は真っ青になった。どこに連れ込まれて何をされるのかなんて想像もつかなかったが、最悪な事態になることはわかる。必死に抵抗をすると、それが気の短い男達の逆鱗に触れた。 「ちっ。なんだよ、ノリの悪いヤツだな!」 ヘラヘラとしていた男達の表情が一変する。腕を掴まれ、万歳の恰好を強要されると、いきなり一人が胸をまさぐってきた。 「うわー! まな板!」 (なんで! なんで誰も助けにきてくれないのっ?)
―――見守っていたはずの面々は、それこそ必死になって町中を走り回っていた。 話は少し遡る。途中までは確かに太一のあとを追っていたのだが、人数が多いのがネックだということに気づき、別れることにしたのだ。 先回りに消えた三人を見送ったあと、背後を守っていた四人だったが、暫く経っても何も起きず、気を抜いた瞬間を狙われた。 「―――え」 公園に差し掛かった時。一番後ろにいた森が倒れた。 前方にばかり注意を払っていたので、気づいた時には遅く。アキラが異常に気づき振り返った時には、サングラスをかけた男が、ぐったりとした深司を担ぎ上げていた。 「なんだ、お前!」 追いかけようとしたら、男は手にスプレー缶を持っており、すかさずアキラ達に噴出したのだ。 「うわ!」 のちに、それは痴漢撃退用の催涙スプレーだと知る。目の痛み、ツンとする鼻の奥。涙を流しながら、二人は咳き込んだ。 ―――気づけば男の姿も深司の姿も無かった。 桜井の携帯が鳴ったのはそのすぐあとだ。 「―――アキラ? どうした……」 何事か、と千石と石田が足を止めて桜井を待つ。 「え? なにっ! なんだよ、それ! 警察……」 警察という単語となにやら事件が起きたらしいことに、千石の表情が険しくなった。 「なに、なんだっ?」 勇み、話途中にも関わらず問いただす石田を、目線だけで押し留めた。 「わかった、オレ達も今から行くから!」 携帯を切ると同時に、千石が鋭く「どうした?」と尋ねる。青くなった桜井は、混乱していてあまり要領を得なかったが、何者かに襲われ、深司が連れ去れたことは理解できた。 どうしようか、とオロオロする二年生二人を見て、千石は背中を叩く。 「落ち着いて。オレが警察に連絡いれるから、君達は神尾君達と合流して、まずは救急車を呼んで森君を病院に運ぶんだ。二人残って、あとは一人にならず、全員で伊武君を探す。いいね?」 落ち着きを払った千石の的確な指示に、石田と桜井は驚嘆した。そして畏敬の念を露にする。連絡を受けた時よりも大分冷静になっている自分に、桜井は驚いた。 そして二人は、駆け出したのだった。
「黙れ!」 殴られる、と太一は咄嗟に身を竦める。 ――――空気を裂くように、鋭く、何かが飛んできて男の手にヒットしたのである。 「いて…っ」 痺れるような痛みが男の手を襲う。 太一はそれを視界の端に捉えて、涙腺がどっと弛む。 「―――んだよっ! ちくしょう…っ テニスボール?」 見ればそこには黄色い玉。 ――――パン。 ――――パン。 「いてっ!」 小気味よい音ともに、弾丸のごとくテニスボールが男達の手や躰に当たった。素晴らしい正確さで狙われ、固いボールは信じられないぐらい痛い。闇夜に目を凝らすも、速過ぎて球の軌道さえも認識できなかった。 ―――少女には一球たりとも当たっていない。 「くそ!」 少女を掴んでいた男が地に放り出した。転がった少女を、八つ当たり的に蹴ろうとする―――その時だ。 「―――なにしてんだよ、テメエ等」 蹴りが横からその男のわき腹に決まる。「ぐえ」と、奇妙なうめき声を発して男は飛んだ。 信じられない、とその姿を見上げる。 「ち、弱えーな。んなんでこんなガキ攫おうなんてバカじゃねーの」 目を擦るが、その姿は消えない。そこには確かに、私服姿の亜久津が自分を庇うように立っていた。 「うっせ! なんだてめえーっ!」 いかにも柄の悪そうな亜久津の出現に、男達はしり込みしたが、それでも三対一ということもあり、殴りかかってきた。 ―――しかし。 ドン。ドン。ドン。 「くそ、くそーっ!」 とにかく四方八方から球が飛んでくるのである。それも正確に腹や腕を狙い撃ちしてくるのだ。頭を抱えながら、男達はそれぞれのバイクに乗って走り出した。バイクもところどころへこませられている。直そうとすれば、それなりに高くつくだろう。 だが亜久津にとってそんなのは知ったことではない。 男達が消えうせると、亜久津は舌打ちして太一を見た。 「―――ったく、アホが。なんつー姿してんだよ」 地面にべったりと座りこむ太一の姿を改めて見て、亜久津は長嘆する。立ち上がれないらしいので、仕方なくその腰に手を回して立たせてやった。 「大丈夫か? 太一!」 電灯の届かぬ個所から、ラケットを持って出てきた思いもよらぬ人物達に、太一は理解できずに首を傾げた。 「へ……南部長、東方先輩?」 「ごめんね、壇君。なんか色々と大変なことになってまして……」 悲鳴に近い声を上げた後輩に、答えたのは南だ。 「千石から…メールが届いたんだよ。丁度部活終った時でさ、慌てて来たら途中で駆け回っているこいつと亜久津を見かけてさ」 わざわざ携帯を開いて見せてくれた。そこには画像つき――勿論セーラー服姿の太一だ――のメール文。 『太一君が男に襲われてたーいへん! 早く助けてあげて!』 脱力した。 「送信した時は冗談だったんだけど…危機一髪だったね。本当に、ごめんなさい!」 街中に少年の声が響き渡ったのは言うまでもないだろう。 「千石先輩のバカ――――っ!」 |