シーソーゲーム 最終話


 

 意識はところどころで切れているが、気を失うほどじゃない。
 右手を握ってみると、もどかしさを感じたがなんとか動いた。
 引き摺られるように担がれているが、いつまでもこの状態が続くことはないだろう。下ろされた時が勝負だ。

 深司は混乱から逸早く脱出すると、目まぐるしく脳味噌を動かし状況を把握しようと必死になった。

 少年の尾行にも厭きた頃合に、突然背後にいた森が倒れた。

 何事かとそちらに目をやった途端、今度は背中でバチリ、と何かが弾け、体中を痺れが走り抜けたのだ。己の中のブレーカーが落ちたかのように、一瞬にして目の前が真っ暗になった。

 しかし思考が停止することはなかったのが幸いだ。

 躰全体が重く、感覚は鈍いが、頭だけは妙に冷めていて意識はあった。
 視界は相変わらず暗く、ぼんやりとした光りをたまに拾うのみだが、男に担がれているのだけはわかる。

(どうやら攫われたらしいけど……オレだってそんなに軽くないよ。いつまでも引き摺れるわけないじゃん)

 その予想はすぐに的中した。何かの開閉音とともに、ドサリと荷物の如く下ろされる。感触は固いが、地面ではない。足先が入り口に引っかかっている。

(―――車の中だ)

 そこまでして疲れきったのか、深司を下ろした男は、自分に覆い被さるように腕を立てたままの姿勢で、しばし荒い呼吸を繰り返していた。
 慎重に隙を伺う。心臓が早鐘のごとく響いており、相手に伝わりやしないかと余計緊張した。

 男が躰を離し、退く。

(――――動け!)

 渾身の力を込めて、足を蹴り上げた。

「――――ぐっ!」

 折った膝が、車内後部座席から出ようとしてた男の腹に当たる。

「ちくしょうっ!」

 しかし予想よりも車内の奥に寝かせられていたために、威力は浅かった。男は退くよりも突進することを選び、躰全体で抑え込まれる。揉み合う形になったが、体重をかけて圧し掛かられれば、下にいる深司は圧倒的に不利だった。

「大人しくしろ…っ!」

 男が恫喝する。ポケットから黒い物を取り出し、もつれ合いながらも、必死にそのスイッチを押そうとしているのがわかった。深司は頭を持ち上げ頭突きをすると、くわ〜んと耳鳴りと一緒に気が遠くなった。が、なんとか動きを止めた男の手を振り払う。目の端に捕らえたその物体はスタンガンではないか? 深司は必死でそれを払うと、運転席の床まで滑って落ちた。

「この野郎っ!」
「アンタ…っ」

 ぼやけていた視界がやっとクリアになってきた。目の前で歯噛みしている、必死な形相の男。

「あん時のチカン!」

 数日前の出来事だ。早々忘れることのできない顔に、深司は仰天した。

「お前のせいで…っ。お前のせいでオレの人生に汚点がついた!」
「はあ?」
「オレはただ女ドモが許せなかっただけで! あれは思い上がった女ドモを粛清する意味で行っていたのにお前のせいで…っ!」
「はああ〜〜?」

 なにやらとんでもなく間抜けな返事だなあ、とわかってはいるのだが、その最中も力対力の対決は続いているのだ。深司は上からくる圧迫感に必死に抵抗しながらも、足をばたつかせている。

 ここに連れ込まれるまで、さほど距離はなかったはずだ。暫く問答すれば、残っていた仲間が見つけてくれる。そう、自分を叱咤して、深司は口を開いた。

「なんで許せないからって…っ、局部丸出しで…触らせ…ようと…すんの…!」
「あの年代はなあ! 悪魔なんだよ! 平気で男をグズとか思って自分は上等なフリをする! 影口を叩いてバカにするんだ! そんな奴等をオレがバカにして何が悪い!」
「ちょっと…待て…アンタ何歳さ……」
「ウルサイ! 女みたいな恰好しやがって! この変態があ! 警察に捕まって…親まで呼び出されて…くそ! お前を全裸にして外に放り出してやる! オレと同じ目に合え!」
「―――なっ?」

 理不尽極まりない理由をのたまうと、男は猛然と学生服を脱がしにかかった。
 力任せにシャツを引っ張られ、ボタンが飛び、一気に破かれる。
 普段ならばその下にタンクトップを着ているのだが、部活後の汗が気持ち悪くて何も見につけていなかったため、あっさりと肌を露にされた。
 深司は呆然と開いた口が塞がらない。

(全裸? 全裸って…靴下も脱がしてくれるのか? 面倒臭がって靴下だけ身につけてたら………)

 身悶えるような熱が、胸の奥から湧き上がった。

「末代までの恥――――っ!」

「ぐおぉぉおおお―――っ!」

 カッ! と、不二何某の如く開眼すると、火事場の馬鹿力効果を最大限出力。腕を男の下から引っこ抜くと、その襟首を交差させて持ち、捩じり上げた。
 ギリギリと絞られ、咽仏を潰さんばかりの攻撃に男はのたまう。
 酸素が入ってこない苦しさに、涙目になった。

「―――だいたいさあ、さっきから大人しく聞いてれば易居たい放題、バカじゃない? ってかバカでしょ!」
「ぐええぇぇええ」

 下からの攻撃とはいえ、深司の握力は半端じゃない。怒り沸騰の今なら尚更だろう。

「もしや過去、中学時代にこっぴどく女性徒の虐めにあっていたの? だとすれば当時の同級生に復讐すればよいことだし。イイ大人がわざわざ抵抗もできない女子中学生狙って、何を威張ってんのさ。しかも汚いモン触らせてさ、悦ってんのはわかってるんだよ。変態って言うのはアンタみたいなのが言うんであって、そんなアンタに変態呼ばわりされるほどの侮辱ってないよね。ないよな……」

 ギリギリギリ。

「ひ! 死…死ぬ…」
「大丈夫。アンタの変態っぷりはオレが事細かく警察で証言してあげるから……」

 少年の、あまりに静か声音に男はぞっとした。本当に殺されるかもしれない―――恐怖に気を失いかける。

「すみ…すみませ……」
「ごめんですんだら警察っていらないと思わない?」

 息苦しさと恐怖で男はボロボロと泣き出した。思わず深司は腕の力を弛ませる。情けからではない、涙が自分にかかってきて気持ち悪かったのだ。

「―――!」

 隙を見逃さなかった男は、涙を撒き散らしながら運転席の方へと身を乗り出す。深司は舌打ちをすると、その腹にしがみついた。

 反動でドアが閉まる。二人してまた狭い車内でもみ合った。

「ゲホゲホ! って言うか! もう帰っていいから! 見逃してよ、オレのことはあ!」
「ここまでやっといてふざけないでよ! 制服弁償しろっての!」

 ――――森が倒されていることを最早忘れ去っている深司だった。


「―――深司!」

 もみ合っていたお陰で聞き取り難かったが、確かに名を呼ばれた。誰かが来てくれた、と深司の緊張がどっと解ける。
 ガチャガチャと頭下で音がするのは、扉を開けようとしているのだろう。だが、そちら側はロックされている。

「深司…っ」

 反対側は開いていると教えようと、窓の方を見上げ、心臓が止まった。

「――――え、たち…」


 ドカ! ドカ!

 

 なにかがフロントガラスにぶつけられています。

 

 ガチャーン!

 

 なんだかどっか割られちゃいました。

 

「ぎゃーっ! まだローンが! ローンがあああっ!」

 男、蒼白。そして瀕死。
 ムンクのごとき顔で絶叫。
 深司は石膏と化した男の顔面で手を振ってみたが、もはや瞬きひとつできない有様だった。

「……ご臨終です。ちーん」

 ゴロン。男は運転席の下に落ちた。

「深司! 深司!」

 切羽詰まった様子の外の人物に無事を知らせるべく、慌てて身を起こし、ドアを開いた。

「こっち、開いてます。橘さん……」
「し…っ」

 外に出れば、どっからもってきたのか鉄パイプ片手に、我等が誇る不動峰中学テニス部部長が鬼気迫る姿で立っている。

 ―――なんで橘さんがここに居るんだろう。

 車を見れば見事にベコベコ。族の奇襲にあったがごとし。

 ―――ああ、橘さん。ワイルド……。

 アキラが居たら速攻で「違うだろ!」と突っ込むところだ。

 思わず見惚れていたところ、つかつかと橘が迫ってきた。むっつりとしている表情は、語りきれない怒りで満ち溢れている。
 手が振り上げられたのを視界に捉えた瞬間。灼熱感が頬を襲った。
 はたかれた痛みに目を瞑る。だが手加減をされているのはわかった。

「橘さん……」
「この…バカ。心配かけるな…っ」

 唖然として見上げた表情は、辛そうに歪められている。強い悔恨は部員を守りきれなかった己への責め。

 どっと、一気に深司の胸にも色々なものが溢れ出した。

「橘さん! 恐かった…っ」
 突進するように抱きつく。背中の広さ、肉の厚みを確かめるように腕を回して力を入れれば、橘の大きな手の平が背中を撫でてくれた。胸に顔を埋めると、ここぞとばかりに橘の温もりを堪能して、優しさを独占した。
「よしよし…もう大丈夫だから……」
「橘さん…」
 一部始終の会話を聞いていた、車の中の廃人がポツリと「恐かったのはオレだ……」漏らしたが、クライマックスを迎えている二人に聞こえるわけもなかった。

 しかも遠くから重なるのはパトカーの音なのだが、この状況から救い出してくれるのならば何でもよいとばかりに、到着を待ちわびるのだった。

 

 

 警察が到着するまでの間。

 二人だけの世界を築き上げた橘と深司を遠巻きに、不動峰と山吹の面々がいたりした。

「――――橘さん呼んだの誰だよ」
「杏ちゃんが心配で喋ったらしいよ。さっき携帯に連絡あった」
「なんで石田の携帯に連絡が行くんだ!」
「アキラ、今突っ込むべきはそこではない」
「―――橘さん…オレも…オレも倒されたんですよう」

 内村、石田、アキラ、桜井、最後に森。

 本来なら深司の無事を喜び駆けよりたい場面なのだが、どうにも割って入れぬ雰囲気に足踏みしている。
 ちなみに森はショックで一度倒れたものの軽傷で、すぐに復活し、皆と深司を探し回っていた功労者だ。

「うう…深司め…おいしいどこ取りしやがって〜! 大体こっからだと良く見えなかったけど、犯人とっくに倒されてなかったか?」
「―――アイツなら口だけで充分凶器だ」
「よせよ森、桜井。深司だって……少しくらいは恐かったさ」
「その倍の恐怖を相手に味合わせてもな…」

 たしなめた常識人石田に、暗く森が食ってかかる。どうやら橘に心配してもらっていない己の存在に傷ついているようだ。

「―――なあなあ…それ以上の恐怖…オレ達も味わうのかなあ」
「なに言ってんだ? アキラ」
「味わうよなあ……やっぱ」

 最初はアキラのぼやいた意味のわからなかった面々だが、ジロリと橘の視線がこちらを向いたことで全てを悟った。

「あああ…味わう…な」
「しくしく…オレ巻き込まれただけなのに……」
「言うな…止めれなかったオレ達も悪いんだ……」
「オレ、被害者なのに……」

 桜井はくっと涙を飲み、内村は肩を落とす。石田は諦め、森は脱力した。

 

 

 

「なんか…凄いことになってるね。不動峰……」
「なんだ…なにがどうなってるんだ千石」
「……さあ?」

 壁に寄りかかっている千石に、無駄と知りつつも問い詰めた南だがやはり無駄に終った。

「でもいいんじゃない? なんかハッピーエンドっぽいし」
「ぽいって…そんな問題か?」
「南…まともに取り合ったらバカを見るぞ」
「酷いな、雅美ちゃん」
「ヤメロ〜!」

 かわい子ぶる千石に東方が鳥肌を立てる。そんな先輩方を眺め、太一は大きく息をついた。

「―――千石先輩。どうでもいいですけど、さっきのテニスボール拾ってくださいね」
「ええ〜?」
「拾ってくださいね。学校の物ですから」

 額にくっきりと血管を浮き上がらせ、念を押された。さすがの千石もうっと詰まって首を縦に振る。
 太一は既にセーラー服は脱いでいた。深司が攫われたと知り、急いで駆けつけた千石達だが、その際誰に見つかっても言いわけが効くようにと、着替えるよう言われていたのだ。路上で着替えるのは抵抗があったが、背に腹は変えられぬと白ガクランに戻っている。

 その隣では亜久津が珍しく残っており、まじまじと橘を眺めていた。

「不動峰、中々やるじゃねーの」
「あっくんのタイマン魂に火がついた〜?」
「千石先輩は黙ってらっしゃい!」
「うえ〜ん! 南〜壇君が虐める〜!」
「―――自業自得って言うんだ」
「がびょーん」
「どうでもいいが…警察が来るなあ」
 遠くから聞こえるサイレンの音に、南が愁眉を寄せた。

「じゃ、そろそろ行こうか」
「は? ちょっと待て千石」

 伸びをして去ろうとした千石を、びっくりして止める。

「なに?」
「逃げてどうする! オレ達だって…」
「いたって迷惑だよ。大体関係ないし。制服だけ返してさっさと帰ろう。あとはあっちで話がつくでしょ」
「そんな無責任なことでいいのか?」
「いいっていいって。あっちの橘君の過去を垣間見る荒業見てたでしょ? 警察への言い訳なんてヘでもないって〜。ねえ、亜久津」
「オレにふるんじゃねえ」
「と、いう訳で…」千石は手に持っていた紙袋を南に手渡す。
「なんだよ……」
「ちょっくら返してきてよ」
「なんでオレが!」
「部長でしょー。部員の不始末詫びてこなきゃ!」
 不始末の原因の悪びれない態度には、亜久津でさえも絶句した。

「ちくしょーっ! だから部長なんてヤだって言ったんだよ!」
「行ってらっさ〜い」

 泣きながら橘のもとへと駆ける南を、千石は手を振って見送る。東方は心の底から自分が選ばれなくて良かった、と相方には悪いが安堵した。

「………なにかな。じ〜っと見つめてきて」
 無視しようとしたのだが、さすがにできず。千石は笑顔を固まらせて後輩を伺った。厚顔無恥を絵に描いたような千石でも、恐い目に合わせてしまった太一を無碍には出来ない。

「千石先輩。ボール拾ったら皆でジョナサンに行きましょうね。ボクお腹空きました」
「へ?」
「そうだなー。オレも空いたぜ。仕方ねえから付き合ってやるよ」
「ええ? え? あっくんまで、なにが?」
「東方先輩、助けて頂いてありがとうございます。お礼に千石先輩が奢ってくれるそうですよ」
「ちょっと待ってよ、太一君っ?」
「なんでしょうか、千石先輩」

 無邪気に笑顔全開されて、千石の顔が引き攣った。

「ぜ…全員の飯おごるの? オレ……」
「やだなあ〜、当たり前じゃないですか。誰の蒔いた種で、今ここにこれだけの人間が集まってると思ってらっしゃいます?」
「それは悪いとは思ってるけどさ! 結局助かったし、大団円だし!」
「嫌ならロイホでもいいですよ?」
「駅前にあったな」
「グレードアップしないで!」
「千石先輩……明日あたり、学校で不穏な噂が立つでしょうね。暫くボク、肩身の狭い思いをするかもしれないですがメゲません」
「太一くーん?」

「ええ、ええ、部活の先輩にセーラー服姿を強要されて、写真まで撮られたって噂が流れても、ボクは堪えるです」

「――――ジョナサンでお願いします」

 東方と亜久津は賞賛の拍手を後輩に送ったのだった。

 

 

 

 

 

 



 

 

 二日後。

 不動峰中学の校庭では黒ジャージの集団が既に何周かもわからない走りこみをさせられていた。
 その姿を目撃した他の運動部は
「すげーな、さすが全国行きは違うぜ」と、羨望の眼差しを向けている。

 だが走っているテニス部員はそんな希望溢れる走り込みをしているわけではなく。
 ぜーぜーと息も荒く、悲壮感を漂わせていた。
 ちょっとでも気を抜くと

「オイ! 気合入れて走れ!」

 と、部長の叱咤が飛んでくるのだ。

「うう〜青学名物かっての〜」
「それだけ橘さん、怒ってるんだよ〜」
「そりゃな…あんだけ警察に全員がお世話になればなあ。ほら、もうちょっとだからガンバレ!」

 どちらかと言えば長距離が苦手な桜井と内村が、泣きながら部長の怒りが解けるのを待っている。石田はそんな二人を励ました。
 先頭を切って走っているのはアキラと深司だ。なにぶん、他の部員よりランニング周を多くされているので、ペースを速めないと終らないのである。

 事の顛末を理解した橘は、原因が妹ということもあり、一番最初に皆に頭を下げて謝罪した。が、すぐに無謀な計画を立て、尚且つ実行したメンバーへのお説教も忘れなかった。

 そして首謀者であるアキラと深司には殊のほかきつい雷が落ちたようである。いつもなら先陣を切って騒がしい二人だが、事件後からは神妙な態度を崩さなかった。

「なあ、橘さん。昨日わざわざ山吹行って、千石さんと試合してきたんだって?」

 森がそっと隣を走っている石田に尋ねる。

「ああ、そうらしいな…オレ達の騒動に巻き込んだお詫びも兼ねてきたらしい」

 一同はそれを聞いてシュンと項垂れた。
 黙って走っていたアキラが猛然とスピードを上げる。

「悪かったなあーっ! どうーせオレが全部悪いようーだ!」
「あ、アキラ! 自棄を起すなあ!」
「そうだぜ! 結局杏ちゃんの友達を襲ったのも実はアイツだったらしいじゃん!」
「禍転じて福となすだ!」
 石田、森、内村も仕方なくスピードを上げて、追いかけた。

 そうなのである。警察に捕まった男は、よほど恐い目にあったのか、洗いざらい自白したのだ。余罪は面白ほどでてきた。
 警察ではとにかく橘が「巻き込まれただけだ」の一点張り。犯人を捕まえようとして囮を立ててたなどとは、決して悟られずに、巧い具合に辻褄を合わせて報告したのだ。
 お陰で不動峰部員は被害者となり、同情されることはあれ、責められることはなかった。

 曰く。
 深司に復讐を誓った男が、皆で仲良く帰っている途中を狙い、連れ去ったのだと言い張ったのである。

 実際は、男は辛抱強く深司が一人になるのを、物陰に隠れて伺っていたらしいのだが、いっこうに帰る素振りも見せずにウロウロしていたので強硬手段に出たらしい。

 なにはともあれ、複数で帰っていたことが良かった。
 ただやはり男は事実と違うと抗議し、車をボコボコにされたと、批難したのだが橘部長は顔色ひとつ変えずに。

「自分達が探し当てた時には既にボコボコでした。付近でけたたましいバイクの音があったので、多分そいつ等のせいじゃないでしょうか」

 ―――現にその時間。確かに近くの住民はバイク音を聞いていたし(山吹の面々に撃退された男達だ)異様に揺れていただろ車を見て、あらぬ想像に駈られてからかったに違いないと、警察は結論づけたのだった。
 少なくとも、変態男と、とりあえず品行方正な橘。
 どちらの意見が通るかなど、一目瞭然というもの。

 

「橘さんて…なんて言うか色々と凄い人だよな」
「森君。いまさらだよ……」

 内村と森が乾いた笑みを浮べた時。
 心配症の石田は、一言も発しない深司を訝しく思い、慮った。

「深司…橘さんに怒られたのはショックかもしれないけどさ…元気出せよ」
「バッカ野郎―! オレだってハートブレイクだい!」
「アキラ! んなにスピード上げるなって!」

「――――……」

「なんだ? 深司」

 汗を拭きながら、石田が耳を傾けた。皆もなにごとか、と深司に注目して、アキラもわざわざ振り向く。

 

「―――オレ…」

「うん」

「橘さんに恋したかも―――」

 

 

 全員がドリフごけした。

 

 

「何やってんだー! おまえ等あ!」

 

 

 不動峰に、新しい波乱の幕開けを告げるかのように

 橘の怒声は蒼穹に響いたのだった。

 

 

 

 





→あとがき

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