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変質者が出るといこともあり、部活は日の落ちる前には終るよう学校側から指示が出ていた。
今日も力の限り練習に励んだ面々は、不満を感じてはいたが、「自主トレを強化すればいいことだ」と橘の一言により納得した。
部員にコートの整備を任せ、橘は内村と森を連れて構内の見回りに出て行った。
真面目に整備していた面々は、迅速かつ綺麗に整えると、道具の片付けに取り掛かる。
「あ〜明るいうちに帰るのって久し振りだよな」
桜井が流れる汗を拭きつつ、隣にいる石田に同意を求めた。
「そうだな。まあ、今は普通に歩いていても物騒な世の中だし。練習ができなくなるのは辛いけど、やはり気をつけるに越した事はないんじゃないかな」
「そっか。そうだよな。現にオレ等試合当日に交通事故にあってるしな…ははは」
「う…っ。自虐的な笑いをするなよ、桜井。思い出させて悪かった。ほら、自慢のオールバックが崩れているぞ!」
「おっと、いけねえ、いけねえ」
そそくさと手串で髪型を治す桜井の後ろを、深司がぼやきながら通りかかった。
「悪かったねえ。どうせオレのせいで部活動時間が狭まりましたよ。変態に襲われ上に警察沙汰になって学校に通報されましたよ。でもそれってオレのせいか。オレのせいかよ…」
「うわあっ、え、深司なに? あれってお前だったの!」
「悪かったよね。色々色々問題起こしてさ」
「誰も言ってねえよ、そんな事」
慌てて桜井が否定する。
「でもお前って本当に変態と縁があるよな。なんか因縁でもあるのか? この間も大学生に追っかけ回されてたし、小学生の時からおかしな目にあってるだろう」
同じ小学校出身の桜井は、深司の過去の出来事を少なからず知っていた。二人で下校している時に、知らない男に追っかけ回された経験もあり、その恐怖を一緒に体感していた仲間でもある。
「オレより身長低いくせに、どうして桜井は間違われないかな。オールバックか…オールバックにすりゃオレも間違われないよな。でもそんな時代周回遅れの髪型をするには、羞恥心というものを捨てられないし。桜井って実は凄いヤツだったんだね」
「うぉーいっ! ぶつぶつと人のこと思いっきり貶してんじゃねーぞ! 誰が周回遅れだ!」
「そうだぞ、深司。お前の場合髪型とか体型とかだけじゃなく、そのツラだって間違われている原因なわけだし。桜井と一緒に鏡の前に立ってみろ?」
「石田―っ! お前もか! なんだ? オレが一体そこまで貶されるようなことを何かしたか!」
髪型どころか容姿まで指摘され、桜井は少しだけ泣いた。いいじゃないか、どんな顔でどんな髪型したって……。深司のお株を奪って小さくぼやきながらいじける。
「お前等! さっさと片付けろよ! オレは急いでるんだ!」
ボールの入った籠を押しながら、アキラが駆け回っている。
桜井と石田がいつになく熱心に片付けているアキラを、不思議そうに眺める。とにかく彼はよく動いた。あまりに早く動き過ぎて、籠からボールがごろごろ落ちているのは、まあ愛嬌だろう。
「なんだあ〜? これからデートの約束でもあるのか?」
桜井がふざけて冷かした。
―――ドカン。ゴロゴロゴロゴロ……。
アキラが壁に激突して籠を倒した音である。
深司は見ているものが、思わず胸を痛めてしまうほど、整った容姿を歪めた。念仏でも唱えるがごとく、罵詈雑言を発しながらボール拾いをするために走る。石田も慌ててそれに続いた。
「―――マジ?」
やや呆然と桜井が呟く。アキラは顔を真っ赤にして「ち、ちげーよ!」と首を振った。
「ねえ、桜井と石田。このあと用事ある?」
「一応自主練しようと思ってるけど、深司も一緒にやるか?」
転がったボールを拾いながら、深司は桜井と石田に視線をやった。
「それもあるけど、ちょっと今日だけ付き合って欲しいことがあるんだな」
「ちょ…っ。深司!」
「いいじゃん、アキラ。やはり人数は多いほうが安心だし」
「――――なんの話だ?」
不穏な空気を感じて、用心深く石田が尋ねた。
「ちょっとね。変態の退治をするってアキラが聞かないんだよ。一緒に来て、変態を見つけたら警察に電話してくれないかな。まあ簡単に今日出てくるとは思わないけどさ」
「深司、お前!」
「アキラ。言っとくけど今日だけだから。それ以上は絶対首を突っ込まないでね。杏ちゃんが困るだけだよ」
ぴしゃり、と先手を打たれてアキラがうっと口を噤んだ。
わけがわからずに、桜井と石田が目を見合わせている所で、橘達が戻って来た。深司は何事もなかったように、もくもくとボールを拾い集める。
「なんだ。またえらく派手に転がしたな、ボール」
「すみません、橘さん。オレが壁に激突しちまって…」
アキラがすかさず名乗りを上げて、頭を下げた。
「お前が怪我をしていないなら、いいさ。さあ、片付けて帰ろう」
橘自らボールを拾い集めだした。皆は焦ってボール拾いに専念したのであった。
顧問の教師が終了を告げにきて、皆は部室へと戻った。
「―――杏。まだ帰ってなかったのか?」
部室の前にぽつん、と女性徒が立っている。ジャージ姿の、大きなスポーツバッグを持った杏だった。
女子テニス部の部活はとっくに終っている時間だったので、いつも友人と帰っている妹がこんな時間まで待っているのは珍しい。
訝しがりながら寄ると、杏は「物騒だし、お兄ちゃん待ってたの」にっこりと笑った。
「そうか…、待たせたな。お前は着替えてこなかったのか?」
「うん。ちょっと時間が押しちゃって、着替える時間がなかったんだ。まあ、ジャージの方が楽だし」
「しかし、なるべくなら制服着ろよ。風紀委員が煩いぞ」
「わかってるわ。今日だけよ」
「じゃあ、オレは皆と着替えてくるからちょっと待ってろ」
そこは妹思いの優しい兄だ。妹と一緒になんて帰れるか、などと思春期的な恥じらいは持っていない。やはりこの年頃の少年達の中で、年子の妹を可愛がるのは揶揄の対象となりえたが、中学生とは思えないほど落ち着き、大人びたところのある橘であれば自然と受け入れられた。彼の父性とも近い包容力のおかげで、不動峰テニス部はあると断言してもいい。
「あ、お兄ちゃん。さっき教頭先生が呼んでたわよ」
「教頭が? なんだ」
「また激励じゃないかな。山吹に勝ったから、浮かれているのよ」
「―――ったく。新テニス部発足に最後まで渋面だったくせに。今じゃ自分が居たからテニス部があると思ってらっしゃるからな」
肩を竦めると、橘は部室に入り急いで着替えて出て来た。他の部員に「先に出る」断ると、外で待っていた杏のもとへ行く。
「一緒に教頭のところまで行ってくれ」
「橘さん…オレ等一緒に杏ちゃんと待ってますから。大丈夫ですよ」
「―――深司」
「そうね。深司君達が居るなら安心よ。教頭先生には『妹が待っているので』って言えばさっさと帰してくれるわ。いつも話し長いじゃない」
深司が提案を出し、杏がそれを推した。橘は単純に、それもそうかと考え、「じゃあ、早く逃げてくる」と、校舎へと走って行った。
「―――丁度よく教頭が呼んでくれたよね」
「あら〜違うわよ、深司君。私が『勝ち進むことによってちょっとプレッシャーがあるようなんです。励ましてやって下さい』って頼んだの」
さらり、と杏は計画的犯行であったことを曝け出す。
「さすがだね」
「うふふふ」
「ふっふっふっふっ……」
「―――オレ、たまにこの二人が恐いんだ…」
「安心しろ、アキラ。オレもだ…」
細く笑む見目の良い少年少女を、遠巻きにしながら他の男テニス部員は生温い笑みを漏らした。
「……で、杏ちゃん持ってきてくれた?」
「うん。ちょっと小さいかもしれないけど、身長差はそんなにないはずだから……」
「そっか。――アキラ、はい」
「へ?」
杏がカバンから取り出した紙袋が、深司に渡され、そのままアキラの手元に収まった。頭の中を疑問符で一杯にしながら、とりあえず中身を見てみる。
「―――深司」
「なに?」
「どう見ても、紙袋に入ってるのはセーラー服に見えるんだけど…」
「セーラー服だから。どっから見ても」
淡々と答える深司と、セーラー服を持っているアキラの間になんとも言えない間があいた。
「これを渡されて、一体なにをしろと?」
「アキラがそれを着て、変態をおびき寄せるんでしょ」
「なんでオレじゃああ―――っ!」
「あら、大丈夫よ。アキラ君なら似合うわ!」
「あ…あああ杏ちゃん?」
着ろと言われ、尚且つ好きな女の子に「似合う」とまで言われたアキラはガタガタと青くなって震えた。
「―――えっと、さっきいきなり聞いたばかりだからあんまりよく理解してないんだけど…変態をおびき寄せて、捕まえる…んだよな?」
女子の制服を握り緊めて泣いているチームメイトを横目に、石田が尋ねた。
「――そうだよ。アキラがヒーローになりたがって仕方ないからさ。オレも渋々手伝ってんだよね。だからアキラ。さっさと男らしくそれ着ちゃいなさい。背後で見守ってやるから」
「深司―っ! 着るならお前のほうがいいって! 絶対お前のほうが似合うって!」
「ヤダ」
つーん、と横を向く。にべも無いとはまさにこのことだろう。
「―――ヤダって…、オレだって嫌だよーっ! あ、身長で言うなら森じゃん?」
「ば…っ! バカ言うんじゃねえっ。なにいきなりオレに振る。大体オレはほ〜らガニ股だぜえ!」
「うう。森が躰を張って拒絶してる。こんな必死な森にセーラー服着せるなんて、アンタ鬼や!」
「うっせー! 内村! 一番小さいお前が着ろーっ!」
「坊主で着れってかっ? どこのマニアが引っかかるんだ!」
喧々囂々とセーラー服を押し付けあいながら、醜い言い争いが続く。一人蚊帳の外の石田だけが、おろおろと行く末を見守っていた。
「ったくさ…。最初に言い始めたのはアキラだろ。なんでアキラが着ないんだよ。男として最悪だよね。杏ちゃんもがっかりだよ。ああ、がっかりさ」
「深司―っ!」
「ちょっと、泣きながらこっち寄らないでくれる。汚いから」
「あ…あのアキラ君。嫌ならこの話はなかったことでいいのよ?」
困りながら笑って手を振る杏に、アキラは硬直する。すかさず深司がその耳に口を寄せた。
「―――杏ちゃんの制服。他の男に着せていいんだ。ふ〜ん」
「あ…っ! 杏ちゃん! オレ着るよ! ああ着るともっ!」
「え…そう? ムリしなくていいんだけど…」
アキラに肩をガクガクと揺すられて、杏の声が震える。
セーラー服を持ち出すことで、アキラが計画を諦めてくれるものだと思っていたのに、どうにも必死な少年に何も言えなくなった。
顔を真っ赤に染めた少年が、女子の制服を抱えて部室へとダッシュした。
皆は戦々恐々と、着替えて出てくるのを待つ。何人かはもう帰りたかったが、仲間意識の強い、そこは不動峰。一蓮托生と、見たくもないアキラのセーラー服姿を待った。
だが、いくら待てども部室から出てこない。いつ橘が戻ってくるともわからない中、焦れた深司がドアを開けて入っていった。
「ねえ。いつまで待たせる気?」
「うおっ! いきなり入ってくるなよ〜」
いきなり誰にも見せたくない姿を見られて、アキラが「きゃー」と叫んだ。深司はセーラー服で恥じらいを見せる少年を前に、遠い目をする。
「―――キモ……」
「うっせえっ! んなのオレが一番わかってるんだよっ」
「さっさと出てきなよ。皆待ってるよ」
「仕方ねえだろ〜。スカートのホックが閉まらないんだよう」
「あー」
泣きそうに顔を歪めながらホックを手にとり、主張してきた。深司は愁眉を寄せて近づいて見るも、確かにホックは閉まりそうにない。
男子と女子の骨格の違いがここにきてよくわかった。いくら同じような体格といえども、腰のくびれで差が出てしまうのだ。
取り敢えずと、無理矢理外に連れ出されたアキラに、十人十色の反応が返って来る。少年は真っ赤になって顔を両手で覆った。
「いやーっ! お嫁にいけないーっ!」
「いけなくて結構だよ。アキラ」
「ア…アキラ君…か、可愛いわよ!」
「杏ちゃん……涙拭いて…」
「オ…オレもうダメ。夢に見そう……」
「に…似合うぜ! アキ…アキ…ぷーっ!」
それぞれが泣きながら抱腹絶倒を繰り出す。黒い集団が織り成す光景はまさに阿鼻叫喚であった。
「お前等…っ! コロス。ぜってーコロス!」
「だって自分で言い始めたことじゃん。諦めなよ」
「うっせえーっ! つーかホック閉まらないしどうせいっつーんだ! こんな女誰も襲わねーよ!」
半泣きになって反論され、深司は思慮深く頷く。
「確かに」
スカートから伸びている、鍛えられた足が女性徒とはとても思えないほど逞しい。
夕暮れ時。薄暗い中でなら、なんとかごまかしが効くかもしれないが―――内股で歩くアキラを想像して、皆はまた腹を抱えて苦悶した。
「でもアキラ、大丈夫似合う、似合う。ピンで髪を止めたら可愛いよ……多分」
「多分かよっ。深司! ―――だからお前が着ろってーの!」
「オレだって足は男だよ。筋張ってるし」
ほれ、とジャージの下を脱いだ。
なんで脱ぐんだろう。と、首を傾げながらも、皆の視線が思わずその足に集まる。深司はそれに対して、無表情で
「いやん、えっち」と、のたまった。
「げーっ! 気色悪いーっ!」
「抑揚なく、気味の悪い事言うなっ」
「中々いい反応だよね。うふふふ」
阿鼻叫喚冷め遣らぬ、少年達。その中で文字通り紅一点、杏だけは当初の目的が摩り替わっていることに気づき、校舎の方を気にしながら、アキラの肩を叩いた。
「ねえ、そろそろお兄ちゃん戻ってくると思うんだけど…アキラ君脱いだほうがよくないかしら? 今回の話は無かったことにして…ね?」
「杏ちゃん…でも、オレ……」
口篭もったが、心の天秤は最早無かった事にしたいほうに傾いている。
ここは男らしく諦めよう、こんな恰好までしたんだ。オレ、充分男らしかったし! ――と、問題点を大幅にずらしながら、着替えようと、踵を返した。
いきなり目の前に白い小柄な影が躍り出なければ、そのままこの騒ぎは収まっただろう。
アキラは突如現れた少年と、ばっちり目があって固まった。
「―――うわっ! 押さないで下さいですっ…あ」
「あ……」
「あう……」
茂みからよろけて出てきた少年は、アキラと目が合うや否や、観ちゃいけないものを観てしまったかのように、渋面を作る。
何ともいえない気まずい雰囲気の中。背後にいた不動峰の面々も思いもがけない闖入者に呆気に取られていた。
「うえーん! 酷いですうっ。なんで押し出すんですか! 千石先輩!」
「あ、なんでオレを道連れにするのよ、壇君!」
「千石っ?」
「え、ってーか千石?」
「なんで千石っ?」
「ホントに千石かっ!」
「―――口々に呼び捨てられてもねえ」
頭を決まり悪げに掻きながら、死角から出て来たのは確かに山吹中学のエースでJr選抜にも選ばれた千石清純だった。
「酷いですっ! 今絶対、ボクのこと捨てて逃げようとしたです!」
「逃げないよー。一時退却するだけで」
「それを逃げるって言うんです!」
涙目になって怒りを訴える少年の肩を、深司がポンと叩いた。
「……君は確か…山吹の一年生だよね? マネージャーだっけ」
「はい〜…今は部員ですう。壇太一と言います。こんにちは」
「コンニチワ―――で、何やってるんすか、千石さん」
「それってこっちの台詞かも。何やってるの、神尾君。可愛い恰好してるけど」
じーっと千石に凝視されて、アキラは瞬間的に忘れていたお己の姿を思い出し、頭を沸騰させた。
「こ…こここここれは! 止むに止まれぬ事情ていうか! どうにもこうにも…っ」
「ありゃしない?」
「千石先輩、そのネタギリギリですう」
「や、だから何でアンタ等がいるんだよーっ! ここは不動峰だぜ! 不動峰だよな? いきなりワープしてねえよな!」
「落ち着けアキラ! ここは確かに不動峰だっ!」
「森〜っ! オレ、オレ、なんでこんな恰好してんだろ〜!」
「自業自得だから。そんなことより」
「そんなことときたか! 深司! オレの青春危機一髪だというのにっ」
「山吹の千石さんが何でこんな所にいるんですか。勝手に入ってこられちゃ困ります」
「いやん! 無視! 無視されたわっ」
「ガンバよ! アキラ!」
「アキラ、めげちゃダメ。ここで逃げたらアンタ負け犬よ!」
「雅子ちゃん! 辰子ちゃん!」
「あははははっ! 凄い団結力だよね! さすがお笑い集団不動峰! こんぐらいのノリの良さがウチにも必要だと思わないかい、壇君」
「―――貴方一人で充分対抗できるから大丈夫ですよ」
「辛口!」
「―――だから、なんでここに居るんだって聞いてんの。もしかしたらオレごときの質問に答えられないって訳? 侮られている? 侮られまくり? 確かにオレはアンタより年下かもしれないけどさ。勝手に他校に入ってきたのはアンタだし、何よりついこの間アキラに負けたばっかりじゃん。どのツラ下げてここに来てんだよ。ヤだよなあ〜困っちゃうよなあ〜どうしようか」
「……えっと…名前なんだっけ?」
「伊武です」
ぶつぶつぶつ、とぼやき始めた深司の前に千石が行く。接近すると、とても自然にその顔に手をやった。
「うーん。伊武君のイ・ケ・ズ」
ちゅ、と頬に生暖かいものが触れ、深司の脳味噌は真っ白になる。
ぱちくり、と瞬きをすると、わざとらしく乙女のごとく恥らった千石が居た。目撃してしまった回りは声もなく、思わず見守っていると、信じられないといった風に頬に手をやっていた深司から『ブチリ』と切れる音の幻聴がした。
「―――コロス。ブチコロス。ウメル」
野球部室の前にあったトンボに手をかけると、外見からは想像もできない怪力で振り上げる。
「やめろー! それで殴ったら死ぬ。マジで死ぬから!」
「ごめんなさい。ごめんなさい! ホントにこんな人でごめんなさいです! 悪気は無いんです! 考え無しなだけなんですう!」
不動峰の面々と、太一が泣きながら、髪の毛を逆立てて怒る大魔人深司を必死に抑える。
千石はキョトンと、「挨拶しただけなのに〜なんで怒るの?」首を傾げていた。
「あの……」
「お、カワイコちゃん発見♪ 挨拶ならこっちにすればよかったなあ〜」
「杏ちゃんに手を出すなよ!」
スカートをずり下がらないように、抑えながら言っても迫力が無い。わかっていてもアキラは千石の前に立ちはだかった。
「うーん。ナンチャッテ女子中学生には興味ないなあ」
「じゃあ何で深司にチューしてんだよ、千石さん」
「だから〜挨拶だってば」
「嫌がらせの間違いでしょう…」
肩で荒く息をしながら深司が呪詛を吐く。その両腕は石田に捕らえられ、腰には太一が巻き付いていた。
「えへ。わかった?」
「本当に何しに来たんですか!」
「うん? よくぞ聞いてくれたね!」
「――もう何度も聞いてるんですけど……」
「いやあ〜なんつの? オレってば知っての通りこの頃負けつづけちゃってさあ。さすがにショックだったわけですよ。だから、一から自分を鍛えなおすために武者修行の旅に出てるの。今の所5校回ってきたのよ。跡部君ところにも行ってきたしー」
「武者修行〜?」
「そうそう。所謂『たのもー!』ってヤツね」
「なんか違う気がしますが……それで、またアキラに試合を申し込みに来たんですか?」
「ううん。橘君」
「……お! なんでアンタと橘さんが! オレに勝ってからにしてください!」
「んー、別に神尾君でもいいけど、その恰好じゃあねえ。オレって超フェミニストだし」
「うわあ〜っ! まだ着替えてねえよ! オレ!」
「君たち煩そうだし。橘君が一人になった所を見計らって申し込もうと思ったんだけどね。なんか、面白いことしてるから思わず出てきちゃった」
「―――嘘つかないで下さい。ボクを放り込んで逃げようとしたクセに…」
「これも愛のムチだねえ」
「そんな胡散臭いモノいりません」
「壇君…だんだん南に似てきてない?」
「貴方の近くにいれば、嫌でもこんな態度になりますです!」
「これが山吹の柱か…君、気をしっかり持ちなね。あと半年の辛抱だよ」
深司が腰に抱きついている太一の頭を撫でた。
「そこそこー、かってにウチの部員誑かさないでよ〜」
「好き勝手してるのは千石さんでしょう」
「そう? その子だってこの間わがまま言って青学に一日体験入部してたんだよー。ここでもそうする?」
「あれは…その、リョーマ君の練習を間近で見たかっただけですよう!」
因縁ある越前リョーマの名前を聞いて、深司はむっつりと太一を見た。
「越前君のために、わざわざ他校の部活に入ったの?」
「え…あの…ボク身長低いし…同じぐらいなのに凄いプレイヤーのリョーマ君が目標なんです…」
「壇君は努力家なんだよ。なんてったって入部してまだ間もないのに、一生懸命頑張って、ツイストサーブ打てるようになったぐらいだから」
「そんなことないですよう。ボクなんてまだまだで……」
「ふうーん。君も打つんだ…希少価値なくなってきたなあ」
「えっと、伊武さんは、それよりも凄い技を会得なさっているじゃないですか。ボクもあと一年でそこまでいけるか…部員ほとんどが二年生で全国に行く不動峰の皆さんは素晴らしいと思うです」
顔を紅潮させた少年に真摯に誉められ、不動峰部員は気恥ずかしく目を見合わせた。
「おいおい〜壇君。来年になっても君には強敵が残るっていう事実を忘れないでね」
やんわりと釘を刺されて、太一は慌てて深司から離れた。
「はいです!」
「―――で、神尾君はなんでセーラー服着てるの?」
話が一巡した。
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