シーソーゲーム 2話
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教室内は喧騒に満ちていた。四時間目が終り、それぞれが好き勝手に机をつけて弁当を食べている。その中で同じクラスである深司とアキラも向かい合って弁当を広げていた。 「なんの話してんだ?」 授業の用具を片付けに行っていた石田が戻り、アキラの隣に座った。包みのあいてない、大きな弁当を机の上に置き二人に話しの続きを促す。 「平気。殴ったら気絶してたし」 「夏前になると変質者って増えるよな。深司、お前帰る時ジャージじゃなくて学ランちゃんと着たほうがいいよ。暗闇で女と間違われるから」 立ち上がり、びしっと石田を指さした。身長が中学生平均を遥かに超えている友人はそのひとさし指をむんず、と掴むと「指さすな!」と上に曲げる。 「いってえっ!」 ムリな方向へ反り返った指を、相手から奪うとアキラは半泣きになってそこを摩った。すかさず隣から「ばーか」と容赦無い侮蔑が飛ぶ。 「アキラが百八十八センチあったら不気味。キショイ。寄るなって感じ」 弁当に入っていたナスの漬物をボリボリ食べながら、うっそりと深司は呟く。 「そりゃね。石田はいいよ。どうせ産まれてこの方女の子に間違われたこともなけりゃ、痴漢にあったこともないんだろうし」 長身でガタイの良い石田に羨望の眼差しを向けた。 「オレもねえよ!」 青くなってアキラが叫ぶ。一緒にされてはたまらないと、少年らしい潔癖をあらわにした。石田は愁眉をよせて「他にもあったのか?」と心配した。 年頃の少年として、同情的な意見を述べると、深司がじいっと石田を凝視してくる。「なんだ?」困って思わずたじろいだ。 「ふーん。石田でもオレの顔キレイとか言うんだ」 「てんめえっ! リズムにhigh!」 見事な速さで、石田の弁当からエビフライが消え、アキラの口の中へと入る。 弁当のおかずを取り合う二人を横目で見ながら、深司は一人黙々と己の弁当をたいらげるのだった。 放課後。ホームルームを終えて、アキラと深司は部活に出るべく教室をあとにした。石田は日直なので遅れて来るということだった。二年の教室は四階にある。おかげで二年になってからというもの遅刻する者が後を絶たなくなっていた。が、部活動で鍛えている二人は苦もない。しかし、やはり最上階というのは勝手が悪い。 「杏ちゃん! 杏ちゃんも今から部活?」 嬉しそうにアキラが話かけたのは、テニス部部長橘の妹だ。杏のクラスのホームルームは早いので有名なので、こんな時間に階段でかち合ったことはない。しかも彼女が未だ制服姿でいるのを見て、深司が首を傾げた。 「何か用?」 どっきん、と好きな子の発言にアキラの動悸が跳ね上がる。 「――というか、二人になんだけど……」 いつもハキハキとしている彼女らしくない、歯切れの悪い物言いに少年達は目を見合わせた。 「その…さっき移動教室ですれ違った時にアキラ君言ってたじゃない? 今朝の話は深司君のことだって」 「い…いや、他には言ってねえよ! ただ杏ちゃん女の子だし。変なヤツが多いから気をつけてねって話だ!…悪いって、ごめんなさい!」 予想だにしなかった質問に、二人は目を丸くする。「聞いてどうするの?」深司は慎重に問い掛けて返した。と、少女はまたもや口ごもってしまった。 「言いたくないならいいけど……」 基本的に同級生の女子を苦手としている深司だが、杏の兄と似通った剛直な性格を好ましいと思っている。滅多に見せない優しさを出して、相手が答えてくれるのを待った。 「……いえ。ちゃんと説明して相談するわ。私ひとりじゃ、やっぱり手にあまるんだもの」 「私の友達で未柚ちゃんって子がいるんだけど…」 何気にいつも杏を見ていることを口にしたアキラに、深司は「男らしいね」と呟いた。意味がわからず、眼を丸くしてこっちを見てきたアキラだが、暫くして自分の発言の意味に気付き顔を赤くした。 「あ、いや、いつも見てるっていうか。たまたまだけど…たまたま! いっつも一緒に居るし! だから知ってるっていうか!」 アキラの動揺ぶりに首を傾げながらも、杏は話を続けた。 「あのね…この話も誰にも言って欲しくないんだけど。彼女、四日前に痴漢にあってさ」 「げえっ! お前、人の触らせられそうになったのかよっ! キモ〜っ! その男最低!」 シュン、と項垂れるアキラを見て、自然と笑みが浮かぶ。再度「気にしないでよ」口にして、親友の頭をこづいた。 「―――本当にどうしようもない男って最低―っ!」 ブルブルと怒りに震える少女をアキラが気遣い、その顔を下から覗く。深司がそっとそんな友人を制した。 「その友達って…痴漢にあったから学校に来れなくなったの?」 「そうなの! それでね、恐くて一人で道を歩けなくなっちゃったのよ。その内落ち着いたら学校に行くとは言ってるんだけど…」 そこで二人は押し黙った。アキラはなんとなく話に入っていけずに、手持ち無沙汰で傍らに居る。 「深司君みたいに、捕まえられたらなあ」 思い余った杏が、ぼそりと呟いた。途端アキラがぎょっとする。 「え…っ! ちょっと待ってよ杏ちゃん! 危険なことはダメだよっ」 すねた口調で漏らされた内容に、アキラはぞっとした。特大の雷が落ちたであろうことは想像に容易い。 「でもね、悔しい。凄い悔しいの。その子はもともと大人しい子だったんだけど、もっと引っ込み思案になっちゃった。とっ捕まえた深司君が羨ましい……」 年上の男に対しても、間違っていることは間違っていると、堂々と批難できる度胸を持っている少女だ。その度に殴られたり、窮地に陥ったりもしているのに、彼女の負けん気は衰えるということがない。 「だったらさ! オレ達に任せてよ、杏ちゃん!」 いきなり、ドンと胸を叩いて安請け合いをしたアキラに、深司は「達?」と間抜けにも繰り返して、絶句する。 「深司に囮になってもらってさ、オレが変態を仕留めるから!」 本当ならば率先して問い詰めなければいけない立場なのだが、あまりにも呆気にとられて、深司はポカンと立ち尽くすしかできないでいた。変わりに杏が顔色を変えている。 「そんな危険なことしないで! ごめんね。私が軽率だった」 恐ろしく嫌そうな顔をした深司に、調子良く「だって杏ちゃんのためだぜ?」と詰め寄ってくる。それはお前だけの道理だろうが。咽まで出かかったが、杏の手前なんとか推し留めた。 「困った時はお互い様だぜ! 杏ちゃん。オレの足から逃げられるヤツなんていないさ!」 「任せて、杏ちゃん! 絶対オレ、役に立つから…っ」 自己完結をすると、アキラは「リズムを上げるぜ!」と叫びつつ階段を下りていった。あとに残された二人は、唖然と足音だけを轟かす少年を見送る。 「ど…どうしよう」 好きな女の子のピンチに、躍起になって役に立とうしているアキラだ。最早何を言っても無駄だろう。彼は全てにおいて全力投球で挑む性質なのだ。 「……本当に?」 ふっふっふ…と、悪魔的な笑みを浮べたのであった。 |