シーソーゲーム 2話





「あれってお前だったんだ……」
「ったくさー。警察は来るし、親は呼び出されるしでまったくもって迷惑な話だよね。腹は減るし、腹は減るし、すっごく減るし」
「いや、強調すべきとこは果たしてそこなのか?」
「事情を聞かれながら、カレーパン食ってたら母親に殴られるしさ。いいじゃん、カレーパンぐらい。いいだろ? いいよなあ。だってカレーパンなのに」
「ごめん。ぜんっぜん意味わかんない」

 教室内は喧騒に満ちていた。四時間目が終り、それぞれが好き勝手に机をつけて弁当を食べている。その中で同じクラスである深司とアキラも向かい合って弁当を広げていた。

「なんの話してんだ?」
「お、もう日直の仕事終ったのか」

 授業の用具を片付けに行っていた石田が戻り、アキラの隣に座った。包みのあいてない、大きな弁当を机の上に置き二人に話しの続きを促す。
「こいつ、こいつがさ」指さしながら、アキラがにやけた笑みを浮べた。指された深司は我関せずと、学校側から配給される牛乳にストローを刺している。
「朝礼で、教頭が言ってたじゃん。変質者が先週生徒を襲って捕まったから、決して一人では帰らないようにって」
「アキラ……」
 嬉々として喋るアキラに、批難の目を向けるも通用しない。聡い石田は、その深司の嫌がりように全てを悟った。
「あれ、お前なのか深司。大丈夫か? 襲われたって……」
 良識的な石田は揶揄などせずに、心から友人の安否を気にかけた。外見からしてどっしりと構えている男は、精神的にもアキラとは比較にならないぐらいに大人である。

「平気。殴ったら気絶してたし」
「あ…そう。なら良かったよ。うん」
「こいつテニスラケット三本入ったバッグでしこたま殴ったんだぜ。相手が災難だよな。つーか深司襲うなんてバッカじゃねえ?」
「アキラ、ストロー噛み潰すのやめてよ」
 牛乳をズズズと吸っているアキラに、深司が眉を潜めた。のほほんと物騒なことを語る二人に、石田は苦い笑みを浮べる。

「夏前になると変質者って増えるよな。深司、お前帰る時ジャージじゃなくて学ランちゃんと着たほうがいいよ。暗闇で女と間違われるから」
「……ったくさ。どうしてそう女に間違われるかな。まあ髪が長いのがいけないのはわかっているけど。今時長髪の男なんて珍しくもなんともないじゃん。顔と体格でわかって欲しいよね。声聞いても『男だよね』なんて聞かれた日には視力いくつですかって聞きたくなるよ。まったく」
「いや、そりゃムリだろう。それこそ今時オレ等ぐらいの身長の女子なんてゴロゴロいるしよう」
「自分で言ってて虚しくならない? アキラ」
「だーから! オレは牛乳を飲む! 打倒石田だっ!」

 立ち上がり、びしっと石田を指さした。身長が中学生平均を遥かに超えている友人はそのひとさし指をむんず、と掴むと「指さすな!」と上に曲げる。

「いってえっ!」

 ムリな方向へ反り返った指を、相手から奪うとアキラは半泣きになってそこを摩った。すかさず隣から「ばーか」と容赦無い侮蔑が飛ぶ。

「アキラが百八十八センチあったら不気味。キショイ。寄るなって感じ」
「ひでえ〜ひでえよう。みんな」
「あーでも石田くらいガタイが良かったら変態も寄ってこないよな。いいよなあ。オレも頑張って鍛えよう」
「え、待て深司。ムキムキのお前なんてそれこそ不気味だ!」

 弁当に入っていたナスの漬物をボリボリ食べながら、うっそりと深司は呟く。

「そりゃね。石田はいいよ。どうせ産まれてこの方女の子に間違われたこともなけりゃ、痴漢にあったこともないんだろうし」

 長身でガタイの良い石田に羨望の眼差しを向けた。

「オレもねえよ!」

 青くなってアキラが叫ぶ。一緒にされてはたまらないと、少年らしい潔癖をあらわにした。石田は愁眉をよせて「他にもあったのか?」と心配した。
「んー…まあ…声変わりするまでは結構……」
「そっか…顔がキレイっていうのも面倒なもんだな」

 年頃の少年として、同情的な意見を述べると、深司がじいっと石田を凝視してくる。「なんだ?」困って思わずたじろいだ。

「ふーん。石田でもオレの顔キレイとか言うんだ」
「…うっ。そう言われるとなんだかとっても恥かしい発言したみたいじゃないか!」
「充分恥かしいぞ! 石田!」
「うるせえ、アキラ!」
「あ…っ! オレのから揚げが…っ!」
 弁当箱からから揚げを抜き取られたアキラは、怒りに顔を真っ赤にする。咄嗟に深司は自分の弁当を持ち上げて、横を向いた。

「てんめえっ! リズムにhigh!」

 見事な速さで、石田の弁当からエビフライが消え、アキラの口の中へと入る。
「ひでえっ! エビフライは反則だろうっ」
「うるせーっ! から揚げをバカにすんなっ」
「してねえっ」

 弁当のおかずを取り合う二人を横目で見ながら、深司は一人黙々と己の弁当をたいらげるのだった。

 

 

 

 

 放課後。ホームルームを終えて、アキラと深司は部活に出るべく教室をあとにした。石田は日直なので遅れて来るということだった。二年の教室は四階にある。おかげで二年になってからというもの遅刻する者が後を絶たなくなっていた。が、部活動で鍛えている二人は苦もない。しかし、やはり最上階というのは勝手が悪い。
 ぶつぶつと、毎回飽きもせずに同じことをぼやく深司に、適当に相槌をしていたアキラだが、踊り場の所で立っていた女子生徒を見つけて駆け下りる。

「杏ちゃん! 杏ちゃんも今から部活?」

 嬉しそうにアキラが話かけたのは、テニス部部長橘の妹だ。杏のクラスのホームルームは早いので有名なので、こんな時間に階段でかち合ったことはない。しかも彼女が未だ制服姿でいるのを見て、深司が首を傾げた。

「何か用?」
「こら! 深司、お前どうしてそういう口調しかできねえかな!」
「あ、うん。用事があって待ってたのよ」
「え、オレに用事? なに杏ちゃん!」

 どっきん、と好きな子の発言にアキラの動悸が跳ね上がる。

「――というか、二人になんだけど……」

 いつもハキハキとしている彼女らしくない、歯切れの悪い物言いに少年達は目を見合わせた。
 人気のない、廊下の端っこに移動すると、杏はためらいがちに口を開く。

「その…さっき移動教室ですれ違った時にアキラ君言ってたじゃない? 今朝の話は深司君のことだって」
「……アキラ」

 じろり、と深司が隣の友人を睨んだ。吹聴して回って欲しくないと、あれほど意思表示をしていたのに、この男は気づかなかったのか、と。無言の責めを感じて、アキラは慌てて手を振った。

「い…いや、他には言ってねえよ! ただ杏ちゃん女の子だし。変なヤツが多いから気をつけてねって話だ!…悪いって、ごめんなさい!」
「あ、そうよね。嫌な話だものね。私も誰にも言わないから!」
「…別に…いいけど。それがどうしたの?」
「うん。その変質者って、どんな男だったのか聞きたくて」

 予想だにしなかった質問に、二人は目を丸くする。「聞いてどうするの?」深司は慎重に問い掛けて返した。と、少女はまたもや口ごもってしまった。

「言いたくないならいいけど……」

 基本的に同級生の女子を苦手としている深司だが、杏の兄と似通った剛直な性格を好ましいと思っている。滅多に見せない優しさを出して、相手が答えてくれるのを待った。

「……いえ。ちゃんと説明して相談するわ。私ひとりじゃ、やっぱり手にあまるんだもの」
「何かあったの?」
 黙って見守っていたアキラだが、待ちきれずに先を促す。

「私の友達で未柚ちゃんって子がいるんだけど…」
「一緒のテニス部だよね。確か…よく二人で練習してるの見てたから知ってるよ」

 何気にいつも杏を見ていることを口にしたアキラに、深司は「男らしいね」と呟いた。意味がわからず、眼を丸くしてこっちを見てきたアキラだが、暫くして自分の発言の意味に気付き顔を赤くした。

「あ、いや、いつも見てるっていうか。たまたまだけど…たまたま! いっつも一緒に居るし! だから知ってるっていうか!」
「うん。でもね、未柚もう三日も学校休んでるのよ」

 アキラの動揺ぶりに首を傾げながらも、杏は話を続けた。

「あのね…この話も誰にも言って欲しくないんだけど。彼女、四日前に痴漢にあってさ」
「痴漢?」
「うん。っていうか変質者かなあ」
「オレのアレは変質者だったけどね」深司は自分にあった出来事を詳しく説明した。その方が杏も話しやすいと思ったのだ。
 だが、話に驚いたのは杏よりもアキラだった。

「げえっ! お前、人の触らせられそうになったのかよっ! キモ〜っ! その男最低!」
 嫌悪も露に吐き捨てると、軽々しく話題に出していた自分を恥じる。
「ごめん…深司…」
「別に…、結局なにもなかった訳だし」
「でもゴメンなあ」

 シュン、と項垂れるアキラを見て、自然と笑みが浮かぶ。再度「気にしないでよ」口にして、親友の頭をこづいた。

「―――本当にどうしようもない男って最低―っ!」
「あ…杏ちゃん?」

 ブルブルと怒りに震える少女をアキラが気遣い、その顔を下から覗く。深司がそっとそんな友人を制した。

「その友達って…痴漢にあったから学校に来れなくなったの?」
「そうなのよ。深司君が捕まえてくれた男だったらいいな、と思って聞いたんだけど違うみたい。あのね…未柚があったのは、深司君が襲われた場所とは反対にある団地の児童公園でさ。いきなり口塞がれて、暗闇に連れ込まれそうになったんだって。咄嗟にその手を噛んで、逃げたんだけど…ず〜っと追っかけられて…これって恐いわよ。女の子だったら特に」
「そうだね。腕力じゃ敵わないし…オレと違って捕まったら何されるかわからないしね」

 被害者でもある少年の、重々しい同意に杏は感動した。同年代の男の子で、きちんと性的な嫌がらせの恐さをわかってくれる者は少ない。ヘタしたら中傷の的にもなりかねないものだ。

「そうなの! それでね、恐くて一人で道を歩けなくなっちゃったのよ。その内落ち着いたら学校に行くとは言ってるんだけど…」
「犯人は捕まってないんだね。警察には言ったの?」
「親が通報したわ。でも巡回を増やすぐらいしかできないって」
「そっか、そうだよね」

 事件が起きてからでは遅いとはわかっていても、警察はなにかが起きてからでないと動けないものだ。被害者からすれば理不尽極まりない体制だが、警察だとて無尽蔵に人数がいるわけでもない。

 そこで二人は押し黙った。アキラはなんとなく話に入っていけずに、手持ち無沙汰で傍らに居る。

「深司君みたいに、捕まえられたらなあ」

 思い余った杏が、ぼそりと呟いた。途端アキラがぎょっとする。

「え…っ! ちょっと待ってよ杏ちゃん! 危険なことはダメだよっ」
「大丈夫よ、アキラ君。何も私が武器持って囮になって相手の男を捕まえようなって、これっぽっちも思ってないから」
「思ってない割にはイヤに具体的なのはなんでっ?」
「お兄ちゃんにちょっと話を持ちかけたら、すっごい怒られたの…」

 すねた口調で漏らされた内容に、アキラはぞっとした。特大の雷が落ちたであろうことは想像に容易い。

「でもね、悔しい。凄い悔しいの。その子はもともと大人しい子だったんだけど、もっと引っ込み思案になっちゃった。とっ捕まえた深司君が羨ましい……」

 年上の男に対しても、間違っていることは間違っていると、堂々と批難できる度胸を持っている少女だ。その度に殴られたり、窮地に陥ったりもしているのに、彼女の負けん気は衰えるということがない。
 なにやら放っておいたら一人で変質者を倒しにいきそうな勢いに、深司はどうしたものかと、思案に暮れた。

「だったらさ! オレ達に任せてよ、杏ちゃん!」
「え? アキラ君?」

 いきなり、ドンと胸を叩いて安請け合いをしたアキラに、深司は「達?」と間抜けにも繰り返して、絶句する。

「深司に囮になってもらってさ、オレが変態を仕留めるから!」
「深司君が? ちょ、ちょっと待ってアキラ君」
「…………」

 本当ならば率先して問い詰めなければいけない立場なのだが、あまりにも呆気にとられて、深司はポカンと立ち尽くすしかできないでいた。変わりに杏が顔色を変えている。

「そんな危険なことしないで! ごめんね。私が軽率だった」
「だってオレ達がしなきゃ、杏ちゃんがしそうじゃないか! 大丈夫だよ。どうせ深司、男だし。オレも影から見守っているし!」
「―――そういう問題じゃないだろう。何勝手に話を進めているんだよ、アキラ」

 恐ろしく嫌そうな顔をした深司に、調子良く「だって杏ちゃんのためだぜ?」と詰め寄ってくる。それはお前だけの道理だろうが。咽まで出かかったが、杏の手前なんとか推し留めた。

「困った時はお互い様だぜ! 杏ちゃん。オレの足から逃げられるヤツなんていないさ!」
「何言ってるのよ。今が一番大事な時じゃない。何かあったら、私は自分を一生許せないわよ!」
「杏ちゃん…そんなにオレを…」
「いや、この場合男子テニス部の心配であって、お前個人ではないだろう。っていうか何でお前はそう突っ走って、勝手に何でも決めるかな。それがそもそもトラブルの原因であることに気づかないお前はある意味凄いよ」
「え? 何言ってるか全然聞こえないから」
 必殺聞き流しを発動したアキラに、深司は「キル・ユー」と聞こえるように言った。

「任せて、杏ちゃん! 絶対オレ、役に立つから…っ」
「…あの、アキラ君。私の話聞いてた?」
「おっと! 部活遅刻しちゃうぜっ。あとは任せておきな、杏ちゃ〜んっ!」

 自己完結をすると、アキラは「リズムを上げるぜ!」と叫びつつ階段を下りていった。あとに残された二人は、唖然と足音だけを轟かす少年を見送る。

「ど…どうしよう」
「――――……浮かれてるからダメだね。あれは」

 好きな女の子のピンチに、躍起になって役に立とうしているアキラだ。最早何を言っても無駄だろう。彼は全てにおいて全力投球で挑む性質なのだ。
 おろおろと、戸惑いを隠せない杏に、深司は「大丈夫。今日ぐらい巡回して引っかからなかったら諦めるだろうから」と慰めた。

「……本当に?」
「うん。だからちょっと強力してね」

 ふっふっふ…と、悪魔的な笑みを浮べたのであった。

 

 

 




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