九話






 社殿の朝は早い。そして静かである。だが、今朝は違った。
 細い雨とはいえ、体を濡らすには充分で、そんな中外に出ていたナルトを見つけたものだから巫女達は青褪めた。しかも男子禁制のこの神域に、見知らぬ男がいるのである。

 当然のように絹を裂くような悲鳴が上がった。

「姫様――っ!」
「なんですか貴方は! 姫に狼藉を働くと許しませんよ!」
「即刻ここから立ち去りなさいっ」

 第一の悲鳴発生から、続々と手に武器を携えた女達がやってくる。色めきだつ社殿内に気づき、ナルトは焦った。
 どう対応し、言いわけをしようか。良い案が浮かばなかったからだ。まさかこんな騒動になるとは思いもしなかった。

(武器持ったのが十人は居るってばよ。恐……)

 中庭に面した濡れ縁から部屋に戻ろうとしたのだが、二の足を踏む。隣を見ればサスケが困ったようにこちらを窺っていた。

「――姫ってお前のことか? もしかして」
「う…この状況で突っ込むとこがそれかい」

 肩を小刻みに揺らして笑う男を放っておいて、取敢えず説明を試みようと巫女達に近づいた。
 しかし先に、その巫女達を諌める鋭い叱咤が飛んだ。

「何をしているんですか、貴女達! さっさと持ち場にお戻りなさい!」

 巫女達が左右に割れる。入ってきたのは村雨だ。先ほどとは違い、今度はきちんと正装をしている。

「村雨様…。見知らぬ男が…っ」

 説明をしようと勇む巫女を手で制すると、ついと前へ出て来た。まっすぐ二人を見ると、表情を和らげる。

「木ノ葉隠れ里、うちはサスケ様ですね。ようこそいらせられました。お怪我をさなっているようですね。どうぞお上がりください。手当てを致しましょう」

 何事もなく言ってのけられ、ナルトは目を丸くした。ここに来てから色々と相談には乗って貰っていたが、サスケの名を出したことは一度も無い。巫女達も木ノ葉の忍と知り困惑気味だ。

「―――非常識な時間に不躾にも訪問してしまい、申し訳ありません。お騒がせしてしまいました、無礼お許し下さい」

 颯爽とサスケが答える。

「忍とは神出鬼没なものですもの。どうぞお気になさらず。朝餉の支度も整っていますから、どうぞ召し上がってくださいね」

 手を差し出し促す。村雨の許可が下りたので、ナルトはサスケを連れて社殿へと上がった。
 まずナルトの部屋へと行き、そこでサスケは村雨から手当てを施された。ナルトは濡れた寝巻きを着替えるために、寝室へと消える。

 古臭いが、質の良い調度品が並ぶ部屋を、物珍しげに見ていたが、腕を取られて痛みに眉を顰めた。

「―――結構酷いですね。貴方ほどの人がここまで傷を負うだなんて、一体どなたと戦ったのですか」
「それは…」
「言えませんか?」

 村雨が男の腕を丹念に検分する。右肩から指先にかけて、神経が狂わされているのがわかった。

「綱手さんも無茶をしますね。そして貴方も……」
「……!」

 細く白い手が燃えているように熱い。その手で触れられ、サスケは思わず払ってしまった。

「何を?」
「うふふ、治りましたでしょう? 本当に無茶ですねえ。神経を切られた腕をチャクラで動かすなんて。腐って落ちてしまいますよ?」

 平然と恐いことを言われて、サスケは虚を突かれる。言われた通り、この腕は綱手との戦いでやられたものだ。これを治せる医療系の術者は数少ないだろう。なんといっても医療術のスペシャリストが本気で殺そうとして施したものだからだ。

「―――動く。治ってる…あんた何者だ?」
「私も長年巫女をしていますから。そもそも治療術の発祥は神域の巫女達です。さて、他の傷も浅くしておきましょう。そのままでは動くのもお辛いでしょうしね」
「長年?」
「見た目と違いまして、中身はそれなりのおばあちゃんですから」
「……そ…そうですか」

 思わず口調を改めてしまうサスケだった。

「村雨さんだってばよ。んで、ここの巫女頭」
「ナルト……」

 着替え終えたナルトが入ってきた。ここで渡されたものなのか、朱色の袴を着用している。丁度胸下の辺りで縛っているので、腹の膨らみもこうするとよく目立った。――が、もっと強調されたのはその胸だ。

「お前、でかくなったなあ。胸」
「……そういうキャラじゃないだろう。お前」

 自分でも大きくなったなあ、と感心していたものだから、指摘されると少々恥かしい。

「仲がよろしいですねえ。結構なことです」
「村雨さん…。丁寧に治してやることないってばよ。大体なんでんなにボロボロなんだってば、サスケ」
「―――うるせえ。そもそもお前が戻って来ねえからどんどんどんどんややこしいことになってるんじゃねえか」
「だってなあ。オレが帰ったらそれこそもっとややこしいことになるじゃん。お前の親衛隊に殺されるのも勘弁だってばよ」
「お前がんなタマかよ。でんと、それこそ腹据えていりゃいいんだよ。オレの嫁として」
「……嫁〜?」
「なんだその嫌そうな顔は」
「言いたいことはわかるってばよ? でもなあ、オレが嫁〜?」
「オレに嫁になれと言うのか? まあ別にオレはうずまきサスケでもいっこうに構わないが」
「微妙に話題がずれてますよ、あなた達。それで、姫様はどうするのですか? 出産までいらっしゃいますか? うちは様がここに通ってもかまいませんよ」

 やんわりと軌道修正されて、二人は恥かしくなって咳払いをした。

「えっと…今里どうなってるってば? 綱手ばあちゃんとなんか喋ったか?」
「里は別に普通だ。――お前がいなくなって皆心配している。五代目は…まあ……」
「なんだってばよ。綱手ばあちゃんとやりあったってば?」

 この場合ナルトは意見の食い違いゆえの言い争いを想定したのだが、鈍いサスケは墓穴を掘った。

「やりあったが…死んではないと思うぞ」
「何? 死? ―――お前! その傷はばあちゃんに付けられたのか? 綱手のばあちゃんとやりあったのか!」

 もの凄い剣幕で迫られて、サスケは顔に出して「しまった」と思った。

「―――火影になれって迫られたってば? それが嫌で…里を出てきたのか…?」
「ちょっと待て! 勝手に想像するなっ。違う!」
「そうですよ、姫様。サスケ様は火影を継ごうとそれはそれはここ三ヶ月、とても頑張っていたのです。その仕上げに、綱手様が『自分を倒さねばナルトのところには行かせない』と挑発なさったのですよ」
「―――なんで村雨さん…知ってるんだ?」
「先ほど伝書鳩が届きましたから、大体は…」
「じゃあ、生きてんだな。あのババア」
「サスケ……」
「し、仕方ないじゃないか! オレだって本気出さなきゃ殺られてたんだぞ? あれで六十近いんだから詐欺だぜ」
「なんでそんなこと…しなきゃならないんだってば。二人で…同じ里を護る人間同士で…。オレを理由に戦うなんてしてくれるなよ」
「火影の――信念を伝えたかっただけだろう。初代、二代目、三代目、四代目。皆、里を護り命を落としたんだからな。でも、オレは思う。彼等は里を護ろうとしただけじゃないって。きっと…自分の帰る場所を護りたかったんだ。いくら敵を討てども、帰る場所がなければ意味のないことだ。―――オレの帰る場所はお前の居るところだけだ。……わかるか?」

 上手く切り替えされてしまい、ナルトは言葉に詰まった。困って村雨を見ればただ笑っている。

「―――戻るってばよ。オレの帰る場所も…木ノ葉の里しかないから。村雨さん…長い間お世話してくれてありがとう」
「いいえ。あなたは私の娘も同然です。ここはあなたの実家でもあるのですから、どうぞいつでも遊びに来てくださいね」
「産まれたら、絶対顔見せに来るってばよ。――ねえ、村雨さん」
「はい、なんでしょう」
「オレの母ちゃん。なんで、里に戻ったのかな?」
「四代目が抜け殻になって仕事しなくなっちゃいましてね。里から『戻ってこーい』って嘆願されたんです。ですが、先代の姫様が戻ってみれば、相手はパチンコ屋に居て。そこの店半壊させて連れ出したそうですよ。まあ、人の噂ですけどね」
「あ…あっそうなんだ……」

 しまった、聞かなきゃ良かった。

 心から後悔したナルトに追い討ちをかけるがごとく「お前の両親ってどんな人だったんだ?」とサスケに聞かれ、身が縮んだ。

 

 

 

 結局朝餉を頂くと、二人は連れ立って大社を後にした。
 巫女達は嘆いたが、村雨の一言で黙って見送ってくれた。どうやらここの巫女達は代々、火の巫女を育てるために教育を受けていたようで、火の巫女がいなければ当然ながら仕事もないのだ。引き止めたい未練たらたらの眼差しを向けられてしまい、ナルトは何度も「また来るってっばよ」という嵌めになった。

 火の国の首都から木ノ葉までは、忍にとってそうたいした距離もないのだが、妊婦ということもあり、サスケが大層気にかけての帰路となった。久し振りの逢瀬ということもあり、なんとなく最初は気まずい雰囲気ではあったのだが、徐々にお互いの近況を報告し合い、会話を続けた。

 ぶっきらぼうの話ベタは相変わらずで、そんなサスケを確認しては、ナルトも腹を立て。

 ―――結局一番「らしい」形を思い出したのだった。

 二人が木ノ葉の門を潜ったのは、夜も深くなる前。

 所々で休憩を入れてきたので、思いのほか時間が経った。お陰で人目につくことなく里に入れたのは良かったのだが、自宅に戻ろうとしたナルトを制して、サスケは己の家に連れて帰った。

 その日から、ナルトの住居はうちは邸となる。

 大変だったのは翌日からである。ナルトが帰ってきたと知った仲間達は、噂の真相を知りたいという興味もあり、ここぞとばかりに顔を見に行った。

 そして男達は全員倒れ、気丈な女達に引っ立てられるようにして去って行ったのだった。

 キバは卒倒してヒナタに背負われて帰った。シノは意味不明の言葉を発し、フラフラと消えた。チョウジは「そっかーナルトって女だったんだー。あは、あはははは?」と逃げて行き、腹の膨らみを見たシカマルは、おもいきり顔を顰めながらも祝い物を置いていった。

 女性陣は、ごぞって「おなか触らせて〜!」と色めきだち、ヒナタだけは始終寂しそうに笑んでいた。

 他にも知り合いや世話になった上忍達も、続々と訪れては祝い物を置いていく。相手は知らなくとも、サスケの結婚話は狭い里にすぐ広まったようだった。

 なにやら騒々しくなった周囲に辟易しながら、ナルトは火影邸へと挨拶に出向いた。
 さすがに顔を出さない訳にはいかず、それにサスケと死闘を繰り広げたという綱手の安否も気にかけたのだ。
 こそこそするのも面倒になってきて、ナルトは堂々を火影邸までの道を歩いていった。
 門を潜ったところで、珍しい顔を見つけて足を止める。

「久し振りだな!」
「に…兄ちゃん……」

 それなりに身長も伸びた木ノ葉丸だった。少年は目を白黒させてナルトを見る。
 視線は腹の辺りに釘付けだ。

「ナルト兄ちゃん…?」
「おうってばよ。まあ、今はなんつーか姉ちゃんだけどな」
「あ、あの噂って本当だったんだコレ? 実はナルト兄ちゃん女だったんだ! コレ!」

 ―――もうそんな噂が流れてんのか。人の口に戸は立たぬとは良く言ったものだ。感心するとともに呆れた。

「うーん。微妙に違うけど、まあいいってばよ。それで」
「……兄ちゃん、サスケの野郎と結婚すんのか?」
「まあそうなっかなあ。一応ケジメとして」
「なんかさ…なんかさ。ナルト兄ちゃんを取られちゃうみたいで寂しいぞ、コレ」
「んなことねえって。オレはオレだってばよ。でもまあ…火影になるって言ってたのに、なれなくて悪いな。お前と目指そうって言ってたのにな」
「そうだぞ! コレ! ナルト兄ちゃんを倒すというオレの野望どうしてくれんだ!」
「頑張ってサスケ倒してくれってばよ」

 苦笑を漏らし、ぶすくれる木ノ葉丸の頬をつついた。まだ丸みのあるそれはぷよぷよとする。

「子供扱いするな! コレ!」
「あははは! ところで、綱手のばあちゃん居るってば?」
「五代目? 今は奥座敷に居るらしいぞ、コレ。体調崩して寝込んでるんだって」
「そうか、ありがとう。早く中忍試験に受かるといいってばね。ガンバレよ」
「言われなくったって受かるぞ! コレ!」

 ムキになった木ノ葉丸を置いて、ナルトは家屋の中へと入っていった。

「オレが実は女ねえ。そっちの方がやっぱ都合良いのかなあ?」

 玄関を開けると、シズネが出迎えてくれた。嬉しそうにトントンも足元にすりよる。

「ナルト君。お帰りなさい、元気そうでなによりです」
「久し振りだってばよ、シズネ。ばあちゃんは大丈夫か? なんかサスケとやりあったって聞いたけど……」
「ご存知なんですね。ええ、ちょっとまあ大変なことにはなったみたいですよ。なんせ、原っぱがひとつ焼け野原になってましたから……」

 言い難そうに答えるシズネに、ナルトは頭を抱えた。

「もしかして、会えないってば?」
「いえ、ナルト君が戻ってきたら通すように言われてますから。…でも衝立越しでお願いします。綱手様、今若い頃の姿を保っていられなくて…」
「わかったってばよ」

 そうして通されたのは一番奥の部屋だった。広い座敷に衝立がある。その向こう側に布団が敷かれていた。

「綱手ばあちゃん。戻ったってばよ」
「―――なんだい。やっぱり連れ戻されたか……」

 力無いしゃがれた声に、不安を覚えるもナルトはぐっと堪えて、無理に笑った。

「うん。心配かけたけど…オレやっぱ母ちゃんみたいにここで産んで、ここで育てたい」
「そうかい…。この里の連中はみんな気のいいヤツラばかりだ。きっと良い子に育つだろうさ」
「オレさ…オレ…。寂しい子にはしたくないんだってば。友達も、仲間も、たくさんたくさん作って欲しい。んで、護ってくれる大人達の背中を見て、育って欲しい」
「ふん。いっぱしに母親の口を聞くじゃないのよ」
「ここだと、綱手ばあちゃんもいるしな。孫、可愛がってくれってっばよ」
「――――ナルト……」
「うん?」
「バカだねえ。年寄りは涙脆いんだ…泣かせること言うんじゃないよ」
「みんなで、幸せになろう」
「みんなで…か…」

 綱手の咳き込む音を聞いて、ナルトは顔を曇らす。あまり長い時間邪魔をしていたら体に差し障りがあるかもしれない。
 後ろ髪を引かれながらも退出しようとした。

「ばあちゃん。オレ行くな? 安静にしとけってばよ」
「―――お前の、見る目は確かだったよ」
「え?」
「サスケは、私を殺せた。殺さなければ、アイツが死ぬだろうってところまで追い詰めたからな。でも―――ほんの一瞬で正気に戻って、私を助けたんだ。『アンタが死んだらナルトが泣くだろう』ってね。もうちょっと冷酷な男だと思ってたよ」
「サスケも自分のことそう思ってるかもな。でも、アイツは優しいヤツだってばよ。愛されて、育った男だから」
「ああ。そうかもしれないね」
「ばあちゃん―――早くよくなれってばよ」
「なるさ。あんなひよっこが次期火影だなんて、まだまだ死んでも死にきれないよ」

 憎まれ口を叩く綱手に、ナルトは胸を撫で下ろした。

 

 

 











十話

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