七話







 ナルトが里から姿を消してから早三ヶ月。春が過ぎ、初夏の空気も色濃くなる季節へと移り変わっていった。
 緑は萌え、晴れた空は深みを増し。日毎蝉が騒ぎ始める。
 七月も終わりに差し掛かり、むっとするほどの暑さが続いた。
 周りを森に囲まれている木ノ葉の隠れ里では、時折癒すように涼風が吹き抜け、軒先で風鈴の軽やかな音を響かせた。
 しかしそんな風物詩も、現在のサスケの耳を素通りするだけだ。

 火影補佐室室長。

 それがサスケの今の肩書きだった。にも関わらず、卓上にはたまった書類が決裁印を待ち、束になって置いてあるのだが、手もつけずに上の空で過ごしている。
 溜め息をついては、指折り数え、そしてまた溜め息。
 果たして今日だけでどれぐらい、そんなサスケを拝めたことだろう。
 周りに居た部下達は、まるで腫れ物でも扱うかかの如く慎重に、そして傷んだものでも見てしまったかのように目を逸らしつつ仕事に没頭していた。が、それも連日続くとなるとさすがに堪えるものだ。
 実力者と名高い、名門の末裔。うちはサスケと言えば、剃刀のごとく切れ、轟雷のごとき力の持ち主と世間では謳われている。
 華々しい経歴を持つ新しい上司が、この部署に来て早一ヶ月。内勤の者達にとって、第一線で活躍する忍を目にすることはかなり稀なもので、補佐室勤めの者達は初めて上司として迎えた時はそれはそれは緊張したものだ。

 最初の頃は、とてもしっかりと内務に励んでいたように思う。それが、時が経つにつれ、うつらうつらと覇気に影が注し。
 気づけばぼんやりと、物思いに耽る日々が続いていた。
 一体彼に何があったのか?
 尋ねてみたいものの、部下達はなんとなく時期を見失っている。
 この上司はまだ若い。二十代始めもいい所で、自分達が軒並み三十代前後ということもあり、口出しできずにいるのも確かだった。

 しかし、今日こそは悩みを尋ねてみようか…。

 流石に心配になった部下達は、終業を待ちわびた。
 だが、間近になって、突如乱入してきた男にサスケはさっさと持ち帰られてしまうことになる。

「ちわっす! もう仕事終るんじゃねー? サ・ス・ケ」

 元気良く戸を開けて入ってきたのは、暗部装束を身につけたキバだ。本来ならばおいそれと取ることのない仮面を、右手に持って振っている。

 サスケは久し振りに見た同期の男を、驚くでもなくぼんやりと見返した。

「――――なんのようだ。キバ」
「うっわー、なんでんな死んだ魚の目してるわけ? 写輪眼のサスケ様が台無し!」
「断る」
「……はい? なんの話? ちょっと会話してます?」
「……喧しい。どうせお前のことだから、何か頼みにきたか、誘いにきたかだろうが。一々話を聞くのも面倒だ」
「……話出す前に速攻断られてもね」
「断る。断る。断る。断る」
「いや…そんなダダっ子モードで言われても…。つか聞けよ! 今日同期の野郎ドモで集まって、暑気払って名目で飲むんだよ。お前も来いや。出世頭」
「……………」
「胡散臭そうな目で見んじゃねえっ。シノとチョウジとシカマルが来るし。あとはお前と…ナルトなんだけど。あいつここ最近見ねえんだよな。長期任務にでも行ってるのか?」

 暗部に身を置くキバは世情に疎くなっていた。まあ、普通に忍をしている仲間と行動時間帯も範囲も違うのだから当たり前なのだが、しかしうっかり口に出したのが運の尽き。
 椅子に座っていたサスケから、恐ろしいまでの殺気が立ち上ると、チャクラが流出しだして部屋中を満たした。

「うわ? うわあああっ!」

 飛び回る書類。渦を巻く空気。
 机にあるものまで飛び交い、壁にかけてある額縁は揺れた。
 真夏の怪談さながらのポルターガイスト現象に、一同青褪め騒然とする。

「ひいいぃぃいい! サ、サスケ様! お気を確かに!」
「お静まりくださいませ! お静まりくださいませ!」
「ご乱心じゃあー! サスケ様のご乱心じゃあー!」

 右往左往しながら、ついに拝み始めた部下共を尻目に、キバは首を傾げて尚も尋ねた。

「お前、ナルトと喧嘩でもしたのかよ? 図星? なあ図星?」
「あ、貴方―! これ以上逆鱗に触れないで下さいよ!」

 部下が涙目で訴える。

 ――――サスケともう一人、実力もさることながらその出生秘話のために、とても有名な上忍がいる。それがうずまきナルトだ。

 五代目火影を「ばあちゃん」呼ばわりし、あの自来也の愛弟子でもあるために、周りから一目も二目も置かれている。そして、サスケと同期で同じ班の出身。よきライバル、親友というのも周知の事実だ。―――少しだけ行き過ぎた感情をサスケが持っているらしいことも、これまでにしてきた奇行のお陰で知れ渡っていたりもする。

 あちこちで、ナルトに声をかけたり、食事に誘ったりした男を発見しては、大人気なさも甚だしく邪魔しに現れるのだから、当たり前だ。

 ちなみに本人はどんな噂が立とうとも気にせず、否定もしないときてる。否定するのはもっぱらナルトの方なのだが――その片方がここ数ヶ月里から一切の姿を消した。

 なにかと目立つ男だ。いなくなればすぐにわかるというもの。というより、定期的にどこかしらで勃発するナルトとサスケの盛大なケンカは名物となっていたので、それがパタリと止んだのだから、誰もがどうしたのだろうか――と首を捻るには充分だった。

 勿論、そのことは部下達も知っていた。だからこそ、敢えて触れずにいたにも関わらず、この暗部の忍はあっさりと口にしたのだ。

 一同は覚悟した。我々の命は今日限りかもしれない。

「――――………」

 だが、いくら経ってもサスケが怒声を上げることはなかった。
 それどころか、次々と宙に舞っていた物は落ち。部屋は乱雑さを増しながらも静まる。
 恐る恐るサスケを見れば、驚いたことにしょんぼりと項垂れているではないか。

「―――ケンカ…ケンカか…。そんなんもならねえよ。アイツ帰ってこないんだから……」

 そう自嘲の笑みまで漏らされては、部下達は違う意味で驚愕した。
 しかし、そこは暗部所属というところか。
 キバは平然とその様を眺めてから、呆れたような口調で

「だからよう! 皆で盛大にぱーっと騒ごうぜ! 一人で悶々としてたって始まらねえじゃん。シカマルあたりに相談しとけよ。アイツ頭いいから」

 言ってのけたが、さして深い考えがある訳ではない。単に酒飲みの理由が欲しいだけだった。

「シカマルか……。そうだな…たまには飲むか」
「そうこなっくちゃ、お大尽! 今夜は飲むぞー! 吐いても飲むぞー!」

 高らかに宣言すると、サスケを連れて出て行ったのであった。
 残された面々は、良かったんだか悪かったんだか、とにかく結果は明日に持ち越された、と鬱々と部屋の掃除を開始した。

 

 


 

 飲み会は居酒屋の座敷をひとつ借りて行われた。一応面子が全員上忍なので、店側が考慮したようだ。
 男しかいない、華やかさのカケラもないメンバーで、その飲み会は始まった。

 最初は生ビールだ! と、キバが宣言し、皆で乾杯とジョッキを上げる。

 そこからあとは怒涛の勢いで酒の追加が続いた。

 久し振りに集まったこともあるし、それぞれが違う部署という事なので、情報交換などもしあった。騒ぎの元は、大体キバとチョウジなのだが、この二人を牽制しつつ、シノとシカマルも会話を続けている。その中で、一人淀んでいるのがサスケだった。

 ―――サスケは落ち込んでいた。

 既に今月も終わりときている。どう数えても、ナルトは安定期に入ったはず。
 なのに、全然音沙汰がない。ナルトが姿を消してからというもの、サスケは七月を待ちわびていた。時の流れに苛立ち、焦れながらも、それでも安定期に入れば戻ってきてくれる。そう信じてこの三ヶ月、命を賭してまで火影代理の地位に駆け上ってきたのだ。
 暗部に行けと言われれば行き。Sランクの任務を不平不満漏らすことなくこなしてきた。事務に行けと言われれば、行き。やはり黙々と内務をこなしてきたのだ。
 他の火影候補達の追従を許すわけにも行かぬと、候補達に試合を申し込んでは勝利を治めている。

 悶々と悩んでいると、大分酔っているらしいお気楽なキバが「なあなあ」と頬を染めてにじり寄ってきた。

「なんだ」
「お前さ、あの日向ネジと試合したんだって? んで勝ったって聞いたけどマジかよ」
「ああ…その話はオレも聞きたかった」

 意外にも話に乗ってきたのはシノだ。情報収集が趣味とだけあって、機会があれば尋ねたいと思っていたようである。

「―――負けるわけにはいかないだろう。自分から申し込んだんだしな」
「ひょえー! 超プレミアムカードじゃん。見たかったぜ。写輪眼対白眼か。写輪眼の方が強かったってことか?」
「いや、正直危なかったがな」
「でも勝ったんだから凄えよな。――でもさ、お前なんでそんなにいきなりそんなにシャカリキになってるわけ? あんまり昇進とか気にしないタイプだったじゃん」
「仕方ねえだろう。火影になるためにはそんぐらいしろって、カカシやら自来也やらがウルせえんだから」

 ぐい、とコップに入っていた吟醸を飲み干す。

「火影―? え、なに。なんでいきなり火影になるんだ?」
「……六代目になるつもりなのか?」
「それってなろうと思ってなれるもんなの?」

 キバに続いて、シノ、チョウジと目を剥いた。

 事情を全て知ってしまっているシカマルは、我関せずと一人そっぽを向いて飲んでいる。

「ならなきゃいけねえ理由があんだよ。なんなきゃ…ナルトが戻ってこねえ」
「ナルト? 何でお前が火影になったらナルトが戻ってくるの?」
「いや、チョウジ。その前に、ナルトが何処に行ったかを聞くのが先だと思うぞ」

 シノが答えを求めてサスケを凝視する。

「ナルトは―――」
「サスケ! そういう事はな、本人の許可無しに言うもんじゃねえ」

 あっさり秘密をばらしそうになっているサスケを、慌ててシカマルが止めた。止めてから、んな義理はねえよな。と、思わなくもなかったが、全ては後の祭りだ。

「シカマル。お前…何知ってるんだ」

 訝しげにサスケが問う。他の面々は何事かと、興味深々の態でシカマルを見た。

「いや…そのなあ。なんつか、こんな所で喋る話じゃないだろう」
「誰に聞いた?」
「……本人にだよ」
「なんだって? いつだ。まさかオレよりも先に聞いたわけじゃないよな」
「や、そんな目を据わらせてにじり寄られてもな……。落ち着け。あとだ、お前のあとに聞いた」
「あと…? ナルトが里を出る間際じゃねえか」
「……そうなるな。出るところで、捕まったんだ。んで、ちょっと話の流れ上色々と聞かされたっつーか。オレは別に聞きたくもなかったんだがよ」
「アイツはなんて?」

 真剣な面差しのサスケに、シカマルは天井を仰いだ。おもむろに他の連中を見る。

「ちょっと、外に出てくわ」
「え? なんだよう、何の話だよ! 仲間外れにするのかよ!」
「ガキか、お前は!」

 キバがシカマルの裾を掴んで離そうとしない。それを見かねたシノが引き止めた。

「よせ。お前にだって誰にも聞かれたくない話のひとつやふたつあるだろう。例えばヒナタ……」
「うおおっ! 何を突然仰るウサギさん!」
「誰がだ」
「ごめん。ウサギに失礼だよな!」

 シノは黙ってキバの首を締めた。

「行っていいぞ、シカマル」
「すまねえな。ほら、サスケちと表に出ろ」
「ああ」

 二人は連れ立って座敷から出た。外に出ると目の前は掘りで、朔の月が煌々とその姿を映している。そこかしこから虫の鳴き声がさざめいていた。

 シカマルは喬木に背を預け、自分よりも身長の高い男を見る。

「マジでよ。オレだってびっくりしたんだぜ? いきなりアイツが妊娠とか言われても信じられるか?」
「オレだって…知ったのはデキてからだ。それまで…まさか子供ができるなんて思いもしなかったしな」
「う…まあ。その辺の話はさすがに聞きたくないからいい。ただ…オレが最後に会った時。この里を出る時だな。アイツはずっと悩んでいたようだったし。お前もここ最近荒れてるしじゃ、ちょっとは心配になるってもんだぜ」
「アイツ…安定期に入れば戻って来るっていう話だったんだ。なのに…戻って来るどころか、音沙汰もない」
「そっ…か。オレもな、聞いたんだ。里に戻ってくるよな? ってさ」
「なんて言ってた?」

 サスケが固唾を飲み込んだのがわかる。言おうかどうか躊躇われたが、嘘をつくわけにはいかない。

「―――帰っていいのかな? だってよ」
「当たり前だろうが!」
「いや…オレに言われてもな」
「お前はそう言わなかったのかっ?」
「サスケに聞けって言ってやったよ」
「……そう…か」

 勢いがなくなった。サスケの肩が目に見えて落ちる。

 他にも色々と見聞きしたが、殆どが想像の域を出ないので言うのは憚られる。ナルトも「忘れろ」と言っていた。

「アイツ…戻って来る気、ねえのかな」
「んなことは、無いと思うぞ。アイツはここで産まれ育ったんだ。帰る場所はここしかねえじゃんか」
「……オレは五代目に言われたよ。ナルトが戻ってきたとしても、あの姿で子育てをすればどうしても人目につく。ナルトの―――素性がバレてしまえば、波乱が起きるだろうってな」
「確かに…アイツ等も驚くだろうな」

 ちらり、と居酒屋の方へ目を向けた。

 普通にナルトに子供ができたとて、驚愕の嵐は吹き荒れるだろうに、実は自分で産んで尚且つサスケとの間の子供ときている。

(―――い、いかん。想像したら頭が痛くなってきた)

「だから、あいつが戻ってきても誰の中傷の的にもさせないだけの権力を、オレが握ってしまえばいいと思った。そのために火影候補も蹴散らした。ここ数ヶ月、身を粉にして働いたさ!」
「お…おう」

 なんだか段々と興奮してきた様子のサスケに、少々退きながらも頷き返す。

「赤ん坊とはいかなる生き物か! それを知るためにも東に子供あれば駆けつけ抱かして貰い。西に妊婦あればどのようなものか観察し…っ!」
「―――は?」

 それは世に言う変態の所業ではないだろうか。

「どの子供もそれなりに可愛かったが! オレとナルトの子供なら絶対もっと可愛いはずなんだ!」
「へ?」
「赤ん坊の名付け辞書も、育児本も、乳児用の靴下から産着、ベッドにおもちゃ、その他モロモロ用意し…っ」
「待てというのに、サスケ!」

 聡いシカマルには容易く想像できてしまった。

 まずい。こいつは将来とんでもないバカ親になる。

「ま…まさか、その姿のまんまで買い漁ったんじゃねえだろうな?」
「オレが入用になるんだから、当たり前だろ。他人になんて任せてられるか」

 シカマル轟沈。酒のせいでなく、眩暈が酷くなってきた。
 いけない。このまま行けば、アホがアホのまま火影になりかねない。と言うより、ナルトが戻って来ない状況になったなら、こいつは里を捨てかねない。

「サスケ…」
「なんだ?」
「話は簡単だ。ナルトの居場所がわかってんなら、迎えに行け」

「―――それは……」

 サスケは言葉を濁した。正直今まで考えなかったわけじゃない。
それでも押し留まっていたのは、ナルトの意思で戻って来て欲しかったからだ。
 その辺を察すると、シカマルはサスケの肩に手を置いて激励した。

「大丈夫だって。もしかしたら、大社の連中が引き止めてるだけかもしれないじゃねえか。戻って来れないっつーんなら、キチンと会って話をするだけでもいい。とにかくそっから始めねえと、赤ん坊グッズ買ってる場合じゃないっつーの」
「そう…だな」
「な? 一度話し合え。迷っているようなら、それを聞いてやれ」
「…オレは今目から鱗が落ちた」
「そ…そうか?」

 まさか、ウザイからさっさとどうにかしろよ、とは言えない。

「アイツは、オレが連れ戻す!」

 言うや否や、いきなり走り出したので仰天した。

「サ、サスケっ? ちょっと、今から行く気――――」

 かあ〜、と口に出た時には既にその姿は闇に消え。気配さえも追えぬほど遠くへ行ってしまっていた。

「あれが将来の火影……」

 ぐらぐらする不穏な未来の兆しに、シカマルはよたりながらも何とか座敷へと戻った。
 中ではチョウジが食い散らかし、シノの前ではキバが土下座して泣いている。

「シカマル、戻ったのか。―――サスケはどうした?」

 シノが障子を開けて入ってきた友人に声をかける。

「なあ、シノ…サスケの噂、なんか流れてないか? オレ最近まで里を出てて疎いんだが」
「いっぱい…あるぞ。それを確かめたくてこの飲み会を開いたようなものでもあるしな。今キバにも話をしていた」

 むっくりと起き上がると、半ばできあがっていたキバが涙を拭きつつヘラヘラ答えるという、器用な技を披露した。

「サスケはあ〜ナルトと付き合ってたんだけど〜、他に女ができて〜そっちが妊娠しちゃって〜んでもって〜別れたら、ナルトが失踪したっつー噂があるんだってー! ぎゃははははっ!」
「―――そうか」

 そんな所だろうとは思っていたが、あんまりな展開にもはやどうでも良くなってきた。

「……で、結局はどうなんだ? サスケが育児用品買い漁ってるのはオレも見たが…。まさか…」
「シノ…。大丈夫だ。どうせ真実は近いうちにわかる。もうオレの口から言うのもバカバカしいぜ」
「なんだよう〜。どうなんだよう〜。サスケはパパになっちゃうのか〜? 同期で一番乗りだな、おい」
「同期で一番か。はあ〜、もういいから飲もうぜ。明日あたりナルトも戻って来るんじゃねえのか?」

 そう吐き捨てると、シカマルは手酌で飲み始めた。

 多分――話し合うとか言っときながら、絶対アイツは攫ってくるのだ。目に見えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だけど世の中、そう甘くはないのよねえ」

 闇夜に高らかに笑い声が響く。艶やかな女の声だ。

「おーのーれー、クソババア! そこを退け!」
「そういう腐った台詞は私を倒してからにしな! クソガキ!」

 場所は草原。見渡す限りの野原。
 月夜に照らし出された影は二つ。
 生温い風が吹き、葦毛の長い草が波のようにうねる。
 地を踏みしめて、サスケは最初の攻撃になんとか絶えた。
 目の前に立つは妙齢の女。ただし『見た目は』と注釈がつく。

 ナルトの下へと急いだサスケだが、里を出た途端に目の前に立ちはだかれた。

 邪魔するのは五代目火影――綱手である。

「なにゆえオレ等の邪魔をするか!」
「笑止! たわけたことは火影になってから言うんだね。こそこそ抜け出してナルトを攫おうなんて許さないよ」
「どこでその話を……」

 ちいっ、と舌打ちをすると、サスケは覚悟を決めて身構えた。

「アンタを倒せば、次期火影ってことか……」
「大口叩くじゃないか。まだまだガキに負けるほど落ちぶれちゃいないわよ」

 鼻で笑われれば、サスケの矜持に皹が入るというもの。
 ずい、と前に出てくる綱手に、真正面から向き合った。

「私を殺さぬ限り、次の座は空かないと思いなさい」
「アンタは…ナルトに戻って来て欲しくないのか?」

 空気がざわめくのを肌に感じる。相手の本気を知り、サスケは唇を噛んだ。

「バカお言い。私はナルトが可愛いさ。巫女だからというわけじゃない。あの子とは親戚になるわけだしね。あの子は――本気で火影になりたかったんだ。本気で、火影を目指していた。私はあの子の純粋なまでの願いに、失った過去を取り戻しこうして仮としての火影の座に就いた。仮と言ったって、この里を護る重鎮だ。生半可な決意でなるもんでもない。―――火影になるという重さ。あの子はそれを知っていた。だからこそ、目指したんだ」

 風が二人の間を抜ける。女は憂いを帯び、遥か遠くを望むがごとく、視線は眇められた。

「歴代火影の死に様を、お前だとて知っているだろう。彼等は壮絶な死を遂げた。だが――彼等は護り通したのさ。里こそが唯一無二であり、民は大切な家族。そこに息づき生活する人々、その日常全てを護るのが火影の役目だ。だからこそ里一の力の持ち主であり、異能集団を纏め上げられるほどの人望がなくてはならない」

「―――――………」

「サスケ。お前はその銘の重さを知らねばいけない」
「どうして…どうしてそんな重大な人選を巫女一人で選ばねばならないんだ!」
「―――その証を、今私に見せてみろ!」
「……!」

 綱手が飛んだ。一瞬にして懐に入られ、肘が腹に入る。咄嗟に両腕で庇い、後ろに飛ぶも威力は凄まじく。酷い痺れが腕に走った。

「ナルトは火影になれなかった。火影になることが、アイツの生きて行く上での糧だった。力だった。それを捨て、お前を選んだナルトの気持ちを汲むのなら、ここで私を殺せ!」
「―――本気で言ってんのか? オレはマンダを使役してんだぞ」
「あの胸糞悪い蛇を呼び出すってなら呼び出しなっ。串刺しにして皮を剥いでやるから」
「――――正直言って、オレは火影には興味ない。だがな、火影になることでしか、護れないというのなら、オレはなる。どんなことをしてでも…っ」

 サスケの切れ長の双眸が閉じられる。次いで開かれた時。赤い光が射した。

 ―――写輪眼。

 一気に男からチャクラが噴出し、練りこまれていくのがわかる。

 綱手は息を呑んだ。大蛇丸が目をつけ、己の分身にと望んだだけあり、その力量は計り知れない。血統の秀逸と呼ばれたイタチを倒したその力。復讐心に血と涙を流し、屈辱に、絶望に、全てに乗り越えてきた不屈の姿。

(―――最後まで持っておくれよ、私の躰…っ)

 風が止んだ。

 群雲に月が隠れる。

 修羅と呼ばれた男の本当の姿を、綱手は見ることになる。

 














八話

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