七話
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ナルトが里から姿を消してから早三ヶ月。春が過ぎ、初夏の空気も色濃くなる季節へと移り変わっていった。 火影補佐室室長。 それがサスケの今の肩書きだった。にも関わらず、卓上にはたまった書類が決裁印を待ち、束になって置いてあるのだが、手もつけずに上の空で過ごしている。 最初の頃は、とてもしっかりと内務に励んでいたように思う。それが、時が経つにつれ、うつらうつらと覇気に影が注し。 しかし、今日こそは悩みを尋ねてみようか…。 流石に心配になった部下達は、終業を待ちわびた。 「ちわっす! もう仕事終るんじゃねー? サ・ス・ケ」 「――――なんのようだ。キバ」 「うわ? うわあああっ!」 「ひいいぃぃいい! サ、サスケ様! お気を確かに!」 右往左往しながら、ついに拝み始めた部下共を尻目に、キバは首を傾げて尚も尋ねた。 「お前、ナルトと喧嘩でもしたのかよ? 図星? なあ図星?」 ――――サスケともう一人、実力もさることながらその出生秘話のために、とても有名な上忍がいる。それがうずまきナルトだ。 五代目火影を「ばあちゃん」呼ばわりし、あの自来也の愛弟子でもあるために、周りから一目も二目も置かれている。そして、サスケと同期で同じ班の出身。よきライバル、親友というのも周知の事実だ。―――少しだけ行き過ぎた感情をサスケが持っているらしいことも、これまでにしてきた奇行のお陰で知れ渡っていたりもする。 あちこちで、ナルトに声をかけたり、食事に誘ったりした男を発見しては、大人気なさも甚だしく邪魔しに現れるのだから、当たり前だ。 ちなみに本人はどんな噂が立とうとも気にせず、否定もしないときてる。否定するのはもっぱらナルトの方なのだが――その片方がここ数ヶ月里から一切の姿を消した。 なにかと目立つ男だ。いなくなればすぐにわかるというもの。というより、定期的にどこかしらで勃発するナルトとサスケの盛大なケンカは名物となっていたので、それがパタリと止んだのだから、誰もがどうしたのだろうか――と首を捻るには充分だった。 勿論、そのことは部下達も知っていた。だからこそ、敢えて触れずにいたにも関わらず、この暗部の忍はあっさりと口にしたのだ。 一同は覚悟した。我々の命は今日限りかもしれない。 「――――………」 だが、いくら経ってもサスケが怒声を上げることはなかった。 「―――ケンカ…ケンカか…。そんなんもならねえよ。アイツ帰ってこないんだから……」 そう自嘲の笑みまで漏らされては、部下達は違う意味で驚愕した。 言ってのけたが、さして深い考えがある訳ではない。単に酒飲みの理由が欲しいだけだった。 「シカマルか……。そうだな…たまには飲むか」 高らかに宣言すると、サスケを連れて出て行ったのであった。
飲み会は居酒屋の座敷をひとつ借りて行われた。一応面子が全員上忍なので、店側が考慮したようだ。 最初は生ビールだ! と、キバが宣言し、皆で乾杯とジョッキを上げる。 そこからあとは怒涛の勢いで酒の追加が続いた。 久し振りに集まったこともあるし、それぞれが違う部署という事なので、情報交換などもしあった。騒ぎの元は、大体キバとチョウジなのだが、この二人を牽制しつつ、シノとシカマルも会話を続けている。その中で、一人淀んでいるのがサスケだった。 ―――サスケは落ち込んでいた。 既に今月も終わりときている。どう数えても、ナルトは安定期に入ったはず。 悶々と悩んでいると、大分酔っているらしいお気楽なキバが「なあなあ」と頬を染めてにじり寄ってきた。 「なんだ」 意外にも話に乗ってきたのはシノだ。情報収集が趣味とだけあって、機会があれば尋ねたいと思っていたようである。 ぐい、とコップに入っていた吟醸を飲み干す。 「火影―? え、なに。なんでいきなり火影になるんだ?」 キバに続いて、シノ、チョウジと目を剥いた。 事情を全て知ってしまっているシカマルは、我関せずと一人そっぽを向いて飲んでいる。 「ならなきゃいけねえ理由があんだよ。なんなきゃ…ナルトが戻ってこねえ」 シノが答えを求めてサスケを凝視する。 「ナルトは―――」 あっさり秘密をばらしそうになっているサスケを、慌ててシカマルが止めた。止めてから、んな義理はねえよな。と、思わなくもなかったが、全ては後の祭りだ。 「シカマル。お前…何知ってるんだ」 訝しげにサスケが問う。他の面々は何事かと、興味深々の態でシカマルを見た。 「いや…そのなあ。なんつか、こんな所で喋る話じゃないだろう」 真剣な面差しのサスケに、シカマルは天井を仰いだ。おもむろに他の連中を見る。 「ちょっと、外に出てくわ」 キバがシカマルの裾を掴んで離そうとしない。それを見かねたシノが引き止めた。 「よせ。お前にだって誰にも聞かれたくない話のひとつやふたつあるだろう。例えばヒナタ……」 シノは黙ってキバの首を締めた。 「行っていいぞ、シカマル」 二人は連れ立って座敷から出た。外に出ると目の前は掘りで、朔の月が煌々とその姿を映している。そこかしこから虫の鳴き声がさざめいていた。 シカマルは喬木に背を預け、自分よりも身長の高い男を見る。 「マジでよ。オレだってびっくりしたんだぜ? いきなりアイツが妊娠とか言われても信じられるか?」 サスケが固唾を飲み込んだのがわかる。言おうかどうか躊躇われたが、嘘をつくわけにはいかない。 「―――帰っていいのかな? だってよ」 勢いがなくなった。サスケの肩が目に見えて落ちる。 他にも色々と見聞きしたが、殆どが想像の域を出ないので言うのは憚られる。ナルトも「忘れろ」と言っていた。 「アイツ…戻って来る気、ねえのかな」 ちらり、と居酒屋の方へ目を向けた。 普通にナルトに子供ができたとて、驚愕の嵐は吹き荒れるだろうに、実は自分で産んで尚且つサスケとの間の子供ときている。 (―――い、いかん。想像したら頭が痛くなってきた) 「だから、あいつが戻ってきても誰の中傷の的にもさせないだけの権力を、オレが握ってしまえばいいと思った。そのために火影候補も蹴散らした。ここ数ヶ月、身を粉にして働いたさ!」 なんだか段々と興奮してきた様子のサスケに、少々退きながらも頷き返す。 「赤ん坊とはいかなる生き物か! それを知るためにも東に子供あれば駆けつけ抱かして貰い。西に妊婦あればどのようなものか観察し…っ!」 それは世に言う変態の所業ではないだろうか。 「どの子供もそれなりに可愛かったが! オレとナルトの子供なら絶対もっと可愛いはずなんだ!」 聡いシカマルには容易く想像できてしまった。 まずい。こいつは将来とんでもないバカ親になる。 「ま…まさか、その姿のまんまで買い漁ったんじゃねえだろうな?」 シカマル轟沈。酒のせいでなく、眩暈が酷くなってきた。 「サスケ…」 サスケは言葉を濁した。正直今まで考えなかったわけじゃない。 「大丈夫だって。もしかしたら、大社の連中が引き止めてるだけかもしれないじゃねえか。戻って来れないっつーんなら、キチンと会って話をするだけでもいい。とにかくそっから始めねえと、赤ん坊グッズ買ってる場合じゃないっつーの」 まさか、ウザイからさっさとどうにかしろよ、とは言えない。 言うや否や、いきなり走り出したので仰天した。 「サ、サスケっ? ちょっと、今から行く気――――」 かあ〜、と口に出た時には既にその姿は闇に消え。気配さえも追えぬほど遠くへ行ってしまっていた。 「あれが将来の火影……」 ぐらぐらする不穏な未来の兆しに、シカマルはよたりながらも何とか座敷へと戻った。 「シカマル、戻ったのか。―――サスケはどうした?」 シノが障子を開けて入ってきた友人に声をかける。 「なあ、シノ…サスケの噂、なんか流れてないか? オレ最近まで里を出てて疎いんだが」 むっくりと起き上がると、半ばできあがっていたキバが涙を拭きつつヘラヘラ答えるという、器用な技を披露した。 そんな所だろうとは思っていたが、あんまりな展開にもはやどうでも良くなってきた。 「……で、結局はどうなんだ? サスケが育児用品買い漁ってるのはオレも見たが…。まさか…」 そう吐き捨てると、シカマルは手酌で飲み始めた。 多分――話し合うとか言っときながら、絶対アイツは攫ってくるのだ。目に見えていた。 「だけど世の中、そう甘くはないのよねえ」 闇夜に高らかに笑い声が響く。艶やかな女の声だ。 「おーのーれー、クソババア! そこを退け!」 ナルトの下へと急いだサスケだが、里を出た途端に目の前に立ちはだかれた。 邪魔するのは五代目火影――綱手である。 「なにゆえオレ等の邪魔をするか!」 ちいっ、と舌打ちをすると、サスケは覚悟を決めて身構えた。 鼻で笑われれば、サスケの矜持に皹が入るというもの。 空気がざわめくのを肌に感じる。相手の本気を知り、サスケは唇を噛んだ。 「バカお言い。私はナルトが可愛いさ。巫女だからというわけじゃない。あの子とは親戚になるわけだしね。あの子は――本気で火影になりたかったんだ。本気で、火影を目指していた。私はあの子の純粋なまでの願いに、失った過去を取り戻しこうして仮としての火影の座に就いた。仮と言ったって、この里を護る重鎮だ。生半可な決意でなるもんでもない。―――火影になるという重さ。あの子はそれを知っていた。だからこそ、目指したんだ」 風が二人の間を抜ける。女は憂いを帯び、遥か遠くを望むがごとく、視線は眇められた。 「歴代火影の死に様を、お前だとて知っているだろう。彼等は壮絶な死を遂げた。だが――彼等は護り通したのさ。里こそが唯一無二であり、民は大切な家族。そこに息づき生活する人々、その日常全てを護るのが火影の役目だ。だからこそ里一の力の持ち主であり、異能集団を纏め上げられるほどの人望がなくてはならない」 「―――――………」 「サスケ。お前はその銘の重さを知らねばいけない」 綱手が飛んだ。一瞬にして懐に入られ、肘が腹に入る。咄嗟に両腕で庇い、後ろに飛ぶも威力は凄まじく。酷い痺れが腕に走った。 「ナルトは火影になれなかった。火影になることが、アイツの生きて行く上での糧だった。力だった。それを捨て、お前を選んだナルトの気持ちを汲むのなら、ここで私を殺せ!」 サスケの切れ長の双眸が閉じられる。次いで開かれた時。赤い光が射した。 ―――写輪眼。 一気に男からチャクラが噴出し、練りこまれていくのがわかる。 綱手は息を呑んだ。大蛇丸が目をつけ、己の分身にと望んだだけあり、その力量は計り知れない。血統の秀逸と呼ばれたイタチを倒したその力。復讐心に血と涙を流し、屈辱に、絶望に、全てに乗り越えてきた不屈の姿。 (―――最後まで持っておくれよ、私の躰…っ) 風が止んだ。 群雲に月が隠れる。 修羅と呼ばれた男の本当の姿を、綱手は見ることになる。 |