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「―――なんでお前がついて来るんだ、めんどくせー」
「ちょっとな。気になることがあってさ」
「しかも…なんだ、その恰好。付いてくるなら男で来いっつーの」
「いやー無理。オレ、今妊娠してっから」
ズザザザ―――!
丁度山道の下りだったため、滑った挙句に下まで落ちていってしまった。
「大丈夫かー? シカマルー」
惚けて呼びかけるも、返事がない。少しだけ慌ててナルトも下に急いだ。
急斜面で枝に引っかかっているシカマルを見つけて、上から覗き込む。恨みがましい視線を寄越された。
「冗談言うならもうちっと上等なこと言えっつーの」
「冗談じゃないし」
「――――……お前、いつから女になったよ」
「五年前から、かな? 本格的には」
「何モンだ、オメー」
「知りたいなら教えてやっけどさ。とりあえず、起き上がれってばよ」
ほれ、と手を差し出せば、でかい溜め息で返された。その手は取らずに、自力で起き上がると服についた土を払う。
シカマルは、嘯く同期の青年を前に、これでもかと面を顰めた。
青年――のはずであったのだが、少なくとも今は女性の成りをして目の前に居る。元々、昔っから女性体に変化する技を得意にしていたナルトなので、女性体で見かけても得に何も感じなくなっていたシカマルだ。
先ほど、彼はある任務を受理して、里を出るところをナルトに捕まった。どうやらナルトも外に出るらしかったのだが、「ちょっと、今火影から聞いたけど。お前、今から波の国へ任務に行くんだってば?」と、問い質された。その通りだったので頷けば「じゃ、オレも行く」と、勝手について来たのである。押し帰そうかとも思ったが、面倒なので放っておいてしまった。
それを今更ながら、後悔する。
(―――一緒に来るんじゃなかったぜ)
舌打ちをすると、改めて相手を見下ろした。確かに、本物の女性と言われても恐ろしいほど違和感はないが、シカマルはその中身を熟知している。
「オレが知る限り、お前はアホで間抜けな男だったと思ったが」
「アホで間抜けは余計だってばよ。ちっと頭いいからって人の事バカにするんじゃないってば」
「男だろ?」
「半分はな」
「―――……」
シカマルはさっさと前を歩き出した。
「ちょっと、待てってば。話は?」
「うるせー。聞いたらメンドーなことに巻き込まれるのは目に見えてる。オレの今の任務に関係ないなら、知らないに越したことはねえ」
「そういうもんか? あ、でもちょっとゆっくり歩けって。オレまだ安定期に入ってないんだから」
「聞きたくねえ! つか、付いてくんな!」
「うわっと」
「ナルトっ?」
背後で躓いたのか、背中にしがみつかれて、思わず青くなった。
「大丈夫か? 躰は?」
「平気、平気。つーか、オレが妊婦だってことは信じるんだ?」
「――――ちっ。確信犯か」
「別に。でもまあ、波の国まではまだまだだし。ゆっくり話し聞いてくれてもいいじゃん」
なんだか年々小賢しくなっていきやがる――――シカマルは観念して、ナルトに手を貸した。
シカマルは知能指数が高く、その活用方法もよく心得ている。そして、本人は否定したがるが、その優しさや包容力は同期の中では一番だろう。ナルトの眉唾物な話も、嫌な顔をしつつだが、信じた。
同期の中で一番に中忍へと昇格したシカマルは、その後も順当に才能を認められ、現在は上忍の地位に居る。サスケとは部署が違うが、将来を嘱望されている若者の一人でもあった。
現在シカマルは、地域探索係に居る。あちこちの国を訪れたり、侵入したりしては、その地区の図面を頭に叩き込むのだ。例えば、地形、山の高さ、川の場所。国によっては確かな地図を決して外部に漏らさないところもある。そんな所の地形さえシカマルの頭に入っており地図作成も、頼まれれば簡単にできた。
木ノ葉に舞い込む任務。特にAランク、他国が舞台となれば、土地鑑が生死を分けるといってもいいだろう。万が一にでも、争いが起れば、地形を知っている者が勝利の鍵を握る。退路の確保、戦闘に適した場所。
シカマルはそれを覚えこむ頭脳と、利用できる才覚があった。
今回の任務は、実は上忍が出向くほど大きなものではない。が、波の国の情勢を定期的に知っておくのも努めだと、買って出たのだ。
一人で充分だと、共もつけずに来たのだが―――
「まさか、こんな面倒なヤツに捕まるとは…。ナルト、お前その話。もしかしなくても超極秘事項ってヤツだろ」
「おう」
「あっさり言うなよなあ……」
「でも、いのだって知ってるぜ? いやさあ、これからのこと考えれば、結構皆に知られちまうのかなあとは思って。他人の口から聞かされるよりかは、自分で言っちまったほうが楽だし」
「―――確かに…ある日いきなりお前が赤ん坊抱いていたら、オレだって事情を聞いたろうがな」
「遅いか早いかの差だってばよ。んな嫌がるなってー」
「……で?」
「でって?」
「惚けるなっつーの。お前が都に行かず、波の国に付いて来た理由だよ。簡単な任務だと思って来たのに…そうじゃねえってことだな…はあ」
「んな辛気臭い顔ばっかすんなって。――お、橋が見えてきたってば」
木ノ葉を出てから二日目。二人は海にかかる巨大な橋まで辿り付いた。橋の入り口には大きく『なると大橋』とある。
「いやあ〜すっげえ、久し振りに来たってばよ」
「……なんだ、このみょうちくりんな名前は」
初めてここを訪れたシカマルは、その名に呆気に取られた。地図で巨大な橋がかかっているのは知っていたのだが、名前まであるとは思わなかったのだ。
―――この橋の建築時にカカシ率いる第七班がこの地を訪たことがるとは、道中ナルトから聞いてはいたが。
「みょうちくりん、言うなってばよ。オレだって恥ずかしいんだから」
「お前等は本当ロクなことしてねえなあ」
ぼやくシカマルを放って、ナルトはさっさと橋を渡った。
八年前、任務でこの地を踏み。以来ここに来る機会は残念ながら無かったので、懐かしさに胸が一杯になる。
「どうした? ナルト。橋の真中で立ち止まるなよ」
「―――うん。ちょっと、色々思い出したってばよ」
この橋の上で、男と少年は雪のように散っていった。
壮絶な戦いの傷跡は、もはやどこにも見られない。が、確かにここで二人の忍が永遠の眠りについたことを、忘れられるわけがない。
地に手をつき、瞑目する。
シカマルはその姿から何かを感じたのか、黙ってナルトが立ち上がるまで待った。
「―――さて、待たせてごめんってば。行こう」
「ったく、あ〜あ〜何が待っているのやら」
やれやれと、伸びをしたあとで、シカマルは波の国へと入っていった。
波の国というだけあり、周りを海で囲まれた小さな島は、どこかしらでも波の音が聞こえる。
街中を走る川も淡水と海水が入り混じり、マングローブの群生が目に鮮やかだ。
海は澄み、透き通り青い。夏に来れば色とりどりの花々が、景色を華やいだものにしてくれるだろう。
八年前までは貧困に喘いでいた島だったが、橋が出来たことで人の行き来が楽になり、観光客も増え、それなりに活気溢れる街となった。
シカマルは嫌々ながらも、街の宿屋にナルトと夫婦として部屋をとった。女として意識をしているわけでもないのに、別々の部屋を取るのは何でか悔しい気がしたし、妊婦を一人にするのもどうかと思ったのも一因だ。
ナルトも特に異議は唱えなかった。
それどころか、勝手に宿を取ってくれ、と頼むとさっさとどこかに消えてしまう始末だ。
釈然としないものを抱えながらも、シカマルは部屋で一人過ごしていた。任務の内容を思えば、活動は夜に限られたからだ。
そろそろ夕飯の時刻か、と部屋を出ようとした時にナルトが帰ってきた。
「いきなりいなくなんなよな。先に飯食っちまうとこだったぜ」
「へへ、悪い。ちょっと知り合いの顔を見に行ってきたってば」
部屋に入ると、ツインのベッドを横切り、ベランダへと続く窓を開けた。潮の匂いが入り込んでくる。
「目の前が海なんだ。いい部屋だな」
「この辺はどこも目の前は海だろ。…知り合い、元気だったか?」
「ああ、やっぱり大きくなってたなあ。昔はオレより小さかったのにさ。ジジイも元気だったってば」
笑顔で答えれて、シカマルも釣られて笑みが漏れた。
「良かったな。積もる話があるんじゃねえのか? 戻ってきて良かったのかよ」
「んー、まさかさ。この姿で会えるわけねえじゃん」
「……声、かけてこなかったのか」
「遠くから、ちょっと眺めてきた。それでいいってばよ」
「ふうん。んなもんかねえ」
「そっちこそ依頼者とは会ってきたのかよ」
「この宿を取る前に連絡はしている。明日、直接会えばそれでいいさ。どうせ任務は調査なんだからな」
「調査…か…」
ナルトの視線が外へと流れた。波は静かにたゆたい、水平線のむこうには紺青の空が続く。
「その調査場所、オレも行くわ」
「――そう言うと思ってたがよ。お前…何を知ってんだ?」
「うん……」
そこでだんまりを通してしまうナルトに、シカマルは追求するのも面倒で立ち上がった。
「飯、食いに行くか」
「行ってらっしゃい」
「ああ? おめーはどうするんだよ」
「オレ、ダメなんだ。今食えないんだってば。どうしても匂い嗅いだだけで吐いちゃって…」
「だーっ! もう面倒くせーな。ちょっと待ってろ」
捨て台詞を残して部屋を出て行く。ナルトは律儀にも待った。
暫くして戻ってくると、目の前に缶詰を出され、スプーンを渡される。
「へ、桃缶?」
「近所の姉ちゃんがやっぱりつわりで飯が食えない時、これなら食えたんだそうだ。一応、他にもメロンパン、チョコレートなんかもあるが…人それぞれだな」
「シカマルのは?」
「オレは食ってきたよ。目の前で食われても業腹だろ」
急いで食べてきたのは、時間からすれば明らかで、ナルトはなんとも頭が下がった。
「ごめん。迷惑かけて」
「アホタレ。お前が妊婦っつーのは恐ろしく絶えがたい現実だが、それで蔑ろになんてできっか。妊婦は里の宝ってのがウチの教えでもあるしな」
「ありがとうってばよ。えっと、いただきます」
銀の匙で真っ白い身を割る。甘酸っぱい匂いがしたが、なんとか耐えられた。ヒンヤリと冷たい桃は、あっさりと咽を通る。
「あ、うん。これなら何とか食えそう」
「そっか。まあ、無理すんなよ。今、何ヶ月だ?」
「うん、八週目だって」
「―――特異体質だってのはわかったが…相手がサスケっつうのがなあ。よく付き合ってるよなお前等。あんだけ毛嫌いしといて」
「不思議だってばねえ。オレもわかんねえよ、んなの」
「あんだよ。これから家族になるんだろうが」
「なんのかなあ」
「―――大社に行って、安定期になるなり産まれるなりすれば戻って来るんだろ?」
桃の乗った匙が止まる。深みのある蒼い双眸が、憂いに揺れた。
「戻ってさ…いいのかな」
「ヤメロ。そういう事はサスケに言え。大体アイツとちゃんと話もしてねえみたいじゃねえか。現在の状況を知ったら、殺されかねん」
「なんかなあ。今サスケと話しても、冷静に喋れそうもないってさ…思った。感情的になって、決めていいことじゃねえだろうし。それによう…なんかこの状況って『今日は安全日なの』と騙してムリヤリ子供作って結婚を迫る女のようだし…」
「確かにそんな女は痛いな…。でもよ、逃げ回るのも大概にしとけよ。サスケに恨まれるのだけは勘弁だぜ、オレは」
「妊婦を不安にさすなってばよ」
「それ言えばなんでも許されると思ってんじゃねえ」
「妊婦は里の宝なんだろ?」
「……オレも焼きが回ったぜ。お前ごときに言い負かされるとはな」
ナルトは小さく「ごめんって」と繰り返した。
任務の内容は海の良く見える丘での調査である。そこは最近になって、観光客の恋人達がよく訪れる公園となったのだが―――
「出るんだそうだ。しかも目撃者が結構多くてな、変な噂が立って困ると観光協会が調査を木ノ葉に依頼したんだ。橋の事件があってからというもの、木ノ葉は波の国の御用達になっているからな」
山を切り崩して作られた公園に立ち、二人は周囲を見回す。
「出るって…どんな感じで?」
「光か…人魂か…、まあ発光物を見たってのが一番多くて。他には人影を見たとか、女がすすり泣いていたっつーのは恐怖のための見間違いだと、オレは思ってる」
三月の夜空は澄んではいるが、その分空気が冷たい。真冬の怪談に興味はないのか、現在シカマルとナルト以外の人影はなかった。
「――シカマルは幽霊とか信じてるってば?」
「さあーて。死人返りの術があるくらいだからな。魂の存在は信じざるえないだろうよ」
「うん。そうだな」
ふい、とナルトは明確に目的地を見据えて歩き出す。雑木林の中へ躊躇なく入っていくのを見て、シカマルも黙ってついて行った。
暫くすると、少しだけ開けた場所に出る。
―――墓が、ふたつ並んであった。
右側の墓には巨大な刀が刺さっている。誰かが墓参りをしてくれているのか、寂れた雰囲気はない。
ナルトはその前に行くと、膝をついた。声をかけづらい雰囲気だったが、シカマルもそこは任務を受けた義務がある。
「―――誰の墓だ? この話は聞いてなかったぜ」
「……うん。あの時、この島を守ろうと集まった人達しか、知らないと思う。霧隠れ里の抜け忍、二人の墓だってばよ」
愛しげに、その墓を撫でた。
「霧の…抜け忍? なんでそんな奴等の墓がこんな所に?」
「一人は暗部に居たこともある上忍。一人は――血継限界の少年。二人は国を出奔し、追われる身でさ。帰るところも、行き場もなくて。それでも理想だけを追い求めて、こんな所で死んじまった」
瞳を瞑り、八年前に思いを馳せる。
前水影が死んでからというもの、霧隠れの里は争いが絶えなかった。
新しい水影が、時置かずして襲名されたが、かなり強固な手段でその地位を手にいれたのか、納得できぬ忍が続出した。
再無斬もその一人であった。霧隠れの体制が気にいらず、己の理想を求めるあまりに、水影暗殺を計画し――失敗したのだ。
「霧の国を追い出されても諦めずに、再無斬は新たな資金作りのために汚い奴等の手先になって島民を苦しめたんだってばよ。カカシ先生と戦って…白っていう少年が変わりに死んで。再無斬は初めて――一番大事なものに気づいた」
儚い容姿の少年は、その巨大な力の使い方を知らなかった。己の、真の価値を知らずに死んでしまった。
『…再無斬さんは、ボクが血継限界の血族と知って拾ってくれた。誰もが嫌ったこの血を…好んで必要としてくれた…』
嬉しかった、と少年は泣いてナルトに教えた。
「そん時さ…殺してくれって言われたのがオレだった。自分とオレが似てるって、白は言った。……今思えば、あいつは理由など知らなくても、何かを感じてたのかもしれない」
「殺したのか? お前が」
「ううん。再無斬がカカシ先生に殺られそうになって、その間に割って入り命を落としたってば」
祈るように瞳を閉じていたナルトだが、一息つくと立ち上がった。闇があたりを覆う。月が雲に隠れたのだ。
冷たい風が吹き、ナルトの金糸の髪が散った。白い肌の女は、闇夜にゾクリとするほど美しく映える。
「―――再無斬と一緒にいることが、願いだった。だから、今までオレは何もしなかったけど…やっぱ血継限界の魂をそのままにはできないんだな」
「血継限界の魂?」
ふと、冷たいものが、シカマルの頬に触れる。驚いて見上げれば、厚くかかった雲から白いものが落ちてきた。
(まさか、雪? こんな時期に……)
驚愕冷め遣らぬ中。ナルトを見れば、まっすぐ一点を見つめていた。林の向こう側。視線を追えばそこには、ひっそりと立つ影があった。
「―――誰だ?」
「シカマル…」
ナルトが牽制した。
影はゆったりとした足取りで、こちらに向かってくる。
「―――血継限界の魂は、躰を失えば焼かねばならぬのだ。奉れば神となり、怨となれば荒神と化す。だから、焼かねばならぬのさ」
「なんで、今まで手を出さなかったんだ?」
「悪いが、こんな辺境の地で亡くなった抜け忍まで完璧に網羅はできないさ。っていうかな、知ってたら教えてくれたって良かったろう」
「だから、今回教えたってば」
「いきなり呼び出してか。こっちの都合も考えろ」
雪がひらひらと、花弁のごとく降り注ぐ。その下に、長い髪を緩く結い上げた女が居た。
どうやらナルトとは知り合いらしいと会話から知り、シカマルはその場を譲るように一歩さがった。
「久しいな、ナルト」
「相変わらず、神出鬼没だってばね。ナギ」
ナギと呼ばれた女は、口端を上げて笑んだ。
その容姿をまじまじと眺めて、シカマルは感嘆する。
雪のような肌。青味がかった銀の髪。瞳は吸い込まれそうなほど深い黒。艶やかな紅色の唇。
黙っていれば人形としか思えないほど、冷たい美貌の女だった。
凄艶と呼ぶに相応しい笑みを浮べられれば、背筋が凍る。
それに対峙する、太陽の煌きを持った女とは、なんと対照的であろうか。
片方が氷の彫刻ならば、片方は激しく踊る炎のようだ。
「ナルト、呼びつけるならもうちょっと早めにしろ」
「どうせここに影を飛ばすぐらい、お前には朝飯前だろーが」
「もうこっちは寝る時間なんだよ。不眠は美貌の敵だ」
「どーの面下げて」
「この面。世紀の美しさと誰もが絶賛さ。とくと拝め」
「んな趣味はねえってばよ」
―――訂正。口さえ開かなければ、と注釈をシカマルは付けた。
(どういう会話だ…。あっちの女、中身までナルトレベルかよ)
げんなりしていると、ナギは墓前へと移動する。
「少しだけ調べた。白は――まあ、オレに入ってる血筋のひとつでもある。強かったろう?」
「片手だけの印で、水を自在に操ってたってばよ」
「オレが実権を握れていたら、こんな所で犬死にさせずに済んだのにな」
「白は―――己の信念を貫き。愛する者を守って死んだんだ。犬死になんかじゃねえよ」
「――――そうか」
まるで風のように動く女は、気配さえ無く。ゆらりと動くと、墓石に手を当てた。
「そうだな。この子は未だに、再無斬の魂を抱いて守っている。この頃付近が騒がしくなったために、防衛結界を張ったんだろう。ただ、この子に時間の感覚などないから…力が出たり、消えたりする」
「うん。静かに眠るのなら、このまま土地神になるのもいいと思ったけど…」
「いいや。やはり、焼かねば魂に安らぎは訪れないさ。力強き者の、安穏なる眠りの杜人でもあるのが――私達の役目」
ナギの声音が、低く響くように空気を揺する。
―――リン。
―――リン。
どこからともなく鈴の音がすると、辺りの空気が一変した。
雪が舞い、風が止まる。
シカマルは息を呑み、二人の女を見守ることしかできない。
清浄。
そう、清浄な空気が一気に、二人を中心に広がっていく。
二人は向き合う形になると、手を広げ、胸のあたりで印を結び始めていた。
堅実心合掌。
虚心合掌。
未敷蓮華合掌。
初割蓮華合掌。
顕露合掌。
持水合掌。
金剛合掌。
反叉合掌。
反背互相着合掌。
横柱合掌。
覆手向下合掌。
覆手合掌。
これらを合わせて十二合掌と呼ぶ。
場を清める、結界法のひとつだ。
「開」
二人が同時に口にする。
空気が凝縮するかのように、一点に向かって気流ができた。光がポツリ、ポツリと灯ると、それに乗って集まる。
白雪も舞い上がり。蛍のような光は、ゆっくりと質量を増し。
―――少年の形になった。
少なくとも、シカマルにはそう見えた。
膝を抱えるように丸まっている、髪の長い少年。
宙に浮かぶ光りに対して、ナギが両手を広げる。
「我が守護する地にお戻り。水精鎮魂。礼士拍招。際神招搭」
結ぶ印は閼伽、蓮華座、普供養。
発光鮮烈になった。眩しくて、目を細める。
光は凝縮していき、溢れたものは、雪に混じった。
音は――優しいほどに無い。
光は炎へと姿を変え。青白い炎は、やがてナギの手のひらに納まった。
闇が戻って来る。
長いような、短いような時間の感覚の中。残ったのはありふれた静寂と、遠くで鳴く梟の声。
シカマルはようやっと大きく息を吐けた。知らず力を込めて握っていた手を開く。
緊張した空間は、ほどけるように消えた。
「―――今度こそ、安心して眠らせてやってくれってば」
「ああ、それがオレの務めだ」
ナルトの肩から力が抜ける。ナギは細く笑んで返した。
「じゃあな。そろそろ戻らねばならない」
「ナギ、またな」
「生きてたら、また会おう。お腹の子、大事にな」
「へ…わかったのか?」
「わかるさ。まさかお前に先を越されるとは思わなかった。新しい火影に祝福を送ろう。代わりに、こちらにも火の祝福をくれ」
「おう、予定立ったら教えてくれってば」
「相手は居るんだがな。どうにも嫌われててな」
「―――なあ。オレ達は、愛するものなんだよな? 義務とかじゃなくて…愛するものなんだよな?」
「そんなの、聞くものじゃなくて、自分で見つけるものだろう」
「なんで…オレ達は、国の神殿でひっそりと身を隠して、一人で産み育てるんだってばよ」
「愛する男が、自分のせいで命を削る任に就く。それを見ていられないからって話は聞いたことがあるが…。誰もが純真に里を護るためだけに影を継ぐわけじゃない。全ての影が、巫女を女として愛するわけじゃない」
ナギは闊達に声を上げて笑うと、そのまま踵を返し。林の影に融けた。
明かりが周辺に戻る。見上げれば、暗雲は形もなく。雪は止んでいた。
「―――ナルト…。あの女はまさか……」
「見なかったことにしたほうがいいってばよ。色々と面倒なことに巻き込まれるから」
「…だったら最初からそれを言えよ! オレを連れてくるなっつーの!」
「まあいいじゃんか! はい、任務完了。任務完了。躰が冷えちまったってばよ。宿に戻ろう」
「マジでお前に関わると、ロクなことがねえ」
「貴重な体験したと思いねえ」
「喧しい」
腹いせに、軽く頭を小突く。それで終ったのだから、シカマルのフェミニストは筋金入りだったということだ。
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