四話







 外気はひんやりと冷たい。それでも日差しが降り注げば、仄かに温かく感じる。
 冬の澄んだ空を見上げ、ナルトは胸の奥にある不安という固まりを、押し出すように深呼吸した。

「よし! サスケ探すってばよ!」

 決意を固めると、上忍待合室へと向かった。時間を考えれば、自宅に行ってみるよりも効率はいいだろう。
 目立たぬように、大通りの端っこを歩きながら目的の場所へ近づく。見知った人間に会わぬよう、辺りを気にしながらの移動だったのだが、偶然とは恐いものでバッチリと目が合ってしまった。
 相手が気づいていないならまだ逃げられたものを、こうも見合ってしまえば声をかけるしかないだろう。現に相手は少し驚いたようだったが、すぐに頭を下げて寄って来た。

「こんにちは、ナルトさん」
「え、あ! ナルトさんだ」
「お久し振りですー」

 三人一斉に飛び掛らんばかりに、囲まれる。その元気な面々を見て、ナルトは思わず破顔一笑。

「こんにちは…。久し振りだってばね、ツバメ、ヒバリ、ツグミ」

 自分より頭ひとつ小さい子供達は、サスケの教え子だ。自然、よく一緒にいたナルトとも面識があった。それどころか、面倒見の悪い教師に代わり何かと世話をしてやったせいか、懐かれてもいたのだ。
 教師になり損ねていたナルトも、子供達に慕われて悪い気はしない。それぞれの頭を撫でる。

「中忍になったんだって? おめでとう。サスケとお祝いしたってば? 今度はオレも飯奢ってやるってばよ」
「よっさー! ナルトさん優しいー! 奢ってくれるのもいいけど、手作りも歓迎だぜ!」
「って言うかー、サスケ先生全然祝ってくれないし、奢ってもくれないのよ! 失礼よねー」
「稼いでるくせにケチだよね。くすくす」

 熱血漢のヒバリに、きつい美少女ツバメ。おっとりしながらも確信を突いて辛口なツグミ。会う度に思うのだが、どうしてどうしてサスケに宛がわれただけあって実に個性的だ。班の力を平均しなければならぬ、スリーマンセルの編成にあたり、この班だけはそれぞれが体術、幻術、頭脳においてトップクラスの能力の持ち主を集められた。

 何故か。

 理由は簡単だ。全員協調性が皆無だったのである。それぞれの潜在能力は恐ろしく高いのに、決して仲間と溶け合うことも助け合うこともできず。このまま行けば、組まされた他の子供の将来を潰しかねないということで、問題児は一緒くたにされたのである。
 下忍のレベルはとうに超えていた三人だけに、アカデミーの教師達は惜しんだ。が、中忍になるためにはどうしても統率力、協調性が問われる。部下を使えず、部下から慕われぬ上司など木ノ葉にはいらぬのだ。
 火影に相談を持ち込んだところ、だったらサスケに担当させろという話になったらしい。

 曰く、

『似た者同士。うまくやるんじゃない?』

 ――――なんともあっさりした理由だった。

 勿論、いきなりそんな理由で押し付けられたサスケの激高は凄まじく。轟然と火影に盾をついた。『辞退する』の一点張り。
 これが他の者ならば、サスケの断固とした拒絶に諦めるところだが、相手は火影だ。
 冷気を噴出すかのような微笑を浮べると、憤懣する青年に一言。

『命令』

 この時のやりとりを不幸にも見てしまった周りの者達は、いつとばっちりで殺されるかと生きた心地がしなかったらしい。
 苦味潰した顔で、仕方なく拝命を受けると、サスケは嫌々とその任に就いたのだった。
 ちなみに捨て台詞は『オレに人を育てられると思わないでください』堂々と言い切ったものだった。男らしいのか、情けないのか悩む所である。
 当時、それを知ったナルトは、受け持ったんだからキチンと面倒見ろよ。と、背を押したのだが、本人は下忍試験で落とす気満々だったようだ。
 だがしかし、敵もさることながら、何度も言うが能力だけは素晴らしく高い三人である。しかも最初っから落とす気満々の教師を前に、負けず嫌いだけは共通していた子供達は、なんと団結して下忍の座を勝ち取ったのだ。
 その後も色々あったが、なにやらサスケ対子供達という図式が成り立ってしまい、皮肉にも素晴らしい反面教師としての才能を発揮した。

 そうして、三人は最短距離で中忍までの道を駆け上ったのである。

 三人がナルトに懐くのは、何も彼が優しいからだけではない。無責任にも子供達を放っていなくなる教師を捕まえるのには、ナルトの側に居るのが一番効率良かったからだ。

「相変わらずだな。サスケとお前等って……」
「私達のせいじゃないもん。先生が先生らしくないのがいけないのよ」

 教師と生徒というには些か剣呑な関係に、ナルトは苦笑を隠せない。ツバメは肩を竦めると「でさ、これから任務なんですか?」と尋ねた。丁度お昼時だったので、たかるなら今だと抜け目なくも思ったのだろう。

「あーごめんってば。任務じゃないんだけど…ちょっとサスケに大事な話あってさ。お前等、サスケ知らないってば?」
「サスケ先生? うーん、そう言えばさっき…グフッ」
「知らないわ。でも見かけたらナルトさんが探しているって伝えとくから!」

 ヒバリが言いかけた台詞を、ツグミが肘鉄で止め、ツバメが変わりに答えた。
 おかしな態度の三人に、ナルトは首を傾げるも深追いはせずに、「よろしくってば」とだけ答えた。子供達は「じゃあね!」手を振ると、逃げるように去っていったのだった。

 まさかこの二ヶ月間、サスケが上忍任務受付事務所前で奇行に走っているとは思いつきもしないだろう。他の上忍から苦情を受けていた子供達は、懸命にもナルトに教えることなく、サスケを注意しに行ったのだった。
 そんな心配りがあったとは露知らず。ナルトは上忍待合室へと足を運んだ。

 あまり集まるということをしない連中だけに、滅多に人が居ることはないのだが、里にどれだけの上忍が残っているのかはわかるようになっている。そこでサスケが里外に任務で出ているかどうかをまず知ろうと思ったのだ。

 ――――が、あまりにも静かすぎる。

「…今日は皆出払ってるんか?」

 ひょい、と暖簾を押し退けて歓談室を覗く。

「――――……」

 次いで、急いで踵を返した。

「ちょい、待てえ! ナルト!」
「うわあっ! なんでアンタが居るってばよ!」

 ブタが飛んで来て、思わず受け止めてしまった。ここに居るはずのない人物を改めて確認し、ナルトは青くなる。

「私に会って挨拶も無しとは、エラクなったわねえ。ナルト」
「……幻覚でも見たかと思ったってばよ」
「こんな美女の幻覚か。まあ、それも無きにしもあらず」
「―――美老女の間違いじゃないの?」
「あー? なんだって? こっち来て座りな!」

 ナルトは諦めて、歓談室へと入っていった。真中のソファを一人独占して、横柄にも腰掛けているのは見た目は妙齢の美女だ。

「……綱手バアちゃん。何してるってば」
「母子もろとも命が惜しくないようだねえ、ナルトちゃん」
「あう…」

 がっくりと、項垂れた。

 大きく開いた襟ぐりからは、豊満な胸の谷間が見え、それが「くっくっくっ」と笑うたびに揺れている。普通の男ならば釘付けになるような、素晴らしい肢体だが、中身が六十近いことを知っているナルトは露ほどの感銘も受けない。それどころか、よくやるってばよ…と、別のところで感心してしまう。

「この私が、アンタとサスケのこと知らない訳がないだろう。んで、なんだ。とうとう孕んだってか。お早いことで」
「…どっから漏れたってば」
「バカだねえ。この里で、五代目火影に耳に入らぬ情報などないよ」
「――――最悪」
「なんか言ったかあ?」

 ―――年のせいで耳が遠くなってんじゃないか?

 そう思ったが、今は自分だけの体ではない。ナルトは口を噤むと、仕方なく綱手の前のソファに座った。
 サスケに伝えてから報告に行こうと思っていたのだが、どうやら相手は待ちきれなかったらしい。

「報告が遅くなったのは悪かったけどさ。なんで待ち構えてるかなあ」
「アホタレ。お前は本当にどうしようもないねえ。お前が孕みました。次の巫女が産まれますっつーたら里の重大事件だろうが。まずさっさと私に報告するのが当たり前なんだよ」

 中央に置かれた低いテーブルに、ドンと足を乗っけると組みなおす。ナルトは益々渋面を作った。

「オレにはプライバシーってのはないのかよ」
「ない。大体こんな事態がイヤなら、きちんと避妊すればよかったのよ」
「ぐわあ! もうその話はいいってばよ! 散々言われたし!」
「ふ…、サスケの異名がまた増えたわねえ」
「異名?」
「一発屋」

 ナルトはテーブルに突っ伏す。そのまますすり泣き始めた。

「オレ…オレ…もうヤダ。こんな環境」
「とーにかく。いい? 確かに私は五代目火影を襲名しているけれど、あくまで『仮』なの。その意味はわかってるでしょう? なんせ私には火の土地神の守護がないんだから」
「火の土地神…ってーんだから、綱手バアちゃんにもあるだろう」
「本人が無いってんだ。無いんだよ。そもそも……お前、何年前かだかにちゃんと説明したわよ。覚えているだろ?」

 ナルトの惚けた態度に、綱手は身を乗り出してその顔を覗き込んだ。

「へ? え…えっと。なんだっけ? 子供を産む気も無ければ、男とくっつく気も無かったら、あんまり覚えてない…かも」
「はあっ?」

 素っ頓狂な声を上げると、綱手は顔面をひくつかせて、絶句した。

「あの…なあ……。お前…本っ気でバカだな。ちくしょう、なんでこんな救いようのないのが巫女なんだ?」
「ひど! そこまで言うことないじゃん!」
「喧しい! 事実そうなんだから仕方ないだろうっ。ナルト…なんていうかお前は本当に両親の訳のわからんところだけを受け継いだんだな」
「わけわからないって……。つかどんな両親だったばよ」
「のほほーん、とした父親に、自分の興味無いことは一切記憶しない母親に、さ」
「四代目…って、そんな感じしなかったけどなあ。写真見る限りでは……」

 歴代火影の遺影が飾ってある部屋を思い浮かべるも、四角く切り取られた世界のみに存在する父親はどこか厳しい面立ちだったように記憶している。

「仕方ないねえ。懐妊祝いだ。受け取りな」

 着物の袂から一枚の写真を取り出すと、ナルトに投げて寄越す。

「写真…?」

 テーブルの上から拾い上げると、視線を落とす。瞬間、ぎょっとした。

「な? なに、この写真」
「お前の両親の結婚式。ちなみに父親が自来也の教え子で、母親は私の教え子だった」
「え?」

 写真を持つ手が、ガタガタと震える。
 写っている場所は、確かよく結婚式を催している木ノ葉一を誇るセレモニー会場の座敷だった。だが―――この畳に沈んでいる男達の累々とした屍はなにか。正装した人間が、写真に写っているだけでも九人は倒れている。しかも、酒ダルが転がっており、もうひとつの酒ダルからは人の足が出ているではないか。真中には――麻雀卓を囲んでいる人間が写っている。四人の面子のうち、一人は紋付袴。一人は白無垢。あとの二人は自来也と綱手だ。

「今思い出しても悔しいね! カグラの一人勝ち。ご祝儀のほかに百両も取られてたっまたもんじゃないわ。アイツは師を立てるってことを知らない」
「ちょっと待てー! 突っ込むべきはそこじゃないってばよ! え、つかカグラって…じゃあ、やっぱりこの白い上等な着物も勿体無く、足崩してんのがオレの母ちゃんなわけ?」
「結婚式の写真って言ってんだから当たり前だろう」
「どこが! どこの世に結婚式の写真と言われてこんなもの渡される子供がいるってばよ! なんで皆死んでんの、なんて雀卓囲んでんの!」
「なにー? 話せば長くなるのよねえ。カカシあたりに聞いてないの? あいつも確かここに居たはずだけど…」

 声もなく、ナルトはブンブンと頭を横に振った。

「…面倒だ。だから、アンタと同様カグラも元々は男として周りに認知されていたわけよ。えーい! 最初から説明してやるから、今度こそ耳の穴かっぽじってよくお聞き。そもそも―――巫女の存在というのはどの隠れ里も極秘にしているものなのよ。だってそれぞれの大陸の要だもの。血が絶えるようなことがあれば、その大陸が消滅するとまで言われている」
「しょ…消滅?」
「――その昔、神が地を五つに分けた。そしてその地一つ一つに守護神を縛り、地を平定せしめた。そこに住まう人々は、平定した大地に感謝し、神を奉った。その際、神の声を聞きその身に神を降ろせる女が全てを任される。その女、神通力に長け、人々に現人神と崇められ国の中枢へと自然押し上げられた。これが初代、太古の巫女である。巫女はその血を分けた娘を五大国全てに封じ、その土地で一番力のある男と交わり、それぞれの地で血を残した。しかし古代の血は薄れ、人々に力は失われるつつある中。突出した血族が集まり…異能集団が里を作る。この中で古代の血は濃く残されていった。それが、忍の里。――血継限界。それが名残だ。
―――影。それは巫女の、影であるがゆえに出た名称。巫女を護るという事は、すなわち国を護るという事」

 五大国の、一般には語り継がれることのない裏歴史である。五大国の各大臣クラス、里の各長とご意見番と呼ばれる長老会しか知られていない機密であった。

 伝説の三忍と謳われている綱手だとて、カグラを自分の生徒として預かる時に、初めて三代目から聞いたのだ。おいそれと只人が耳にできる内容ではない。巫女は五大国全てに君臨し、その力で地を治めている。国とは関わりが無いと言い張る忍の里が、決して国中枢の声を無視できぬのがこの為であった。

 元々忍の原型は、巫女を護るべき異能集団の集まりだったという。里は巫女を支え、巫女は国を支える。そうして大国は栄えていったのだ。

「ここまではわかったかい、ナルト」
「なんかさ、伝説っぽくねえ? それって本当にあった話なわけ? 大体神様ってさ…」
「そういうたわけた事は、我が身振り返ってからいいな。大体普通に考えるなら、男でも女でもあるアンタの存在事態がおかしいだろうし。しかも腹の中にはバカでっかい妖魔がいるじゃないか」
「オレがおかしいのはわかってるってば! でもさでもさ…なんで性別がふたつもなきゃいけないんだってばよ」
「頭を使え。だからバカなんだ。考えてもみろ。巫女が強い男に惹かれ、子を成す。巫女は男に己の神通力の一端を渡す。これが契約だ。しかし――バカな男共の視点からすれば、無理矢理襲って孕ませれば、力を貰え、尚且つ火影になれるなどと勘違いされてもおかしくない。実際、お前が産まれた頃だが、霧隠れの里で水影が殺された時、水の巫女はまだ赤子だった。その赤子を巡って血みどろの戦いが起きたようだよ」
「――――水?」
「ああ、長い間水影は不在の状態だったようだ。その後のことは知らないがね。富と権力、そして守護。お前達巫女は、自己顕示欲の強い者達にとってはどんなことをしても手に入れたい恰好の存在なんだよ。いくら巨大な神通力を持っていたとしても、幼いうちから使いこなすことなできない。だから――己の身を守れるぐらい成長するまでは、男の性でいることのほうが多いんだそうだ。男をいくら襲ったとて子供はできないだろ」
「ちょっと待ってってば。じゃあ、産まれた時から女のままっていう巫女もいるのかよ」
「詳しい話は私だって知らないよ。今度自分で聞いてみな」
「誰にだってばよ」
「大社の神官職、巫女職なら知ってんだろ。お前はそこに篭らなきゃならないんだから、聞く時間はたくさんある」
「はあ? はあ〜?」

 間抜けにも大きな声で繰り返してしまった。寝耳に水、青天の霹靂。ナルトは愁眉を寄せる。

「篭る? なにそれ、なんだってばよ!」
「巫女の体ってのは特殊で、安定期に入るまではそっちに居てもらわなきゃ困る。少なくともこの私でさえお前の体は謎な部分が多くて手が出せないんだ。―――お前の母親は本当に型破りでなあ。産んだのは木ノ葉だが、それでも安定期までは里帰りしてたぞ」
「里帰りって…、母ちゃんはここが実家じゃないんだってば?」
「話が戻ったな。普通、巫女は忍の隠れ里では暮らさないし、産まれも育ちも大社の神域の中だ。その聖域の中で育ち、巫女としての教育を受ける。年頃になると、天啓を受けたが如く相手を選びに外に出るんだ。前火影…巫女にとっては父親だな。その父親がこれだ、と選んだ男を紹介することもある」
「じゃあ母ちゃんも? 産まれも育ちもその大社の中なんだったば? 選ぶために木ノ葉に来て、四代目を見初めたのか」
「そこが…アイツの型破りのところなんだな。カグラも、やはり男としての性のほうが長かったし、しっくりきてたようだ。ただ、育ちが大社だから、いつかは相手を選び子をなさねばならぬことは身に叩き込まれていたのさ。―――十二の年に大社を出奔。木ノ葉の里にやってきて、自分で相手を見極めるから忍にさせてくれと三代目に嘆願したんだ。年頃になり、押し付けられた相手と契るぐらいなら、自分で選ぶとまで主張されてしまえば―――ちゃんとした家庭を築いていた三代目は承諾するしかない。でもまあ、バクチだな。万が一にでもその巫女の存在がバレてしまえば、男達の間で血の雨が降ったことだろうよ。――や、充分降ってたか……、だが性格がアレだったからねえ」
「性格がアレって…なんだってばよ。んじゃ、母ちゃんは男として同期の忍であった四代目を選んだのか?」
「お前と似てるな、その境遇。やはり血は争えないか」
「オレのことはどうでもいいってばよ!」
「本人は顔で選んだと言ってたぞ。キモイ男と寝られるかってな。んで、好みの顔をどうにか見つけて、火影になれるよう鍛えに鍛え、教育してったんだ。ムリヤリな…」

 ふっと遠い目をされてしまって、ナルトは息を呑む。

「む…ムリヤリ?」
「四代目は確かに小さい頃から頭角を表していたが、性格がなんせノホホンだったからね。人を押し退けてまで上に行くような根性は持ち合わせてなかったんだ。一介の忍として、木ノ葉の里を守れればそれでいい、という信条の持ち主だった。…心根優しく、自来也の教え子のクセにいい男だったよ。まあ、そこを漬け込まれてなあ、いつ頃バラしたかは知らないが、それまで普通に親友だった四代目を脅し、脅迫し、迫り倒してとうとう火影になるまでに鍛えあげた」
「涙なくしては語れない裏事情があったんだな……てーか母ちゃんって何者……」

 母親とはフワフワとしていて、優しくて、いい匂いがするものじゃないのか。と、ナルトは崩れ去り跡形も無くなった母親に対しての幻想に泣きたくなった。

「この写真にある通りだろ。―――四代目は人望も厚く、慕われていた。それがだ、事情をよく知らない者にとっては悪名高い『男』と結ばれたもんだから、ヤツの仲間やシンパが阿鼻叫喚の事態に陥って、結婚式当日『やめるなら今だ』とか『後悔するのは目に見えてるじゃないか』『そんな顔だけのヤツに惑わされるな』とか散々の泣き落としをしてなあ。一列に並んでの壮絶な男泣きに、カグラが切れて……酒ダル担いで暴れまくったんだ。乱痴気騒ぎは朝まで続き、私達の他にもあちこちで雀卓囲んでジャラジャラジャラ」
「いやーっ! いやーっ! すっごいヤダ! そんな結婚式!」
「ちなみに懐妊した時は、そこに居た男共全員が熱を出して倒れたそうだ。まさか妊娠するとは思ってなかったんだろう」
「……そんな中でよく結婚して、子供まで産む気になったってばね」
「あいつ等は…あいつ等で確かに『愛』と呼べるものがあったと思うぞ。周りがなんと言おうとも、お互いが幸せだったんじゃないか? じゃなきゃ…何度も言うようだが、巫女が火影と婚姻したのもの初めてなら、ここで子供を産んだのも初めてなんだ」
「そう…なんだ」

 疑わし気に写真を眺められて、さすがに跋悪くなった綱手は、もう一枚渡してやった。

「悪かったわ。こっちがまとも」

 ハガキだった。写真ががついており、そこには若い男女が微笑ましく肩を寄せ合い立っている。
 どちらも照れたようにはにかんでおり、男の手は女性の肩に。女性の手は―――己の腹に。

 写真の端に、達筆で『妊娠八ヶ月です。産まれたら、是非見に来てください』とだけあった。

 男は白金の髪に、端正な顔立ち。蒼い双眸は柔らかく弛んでいる。女性の方は亜麻色の髪に、赤紫の瞳。たおやかな肢体は、膨らんだ腹を見なければ妊婦ともわからぬほど均整が取れていた。どちらも観賞に充分耐えうるほど、見目の良い夫婦である。

 初めてまともに見た母の顔に、ナルトはなんとも言えない熱いものが込み上げてきた。

「―――この、お腹の中にいるのがオレだってば?」
「そうだな。そん時はもう四代目を襲名してたから、私は里を出てた。出先にわざわざ送って寄越してきたのさ。律儀な二人だ」
「そっか…。貰っちゃっていいの?」
「お前が持っているほうがいいさ。私が持っていたって過去を懐かしむしか用途がないからね。んな辛気臭いことに使われたら、カグラだって怒るだろうさ」
「ありがとうだってば」

 丁寧にハンカチで包み、折らないように懐にしまった。

「ナルト…話はわかったか? お前の腹に今いるのは火の国の次代守護者だ。一度、神殿に行け。ここに戻ってくるかどうかは、それから考えろ」
「オレ…、オレが産まれて育ったのは…」
「わかってるよ。お前の故郷はここだ。お前が帰るべき場所はここだ。だが、一度よく…子供について考えてみろ。結局、この里で子供を産み育てた巫女はいないんだ。未知の出来事に、対応できるかどうかで、お前の子供の将来が決まるだろう」
「それは……。あのさ、でもじゃあ、オレはなんでこの里で育ったんだってば?」

 母親が死に、父親が死に。十五の年まで普通の少年として育ったナルトの疑問はもっともだろう。綱手は足を組替えた。

「―――腹にいる九尾。万が一にでも封印が解けて暴れた暁には、神域に押さえ込めるだけの術者はいない。それに――お前の母親たっての願いだった…と私は三代目に聞いたわ」
「願い?」
「お前に架せられた運命はあまりにも重い。そのふたつとも、己から気づき、立ち向かえるだけの力を手に入れるまで、黙っていて欲しいって。それまでは、普通の子供として育って欲しいってな。自分の足で立て。自分の意志で歩き出せ。四代目の子供だから、大丈夫。この子は強く、まっすぐ生きていける」
「―――勝手いってらあ」
「カグラの先見の明は確かさ。―――さて、話が長すぎた。老体には疲れるな」

 そうは見えない身のこなしで立ち上がると、綱手は首をめぐらす。
 ナルトはじっと、己の膝に視線を落としたまま動かないでいた。

「近々…大社に行くってばよ」
「そうしな。サスケは私に任せとけ」

 その名前に過敏な反応を返す。そうだ、その問題がまだあったのだ。

「サスケ! その、なにも知らないんだ。だから、火影の話は…」
「なるだろう。確信してるよ、私は。大体そのための試練をとっくに課してきたし、サスケもそれをこなしてきてるしな。あと数年もすれば立派な火影になるだろう」
「そんな、勝手に!」
「私は――そのつもりでアイツを鍛えてきた。余計な心配をするな、母体によくない」
「違くて…、サスケの意思が……」

 ふ、と綱手は笑うと、ナルトの頭を撫でた。

「巫女の目は確かなんだ。言ったろ? 四代目だって、最初から火影になろうとは思ってなかったんだ。だが、アイツは素晴らしい火影となった。―――命に代えても守りたいものがある男は、したたかさ」

 空気を少しだけ揺らして、綱手は退室していった。ナルトは暫く身動きができず。じっと考えこんでいたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 勘違いも甚だしく、行き場の無い怒りを身に抱え、ウロウロと歩き回っていたサスケは、とりあえず気を落ちつかさなければとようやく気づくと、公園のベンチに腰掛けた。

 まさか彼女の妊娠が、これほどショックなことだとは考えもしなかったのだ。子供ができたということは、親になるということだ。なにやら一気に大人へとなっていく印象が強い。

(―――あの、サクラが、母親に……)

 同年代でも早いものは既に結婚して、子供だっていたりする。それでも、身近な友人の懐妊となれば話は別だった。
 なにせ子供の頃から知っているのだ。なにやら子供が子供を産むようで、なんとも妙な気分になる。
 いや、確かにサクラはあの頃と違い、落ち着きや思考力の深さも手に入れていた。とても優しい女性でもある。彼女ならば、母親になったとしても、元来の根気強さを発揮して立派に子育てをするだろう。―――優しい母親になるに違いない。
 だからこそ、サスケは惜しむのだ。彼女には、良い相手と巡りあい、幸せな結婚をして、温かい家庭を築いて欲しかった。エゴと言われればそれまでだが、そんな未来が待っていることを何の疑いもせずにいたのだ。それに気づき、愕然としたのである。
 混乱する頭をなんとか整理すると、サスケは今後どうするべきかを本気で悩んだ。
 直接彼女から聞いたわけでもなく、立ち聞きして知ってしまったという展開も悔やまれる。力になりたいが、サクラから持ちかけてきてくれなければ、何の手出しもできない。

 思わず肩を落とし、俯いた時である。

「―――サスケ」

「……っ!」

 名を呼ばれ、反射的に顔を上げる。

「―――ナルト!」
「久し振りだってば」
「久し振りって…お前…っ」

 ここ数ヶ月、探しに探し回った人物があっさり目の前に現れて、思わず口篭もってしまった。

 最後に別れた時と同じく女性体のナルトを疑問に思わなくもなかったが、ここが外だということもありわざわざ問うことはしなかった。―――それが命取りとなることなど、予言者でもないサスケにはわからない。
 ナルトは神妙な面持ちで、サスケの隣に座った。
 てっきり怒っているものと想像していたサスケは、その様子に拍子抜けする。逢ったら速攻殴られるくらいの覚悟はしていたのだ。

「ナルト……その、心配したぞ。探し回ったじゃないか……」
「うん…ごめんってば。ちょっと、色々と大変なことがあってさ…」
「大変なこと?」

 それならオレもたった今あったばかりだ、と愚痴を漏らしそうになり、慌てて押し留めた。ナルトがサクラの件を知っているとは限らない。

 ―――サスケはどこまでも誤解したままだった。

「なあ…サスケ……」
「なんだ」

 沈痛な面差しで俯くナルトの様子がおかしくて、サスケは緊張する。

「お前さ、オレ達の年で…その子供ができるのってどう思う?」
「―――それは!」

 サクラの話か! サクラの相談をオレは今受けているんだ!

 思いがけない所から舞い込んできた話に、サスケは居住まいを正し、きっちり返事をしなければと意気込む。

「知ってる。妊娠したんだろ?」
「え! な…なんで知ってるってばっ!」

 サスケの発言に、ナルトはとんでもなく驚愕した。隣に座る男を凝視する。

「さっき――サクラといのが喋ってるのを聞いちまったんだ」
「……そ…そっか……。お、驚いたよな、サスケ」
「当たり前だろう! そんな…二十歳で妊娠なんて…ショックだった」
「ショ…ショック…? そうだよ――な」
「いまだに信じられねえ。子供が子供を産むようなもんじゃねえか…オレは、反対だ」
「――――――ぇ」

 雷が落ちたかのような衝撃がナルトのつま先まで走り抜けた。

「しかし既にデキちまったもんを堕ろせなんて…言えるわけがねえよ。でもな、男の意見も聞かずに何でも…決めちまってどうするんだ?」
「サ…サスケは…子供育てる気…ないってば?」

 ガタガタと震えだすのを必死で抑えながら、ナルトは小さく聞いてみた。が、答えが恐くて耳を塞ぎたい衝動に狩られる。それを許さないかのように、間髪いれずにサスケの冷たい返答が耳の届いた。

「なんでオレが育てるんだ?」
「お…まえ…子供…いらないって…言ってたもんな」
「いらねえよ。血を残す気なんかこれっぽっちもない」
「ごめん…ごめん、サスケ!」

 ――ナルトさえいればそれでいい。と、続けようとしたのだが、照れのために躊躇っていたら、突如ナルトが立ち上がり逃げるように去っていくではないか。

 サスケの目が点になる。

「へ? え、なにがだ……」

 理解できない突然のナルトの逃走を、サスケは思わず間抜けにも見送ってしまった。その姿が消えてしまったあとで、なにやらとてつもない失言をしたのかと青くなる。
 追いかけようと焦って立ち上がるも、横から殺気を感じて身構えたところで、クナイと手裏剣の雨が降ってきた。

「な? 誰だ!」

 簡単に避けることはできたが、里でどうして襲撃に遭うのだろうか。

「―――最低! すっごく最低! 見損なったわサスケ君!」
「サクラ?」
「ホント、もう滅茶苦茶オンナの敵って感じ! そんな男だと思わなかった……。生きてる資格ないわ!」
「いのまで…うっ」

 そして最後の一人に目を止めて、サスケはあとずさった。

「――――……」

 ヒナタだけは悪態をつかず、じいっとサスケを見つめてくる。
 同期の女性三人に囲まれて、身の置き所無くサスケは咄嗟に退路を探した。しかし、この中で唯一上忍であるヒナタから逃げ切るのは至難の技だろう。
 そんなこんなでてんぱってしまったサスケの前に、ずいっと怒髪天を突いたサクラが出てきた。

「サスケ君…子供育てる気がないって…本気で言ってんの?」
「はあ? だから、何でオレが育てるんだ?」
「いやーっ! 誰かこの無神経男をどうにかしてえーっ!」

 叫んだのはいので、サクラはあまりのことに絶句。サスケは本気で何を言われているのかわからずに、ポカンと立ち尽くしかない。

 殺気渦巻く雰囲気に、ヒナタがそっと水を注した。

「―――ナルト君が妊娠しました。相手は貴方です。さて、親権をどうしますか、という話になってるんだけど…。サスケ君、理解している?」

「――――――え?」

 空気が音を立てて凍った。

 たっぷり十秒。サスケは生きた人形と化し、意識が一気に彼岸へと飛んだ。

 戻ってくれば、目の前には鬼気迫る女達が侮蔑の眼差しを向けてくる。

「―――ナルトが…妊娠? サクラの話じゃ……」
「なんで私が妊娠しなきゃなんないのよ!」
「はああっ? なんでナルトが妊娠できるんだよ!」
「サスケ君、今ナルトに聞いたんじゃなかったのっ?」
「一体なんの話なんだ! ちょ…くそうっ! ちゃんと説明しろ!」

 苛立ちも露に髪を掻き回すサスケに、サクラは初めてお互いが勘違いしているらしいことに気づいた。

「本当に知らなかったのっ? じゃあ、今の会話はなによ! ナルト絶対誤解したわよ? さっさと追いかけなきゃ…っ」
「誤解って……」
「だからー! ナルトは躰も器官も全部女になれるのよ! 妊娠もできるの! そして―――貴方の子を身篭ったのよ」

 サクラに爆弾発言をされた時のサスケの百面相は、それは見物だった。
 いのはあまりのことに「勿体ないわー、イイ男なのにー」と違うところで嘆いてしまったほどだ。
 サスケは間抜け面から、まさしく我に返ると、真っ青になって

「ナルトオォォォオオオ―――っ!」

 吼えて走り出す。

 残された女性陣は、互いに顔を見合わせたのち、まだまだ続くだろう波乱を予想して溜め息をつくのであった。





 













五話

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