ビューティフルデイズ 最終話
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「―――き」 ゆさゆさと、躰を揺すられている。 「―――づきってば」 誰かが一生懸命耳元で怒鳴っていた。煩わしげに頭を振る。 (うるさい、僕は眠いんだ…) 「観月ってば!」 「赤澤っ!」 がばり、と躰を起こした。 何故寝てしまったんだ、と後悔するや否や「おい?」と声をかけられて、反射的にそちらを見た。 「観月…お前こんな所で寝てたら風邪ひくぜ? 四月とはいえまだ寒いしよ」 ぽかん、とまぬけ面で自分を気遣うように様子を伺う男を、凝視して固まる。 「おい…まだ寝てんのか、観月」 目の前で掌をひらひらと翳された。 小麦色の肌。よく見ればそれなりに整った顔立ち。肩に届くそれはいつも鬱陶しいから切れと言ってはいるものの、実は気にいってたりする黒髪。 「赤澤」 「な…なんで泣いてるんでしょう。僕…」 周りをきょろきょろと見回すと、そこは確かにテニス部の部室だった。 自分の着ているものはテニス部特製のジャージ。赤澤を見れば聖ルドルフ高等部の制服。 「今日は新入生仮入部か。どうだった?」 促されて慌てて立ち上がる。制服に着替えようかと思ったが、どうせ近いしと止めた。これ以上赤澤を待たすのも悪い。 部室の鍵を締めて、赤澤の隣を歩く。高校に上がり、一気に背の伸びた赤澤は易々と百八十センチを越えていた。妬ましさを感じるとともに、羨ましい。頭の上から彼の声がした。 観月がじいっと赤澤を見つめたものだから、居心地が悪くなったのだろう。わざとらしく咳をすると「そういえば」と話題を唐突に変えた。 「さっき、何の夢を見てたんだよ。恐い夢か?」 「―――恐い、夢だった気がします」 忘れてしまいましたが、と付け加えながら観月は並木に目をやる。 花弁が目の前に、雪のように落ちてくる。 ―――夢…どっちが? 胸の中が、いきなり不安にざわめいた。が、 「そっか。でも、夢でよかったな」 そう、赤澤があまりに優しく笑うから… 観月は頭に置いてある手を掴むと、ぎゅっと握った。 「……?」 不思議そうに見られたが、観月は何も言わずに手に力を込める。赤澤も頭から手を下ろして、握り返してくれた。 じんわりとした温もりが、手から心まで繋がる。 黙って手を繋いだまま、その下をゆっくりと二人は、 ――――歩いていった。 その手を離さなくて 本当に良かった 長い長い道だから、手を繋いでいてね 長い長い夜を越え今確かに誓うよ あなたの隣で生きていこう この美しい日々を…… |