帝王院高等学校

捌章-去り際の鎮魂歌-

ファンタスティックバイオレンスなう!

「あ、アンタも本当っ、諦めないっスね…!」
「株式会社笑食取締役専務を舐めるんじゃありませんよ、三年Dクラス平田洋二。…然しまぁ、近年稀に見る諦めの悪さは評価しましょう」
「へへ…それ誉めてるつもりですか先輩、はぁ、んな簡単に絆されると思われてんのかな、俺…?はぁ…」
「諦めの悪い男は鬱陶しいと思っていましたが、若い頃の話です。結婚し家庭を守らねばならなくなってからこそ、男の真価が問われるのですからねぇ」
「いやー、顔も声も似てないけど喋り方が白百合そっくりっスわ。言われませんか?」
「白百合ですか。今の若い者にも名が轟いているとは、流石は坊っちゃん」

噛み合っていない会話を横目に、殆ど解けていたロープをこっそり外した男は、ほっと一息吐いた。
鬼だの人でなしだの言われ慣れてはいるが、変人奇人揃いのワラショク幹部の中では、自分が最も平凡だと言い切る自信だけはある。そんな悲しい自信があっても仕方ないかと、ワラショク常務である一ノ瀬は再び溜息を漏らした。

学生時代は成長が遅く、小柄で吊り目がちな可愛らしい顔立ちをしていた一ノ瀬は、上に年の離れた姉がいた為、甘やかして育てられた事を思い知っている。待ち兼ねた男の子に両親もまた甘く、一ノ瀬が産まれて間もなく結婚した姉の夫も、弟が欲しかったと言って可愛がってくれたものだ。
お陰様で帝王院学園初等部へ上がる頃にはプライドの塊が出来上がっており、ちやほやされるのが一ノ瀬の中では普通の事になっていたと言えよう。

入学して間もなく、一ノ瀬は本物を王子様を見た。
お姫様の様に可愛いと言われて育った一ノ瀬は、学園長の息子であり、いずれ帝王院財閥を背負って立つ事になる帝王院秀皇を初めて見たその瞬間から、決して敵わない事を自覚したのだ。

男のプライドがへし折れると、なし崩しに隷属したくなったのも無理はない。同世代の誰よりも大人びていた秀皇は、先輩に対しても態度を変える事なく、誰もに平等だった。ただ一人を除いて、は。

「君が大空坊っちゃんに憧れてしまう気持ち、判らなくもありません。ええ、坊っちゃんは大層節操なしでしたが、皇子に比べれば可愛いものでしたからねぇ」
「はぁ?ヒロキ坊っちゃんって誰っスか…。王子って言われても、そりゃ光王子が絶倫なのは知ってますけど」
「時に、実家は何を?」
「はっ?え、俺の実家っスか?!唐突過ぎんだろ…」
「親は勤め人ですか?」
「これでも一応は、自営業者の息子ですけど…?」
「おや、それは都合が宜しい」

にっこり、満面の笑みを浮かべた男と目があった。

「都合?」
「私達を大人しく解放すれば、君の家族には手を出さない事を確約します」
「お、脅しかよ…!」

作業着の高校生の背中が怪訝げに動いたのを見たが、此処で知らん顔をすれば後で痛い目を見るのは自分だろう。諦めてゆっくり立ち上がり、スラックスから外したベルトを引き抜いた。

「素直に頷いた方が良いと思いますよ、三年Dクラス平田洋二。怖い怖い鬼からとっちめられる前に、ねぇ?」

どっちが鬼だと怒鳴るのは、後にした方が良いだろうか。

















「おー、随分陰気臭い所に落っこちてやがるなァ」
『声が笑っているな』
『笑ってる場合か、とっとと俊を探せ。俺にバレたら三人共ぶっ殺されるぞ』

がしゃん、と凄まじい音を発てて闇の中へ降り立った男は、沈黙している静寂の暗闇に人影を見つけた。鼓動の数は複数、この真っ暗闇の中にあっても、男には真昼と変わらない。

「はは、兄貴が怒ったらしつこいもんな。折角ばっちり目覚めたのにこそこそしなきゃなんねェとか、いつの時代も俺って惨め…」
『倫理や道徳からは縁の乏しい私は、再会を喜んでいる。恐らくオリジナルも同じ事を言った筈だ、それでも惨めと感じるか、ナイト?』
「ん?惨めだとか弱虫だとかは俺の口癖みたいなもんだから、深く考えんなよ」
『そうか』
『長話も結構だがな、端から見れば独り言にしか見えないって事を忘れてくれるなよ。粋じゃない行為をしたら、ちょいちょい怒るからな』
「あー、はいはい。何だよもう、AIだか何だか良く判んないけど、兄貴にそっくりで不気味過ぎんだろォ」

瓦礫を軽々と持ち上げた男は、暗闇の中に幾つもの人影を見つけてにやりと笑ったのだ。

「良し、手当てとか俺には無理だから、そっちは兄貴に任せるぜ。レヴィは搬出経路を探してくれっか?」
『ああ、任せておけ。学園在籍の生徒データは、ナインの傍で充電した時にハッキングしてある。お前が抱き上げたそれは、一年Sクラス神崎隼人だ』
『今時の餓鬼はでかい』
「や、本当にでかいけど軽いぞ。便利だな、安藤っつーロボットは」
『安藤ではない、アンドロイドだ』
『言っても無駄だ、夜人の脳と他のCPUは連結してないからな。鳳凰のCPUを補助につけてあるが、お陰で簡易催眠が使えん。良いか、起こさない様に気を付けろよ』

冷静な声と不機嫌な声を交互に聞きながら、白衣を纏う男はがっくりと肩を落とした。

「あァ、生きてる時も死んでから生き返っても馬鹿は治んねェのか。泣けてくる…」
『ナイト、何も悲しむ必要はない』
『男の癖にメソメソするな弱虫、そんなんだから外人に誑かされるんだ!情けない!』

起こさない様に気を付けろと言った声が一番煩いのだが、指摘するだけ無駄だろう。
遠野一族は人の話を聞かない事でそこそこ有名だ。




















「ぜー、はー、ぜー、はー」

薄暗い地下駐車場、漸く車内から転がり降りた男は人気がない事を確かめると、車高の高いSRVに狙いをつけて下に潜り込んだ。暫くは身を潜めておけるだろう。

「くそ、歳か…!ぜぇ、はぁ、宮田が近くに居る筈だが…ちっ!ケツの携帯が取れねぇ…!」

光華会会長にして、高坂組三代目は後ろ手に縛られている両手をもにょもにょと蠢かせたが、流石は叶と言うよりない。全く抜け出せそうな気がしないからだ。
つい先程までは見張りが数名居た様だが、何事か騒がしくなった後に去っていくのを確かめた為、今しかないと放り込まれていた車の中から飛び出したのである。

「…後先考えてから行動しろって、また脇坂辺りにどやされそうだが、俺の方が成績良かったっつー事を忘れてやがるなあの眼鏡。若い頃から老眼入っただけでインテリ振りやがって、学生時代は臭い作業着着てた癖に…」

ぶつぶつ宣いながら、高坂向日葵は狭い車の下をみのむしの如く転がった。このまま隠れていてもどうしようもないのだから、自ら行動するしかない。

「つーか、餓鬼共、俺が拐われた事に気づいてんのか…?誰も助けに来ねぇとかないよな…?俺はあれだぞ、組長だぞ?大体、腐れ小林守矢が俺を拉致るってどう言う理由があんだ、糞オカマが俺の命を…いやもしかしたら俺の尻を?狙ってたり…」

ガタブル。
恐ろしい想像をした高坂は青ざめ、きゅっと尻の穴を引き締める。若気の至りで試した事はあるが、やはり掘られるより掘る方が性に合うのだ。
初等部から男子校で暮らしていた高坂は、それ以前は現在の自宅と同じ4区の実家暮らしだった。ヤクザの息子と言う立場を近所で知らぬ者はなかったが、女癖は悪いが人望はあった父親のお陰で、近隣住民からの反発はほぼなく、幼稚園に通う事も出来た。

その頃、遠野の屋敷が近かった事もあり、二つ下の俊江と三つ下の直江とも良く遊んだものだ。どちらも運動神経が良かった姉弟だったが、我儘だった姉に比べ大人しかった弟は、度々死にかけるバッドアクティブな遊びに耐えられず、姉と遊ぶ事を早々と拒否した。
自分が院長の息子である事を悟り、遊びよりも勉強に精を出していた様に記憶している。
そんな生真面目な弟と引き換えに、勉強している所など一度も見た事がない筈の俊江が東大医学部に現役合格したと聞いた時は、流石の高坂も直江を気の毒に思ったものだ。ただでさえヘタレな性格が災いし、模試の度にネガティブな想像に負けて実力を発揮出来ず、高校在学時に初めて出来た彼女の応援がまたプレッシャーになると言う悪循環に晒されていた。

結果的に医大へは進んだが、受験を終えた時の遠野直江は今にも死ぬのではないかと思うほど、痩せ細っていたものだ。流石にあれは可哀想だった。

「…そう言やぁ、直江の嫁は派手な顔立ちしたハーフの女だったな。絡まれてる所をトシに助けられて暫くストーキングしてた、電波系の…」

若い頃は男女問わずモテた高坂は、然しどちらかと言えばゲイよりだった為に、幾ら美人でも女には興味がなかった。引き換えに、女にモテまくっていた遠野俊江は、19歳で単身留学するまでは後先考えない命知らずな所があったので、好いた腫れたからは縁が遠かった様に思う。
それが何処でどう間違えれば8歳も年下の高校生と結ばれるのか、その上、その無謀にも程がある高校生がよもや帝王院秀皇とは、この世は実に酔狂だ。

「トシの奴は昔から、何でかああ言う系の奴らに好かれんだよな…。アレクも今はともかく、昔はアレだったもんなぁ…」

今年45歳の高坂と35歳の秀皇は十歳違う為、秀皇が六歳で初等部へ入学する前から勿論、高坂は秀皇の事を知っていた。産まれた時から知っていたと言った方が正しい。
秀皇が誕生したのは高坂が十歳、初等部四年生だ。優しい帝王院隆子夫人が出産したと言うニュースは学園中に轟き、当時の生徒らは恐らく、顔も見た事のない学園長子息を弟の様に思ったのではないだろうか。

「ちっ。無駄に腹が減る様な事をさせやがる。…俺だけならともかく、女房子供にまで手を出したら嵯峨崎だろうが容赦しねぇぞ…っ」

兄弟の居ない高坂は、生来の兄貴分的性分で先輩後輩問わず慕われていた為に、秀皇が入学したら世話を見てやろうと思ったものだ。
高坂が16歳だった頃、漸く初等部に上がった秀皇は幼稚園には通っておらず、帝王院学園敷地内にある帝王院の屋敷で教育係をつけられており、勉強は出来たが情操教育が欠けていた。あの当時から、帝王院秀皇は既に帝王院秀皇だったのだ。
とどのつまり、可愛い弟などでは決してなかったのである。

人と言う人を犬か猫の様に思っていたのではないかと思うが、高坂は学園在籍時代に秀皇と会話をした事はほぼない。中央委員会会長として式典へ出席した時に、遠くから見た事がある程度だ。
完璧すぎる愛想笑いが、学園長である駿河には全く似ていなかった。今となれば、あれは高坂の本能的なものだったのかもしれない。

「…思い返してみると、秀皇よか俊の方が根が深そうな気がしないでもねぇんだよなぁ。色々と…」

呟いて、近づいてくる足音を聞き止めると口を閉ざす。
どんどん近づいてくる足音と共に、車体の下から数名の足を見つけた。

「おい、ランはどうした?」
「どうもリンに知られたらしい。今回の件が龍の宮の耳に入るのは阻止せねばならんからな、あれにはそちらで動かせるさ…」
「史也さんからの連絡はまだなんだろう?…ちっ、いつまでも余所の姓を名乗ったまま立場を忘れた老い耄れに、我らが従う道理があるのか…」

ああ、どうやら叶の人間らしい。
途中聞こえた名には覚えがあったが、ただでさえ体格に恵まれた高坂がこれで下手に動く事は出来なくなったと言えるだろう。極道より性質が悪い忍者一族相手に、何分誤魔化せるだろうか。冷や汗が止まらない。

「守矢殿は名で繋がっていない、所詮は側室の子供だ。本当に前宮様の子供だったのかどうかも、今となっては…」
「気持ちは判らなくもないが、此処でそれ以上ぼやくのはよせ。曲がりなりにも東京は、天神のおわす帝王院の支配下だ」
「…そうだな、許せ」
「おい、中を確めろ。老害とは言え、あれでも文仁さんが手を焼く相手だ。宵の宮程ではないにせよ、嵯峨崎財閥に睨まれるのは避けたい」
「光華会を敵に回しても、か?我らも落ちたものだな、帝王院に忠誠を誓っておきながらこの様とは…」

車のドアへ手を掛けたらしい男の気配に、高坂は天を仰いだ。気持ちだけは。
ぎゅっと目を瞑り半ば諦めの境地だったが、滑り込んできた車のホイールが地面を踏む音を聞くなり、叶の男達が舌打ちを零し気配を消すのが判る。後ろめたい状況を他人に見られるのは、確かに良い気持ちではないだろう。

「助かった…のか?」

ほっと小声で呟けば、高坂が潜り込んだ車の正面に停車したらしいセダンから、何人かが降りてくる。
せめて顔を見てやろうともじもじ尻を動かしてみるが、30〜40センチ程度の車底の隙間にすっぽりハマっている組長は、にっちもさっちもどうにもブルドッグだ。昭和の匂い。

「あー、たった30分ちょいなのに体がバキバキ言ってら…」
「ハイグレードだろうが、セダン型に体格の良い男が5人も乗ってたんだから仕方ない。ああ、違うか、6人だったな?」
「…にやにやするんじゃない。武蔵野、そこの二人はどうするつもりだ?」
「えー、俺達だけお留守番なんですか?!酷いやネクサス、俺頑張って運転したのにっ!」
「大丈夫、迎えを寄越してる。そろそろ来る筈」

聞き覚えの全くない男達の声に、がっくりと肩を落とした高坂は息を潜めて状況を見守る事にした。気配を消した叶の男達が近くに隠れているかも知れない状況では、下手に助けを求められないと言うのが本音だ。
賑やかな若者の声と態度で堅気の人間である事は間違いないだろうが、5人も乗っていたと言う割りに、目ぼしい気配は4人分しかない。
その内の2人は高坂の本能をチクリと刺激したが、顔が見えないのではどちらにせよ、出来る事はなかった。


「コード:ネクサスオリジナルを確認」

全く。
そう、ハイブリッド車よりも静かに、何の音もなく高坂の目の前に足が現れた。

「「ネクサス!」」
「大声でコードを呼ぶのは感心しない」

叫び出しそうだった極道はぎゅっと下唇を噛み締めたが、ばっくばっくと音を発てている心臓の音が聞こえていても、無理はない。それくらい何の気配もなかったのだ。

「やっほー、久し振り。相変わらず俺にそっくりでマジ気色悪い、髪型変えてて良かったわ」
「規約違反ですネクサスオリジナル。マスターの許可なく学園に姿を現されては、任務に支障を来す畏れが」
「堅い事言うなよ、俺そっくりな癖に。ケルベロスにはお前から上手く言っとけって、お前のご主人様だろうが俺には関係ねーし」
「規約違反ですネクサスオリジナル。一般人に機密を明かす事は社訓で禁じられて、」
「あー、もー、こっちは高野省吾さん!何とかって秘書と知り合い!こっちは榊!榊くらいデータベースに登録してあるんだろうが、ネチネチうっさいなぁ、もー!」

ぎしりと。
高坂の上の車体が軋んだ様な気がする。大型ジープがそう簡単に風で揺れるとは思えないし、元より、地下駐車場の中に風が吹く筈もない。
緊張の余り男らの会話を聞いていても理解出来ていない高坂は、後ろ手に縛られた手に汗を掻いたまま、マネキンの如く固まった。彼の金玉はきっと、哀れなほど縮こまっているだろう。

「いかん、このままじゃ千明が死にそうだ。只今ご紹介に預かりました高野省吾です、ネルヴァのカラ友です。おい千明、お前そっくりなこの兄ちゃんに幾ら渡したら良いんだ?」
「無理だよショー兄、そいつロボットだもん。金じゃイタリアンは靡かない設定なんだよ、愛じゃないと」
「ほー。つまり俺が千明2号とセックスをすれば良い訳だな?…おーし、為さねばならぬ何事も。やってみるか」
「ネクサス!さっきからその日本人は何を言っている?!こんな恥知らずが世界的指揮者など、私は信じない…!」
「大声でコードを呼ぶのは感心しないと言った筈だ」

ぎしり。
やはり高坂のすぐ傍で軋む音が響き、続いてがばっと視界が開けたのだ。

「我ら対外実働部は一般人に迷惑を掛けてはならないときつく戒められている。忘れたのか?」

地下駐車場の無機質な照明が、転がる高坂の網膜を焼いた。
片腕で大型車を持ち上げている男が真横に見えると、ぽかんと見つめてくる他の5人にも気づいたのだ。


「あ、はは………いや、その、……………こんにちは?」

地面に転がっている高坂が、縛られたまま乾いた笑みを浮かべ呟けば、五者五様、それぞれ目を丸めた男らの中から眼鏡を掛けた一人が絞り出す様な息を吐いた。

「はぁ。光華会会長が、そんな所で何を…?」
「はっ?!何だテメェ、俺を知ってんのか?!」
「覚えてないのは無理ないと思いますが、…4年前、若にお世話になりました」
「…4年前?」

見た目は堅気なのか一般人なのか判断がつかない今時の若者を前に、高坂は乱れた前髪を息でフーフー吹き飛ばしながら考えた。記憶力は悪くない方だが、顔見知り程度は掃いて捨てるほど居るのだ。ましてこんな若者、チームだの族だの勝手に名乗って悪さする奴らは星の数だ。一々全員を覚えてはいない。
それこそカルマの悪餓鬼やABSOLUTELYの幹部ならまだしも、

「あ?もしかしてテメェ、雅か?」
「お久し振りです。再会の挨拶は後にしますか」

高坂に再び目礼した男が、背後へ目を向けた。
やはり隠れていただけだったらしい叶の黒服達が、忌々しいと言わんばかりに睨んでいる。

「おーい榊さん、あれって何かヤバげじゃね…?」
「ヤバいも何も、本職だ」
「ヤクザ?!」
「いや、ヤクザはそこに転がってる。お前の足元だ武蔵野、踏むなよ」
「えっ?!このオッサン、ヤクザなの?!」
「はは、元気が良いな千明。オッサンはないだろうオッサンは、どう見ても俺と同世代じゃないか。ようヤクザ、お前は何歳で何中だ?」
「…あ?45歳で帝王院中だ、何か文句あんのかテメェ」
「何だよ老けてんな、年下じゃねぇか。目上には敬語使え敬語を。高野省吾様だ。ヤクザだろうがマフィアだろうが、調子に乗ってると解いてやんねーぞ?」

高坂は久し振りに青筋を立てたが、一般人に一々激怒していては救われない。痙き攣りながら「すいません」と呟けば、にまにましながら屈み込んできた男が後ろ手に縛られている高坂の戒めを解いてくれた。
解いてくれたまでは良かったが、最後に尻を撫でられた様な気がするのは、この際忘れよう。キッと睨みながら立ち上がった高坂の前で、外国人二人がかりで伸されたらしい黒服が崩れ落ちる。

「鮮やかなお手並みだ。流石は天下のステルシリー社員、此処が海の中だったら俺にも分があっただろうに」
「港町育ちのショー兄、ヤクザさんが凄い睨んでんよ…?」
「はぁ。良いか千明、ヤクザが怖くて子育ては出来ないんだ」
「育ててねぇじゃん、ケンゴはどう見ても勝手に育ってる」
「うひゃ。まぁな、俺の息子だからかな…?」

てへへ、と、わざとらしく笑っている男を遠巻きに睨んだ高坂は、体格は自分の方が勝っている事を目算して息を吐いた。ちょっと捻り上げれば終わりそうな中年ではないかとほくそ笑み、つつつと離れる。

「榊、そいつらどうすんの?」
「理由はともかく、どうも高坂さんを拉致した奴らなのははっきりしてる。武蔵野には関係ない話だが、以前俺が世話になった人だ。見捨てていく訳にも行かないからな…」

何故だろう、本能が近づくなと言っていた。
秀皇に対していつか抱いた恐怖感に似ている気がしないでもないが、理由が判らない。
まさかそれがドSに対しての本能的防衛心とは思いもよらず、恐妻家のマゾは手早く簀巻きにされていく黒服達を睨み据えたのだ。

「さて、小林の狸野郎が何を企んでやがったのか、きっちり吐いて貰おうか?」

餓えた虎を前にした忍者らは気丈にも沈黙を守り、決して短くはない筈の高坂の堪忍袋がプチっと切れた。ただでさえ愛息子と愛妻が危険な目に遭ったばかりで気が立っていたのだ、少々手酷く痛めつけてしまうのは仕方ないのでないか?
ただの八つ当たりと言われれば、返す言葉がないとは言え、だ。

「あちゃー…モノホンのヤクザじゃんかー…」
「ほー、惚れ惚れする蹴りだな。俺も鍛えれば今の蹴りを真似出来る気がする。良し千明、一緒にジムに通うか?」
「は?何でだよ嫌だよ、一人で通えよ」
「一人は寂しいじゃないか」
「寂しがりやかよ!」
「半年に一回くらいは休みが取れると思う」
「それ鍛えられそうにないよね〜」

気が抜ける会話で脱力した高坂は、痛めつけ過ぎて意識を手放したらしい人質に鋭い舌打ちを零し、汚れたジャケットを脱ぎ捨てた。赤く縛り痕が残る手首を横目に携帯を取り出すが、地下だからか圏外だ。

「ちっ、どいつもこいつも役に立たねぇなぁ。何にせよ礼を言うぜ榊、あれから親父さんを悲しませてねぇだろうな?」
「今のところ真面目なもんですよ。その節は…」
「ああ、良い。日向が勝手にやった事だ、俺に恩を感じる必要はねぇ。…っつっても、あの件にゃ俊が絡んでんだろう?」
「ご存じでしたか…?」
「俊?榊、すんこが絡んでるって何?」
「俊と言うのはカルマの総長だろう?健吾が世話になってる相手だ、挨拶した方が良いよな♪…手土産がないんだけど、何とかなるだろうか」
「あ?テメェら全員、俊の顔見知りか?」

脳内で極道もビビる極道顔を再生した高坂は、ピクッと眉を震わせる。榊がカルマ絡みなのは承知しているが、ならば何故ステルシリーの人間と一緒に居るのかが理解出来ないからだ。
対外実働部だろうと言うのは理解しているが、それでも嵯峨崎嶺一が動かせる人員には限りがある。事実上のマスターは、嶺一ではなく佑壱だからだ。

「ひょえ!え、あの、俺はすんこの何つーか、そのっ」
「千明は俊君の師匠だよな」
「あ?…この餓鬼が俊の師匠だと、笑わせんな馬鹿か」
「ヤクザ怖いヤクザ怖い、ショー兄が喧嘩売るからだろ…!睨まれたぁあ!」
「良し千明、睨み返せ!」
「無理ぃいいい」
「何なんだテメェらは…」
「あん?俺は健吾の父ちゃんだ。お前は何だヤクザこの野郎、良いケツしやがって。年下と言われたら容赦はしない。今度は揉むからな、覚悟しろ」

然し見るからに怯えている若者の肩をガシッと抱いた黒髪の男は、奇抜な色合いの高坂の服とは違ってシックなダブルのスーツを着ており、見た目だけなら何処ぞの社長と言われても納得してしまう。存在感があるのは、満ち溢れた自信からだろうか。

「…俺様はひなちゃんの父ちゃんだ、何か文句あるんスか」
「ひなちゃんって誰だ、可愛いのか?うちの健吾は親の目で見ても顔だけは抜群に可愛いぞ、中身はまぁまぁ馬鹿だけど」
「ひなちゃんは360度どこから見ても全部が可愛いパーフェクトな俺様の宝だ!待ってろ、写メを見せてやっから!」

然し未だに不信感が拭えていない高坂が睨み付けても、少しも怯まない男は子供めいた笑みを浮かべている。どんな修羅場を潜り抜けてきた男だろうと思ったが、息子の話を出されて黙っていられるほど、高坂は出来ていなかったのだ。何せピナパパ日記の管理者である。

「え?ひなちゃんって、まさかすんこにべったり張り付いてるあの金髪の事?チビであざとい系の…?」
「それであってると思うが、今の高坂はお前の想像を遥かに越えてるぞ武蔵野。最早あの頃からは別人だと思った方が良い」

先程までの一触即発ムードは何処吹く風、きゃいきゃい互いの携帯を見せ合っている男らは女子会に突入していた。どの角度から見ても、女子会に。

「ええー!お前の息子?!超可愛いっしょ!狡い、金髪の餓鬼なんか作ってんじゃねーべ、ヤクザの癖に!」
「悔しかったら金髪の嫁さん貰ってみろ先輩。そっちの写真も見せろや、………げっ!アンタまさかケンゴの父親かよ!そうか、高野、珍しい名字なのに気づかなかった…」
「どーよ、俺の息子もかっわいーだろう?こっちは裕也、俺のもう一人の息子みたいなもんだ。あとこっちは毎年誕生日に公演を依頼してくれる、何だっけな、玄武さんだっけな?忘れた」
「裕也って、藤倉裕也か?ネルヴァの息子じゃねぇか、もしかしてアンタ大河の身内なのか?!」
「大河?ああ、中国マフィアか。身内じゃない」
「だったら何なんだアンタの人脈は…」

口を挟む隙を見出だせない外国勢は黙って成り行きを見守っていたが、三人共、微妙な表情だ。

「…ネクサス、これって良いのかな?」
「頭が痛い…」
「良いも悪いもないと思うが、高坂向日葵はベルハーツの父親だ。マスターの指示を仰がねば、勝手は許されない」
「ネクサス、光王子に喧嘩売りそうになって怒られたんだっけ?」
「あの様に下賤な男がイギリス公爵家の跡取りとは、益々頭が痛い…」
「お前さー、頭が痛いって言い過ぎじゃね?三十路って頭痛に悩むの?」
「ネクサスオリジナル、私と同じ顔で子供の様な質問は控えて貰えるか」

何にせよ、チーム『マフィア』は案外長閑だった。
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©Shiki Fujimiya 2009 / JUNKPOT DRIVE Ink.

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