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「ふぅ」
 今日もバイト先でミスをしてしまった。美奈の言う通りこの季節になると俺は
注意力が散漫になるようだ。
 昨日と同じように比良坂の屋敷の前に差し掛かる。この道を通らず遠回りしよう
かとも思ったが寒さに負けて家まで一番近いこの道を通る事にした。
 何故、俺がこんなにもダメになってしまったかは分っている。俺はこの性格から
か人付き合いが苦手で友達と呼べる相手はほとんど居なかった。親でさえ俺を腫れ
物を触るように扱った。
 15年。15年間そんな生き方をしてきた俺にとって薫の存在は大きかった。
俺がどんな対応をしても無邪気に俺を慕っていつも後からついてきた薫。アイツ
と居た時間は楽しかった。
 薫も特殊な学校に通っていたようだが友達はいなかったらしい。ようするに、
お互い初めてできた年の離れた友達だったと言う訳だ。
「アイツが居なくなって4年・・・か」
 吐く息が白い。4年前の冬。薫は俺に何も告げずに急に居なくなった。俺は必死
に薫の居場所を探した。だが、まったくわからないままいつか探す事を諦めてしまった。
「ん・・・?」
 門の脇。見なれない少女が座り込んでいた。
「誰だ?」
 白い着物に良く栄える黒く長いサラサラの髪。さわれば傷付いてしまいそうな
ほど白い肌。幼い横顔。見覚えは無い少女。いや、どこかで見た事がある気がする。
 心臓が早鐘を打つ。足が重い。息が荒くなる。
「は・・・・・・ぁ」
 足が完全に止まってしまった。まさか、そんなはずは無い。
俺が立ち尽くしていると少女が俺に気付いたのかこちらを向く。目が合った瞬間
少女の顔に太陽のような笑顔が浮かび、俺に向って小走りに駆けてくる。
「あ・・・・・・あ・・・・・・」
 息が出来ない。俺はこの娘を知っている。この娘は・・・。
「・・・薫?」
「お兄ちゃん、ただいま」
 視界が涙で歪む。薫だ。薫が目の前に居る!
「お兄ちゃん!」
 薫が俺に抱きついてくる。俺もとっさに薫を抱きとめていた。

「薫!ホントに薫か!?」
「うんそうだよ。ここで待ってたらぜったいお兄ちゃんが来ると思ってた」
 えへへ。とはにかむ。この笑い方は薫のものだ。
「お前今まで何所に居たんだよ!」
「んー、わかんない。どっかとーいところ」
「それにお前、何で女の子の格好なんてしてんだ?」
 まさか本当に女になってしまったとは思えないが俺の身体に当たっている二つ
の膨らみは小さいが確かに女性の胸だ。
「わかんない。気が付いたらオチンチンがなくなってた」
 不思議そうに首を傾げる。理由はわからないが本当に女になってしまっている
らしい。それにしてもこのストレートな物言い。変わらないな。
「わかんないってお前・・・」
「薫さん。こんな所に居ましたか」
 門から黒い着物に髪を結わえた女性が出てくる。・・・薫の母親の美津子さんだ。
「あ、お母さま」
「・・・・・・貴方は」
「美津子おばさん」
 一瞬、美津子さんの顔に嫌悪の表情が浮かんだ気がした。
「まだこの街にいらしたのですね」
「はい」
 まるで居なかった方が良かったかのような言い方だ。
「おばさん。薫はいったい・・・」
「貴方には関係の無い事です。どうかお引取りください」
 まるで取り付く島が無い。いったい何だってんだ?
「そんな格好で外に出て。身体に障りますよ」
「お兄ちゃん」
 美津子さんが薫を連れて門の中に入って行く。まるで逃げるかのようにだ。
薫はギリギリまで俺の事を見ていた。
「何なんだよ・・・」
 確かに以前も薫が俺と付合って外に抜け出していた事に良い顔はしなかったが
あの頃は少し厳しいが良い母親だと思っていた。しかし今の対応は何か引っ掛かった。
「でも、薫が帰って来たんだよな」
 どんな形であれ薫が帰って来た。俺の顔は自然と綻んでいた。

 次の日、俺はバイトを休むと比良坂の屋敷に向った。何となく、薫が待って
いるような気がした。
「あ、お兄ちゃん」
「よう、薫」
 まるで四年間の事なんて無かったように二人で自然に挨拶を交す。
「やっぱり来てくれた」
「お前が俺が来なくて泣いてるんじゃないかって見物しに来たんだよ」
「ボク、泣いたりなんかしないよ」
 ぷぅっと膨れる。昔のまんまだ。
「なあ薫。どっか行きたい所あるか?」
「ボクね、いつものこうえんに行きたい」
「そうか、じゃ行くぞ」
「あ、まってよぉ」
 俺が歩き出すと薫も後ろからちょこちょことついてくる。前からそうだったが
家元の息子と言う事でいつも着物を着ている上に薫は背が低く歩幅が狭いので足が遅い。
「ほら、置いてっちまうぞ」
「まってったら〜」
 4年前とまったく同じやり取り。俺の心に開いていた穴が塞がっていくような
気がした。
「ついたぞ」
「ねえねえ、ボクブランコしたい」
「しょうがねえな」
 薫がブランコに走る。途中転びそうになるのを助けるのまで前と一緒だ。
「そら、いくぞ!」
「わー!すごいすごい!」
 ブランコを思いっきり押してやる。薫が嬉しそうにはしゃぐ。
「次シーソーやろうよシーソー」
「お、おい」
 薫がブランコから飛び降りる。振り子で返ってくるブランコが薫に当たらない
ように止める時に一瞬ひやっとした。まったくこいつは。
「お兄ちゃんはやくー」
「シーソーか。何年ぶりだろうな」
 普段ならシーソーなんて恥ずかしくてできないが、今はそんな事どうでもいい。
思いっきり薫と遊んでやりたかった。
「はやくはやくー」
「ほれっ!」
「うわぁ!あはははは]
 思いっきりシーソーを跳ね上げてやる。気が付くと着物の隙間からショーツが
丸見えになっていた。まあ、そんな事気にするやつじゃないんだけど本当に女の子
になっちまってるんだな。
 それから、俺達は夕方まで遊んだ。ジャングルジム、滑り台、鬼ごっこに隠れんぼ。
公園にある物を使ってありとあらゆる事をした。
 子どもの様にはしゃぎ回る薫。実際精神は小学生低学年以下程しかないらしいん
だけど。それを見てると何となく、少女の姿もあってか愛おしさを感じる。
「何考えてんだ俺」
 頭を振る。久しぶりに薫と遊んで舞い上がってんのかな。
「おもしろかったー」
「ああ、そうだな」
 比良坂の屋敷の門につく。今日はここまでだ。
「お兄ちゃん。またあしたね」
「おお・・・あ、ダメだ」
「え〜〜」
 流石にバイトを二日間も続けて休むわけにはいかない。
「悪いな。また今度だ」
「ぜったいだよ?」
「ああ、約束だ」
 これはバイトのシフトの調節を頼む必要がありそうだ。

「智也なんか変わったね」
「そうか?」
 薫が帰って来てから一週間が経った。バイトはメインのシフトを夜に移して
もらい、昼間の間に薫と遊べるように調節した。
「なんか生き生きしてる感じかな。優しくなったし」
「気のせいだろ」
 美奈が嬉しそうに笑う。相変わらず鋭い。
「ねえ智也。クリスマスどっか行こうよ」
「そうだな・・・」
 カレンダーを見る。今日は十二月七日。そうか。もうクリスマスが近いのか。
「どこか行きたい所とかあるのか?」
「私は智也と一緒ならどこでもいいや」
 機嫌が良いみたいだ。鼻歌交じりに雑誌をめくっている。
「バイトも忙しいみたいだし。今の智也、かっこいいよ」
「あ、ああ」
 美奈には薫に会いに行っている時間をバイトのシフトが増えたと言う事にして
いた。何となく本当の事を伝え辛かった。
「ホントに良かった。智也が元気になってくれて・・・」
 美奈の横顔は、なんだか寂しそうな気がした。

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