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「・・・・・・」
和久に抱かれている。どうやら和久は寝てしまってるようだ。
(・・・和久とエッチちゃったのか。俺)
今回はちゃんと記憶に残ってる。
(和久が好き・・・・・・か)
俺の本心。ごまかして来たつもりだったけどやっぱり俺は女として生きて行こう
としている。和久の事も・・・・・・多分好きだ。
(でも、まだ迷ってる)
我ながら優柔不断だな、と思う。
「ん・・・」
起さないように和久の腕の中から抜け出す。
「痛っ」
下腹部が少し痛んだ。
「はぁ・・・どうしたいんだろうな。俺」
色々な想いが頭の中で渦巻いて考えがまとまらない。
「とりあえずシャワー浴びて落ち付こう」
海水が乾いて肌がべたついて気持ち悪い。シャツとパンツを着ると静に部屋を
出てシャワーを浴びに行った。
「はぁ」
人の少ない浜の岩場。口が開けばため息が出てくる。無意識にチャラチャラと
ブレスレットをいじっている。今男に戻ったらどうなるんだろう。俺は今まで通
り3人と付合って行けるのかな。そんな事ばかりが頭に浮かぶ。
「はぁ」
またため息。もうどうしたらいいのかわからない。
「あれ?辰実。こんな所でどうした?」
「ノリ・・・」
岩の陰からひょっこりとノリが顔を覗かせる。
「ん、ちょっと考え事」
「なんだ。急にブルーだな」
ノリが隣に座る。ああ、余計な心配かけてるんだろうな。
「なあノリ。お前今の俺どう思う?」
「う〜ん、そうだな。可愛いし付合いやすいし。俺は気に入ってるぜ」
「そっか・・・」
変わらないと思っても桜子の気持ちに和久の気持ち・・・。やっぱり俺が女だ
からなのかな。
「桜子も猛烈にモーションかけてるみたいだけどそれ多分お前だからだぜ」
「どういう事?」
「辰実だからって意味だよ。辰実じゃなかったら俺達だって気軽に付合えないし
バカ騒ぎだってできないだろうな」
「・・・・・・・・・」
前に和久も言ってたっけ。自分を否定できるのは自分だけだって。
「そうだよな。俺が男だろうと女だろうと俺は俺だもんな」
「そう言う事」
ニカっとノリが笑う。うん、気持ちが軽くなった。
「所で桜子は?」
「ああ、そう言えばお前の事探し周ってたぞ。『辰実ちゃんと和久がいない!
私の辰実ちゃんの貞操が危ない!』って叫んで走ってった」
「そ、そう」
するどいな。あいつ。
「それで和久は?」
「ん?えっと、旅館で昼寝してる」
もやもやがすっきりしたのは良いけどどうやって誤魔化そう?
「辰実ちゃーーーーん」
「うわっ!桜子!」
ノリと浜に荷物を取りに行く途中、桜子に見つかってしまった。
「あーん、心配したんだからー!」
「だから抱き付くなって!」
走って来た勢いのままに飛び付いてくる。やれやれ。
「大丈夫だった?和久に変な事されなかった?」
「あ、う・・・いや。うん」
変な事しちゃったからどうしようもない。
「・・・・・・辰実ちゃん?」
「うっ・・・な、なんだよ」
じとーっと人を疑いの眼差しで見つめる桜子。居心地が悪いなぁ。何となく
気まずくなって視線を反らすと桜子の手にあのペットボトルが握られているの
に気が付いた。
「おい桜子。そのペットボトルの中身・・・」
「え?これ?これは何でもないのよ〜」
何でもないって言われてももう飲んじゃったし。
「それ、酒だろ」
「酒?」
「あ、ちょっと」
ノリが桜子の手からペットボトルを奪い取って一口飲む。
「ぶはっ!なんじゃこりゃ!?」
斜め上を向いたまま吹き出すノリ。おぉ、虹だ。
「よーし、桜子。薄情してもらおうか」
「しょうがないわね・・・。これ家から持ってきたスピリタスってお酒よ」
スピリタス・・・確かアルコール度数96%の魂に火の付くお酒です。とか何
とかを本で読んだ気が・・・・・・。アルコール度数99%!!??
「なんでそんな物持ってきたんだ!?」
「ごほっ。ぐぇっほっ」
ノリがまだむせている。その気持ち良くわかるぞ。
桜子がついっと目を反らす。
「えーっと。辰実ちゃんにお酒飲ませば色々いたずらできるかなー。なーんて」
てへっと舌を出す桜子。たいだいそんな事だろうとは思ったよ。
「お前はホントに・・・」
先が思いやられるなぁ。
「お〜う。こんな所におったんか」
ふわぁ〜っとあくびをしながら和久が歩いてくる。うぅ、顔が熱くなる。
「なんや。全員お揃いか」
「ちょっと和久。あんた今までどこいたのよ」
(言うな言うな言うな言うな言うなーーーー!)
「おう、疲れたんで旅館で昼寝しとった」
(ナイスー!)
心の中でガッツポーズを取りながら和久を見ると眼があった。和久はバチンと
片目をつぶってウィンクしてきた。何となくノリと桜子に罪悪感が沸くけど今は
秘密にしておこう。
「とりあえず荷物持って旅館戻ろうぜ。流石に疲れたよ俺も」
ノリが浜の荷物の置いてある場所に歩き出す。
「・・・そうね」
まだ疑わしそうにじろじろと俺と和久を見ていた桜子も後に続く。
「和久。ナイス」
和久の横に並ぶと小声で話しかける。
「なんや、ちゃんと覚えとったんか。何か恥ずかしいな」
和久も小声で返すと鼻の頭をかく。そんな事言われると俺まで恥ずかしくなる
じゃないか。・・・心臓がドキドキと跳ねていた。
「ふぅ、涼しいな」
夕食の後風呂から上がると一人でぶらぶらと旅館の周りを散歩していた。
「あ〜あ。どうするかな〜」
心は決まりかけている。それでもまだ完全に選ぶ事ができないでいた。
「何でこんな事になっちゃったのかね・・・」
愛夏さんとあの少女の顔が浮かぶ。あの時このブレスレットさえ着けなけれ
ば女にもならなかったんだよな。
「でもまあ・・・、女になって結構楽しかったよな」
確かに色々落ち込む事もあったけど今まで以上にドタバタ騒ぎが続いて息付く
ヒマもなかった。
「選択権は俺にある・・・か」
愛夏さんの言葉を思い出す。理不尽な選択肢もあったもんだ。
「結局あの人何者なのかね」
気が付けば海まで出てきていた。流石に夜遅だからか人気がない。花火の跡
が点々としている。
「ん?」
誰かが近づいて来るのが見えた。街灯の光りの外に居る為か月が雲で隠れてい
る為か輪郭しか見えない。
「誰だろう?」
雲の間から月が顔を覗かせる。人影もぼんやりと見えてくる。この夏真っ盛り
に全身黒のスーツに夜にも関わらずサングラス。見覚えがあった。
「やっと見つけたぞ」
前に登校途中にぶつかった男。なんでここにいる?見つけた?何の事だ?
「・・・あんた何者だ?」
男の存在に危険を感じ取る。こいつは何かヤバイやつだ!
「貴様の腕にはまってる腕輪の所有者だ」
「これの?」
愛夏さんの言っていた事を思い出す。『タチの悪い連中の手に渡った』。
こいつがそうか。
「あんたらの事は知ってる。俺になんの用だ?」
「ふん、威勢がいいな。その腕輪が外れない事はわかってる。と、言う事はその
腕輪をつけている人間もこちらの所有物になると言う事だ」
男はニヤニヤと笑っている。人の事を『物』だと?ふざけやがって。
「そう言う訳で我々と一緒に来てもらおうか。もっとも、イヤと言っても連れて
行くがね」
「誰が・・・・!?」
じりじりと後ずさるが何かにぶつかる。振り返ると同じく黒尽くめの男が立って
いた。
「なっ!は、放せ!」
ガッチリと身体を掴まれる。暴れるがいかんせん今の身体じゃ力では勝てない。
「この・・・むぐっ!?」
「叫ばれて人でも呼ばれたら面倒なんでな。行くぞ」
「んー!んー!」
口を塞がれ担がれる。じたばたともがくがまったく抜け出せない。
(くそっ!くそっ!)
愛夏さんが言っていた無理やり女に変えられた人達の末路を思い出す。いやだ。
そんなのはいやだ!
「お前等辰実に何しとるんや!!」
「んんん!!?」
和久が走ってくる。そのまま俺を担いでいる男にタックルした。
「んわっ!」
「ぐお」
男が倒れ、その勢いで投げ出される。
「辰実!大丈夫か!?」
「か、和久。なんでここに?」
「お前が中々帰ってこんから皆で探しに来たんや」
そう言って目の前の男二人を睨みつける。
「辰実ちゃん!変な事されなかった?」
「何だ何だ?楽しい事になってんな」
少し遅れてノリと桜子も駆け付けてきた。
「よくも俺の親友に手出してくれたなこのアホボケカスが」
「あんた達いったいなんなのよ!」
「人さらいなんて今時流行んないぜ?」
困ったように男は肩を竦め、懐から黒光りするものを取り出す。
「け、拳銃!?」
全員の顔に緊張が走る。
「事を荒立てる気は無かったが見られたからには貴様等全員このまま死んでもら
おう。死体からでも腕輪は回収できるからな」
男が物騒な事を言い放つ。和久に倒された男もいつのまにか拳銃を手にこちら
を向いている。
「腕輪って・・・辰実ちゃんのブレスレットに関係あるの!?」
「・・・・・・ああ」
ノリと桜子には話してなかったっけ。まあ、この状況じゃどうしようもないけど。
「・・・俺がお前達と一緒に行けば3人は助けてくれるか?」
「アカン!何言っとるんや!」
「そんなのダメよ!」
「ふざけんな。辰実」
3人が一斉に口を開く。おまえら息ピッタリだな。事情を知らないノリと桜子
もどう言う事か何となく気付いてるみたいだ。
「考えてやってもいい」
男の口元がニヤリと歪む。くそっ、これしか方法がないか。俺にしがみ付いて
いる桜子を振り解くと立ち上がる。
だけどこいつらの思い通りに何てさせるか。このブレスレットの少女を解放し
て二度と俺みたいな人が出ないようにしてやる。こんな事で選びたくなかったん
だけどな・・・。
「アカンぞ。お前何されるかわかっとるんか!?」
「でも拳銃向けられてるんだ。こうするしかないだろ」
「くそ、どうにもならんのか?」
3人に微笑かける。ま、心配するなって言っても無理か。覚悟を決めて男達を
睨み付け、そのまま進む。
「アカン、辰実行くな!!」
「は〜いそこまで〜」
場にそぐわない能天気な声が響く。その場に居た全員がキョロキョロと当たり
を見回す。
「ちょ〜っとやり過ぎたわねあなた達」
男達の後ろ。今まで誰も居なかったはずの場所に人が立っている。
「ま、愛夏さん!?」
「なんであんたがここに?」
「え?ちょっと誰?」
流石に状況が飲み込めないのかノリと桜子はキョトンとしている。男達も振り
返ると愛夏さんに銃口を向ける。
「私に銃なんて意味無いわよ?だって私魔法使いなんだもの」
ニコニコと笑っている愛夏さんの顔にとてつもない怒りの表情が浮かぶ。
「もう、ニ度と、妹をあんた達の好き勝手にはさせないわよ」
愛夏さんが男達を睨み付ける。メガネの奥の目が赤く光ったような気がした。
「あ・・・ああ・・・うあ」
「あぐうぅ・・・」
男達の口から言葉にならない声が漏れる。あまりの状況の異常さに俺達はただ
見ている事しかできなかった。
『ガシャ』
拳銃が手から落ちる。男達はそのままヒザから崩れ落ちる。
「な、何なんやいったい」
「愛夏さん・・・魔法使い?妹って・・・」
「もうわけがわかんないわね」
「あのお姉さん誰?」
全員混乱している。当たり前か。俺だってわけがわからない。
「あなた達、もう大丈夫よ」
愛夏さんが近寄ってくる。ニコニコ顔に戻っていた。
「ちょっと、和久、辰実ちゃん。説明しなさいよ」
「そうだ。俺達置いてけぼりだぞ」
ノリと桜子につつかれる。そんな事言われてもなぁ・・・。
「事情は私が説明するわ」
愛夏さんが俺と和久に説明した事をノリと桜子に聞かせる。
「ほら。やっぱり私の言った通りそのブレスレットのせいだったじゃない」
いや、そう言う事じゃなくてさ・・・。
「なるほど。その悪いやつらが辰実をさらいに来たって事だったのか」
ノリがうんうんと頷く。わかってくれて何より。
はぁ、どっと疲れた。
「ごめんなさいね。辰実君が見つからないようにしてたんだけど」
愛夏さんが申し訳なさそうな顔をする。どうやって見つからないようにして
たのか気になるけど今はそれよりも・・・。
「愛夏さん、もしかしてあいつら死んじゃったんですか?」
さっきから気になっていた事を恐る恐る尋ねてみる。
「ちょっと楽しい夢を見せてあげてるだけよ。安心して」
うふふっと笑う。何となく背筋がブルっと震えた。
「それじゃまだやる事があるから私は行くわね。そこに転がってるのもどうにか
しないと行けないし」
それだけ言うとまたさっさとその場から去ろうとする愛夏さんを捕まえる。
「ちょっとだけ良いですか?」
「なに?」
3人をその場に残すと愛夏さんを少し離れた場所に引っ張っていく。
「愛夏さん。さっき男達に『妹を』って言いましたよね?」
「あら?私そんな事言ったかしら」
露骨にとぼける。それでも核心があった。
「このブレスレットの女の子のお姉さんって・・・愛夏さんなんですか?」
「・・・・・・」
愛夏さんはじっとこちらを見つめている。
「そうなんですね」
「あら、そんなわけないじゃない。いったい何年前のお話だと思ってるの?それ
とも私ったらそんなにお婆さんに見える?」
クスクスと笑う。なんだか酷く哀しげな笑い方だった。
「でもっ・・・」
「でもそうだとしたら私って酷い女ね。妹の為に辰実君を利用したんですもの」
今度はハッキリと、そして深い哀しみが顔に浮かんだ。
「愛夏さん・・・」
「はいっ、お話はこれでお終い。私も急がしいんだからね」
またニコニコ顔に戻る。『またね』と言い残して愛夏さんは行ってしまった。
「えらい目に会ったなぁ」
「だな」
深夜。ノリと桜子が寝たのを確認して俺と和久は外に出ていた。
「なあ辰実。あんときホンマにあいつ等と行く気やったんか」
「ん・・・まあな」
「そうか」
「・・・なんだよ」
「今度そんな事したらしばいてでも止めたろ思ってな」
「ごめん」
「もうええ。でも俺はお前に惚れたんや。俺残して行くんや許さんで」
顔が熱くなる。とんでもない事をさらっと言ってくれる。
「な、なにを・・・」
「辰実、俺の事好きか?」
真剣な顔の和久に見つめられる。顔が火を吹きそうになって心臓がドクドクと
脈打つのがわかった。
「なんでそんな事聞くんだよ」
「昼間聞いた時はお前酔っ払ってたからな。今の辰実から聞きたいんや」
答えはもう決まってる。そのために俺は選択したんだから・・・。
「・・・好きだよ」
うあぁ、恥ずかしい。
「そっか」
和久がニカっと笑って俺の頭を撫でる。
「それだけで十分や。昼間は悪かったな」
「ん・・・・・・別にいいよ。その・・・俺も気持ち良かったし」
このまま爆発してしまうんじゃないか?ってくらい心臓がバクバクいっている。
「辰実・・・」
「和久・・・」
見つめ合い、そのまま自然に唇が重なる。
「見たぞーー!」
「和久あんたーーー!!」
『!!??』
身体がビクっとすくむ。物陰からニヤニヤしたノリと物凄い形相の桜子が出てくる。
「俺達を出し抜こうなんて100年早いぞ」
「かぁ〜ずぅ〜ひぃ〜さぁ〜」
「こ、これはその・・・」
「俺は知らんぞ」
和久が逃げ出す。
「あ!ちょっと置いてくなー!」
「辰実ちゃん!逃がさないわよ!!」
かばっと桜子が抱き付かれる。に、逃げそこねた。
(またあの夢か)
これまでと同じ真っ白な空間。ただ一つ違ったのは今まで夢の中では男の身体
だったのが女のままだと言う事。
「やあ、きみか」
少女が立っている。そしてもう一人、愛夏さんだ。
「やっぱりこの子のお姉さんだったんですね」
「もうバレちゃったわね」
クスっと愛夏さんが笑う。とても温かい笑い方だ。
「ごめんなさい。あの時言った通り私は辰実君を利用したわ。恨まれても文句言
えないわね」
愛夏さんが頭を下げる。少女が不安そうに姉を見上げている。
「頭を上げてください。女も結構慣れると楽しいもんですよ。それに俺は俺です。
女になってもそこは変わりませんから」
「辰実君・・・ありがとう」
愛夏さんがもう一度頭を下げる。少女もペコリと可愛らしくお辞儀をする。
「愛夏さんってやっぱり本物の魔法使いなんですか?」
「私ね、この子の想いが込められたブレスレットにあの呪いがかけられたのを知っ
てから必死でこの子を助ける方法を探したの。そしたらいつのまにか魔法使いに
なってたのよ。でもいざ奪い返して呪いを解こうとしても呪いが強力過ぎて私じゃ
解く事ができなかったの。」
少女の身体が薄くなって行く。
「永かった。本当に時間がかかっちゃった」
消えかかる少女を愛夏さんは愛しおしそうに撫でる。
「愛夏さんも行っちゃうんですか?」
「いいえ。言ったでしょ、私にはまだやる事があるって」
少女の身体がいよいよ薄くなっていく。
「もう時間ね。ばいばい、美香」
『・・・ばいばい、お姉ちゃん』
最後の最後に少女はニッコリと微笑んで姉に別れを告げる。俺の意識もそこで
急速に途絶えていった。
「・・・・・・朝か」
ムクリと起き上がる。ノリがいびきをかいて、桜子は俺の横でぴったりとくっ
つくよう寝ている。昨日桜子に捕まって布団です巻きにされた和久が部屋の隅に
転がっていた。
ブレスレットの止め金に指をのばす。ブレスレットは何事もなく外れた。
「そっか、いっちゃったんだ」
これで良かったんだと思う。これからもこいつらと楽しくやっていけるだろう。
「ん?」
バックのポケットに刺し込んである携帯が震えている。そう言えばマナーモード
にしてたんだっけ。
「親父?」
携帯のディスプレイが親父の名前を映している。なんだろう、こんな朝早くに。
『おう、辰実か』
「親父?」
『まったく。昨日から電話してたのに何で出ないんだ』
「あ、わりぃ」
昨日はごたごたしてたからなあ。
『せっかくすぐ伝えてやろうと思ったのに。実はな、お前の戸籍をちょちょちょー
っと変えておいたぞ』
「な、何ぃ!?」
戸籍ってそんなに簡単に変えれるものなのか!?
『わはははは。俺を舐めるなよ辰実。それじゃもう仕事だから切るぞ。またなー』
「あ!おい待てって!おい親父!?」
・・・・・・切れてる。いったいどんな汚い手を使ったんだあの親父は。あの
時行ってた『やる事ができた』ってそう言う事か。
「これで晴れて佐伯辰実って女の子が誕生したわけか」
ぽりぽりと頭をかく。なんだかなぁ・・・こんなんでいいのか?
「辰実ー。置いてくでー」
「辰実ちゃん早く早くー」
「よっしゃー!今日も泳ぐぞ!」
3人が砂浜を走って行く。
「待てってば!俺泳げないんだって言ってんだろー!」
急いで浮き輪を膨らませる。
たぶん、この先もこれまで以上にこいつらとバカ騒ぎをして行くんだろうな。
「よし、満タン」
浮き輪をパンっと叩き、海に向って駆け出す。今はとりあえず夏休みを楽し
む事にしよう。まだ夏は始まったばかりなんだし。
「おーい。待てって言ってんだろー!」
3人を追いかける。
ブレスレットが左腕でチャラチャラと嬉しそうな音を立てていた。
―おわり―