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今思い出してみると確かにあの時謎のお姉さんが気になる事を言ってた気が
する。確か『ミステリアスな曰くつき』とかなんとか。やっぱり桜子の言う通
りこのブレスレットのせいなのかな・・・。
「ところで桜子」
「なあに?」
「なんで俺の隣にくっついて座ってるんだ?」
ふと思考を止めて横を見ると桜子がベットに腰掛けてぴっとりと俺に寄り添
うように座っている。
「気にしない気にしない」
「気にするって」
横にずれると桜子も一緒になってずれてくる。何なんだよ。
「何だよ。まだ何かあんのか?」
「ん〜、別に〜」
桜子の顔に艶っぽい笑みが広がっていく。また何か怪しい事考えてんじゃな
いだろうな。
「いいから離れろって」
そう言って桜子をどかそうと手を伸ばす。が、その手が桜子に届く前に掴ま
れてしまった。
「いい加減にしないと怒るっておわっ!」
『怒るぞ』と言いかけた瞬間、桜子に押し倒されてしまった。
「お、おいって。冗談はよせって」
冗談だと思いたいが桜子の顔を見た瞬間俺の顔が引きつる。やばい。何か知
らんがこいつ本気だ。
「ん〜、もう我慢できない。辰実ったらこんなに可愛くなっちゃったんだもの。
ほっておくのは女の恥じよ」
「待て待て待て待て!お前なに考えて・・・ひゃぁ!」
桜子の身体が俺の足の間に滑り込んでくる。桜子のスカートから伸びる足が
俺の足に触れたて声を上げてしまった。
「ホントに待てって!こら!服を脱がすな!」
「辰実ちゃんったらブラまでつけて。もうすっかり女の子ね」
「人の話を聞け!ふぁうっ・・・胸を揉むな!」
何とか桜子の拘束から逃れようと身体をよじって暴れるがガッチリと捕まっ
てしまっていて中々抜け出せない。
「お、お前まさかレズっ気があんのか!?」
「あら、そんな事はないわよ?でも辰実ちゃんがあんまりにも可愛いもんだか
らムラムラしちゃって」
「まさか両刀か!?タチわりーぞ!」
「もう、大人しくしなさい!」
「んんっ!」
桜子は俺の口を自分の口で塞いでくる。俺は突然の事に目を白黒させてしまった。
「んー?!んー!」
唇をこじ開けて桜子の舌が入ってくる。
「んん・・・んふ・・・んぁ」
ちゅ・・・ちゃぷ
歯茎を舐められ歯の裏側を舐められ舌と舌が絡む。頭の芯が痺れるような感覚。
「ふぁ・・・あん」
タップリ1分ほど口内を犯されてから桜子が離れた。二人の間で唾液が糸を引く。
「ふふ・・・辰実ちゃん可愛い・・・」
「はぁはぁ・・・」
(やば・・・も・・・何も考えられない・・・。)
桜子の身体が密着してくる。俺は抵抗するのを諦めて目をつぶってしまった。
ゴン
「ぁぅ」
・・・ゴン?
桜子が少し揺れたかと思うと脱力したように圧し掛かってくる。しばらく様
子を見てみるが桜子が動く気配は無かった。
(・・・どうしたんだろう)
もぞもぞと身体を動かして桜子の下から這い出す。ベットから降りて十分に
警戒しながら振り向く。
「なるほど」
俺が暴れたせいか壁に掛けてあった時計が落下して桜子の頭に当たったらし
い。桜子は完全に目を回してしまっていた。頭にでっかいこぶが出来ている。
この時計、確か結構重かったはずだ・・・。
「た、助かった」
俺は脱力してへたり込む。
「危うく操を奪われる所だった」
火照る身体を強引に無視して脱がされかけた服を整え時計を壁に戻す。
「まったく、油断も隙もないやつだ」
そう言いながら仕返しとばかりに頭のタンコブをぐりぐりと拳で押してやる。
「うぅ〜ん」
うむ、うなされとるうなされとる。
さて、このままにしておく訳にもいかないし危機も去ったし叩き起こすか。
「おい、桜子。起きろ。おいって」
ゆさゆさと揺する。
「起きろって。おい、こら」
「すーすー」
ダメだ。起きない。って言うか寝てやがる。
「どうすんだよ・・・人のベット占領しやがって」
こいつの家は確か親が放任主義だったから一日家に帰らなくても大丈夫だっ
たはずだけど俺がどうすればいんだよ。
「しょうがない。とりあえず風呂に入って床で寝るか」
まさか寝てる間にまた襲われたりしないよな。背筋に冷たい物が走る。
「こいつの二人で一晩過ごすってのは凄くデンジャラスな気がする・・・」
沸き上がる不安をとりあえず無視して風呂場に向かう。
制服を脱いでいる時にある事に気がついた。
「そう言えばあれ・・・ファーストキスだったんだよな・・・」
「ん・・・朝、か」
首を伸ばして時計を見る。
「なんだよ、まだ6時じゃないか」
また布団の中に潜り込む。ってそうだ、桜子。
眠たい頭を振ると身体を起す。
「いててて」
床で寝ていたせいか身体が痛い。
桜子を今度こそ叩き起こして一度家に帰さないと。あいつ制服持ってないじゃん。
「おい。桜子起きろ」
ベットの上で寝ている桜子をゆさゆさと揺する。
「ん〜?あら、おはよう辰実」
「おはようじゃねぇってのまったく」
「あいたたたた。いったーい」
むくりと起き上がった桜子が頭を押さえる。
「あれ〜?あたしなんでタンコブなんてできてんの?」
「それになんで辰実の家で寝てるんだっけ」
こいつまさか・・・。
「おい桜子、お前まさか昨日の事覚えてないのか?」
「昨日の事?え〜っと、辰実の家に行って、ブレスレットの事を話して〜・・・」
「・・・あれ、そっからどうしたんだっけ」
どうやら昨日俺を押し倒した事は綺麗さっぱり忘れてしまったらしい。俺は
ファーストキスまで奪われたってのに。
「まぁいいや。それよりお前一回家に帰らないと学校に着て行く服ないだろ」
「そう言えば今何時?」
「6時ちょっと過ぎだな」
「そうね、電車も動いてるし一度帰るわ」
桜子は起き上がると服の皺を伸ばす。
「んもう、洋服のまま寝ちゃったからしわくちゃ」
「じゃ、辰実また後でね」
「ああ、気を付けて帰れよ」
「何よ、子どもじゃないんだから一々言われなくても大丈夫よ」
そう言うと桜子は『んべー』と舌を出して
「じゃあね」
と言って帰って行った。
「ふわぁ〜あ」
大きなあくびが出る。
「さて、俺はもう一眠りするか」
「完全に遅刻だーーーー!」
二度寝したのがまずかった。次に起きた時にはすでに8時半を回っていた。
まずい、流石にこう短い期間で2度も遅刻をしたらトイレ掃除じゃ済まない。
「くっそ、全部桜子のせいだ!」
HRが8時45分から55分まで。携帯を見る。8時40分。全力で走って
も学校まで20分かかる。絶対間に合わねぇ。
大急ぎで駅近くの曲がり角に差し掛かる。曲がった瞬間目の前が真っ暗になる。
「おわっ」
何かにぶつかって跳ね飛ばされてしまった。痛てぇ、尻打った。
「いたたた・・・あ、すみません」
尻をさすりながら前を見ると男が立っていた。7月のこの暑い中全身黒ずく目
のスーツに身を固め顔にもこれまたサングラスが掛けてある。
・・・まさかヤクザ?
「あの、本当にすみません」
立ち上がって再び謝ってみるものの男は何も言わずにじっとこちらを見ている。
「本当にすみませんでした。それじゃ・・・」
目を合わせないように男の横すり抜ける。男は微動だにせず視線だけで俺を
追っているようだった。
早足にその場を離れて駆け出す。
「何だったんだよ。あのオッサン」
後を振り返るとまだ俺の事を見ていた。背筋に寒気が走る。だが、遅刻しそ
うな(する)事を思いだし、慌ててスピードを上げた。
学校には結局遅刻してしまったが職員室で担任の今田にこってり怒られただ
けで目だった罰などはなかった。
「しかし遅刻常習犯ってレッテルは不本意だな」
不本意もなにも事実なので仕方がなかったが俺らの中で桜子のみ無遅刻無欠
席なのが納得いかない。あいつも俺らと一緒に遊び回ってるのに・・・。
「辰実〜。お勤めご苦労さん」
ぶつぶつと呟きながら教室を空けると和久がこちらに向って手を振っている。
ノリと桜子も一緒に居るようだ。
「何だよ3人して。また悪巧みか?」
「またとは酷いな。辰実だってその悪巧みグループの一員じゃないか」
「まったくもってその通りだ」
はぁ〜とため息をつきつつ3人の近くに自分の椅子を移動させ座る。
「んで、何の話してたの?」
「いやな、そろそろテストが近いやんか。また辰実の家に皆で集まって勉強会
しよか思てな」
「あ〜、そういやもうすぐ期末か」
俺達はテストが近くなると勉強会と称して俺の家に集まっている。まぁ、勉
強なんて集まってる時間の半分もしてないんだけど。
「そうだな。明日でもいいか?」
「あら?今日はダメなの?」
「昨日買って来た服やらなんやらが散乱してるからとてもじゃないけど4人な
んて入れないよ」
「何よ、まだ片付けてなかったの?不精ね」
こいつ・・・昨日お前があんな事したせいで片付けるヒマなんて無かったっ
つーのに言ってくれる。
「それにしても辰実・・・お前制服似合うな」
「殴るぞ」
ノリに一発拳をお見舞いする。
「ぐえっ!・・・ってーな。殴ってから言うなよ」
「辰実ちゃんったらすっかり女の子ね〜。後は言葉使いだけなんだけど〜・・・」
桜子がニヤニヤと俺を見ている。ブルっと身体が震える。冗談じゃない。こ
こで女言葉なんて使ったらまた桜子に何をされるやら。
「そやなぁ。なりは可愛らしい女の子でも中身は辰実やからな。女言葉何て使
われたら気色悪いだけやで」
「そうそう。中身男のまんまなんだから女言葉なんて使えねーよ」
「もう、勿体無い」
「うむ、勿体無い」
「お前等よぉ・・・」
ノリと桜子。お前等は俺に一体何を期待しているんだ。
「っつーわけで今日はすぐ帰って部屋掃除しとくから」
「あいよ。了解や」
2時限目の予鈴のチャイムがなる。俺達は椅子を自分の席に戻して授業の準
備を始めた。
「ふぅ、これでよし」
学校から帰っての数時間。掃除を始めたは良いのだがここ数日どたばたとし
ていたせいか部屋が汚れていて思いの他大掃除になってしまった。
「疲れた〜」
ゴロンとベットに横になる。こうして一人でゆっくりと考える時間が出来る
と自分は本当に女になってしまったんだと言う実感が沸いてくる。
「本当に・・・戻れんのかな」
チャラと音をさせるブレスレットを見る。
「桜子の言う通りこれのせいだとしたら外れさえすれば男に戻れるのかな」
女になってから何度かこのブレスレットを外そうとはした。ロックが外れな
かったので切ってしまおうともした。
しかしブレスレットは切れるどころか傷一つ付く事はなかった。
「はぁ」
呆っと天上を眺める。この身体になってから何となく恐くて風呂に入る時以
外はあまり自分の身体に触らないようにしている。『敏感過ぎるんだよ』と思
った。男の身体とはまったく違ったデリケートさ。女になってから今まで自分
の身体だが割れ物を扱うように過ごしてきた為少し気疲れしていた。
桜子に襲われた時だって勝手に身体が反応してしまった。ちょっとしたキッ
カケで今までの自分が壊れてしまいそうで恐ろしかった。
「本当に・・・疲れた・・・」
そのまま俺はまどろみの中に落ちていった。
真っ白い何も無い空間。気が付いたらここに居た。
(夢・・・か?)
確か少し前にもここに来た気がする。だが、以前来た時よりも意識がハッキ
リしているような・・・。
(あ、あれ?)
俺の身体・・・元に戻ってる。男の身体だ。たった3日間だけだったかヒド
く懐かしい気がする。
(でも夢なんだよな)
そう思うと喜ぶ気にはなれない。このまま目が覚めた時に男になってれば良
いのに。
何も無い空間をあても無く歩く。本当に何もない。どれくらい広く、そして
どれほどの高さがあるのか全くわからない。
『・・・ん・・・さい』
急に声が聞こえてビクっと振り向く。そこにはあの少女が立っていた。
「君は・・・誰だ?」
『ご・・・んな・・・い』
「なに?」
少女が何かを言っているようだが良く聞こえない。ただ、顔に大粒の涙が流
れている。
『ごめ・・・い、ごめん・・・さい』
声が段々と明瞭になっていく。
『ごめんなさい・・・ごめんなさい』
少女はか細い声でなんども謝りの言葉を口にしていた。
「いったい何がごめんなさいなんだい?」
この少女は何者なのか。その疑問はひとまず置いておいて俺は泣きながら謝
り続ける少女にできるだけ優しく聞いてみる。
『ごめんなさい、また私のせいであなたが・・・』
そこまで言うと少女の声は嗚咽に潰されてしまう。
「また?またって何の事?それに君のせいって一体・・・」
『ごめんなさい・・・』
視界がぼやけて行く。いや、世界がぼやけていく。段々と少女の姿が霞んで
見えなくなる。
「ちょ、ちょっと待って!まだ聞きたい事が・・・!」
この娘は何か大事な事を知っている。そう思った。聞かなきゃいけない。何
を聞かなきゃいけないかわからないけど。
だが、俺の意思とは無関係に世界は消失した。
「ちょっ!・・・あ、あれ?」
がばっと跳ね起きる。自分の部屋だ・・・って自分の部屋でいいのか。
「はぁはぁ」
何か夢を見ていた気がする。どんな内容の夢だったかは思い出す事はできな
いけど。・・・前にも同じ事なかったっけ?
「うわ、寝汗でべったり」
シャツが汗で身体に貼り付いて気持ち悪い。時計を見るとまだ夜の11時を
回った所だった。
「そっか、掃除終ってから寝ちゃったんだ」
ぐぅ、とお腹が鳴る。そう言えば晩飯もまだだったな。
「お風呂入ってカップラーメンでも作るか」
タオルと下着を取ると風呂場へと向う。その途中、見知らぬ少女の涙を流し
た顔がフラッシュバックのように脳裏に浮かぶ。
「ん・・・今の何だ?」
どこかで見た事のある気がする。
「誰だったっけ・・・」
しばらく頭を捻ってみるが思い出す事ができない。そのまま風呂に入って食
事をしている間にその事を、その少女の事を俺は忘れてしまっていた。