「ふわぁ〜あ」
 俺は空を見上げながら一つ大きなあくびをした。早く寝ないとこうなる、
事はわかっているんだけど、つい夜更かしをしてしまう。完全に遅刻だ。
「辰実ー、そんなでかいあくびなんかして。アホみたいやで〜」
 俺の背後から不意に声が聞こえてくる。そしていきなりラリアット気味
に腕が俺の肩に組付いてきた。
「おはようさん」
「和久か。朝から元気だねお前」
 俺の名前は佐伯辰実(さえきたつみ)。青陵学園に通う2年生の男子。
で、俺の肩に組付いてるこいつは橘和久(たちばなかずひさ)。大阪から
の転校生でなぜか俺と気が合いよくつるんでる。昨日もこいつと遊んでた
せいで寝るのが明け方になった。
「どうする?俺達完全に遅刻だぜ」
「あ〜?だったら1時間目ふけたらエエやんか」
「・・・お前ね」
「せやったらまだ学校行くの早すぎるなぁ」
 と、言うと和久は腕時計に目をやり何やら考え始める。
 サボる気満々か。
「せや、マクドで朝飯食わへんか?俺朝飯抜いてきたから腹減ってんねん」
「マックか〜。しょうがねぇ、いいぜ。いつもの駅前の所でいいだろ」
 俺の家から青陵学園まで歩いて約30分。その間に青葉町の駅があり、
学校帰りによく遊んでいる。ま、先生の目が光ってるからあんまり馬鹿な
事はできないんだが。
「決まりやな、ほな行こか」
「おお」
 俺達二人は青葉町の駅へ向かって歩き出した。
「エッグマフィンセット一つ。あ、ねーちゃん大盛り汁だくでサービスし
てや〜」
「そんなもんあるか!」
 俺は和久のボケだかマジだか分からないギャグにツッコミを入れながら
自分の分の注文をした。
「俺はホットケーキセット一つ。コーヒーでお願いします」
「なんや、そんなもんでエエんか。お子様やなあ」
「いいんだよ、俺は朝からあんまり重いモノは食べれないんだから」
「あかんな〜。良く言うやないか、『食う子は育つ』て」
「そりゃ『寝る子は育つ』だ!馬鹿者!」
「アホはエエけど馬鹿って言うなや!」
「あー、うるさいうるさい」
 俺達はトレイを受け取ると二階へと上がっていった。その間カウンター
のアルバイトの娘達がくすくすと笑う声が聞こえた。あきらかに俺達の事
を笑っている。
 まったく、こいつは所かまわずボケるからこっちはたまったもんじゃない。
そしてそれを全然気にしてないこいつがたまに憎い。
「よっしゃ、窓際ゲットや」
 和久は向いに駅の見えるテーブルにトレイを置くと席に座る。俺も和久の
向いに座るとホットケーキのトレイの蓋を取る。
「いっただきます」
「いただきます」
 俺達はファーストフードをぱくついた。
「そう言えば今日は体育の日やな〜。このくそ暑いのにサッカーなんかやっ
てられへんで。ぱ〜っと泳ぎたいなぁ」
「ああ、ダルいな。なんで7月に入ったのにプールが無いんだ?」
 うちの学校は夏休みぎりぎりまでプールを使用しない。なんでも生徒の忍
耐力を付けるためらしいが俺にはただ単にケチってるようにしか思えない。
「せや、辰実今日はどないするんや?またどっか遊びに行くか?」
「今日はパス。財布が厳しいから帰りにスーパー寄って久しぶりに自炊する
よ」
「なんやつれないなぁ」
 和久は少しがっかりした顔をするとジュースのストローに口を着けすする。
「わりいな」
 俺もコーヒーのカップに口を着ける。
「朝から学校サボってファーストフードで飯とはいい御身分だな。佐伯辰実
、 橘和久」
「!?ごっほごほっ!」
「ぶー!」
 不意に聞き覚えのある声から名前を呼ばれ俺はコーヒーを気管に入れてむ
せてしまった。和久にいたっては思いっきりジュースを俺の顔に吹きかけや
がった。
「し、島崎先生これはちゃうねん!」
「ごほごほっ!せ、先生なんでここに?」
 島崎卓(しまざきすぐる)。青陵学園の歴史の教師で馬鹿ばっかりやって
る俺達を何かと気に掛けてくれている人だ。ただし、俺達に対してのツッコ
ミは容赦無い。
「何がどう違うのか説明してもらおうか、橘」
「そ、それはえっとその…。そうや!俺達は毎朝ファーストフード食わんと
死んでまうねん!」
「ごほっ(な、なんちゅー苦し紛れな事を…。ん?俺達って事は俺もか!?)」
「バカたれ、罰として放課後トイレ掃除決定」
「そりゃないでせんせ〜」
「ま、マジっすか!?」
 トイレ掃除…、やっぱりこいつとつるんでるとろくな事ないかも。
「ん?不満か?じゃ、口答えの罰としてポテト没収」
 島崎先生はそう言うとすばやく和久のトレイからポテトを取り上げると一
口に食べてしまった。
「どわ〜!俺の最後の楽しみが〜!」
 和久はもぐもぐと動く島崎先生の口を見ると力無く机に突っ伏してしまった。
「ん、ご馳走様。佐伯、橘、もうすぐ2時間目だ。さっさと行くぞ」
「へ〜い」
「俺のポテト〜」
 俺達は島崎先生に首根っこを捕まれながら半ば引きずられながら学校へと向
かった。

 島崎先生のおかげで担任からうるさく言われずに何とかその日の授業を終え
て放課後になった。教室に居る同級生達も帰り支度をしている。その中に紛れ
て帰ろうとしている和久を見付けた。
「おら、逃げるなよ」
 俺はすばやく和久の後ろへ移動すると服の襟を掴んで捕まえる。
「見逃してくれ〜。電話があっておとんが乳癌になったらしいんや〜」
「ウソつくならもちっとましなウソつけよ」
 ジタバタと暴れる和久を捕まえているとちょうど島崎先生が入ってくる。
「お、逃げずに残って居たか。感心感心」
 俺はニヤリと笑うと和久を島崎先生へ突き出す。
「先生、こいつ思いっきり逃げようとしてましたよ」
「辰実!?裏切り者〜!」
 和久は振り替えるとうらめしそう俺の顔を見る。その頭を島崎先生のでかい
手が鷲掴みにし、無理矢理向きを変える。
「ほぉ。橘、良い根性してるな」
「先生堪忍や〜!俺は地球上では3分間しか動かれへんねん」
 和久は両手を合わせると目をウルウルさせながら妙な弁解をした。
「それじゃこの階のトイレだけでいいからキレイにしとけよ」
「へ〜い、わかりました〜」
 俺と島崎先生は和久のボケを無視して教室を出る。
「わ〜!放置プレイは酷いで〜!」

「ふぅ、今日は散々だったな」
「まったくや。厄日やで」
 俺と和久はトイレ掃除を一応まじめ終わらせて青葉駅への道を歩いていた。
太陽も少し傾きかけ、周りは薄暗くなっている。
「あ、俺駅で買い物してくから先に帰っててくれや」
「そういや辰実今日は自炊するんやったな。一人暮らしはエエなぁ」
 俺の実家から青陵学園まではかなりの距離があり、自宅から通うのは無理が
あったので俺だけ青葉町へ出てきて一人暮らしをしている。初めの頃は料理や
掃除洗濯が楽しく思えたし、毎晩のように和久や他の友達を呼び夜遅くまで騒
いでいた。だけどさすがに2年目ともなると流石に飽きてだらしなくなってくる。
「そうでもないぜ。結構大変だからな」
「せやな。全部自分でやらなあかんからな」
「ああ、たまに変わってほしくなるぜ」
「じゃ、ここまでやな。お疲れや〜」
 青葉駅に着くと、和久は自分の家に帰っていった。俺は近くのスーパーに行
くと夕飯の材料を適当に見繕う。そしてスーパーを出ると大通りを避け、駅の
裏道へ行くと自分の家へと向かった。俺はこの道が気に入っている。青葉町は
結構な都会だが大通りから外れると人気の少ない静かな道が沢山ある。
「すっかり暗くなっちまったな。急ぐか」
 携帯の時計を見るとちょうど7時を刺していた。俺は少しだけ歩みを速め、
家へと急いだ。
 駅と家の中間まで来た時に普段見なれない物が目に飛び込んできた。
「露天商・・・?こんな所にめずらしいな」
 俺は何となく興味を引かれて露天へと歩いていった。

「いらっしゃい。お兄ちゃん何か買ってってよ」
 風呂敷に広げられたアクセサリーの向こうに丸いメガネをかけた怪しげな風
貌の女がいた。年は20代だと思うんだけどそこはかとなく小汚い感じがする。
ちゃんとした格好をすれば・・・まぁ、美人かなとは思った。
「お姉さん前からここで露店なんて開いてた?」
 とは聞いてみたものの俺は青葉町に引っ越してきて2年間ここで露店が開か
れていた記憶はない。
「いや、あたしがこの町に来たのは今日が初めてだよ。それよりどう?何か買
っていかない?」
 そう言うとお姉さんはニッコリと笑って風呂敷の上のアクセサリーを何個か
手に取って俺に見せてくる。
 正直こんな怪しい人から何かを買うつもりはまったく無かったが、なんとな
く風呂敷の上を見ていると一つのブレスレットが俺の目にとまった。
「これは・・・」
 ブレスレットを持ち上げてよく見てみる。それはシンプルなデザインの銀細
工で出来ていた。
「おぉ、お兄ちゃんお目が高い。それは世界に二つと無い珍品だよ」
 謎のお姉さんはさらに顔をニコニコさせながら身を乗り出してくる。
 まいったな。買う気なんてないんだけど・・・。それにしてもさらにこの妙
なブレスレットが気になってきた。俺の好きなデザインとか好きなブランドの
物とかでは全然ないのに。
「それはホントは10万以上するんだけどお兄ちゃんには特別に1万で譲って
あげるよ」
「じゅ、じゅうまん!!?しかもそれを1万にするって!?」
 怪しい、怪し過ぎる。それに1万円でも露店で買うには高過ぎる。
「い、いや。止めておきます」
 そう言いながらブレスレットを風呂敷の上に戻そうとすると謎のお姉さんが
それ止めながらさらにニコニコ顔になる。
「これは良い品なんだから〜。しかもちょっとミステリアスな曰くつきで・・・」
 と、その時近くの交差点から何やら怒鳴り声が聞こえてきた。
「兄貴!居ましたよ!」
「手前、そこ動くな!」
 何やらチンピラ風の男達がこちらを指差して走ってくるのがみえた。
「おっと、危ない。お兄ちゃんまたね」
 謎のお姉さんはそう言うとさっと風呂敷を袋状にしてチンピラ達とは逆の方
向へものすごいスピードで走って行ってしまった。
「待てコラァ!!」
 チンピラ達も謎のお姉さんを追ってあっという間に俺の視界から消えて行っ
てしまった。気が付けば当たりは俺独りになっていた。
「な、なんだったんだよ・・・あ」
 ふと手を見るとあのブレスレットを持ったままだった事に気が付いた。
「やっべ、どうしよう」 
 謎のお姉さんはどこへ行ったのやらさっぱり見当もつかない。それにもし追
いかけていたとしてもあのスピードに追い付ける自信は・・・俺にはない。
「・・・とりあえず帰るか」

「う〜む」
 簡単な夕食を済ませた後、お気に入りのバンドのCDをプレイヤーにセット
してベットに横になる。しばらくして聞きなれたロックが流れてきた。
「困ったな。どうしようこれ」
 そう言いながらあのブレスレットをクルクルと片手でいじってみる。
「明日あのお姉さんを探してみるか・・・」
 しばらく眺めていたが、何の気なしに腕に付けてみたくなった。
「やっぱり俺の趣味じゃないな。どっちかって言うと女の子が付けた方が似合
うんじゃないかな」
 チャラチャラと音を鳴らせながらブレスレットを着けた左腕を目の前にかざ
しながら止め金を外した。
「・・・・・・あれ?」
 異様に固い。つーかビクともしない!?
「あ、あれ!?」
 俺は焦って上半身を起こして渾身の力を混めて止め金を外そうとした。
「ふんぬ・・・おおおぉぉ」
 ダメだ。ツマミの部分が指に食込むばっかりでまったくロックが外れない。
「マジかよ」
 当たり前だが引っ張っても取れるもんじゃない。一応人の物だから工具で切
断するわけにもいかない・・・。
「あー!もうしるか!寝る!」
 癇癪を起すとそのまま電気を消して布団の中に潜り込んだ。疲れていたのか
すぐに眠気が襲ってくる。・・・どうしよう。

 夢を見ていた。・・・夢だと思う。
真っ白な何も無い空間。俺独りしかいない。
誰か居ないか叫んでみる。反応は無い。心が押し潰されるような孤独。
 どれだけ時間が経っただろう。永遠だったようにも感じるしまばたきをする
くらいの一瞬だったようにも感じる。気が付けば一人の少女が俺の目の前に立
っている。君は誰だ?少女の口が動く。聞き取れない。何も聞こえてこない。
再び少女の口が動く。左腕に圧迫感を感じる。その感覚はだんだんと腕を昇っ
てきた。気持ちが悪い。
「うあ・・・くぅ」
 圧迫感が体にまで到達する。あまりの気持ち悪さに俺は左腕を押さえて蹲る。
少女が今にも泣き出しそうな顔で俺を見ている。
『ピンポーン』
 何かが聞こえる。わからない。意識が遠くなる。
『ピンポーン』
 また聞こえる。もう限界だ。俺は遠のいていく意識を手放した・・・。

『ピンポーン』
 ・・・朝か。何か夢を見ていたような気がするがどんな内容だったかまった
く覚えていない。時計を見る。7時半。
 十分な睡眠を取ったはずなのに体が酷くダルイ。
『ピンポーン』
「辰実ー。寝とるんかー」
 和久の声が聞こえる。さっきから聞こえてたのはチャイムの音だったのか。
「うるせー。今起きたよ」
 声がやけに高いような気がした。まいったな、風邪で引いたか?
気だるい身体を起して玄関に向う。何かいつもと風景が微妙に違うような気が
した。頭も心なしか重たい。
「こんな朝早くにピンポン連射すんなよな。・・・どした?」
 ドアを開けるとそこには和久が立っていた。しかし何やら素っ頓狂な顔をし
ている。頭には巨大な『?』マークが浮いてるようだ。
「なんだよ。俺の顔になんかついてるか?」
「いや・・・おたくどちらさん?」
「はい?何をいっとるんだお前は?」
 何やら会話がかみ合わない。それにしても声がおかしい。本格的に風邪かな。
「お前・・・辰実か?」
「だから何を言ってるのかさっぱりわからん。朝っぱらからお前のつまらんギ
ャグに付合ってる体力はないぞ。ただでさえ風邪気味なんだから・・・」
「その言い方ホンマモンの辰実みたいやな・・・。辰実、とりあえず洗面所行
って鏡見て来いや」
「いったいなんだってんだよ」
 寝癖か顔に寝痕でも付いたか?とりあえず俺はぶつぶつ言いながら洗面所に
入って鏡の前に立った。
 そこには一人の女の子が映っていた。大きな目に長いまつげ。綺麗で黒いロ
ングの髪と健康そうな肌。うん、なかなか可愛い子じゃないか。
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はい?
俺はぺたぺたと自分の顔を触る。鏡の中の少女もぺたぺたと同じ動きをする。
「・・・なんじゃこらあぁぁぁぁぁ!!!!??」

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