アリスの娘たち〜  サァラ

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サァラは姉のサヤカと共に、娯楽誌のヴィジョン撮影のためにスタジオにいた。
サヤカとサァラはまったく同じ遺伝情報を持つ双子だった。 サラサラのロング
ヘアに落ち着いた顔立ちの双子の姉妹には、二人同時の撮影の依頼が多かった。
編集長によれば今回のテーマは「マリオネット・シンメトリー」。
フリルやレースをふんだんに使った色違いのドレスを着て、1対の人形を思わ
せる演出だった。コーディネートされた色調は、サヤカは白、サァラは黒。それ
は2人の対称的な性格をも表現していた。誰にでも人当たりが良く、愛されよう
とする性格のサヤカと異なり、サァラは姉以外の人間とはあまり会話をせず、
どこか冷たい印象を感じさせる性格だった。

「じゃ、ドレスを脱いで。少し絡んでみようか?」
カメラマンの指示に、2人はドレスを脱いで、細かな装飾の施されたブラと
ショーツ、ガーターベルトにストッキングという悩ましげな姿で互いに向き合う。
撮影とはいえ、こんな姿で向き合うのは初めてだった。
「じゃ、お互いの頬に手を当てて、見つめ合ってくれないかな」
水面に移る自分に手を伸ばすような仕種の姉妹に、カメラマンも満足げに
シャッターを切る。
「お姉ちゃん……」
「撮影中よ、集中して」
普段と変わらない平常心を保つサヤカと違って、サァラは緊張していた。
まるでキスの直前のような体勢に、サァラは戸惑いと興奮を感じていた。
サァラは生まれたときからのパートナーである姉に、秘めた感情を持っていた。
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この双子の姉妹には、生まれる前から"双子のアリスの娘"となるべく、様々な
調整がアリスによって試されていた。しかし姉となる方には適性が発現したも
のの、妹となる方には外見はともかく、性格的には普通だった。外見がそっくり
だからという理由だけで、サァラは"娘"にされることになったのだ。そんなサァラ
が"娘"になることを受け入れたのは、「離れて暮らしたくない」というただ一点だけ
だった。自分と同じ姿を持つパートナーへの特別以上に特別な感情と、将来娘
となるための特別なカリキュラムが、サァラの姉への執着を強くしていた。
同性愛をタブーとする習慣はこの船には無かったが、"アリスの娘"たちがいる
以上、男の性愛の対象は彼女たちに向けられるのが普通だった。
またアリスが人間関係に介入し、生涯何度かパートナーを変える。したがって
特定の人間への執着心は薄められ、誰とでも分け隔てなく付き合えるようになる。
性転換を経験する"娘"たちの場合は事情がやや異なるが、幼少期を共に過ごす
元パートナーは通常は異性のままであるため、親愛の情は性転換後の不安定な
時期をやり過ごせば、伽を勤めるうちに徐々に異性たちへの憧憬を持つようになる。
対立と憎しみと執着を極力排除する努力。それは閉鎖空間内における安定した
営みの中で、もっとも大切なことであった。

サヤカから半年遅れて性転換したサァラは、普通なら年長の義姉と過ごす時期
を双子の姉と過ごした。サァラは親愛の情を目覚めさせる幼少期と、転換直後の
不安定な時期をサヤカと過ごしたのだった。それが彼女の人格形成に大きく影を
落としていた。サァラにとってパートナーは姉のサヤカ一人。それは心を向かわ
せるべき対象を限定してしまうことに、誰も気づかなかった。サァラは異端だった。
姉への背徳の想いに、姉以外に心を開くことを知らないサァラは、一人でじっと
耐えるしかなかった。
サヤカにはそうした妹の、本来ありえないはずの切ない気持ちに気づかないでは
なかったが、それは特殊な生い立ちが生む姉妹間の、屈折した愛情程度にしか
考えていなかった。今日までは……。
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「お姉ちゃん、ボク……」
「どうしたの?撮影中よ。"お人形"がしゃべっていたらヘンよ」
(そうだ、なるべく見ないようにすればいいんだ)
サァラはなんとか平常心を保とうとするが、姉の艶姿にどうしても目がいって
しまう。撮影用で実用性の無い下着は、姉の大切な部分もうっすらと透けて
魅せる。全く同じ体でも、サァラには違うものに見えた。
「……サァラ。私の横に座りなさい」
「え?あ、うん」
サァラはカメラマンの指示を聞いていなかった。姉がフォローしなければ、咎め
られていたところだろう。手がそっとサアラの肩にあてられ、身を寄せあう。姉の
髪がサァラの肩をくすぐり、くっつけられた肩と頬から、想い人の動悸を伝えてくる。
「じゃ、サァラちゃん。今度はお姉さんの背中と腰に手を回して、ゆっくりと押し倒して」
(そ、そんな……ボク)
サァラの緊張がサヤカにも伝わったのか、"落ち着いて"というふうに、サヤカは
やさしく微笑み返す。
(ボク壊れちゃいそう……)
「はい、ストップ、ストップ。どうしたの?サァラちゃん。顔真っ赤だよ?」
「あ、あの、なんかその……」
「大好きなお姉さん見てると、緊張しちゃうよね?サァラちゃん」
撮影の流れを見ていた編集長が、サァラの心を見透かすように言う。
「え、ええと……その……」
「大切なお姉さんを、男みたいに押し倒すなんて……かい?」
まるで、心を覗き見しているような編集長の言葉に、サァラは首まで赤くなる。
「お風呂で鏡を見ていると思えばいいわ、サァラ」
「でも、……鏡はこんなにあたたかく無いよ」

結局、攻め側(?)の"黒のサァラ"が緊張に身を固くし、受け側の"白のサヤカ"
が落ち着き払っていては絵にならないということで、下着も全部とることになった。
何も身に着けていなければ、どっちがどっちかは見分けがつかないだろう、と
カメラマンが言ったからだ。しかし、攻守入れ替わったおかげで、サァラは姉に
触れられたり、抱かれたりする嬉しさと恥ずかしさで、余計にぼうっとなってし
まった。秘めた想いを閉じ込める殻に、少しずつヒビが入っていく。

「サァラちゃん、そんな恍惚とした表情しないで。男女が絡んでいるわけじゃない
んだからさ。ちゃんと目を開けて、しっかりと相手見つめて!」
カメラマンも当初のイメージとは違う展開に、つい口調が強くなる。
「まぁまぁ。サァラちゃんも慣れないシチュエーションで戸惑うこともあるだろうか
らさ。ここは路線を変更して、男女のように絡み合う双子姉妹なんてのも艶っぽ
くていいじゃない。サヤカちゃん、積極的にサァラちゃんをリードして。サァラちゃん
は、お姉さんに全部任せて、流れに逆らわないでね」
編集長が助け舟を出す。しかし本格的にリードされることになったことで、サァラ
はさらに別の心配をしなくてはならなくなった。
体のあちこちに触れる姉の手の感触や体温に、サァラは心をかき乱され、次第
にセックスのような興奮を感じていたからだ。

「はい、じゃサヤカちゃん中腰になって、サァラちゃんを後ろから抱きしめて、
サァラちゃんは少しおいてから、お姉さんをゆっくりと見上げて、そのままね」
サァラはカメラマンの指示にも上の空だった。背中をくすぐる姉の髪。胸に回される
姉の腕の感触。逆に自分の肩に触れる、姉の胸の尖り。じゅんっ、とした感触を
下腹部に感じて、サァラはそれどころではなかったのだ。サァラは頬を上気させ、
潤んだ瞳で虚空を見つめていた。
カメラマンが痺れを切らせる前に、サヤカは妹の頤(おとがい)に指を添えて
自分に向かせる。急に視界に入った姉の顔に、サァラは身をこわばらせる。
妹の瞳に緊張の色をみてとったサヤカは、落ち着かせるつもりで、そうっと唇
を重ねた。鏡に映した似姿を持つ2人の妖艶なシーンに、カメラマンたちから
もため息が上がる。

(やわらかい、お姉ちゃんの唇。ボク、お姉ちゃんにキスされてるんだ)
抑えていた感情が瞳から溢れだし、頬をつたう。

「すみません、少し休憩させてください。サァラの体が冷えてしまったわ。毛布
を下さらないかしら?」
つうっと余韻を残してキスを終えると、サヤカは妹の体を気遣うように、撮影の
中断を申し出た。
「サァラ、しっかりしなさい。濡れてるわよ」
姉に小声で注意されて下を見ると、内股に光るものが見えた。
感じてしまった証拠を見咎められた恥ずかしさで、サァラはうずくまるように身
を抱える。サヤカは受け取った大きな毛布で、妹の体をいたわるように包んだ。
周囲には妹を気遣う優しい姉という光景にしか見えない筈だった。

結局、撮影はそこで終了ということになった。
機材を片付けながら、カメラマンが話しかけてくる。
「おつかれさま、でもサァラちゃんにも意外な面があるんだね。サァラちゃんと
寝たことはないけど、ホントはあんなに……」
妹への遠慮のない言葉を、サヤカがさえぎる。
「予定通りの撮影にならなくてごめんなさい。サァラはこのところ体調があまり
よくないみたいで、今日はもう休ませてあげようかと思ってるんです。」
サァラはいたわるように肩を抱く姉の手を、ぎゅっと握り締めた。
自室へ戻る前に食事を済ませよう、というサヤカの提案で、サァラはまだ人の
少ない食堂の片隅の席にすわり、姉がカウンターから戻ってくるのを待っていた。
「少しは栄養つけなきゃね。あなた、最近本当に元気が無いから…」
トレイの上は、サァラの好みを完璧に把握したセレクトで飾られていた。しかし、
サァラは下を向いたまま、料理に手を付けられないでいた。
いつもなら、たわいも無い会話とともに食事を進める姉が、黙って食事を続ける。
(やっぱり怒っているだろうな)
サァラは意を決して……しかし、下を向いたまま姉にあやまった。
「お姉ちゃん、今日はゴメンナサイ! でも、ボクは…」
「あんなに"瞳を"濡らしていたら、撮影にはならないものね」
特に怒っている風でもない声に、サァラは顔をあげた。
「お姉ちゃん、ボクはお姉ちゃんが……」
サヤカはすっと腕を伸ばして、開いた妹の口にポテトを差し入れる。
「お話は部屋でもできるわ。冷めない内に食事をすませましょう」
「……うん」
双子の"娘"は周囲の注意を引く。誰かにサァラの心を聞きとがめられないとも
限らないのだ。

食事中、交わされた言葉はひとつも無かったが、サァラは姉の唇の動きをずっと
見つめていた。フォークやナイフを使う姉の指も、いつもより艶めかしく見えた。
「私が食事をしているのを見るのが、そんなに楽しい?」
姉にはすべて見透かされている。自分の心をどれだけ隠し、ごまかしたとしても
無駄だ、とサァラは思った。
(部屋に帰ったらすべてを打ち明けよう。きっとお姉ちゃんが、行き場を失った
ボクを助けてくれる)

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