アリスの娘たち〜  シルヴィ

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「ワタシ、こんなの絶っ対にイヤです!!」
バン!と机を叩いた拍子に、カップのコーヒーがしぶきをあげた。
アリスの指示で娯楽誌の編集部に来たシルヴィは、次号に掲載するヴィジョ
ン撮影の参考に、と見せられた映像を見て猛然と抗議した。
ディスプレィには先月からシルヴィの姉として、パートナーになったばかりの、
レイカの艶かしいSEXシーンが流れていた。複数の男に弄ばれながら、切な
げな嬌声を上げている。官能的というよりも退廃的で露骨なシーンは、まだ伽
を勤めて半年の"新人"であるシルヴィには刺激が強すぎた。

調整計画通りに"アリスの娘"として性転換したシルヴィは15歳。
人工培養によってこの世に生を受ける彼らには、他人の手を必要とし、労働力
もない乳幼児期が無い。培養中に様々な知識と疑似体験をインプットされ、10
歳位の姿で培養槽をでる。だから15歳といっても、実質まだ5年ぐらいしか人生
を歩んでいないことになる。新生児は最初一箇所にまとまって、保護者である
年長のパートナー数人との共同生活を過ごす。その後はたいてい一緒に過ご
した仲間の中からパートナーを見つけ、それぞれに自分に課せられた役割を
果たしながら生活を営んでいく。"子供"として扱われるのはせいぜい14歳位
まで。あとは性徴薬を飲んで大人になるか、シルヴィのように"アリスの娘"と
なる。
とはいえ、まだ若いシルヴィに過激な伽が課せられることはなく、単なる話し
相手や、じゃれあうだけで性行為にまで及ばないデートなどが中心で、その
相手も慎重に選ばれる。それでも、新人であるがゆえに、シルヴィと"関係"
してみたいという、リクエストは後を絶たない。
人口的にも圧倒的に少ない"アリスの娘"たちだから、今回のように娯楽誌の
紙面を飾ることも仕事のひとつで、今までは普通のポートレイトやせいぜい
セミヌードまでだったが、今回のはもっと過激な、有り体に言ってしまえば、
自慰行為のネタになれ、ということらしい。
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「ワタシ、これでも"清純派"を目指しているんですからね!」
(性欲の対象である"アリスの娘"に"清純派"なんて……)と編集長は心の中
で悪態をついたが、そんなことはもちろん口に出さなかった。イメージこそが重
要、というのが彼の持論だった。
「でも、次号には"カラミ"が欲しいんだよ。スケジュール的にも、順番からいっ
てもキミしかいないんだ。頼むよシルヴィちゃん」
アルビノ(色素欠乏症)のシルヴィは紅い瞳をますます紅くして、編集長を睨み
つけた。確かにシルヴィが請けたアリスの指示にも、それらしきことが含まれて
いた。
「わかりました、じゃあひとつだけワガママ聞いてください。相手はタケル以外は
イヤです!もし撮影中にタケル以外の男が私に触れるようなことがあれば、
そのままエアロックへ駆け込んで、身投げするわ!」
性格も容姿も様々な"アリスの娘"たちだが、たった一つだけ共通点がある。
それは、性転換前の元パートナーへの"特別な感情"だ。憧憬とも思慕とも恋愛
感情とも違う、独特の想いを元パートナーに寄せている。
「わかった、その条件は呑もう。でも撮影場所はこちらの指定通りに」
「交渉成立ね。では、明日また」

シルヴィは、タケルに会えるというだけで、気分が高揚していた。
パートナー解消から約1年半、その間ほとんど会う機会すらなかった。
タケルは船外活動要員で、巨大な移民船の前部外周のブロックに居住している。
中央付近のブロックから出ることなど滅多に無い、シルヴィたちとの接点は少な
かった。無理をすれば会うこともできるが、女になってしまった自分を見られるの
が恥ずかしいのと、再会して自分の思いを伝えたい、という感情とがまぜこぜに
なって、これまでその努力をしてこなかった。タケルの方も、かつてのパートナー
を性欲の対象とみることになんとなく罪悪感を感じ、シルヴィと"関係"する希望を
出せずにいた。アリスの指示する伽の相手の名前を見るたびに、シルヴィは落胆
と安堵の入り混じったため息をついていた。
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「なんかいいことあったの?シルヴィ。うれしそうじゃない」
シャワーを浴びて濡れた髪を乾かしていたシルヴィは、伽を終えて帰ってきた
レイカに声をかけられた。
「お帰りなさい、レイカ姉さま。えとね、明日ね、タケルに会うの」
性転換後の新しい名前の由来となった、ウェーブのかかった長い銀髪を指で
いじりながらシルヴィは答えた。
「へぇ……。ついに会う決心をしたんだ。でも良くアリスが頼みごとを聞いてくれたね」
「ううん、違うの。その、撮影……なの、娯楽誌の」
「へぇ……? あ、もしかして、カラミ? そうかー、思い出の彼氏と
うっふーん、あっはーん、ってか? やるじゃーん!!」
その言葉に、昼間見せられた映像を思い出したシルヴィはカチンときた。
「あーんたみたいな、インラン女とワタシは違いますぅ!」
「おーんなじだろ?どこが違うんだよ!」
「ワタシは誰だっていいってわけじゃないもん!まして複数の男性と同時にだ
なんて、私にだって仕事を選ぶ権利が……」
もちろん、シルヴィには自由に仕事を選べる権利は無い。程度の差こそあれ、
男に媚を売ったり、時には抱かれたりしなければならない、そんな生活にまだ
馴染めないでいる自分が急に悲しくなって、べそをかき始めてしまった。
「……ホントはワタシ怖い、タケルはきっと私なんか嫌いだわ。ワタシだって会
いたくない!。会わないほうがいいのよ! う、うっ…」
「今怒ったカラスがもう泣いた…か。からかってゴメンね、シルヴィ」
(やれやれ、まだまだ情緒不安定だな、このコは)そう思いながらレイカは泣き
じゃくるシルヴィをそっと抱きしめた。
(でもね、私だって相手が誰でもいいなんて思ってはいないんだよ。確かにあ
の雑誌では複数の男と絡んでいたけど、彼らはみんな元私の……。
ふふ、大方このコも編集長に強引にねじ込んだのかしらね)
翌日、居住区画と農園の間にある公園の大きな樹の下で、シルヴィは撮影用
の黄色いサマードレスを着て大きな麦藁帽子をかぶり、洗いざらしのシャツに
チノパンというラフな服装のレイカと立っていた。

「野外撮影か、大胆だね。アンタも」
「く、あの編集長……。」
(いけない、いちいち腹を立てていてはキリが無い)
深呼吸に咳払いをひとつして、上がりかけた血圧を自分で下げる。
「それよりも、どうしてレイカお姉さまがここにいるんですか?」
「あたし今日は非番。暇だからアンタの想い人とやらを見に来たの。
で、どこよ、その彼氏は?」
「まだ来ていないそうです」
「ふーん、……すっぽかされたか?」
再び急上昇する血圧を、今度は駆け寄ってきたアシスタントが下げた。
「じゃ、とりあえず一人で戯れているシーンの撮影から始めますから」
ニヤニヤしながら、離れていくレイカの背中に心の中でケリを入れて、シルヴィ
は傍に生えている大きな樹に片方の手を添え、もう一方の手で帽子をおさえて
風に飛ばされないようにした。結っていない長いウェーブのかかった細い銀色の
髪が、人工的に起こされた風になびく。
大きな樹……タイジュ。昔のワタシの名前。やっぱり編集長は意図的にここを選
んだのかしら?
せっかく努力して雰囲気を出そうとしたところで、件の人物が茶々をいれる。
「おーいいねぇ、さすが"清純派"のシルヴィちゃん。絵になってるよ」
く、く、く、どいつもこいつも、そろいも揃って……。ワタシの神経を逆なです
るのが、 そんなに楽しいのかしら!?

「じゃあ、そろそろ脱いでもらおうか。下着も全部とって、"妖精が舞い降りた"、
ていう感じで頼むよ」
園内の小動物と戯れたり、特別に許可されて摘み取った花束を抱えたりと通り
一遍の撮影を終えて、カメラマンが指示を出す。
……イキナリ全裸になれって?確かに、下着を着けているのはこの場にふさわ
しくない気もするけど、こんなところで大勢に見られながら、服を脱ぐのは抵抗
がある。小さな部屋で明かりを消し、やわらかいベッドの上で裸になるのには
少しは慣れた。でもここは屋外で、自分の恥ずかしい姿を隠すものは何一つ
ない……。いくら顔見知りのスタッフ以外は立ち入り禁止になっていると知って
いても。
躊躇していると、アシスタントが、芝生の上に即席の草むらを作ってくれた。
脱いでいる所を見られないだけマシかな?そう覚悟して、シルヴィは草むらに
隠れ、体を包んでいる布を一気に脱ぎ捨て、意を決して再び姿を現した。
カメラマンにむかって、僅かに両手を開き、惜しげもなくその裸身を晒した。

 風の舞う公園に、真っ白な肢体を持った、銀髪の妖精が降臨した

その場にいた誰もがそう感じた。
「キレイね、あのコ。悔しいけどあの美しさはこの船で一番だと思うわ」
そばにいた編集長に、レイカは言った。
「おっしゃるとおりですね。ところで、折角ですからレイカさんもカラミませんか?」
鈍い音が編集長の腹の辺りでしたが、倒れこんだ本人以外は誰も気に止めなかった。
……見られている。
「じゃ、今度はひざを抱えてそこに座ってもらえるかな?」
……ワタシの裸。
「そう、じゃ首をちょっと傾けて……」
……なにもかも、全部。
「目を閉じてみて、抱えた膝を枕にする感じで」
……恥ずかしい。ほんとはこんな仕事。
「今度はうつぶせになって……」
……芝生までが、ちくちくと私の体を攻め立てる
「両手を突いて、上半身を起こして。顔は少しうつむき加減に」
……タケルにはみせられない、こんな姿。
シルヴィの感情が高ぶり始める。

「やばい、泣くかな?あのコ」
少し離れて見ているレイカからでもわかるほど、紅い瞳を潤ませ始めたシルビィ
に、レイカはいつでも駆け寄れるように身構えた。そのとき木陰から男がそっと
シルヴィに近づき、彼女の真っ白な肌とおなじぐらい真っ白な布をかけ、傍らに
膝をついた。
「タケル……?」
「久しぶりだね、シルヴィ」
「会いたかった!」
悲しみの頂点に達しようとしていたシルヴィは、突然現れた懐かしい彼に理性を
失い、なりふりかまわず抱きついてしまった。

「これも、あんたの演出なワケ?」
なにやら、手振りで合図をしていた編集長にレイカが尋ねた。
「まぁ、シルヴィちゃんも、いくら会いたいと思っていても、なかなか素直な気持ち
で会うことはできないでしょう? でもこれで、シルヴィちゃんも幸せ。良い絵が
撮れてワタシも幸せ。結構じゃないですか」
「アホらし、帰るわ。王子様が登場したんなら、私の出る幕は無いからさ」

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