アリスの娘たち〜  反乱の予兆(2)

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「ボクのせい……?」
「そう。君があのまま娘になることを拒否していれば、僕がなれるはずだったんだ」
サァラは双子のサヤカと一緒に、"アリスの娘"になるための特別なプログラムを
受けていた。しかし、サァラははじめから自分の運命が決められていることに反発し、
娘になることを一旦は拒否した。娘になるには本人の意思が絶対であったから、
次の候補者に選択権が移ることになっていた。
「そ、そんなこと……。イタイ!やめて!!」
男は、サァラの乳房をねじ上げるように握りつぶした。
「僕はアリスの娘にならなきゃいけなかったんだ。それなのに、君は気まぐれに!
娘にならないといったり、なるといったり!!」
「ボ、ボクだってお姉ちゃんと、離れ離れになりたくなかったんだ!」
性転換装置は1台しかない。だから双子のアリスの娘を誕生させようとしても、
同時にはできない。性転換の為にサヤカと別れ、一人残されたサァラはその寂しさに
耐えかねていた。そして大好きだったサヤカと離れ離れになるよりは、同じ娘となって
暮らしていくことを選んだのだった。

「だから、気が変わったっていうのか?」
サァラは頬を強く叩かれた。口の中に血の味が広がる。憎悪と敵意を持った相手に頬を
叩かれるなど、アリスの娘にはありえないことだった。
経験したことの無い暴力行為に、サァラは震え上がり、声も出なかった。
「ふん、おまえさえいなければ。僕だって彼と……」
恐怖に色を失ったサァラの瞳に、男の握るナイフの光が映った。

(助けて、お姉ちゃん!)
必死で探すサヤカの耳に、確かにそう聞こえたような気がした。
サヤカは立ち止まって、もう一度耳を澄ませたが、聞こえてくるのは空調の音
だけだった。
「どう?見つかった?」
ハルカが通路の反対側からやってきてたずねる。
「いいえ、どこにも。ハルカ姉さま、私どうすれば……。サァラを一人にするんじゃ
なかった。あの子、泣いていたのに……」
「しっかりしなさい、サヤカ。さっき伝助先生にもお願いしてきたわ。
船内にある全ブロックの緊急救急設備要員にも声を掛けてくれるって。
あと30分探して見つからなかったら、評議長へも連絡が行くわ。そうしたら、
船のみんなが協力してくれるはずよ。」
「まさか、自殺なんて……」
「バカなことを言わないで!ねぇ、良くわからないんだけど、サァラはそんなに
思いつめていたの?」
「わからない。わからないんです!お姉さま。あのコはずっと、今日まで何も
言わなかったから。う、うぅっ……」
「双子の姉妹の間にも、わからないことがあるなんてね……」

「緊急警報!005発生。Cぶろっくノ保安要員ハ、大至急C7-310ヘ突入セヨ。
252ハ955モシクハ954。救急要員ハ蘇生術準備。」
唐突にアリスの基幹要員向け音声警報が通路に響き渡った。
事態の深刻さを聞き取ったハルカは、厳しい表情でサヤカにいう。
「あなたは自分の部屋へ戻って。後で連絡するから!」
「待って、ハルカ姉さま!私も行きます。サァラなんでしょ?サァラが危ない目に
あっているんでしょう?私も行かなきゃ!」
「まだサァラだと決まったわけじゃないわ。ついてきちゃダメよ!」
ハルカはこの時、サヤカを押し止めることができなかったことを、あとで後悔する。

「助かりますか?先生」
ハルカは医療室でレイカとともに、伝助医官の蘇生術を手伝っていた。
「うむ、危険な状態じゃ。このまま再生槽に入れるわけにはいかん。
欠損部分を仮組織に置き換えんとな。しかし今の状態では手術もできん」
「サヤカの方は?」
「今は薬で眠らせてるわ。明日の昼まで目覚めないと思う」
「それまでには結果がでるじゃろう。おまえさんたちは一度部屋へ戻りなさい。
何かあればすぐに呼び出す。明日は長い一日になるじゃろうからな。少し寝ておけ」
「そうね、そうさせていただきます。ヒロミが心配だし。でも、明日はどうしようかな。
ヒロミをそんなに長時間一人にはできないし……」
「ウチにつれてくれば?」
「レイカのところへ?」
「シルヴィに世話させる。明日はお勤め無い筈だし」
「うーん、あのコ。まだ私以外の人間と過ごしたこと無いしね。大丈夫かしら」
「妹想いのハルカ姉さまには不安でしょうが、その……いずれはシルヴィと
パートナーになるんだから、今から慣れておいてもいいんじゃない?」
「いずれは……か。シルヴィが、というよりあなたのところに預けるってのが不安
なんだけどね」
「どういうイミ?だいたい私だって一緒に、ここに詰めなきゃならないんだから」
「だから私はヒロミよりも、自分の心配をするべきなのよね」
「あのねぇ……」
ハルカとレイカは、隣室のベッドに寝かされているサヤカの様子を伺う。
「サヤカ、大丈夫かしらね。もし明日起きたとき、彼女が錯乱するようなことに
なっていたら……」
「心配しても始まらない。私たちはベストを尽くすだけ」

翌日の昼頃、幸いにもサァラは危篤状態を脱した。昏睡状態ではあったが容態が
安定したため、再生槽へ入れる前に手術をすることになった。
サヤカも目を覚ましたが、妹の凄惨な光景に立ち会ったショックで、感情のない
様子だった。心配したハルカが飲み物を勧めながら話しかける。
「あの男だけど、どうもアリスの娘になれなかった逆恨みで、サァラを
襲ったみたいなの。だから、サァラが何か悪いことをしたから、酷い目にあった
わけじゃないのよ」
「アリスの娘になれなかった逆恨み……?」
それまで"ええ"とか"はい"とかしか答えなかったサヤカが問う。
「ええ、そうらしいわ。警備官が……」
「私のせいだわ!私の!!」
「何を言ってるの、あなたが悪いなんて。サァラが運び込まれたときにも自分のせい
だとか言っていたけど、悪いのはあの男で……」
「いえ、やっぱり私のせいなんです!ハルカ姉さま」
「どういうことなの?ちゃんと説明してくれなきゃわからないわ」
「あのコはアリスの娘になるのを嫌がっていた。だから、私たち本当は一緒に暮らせ
無かった筈なんです。でもね、お姉さま……私、サァラと離れて暮らしたくはなかった。
そしてそれはあのコも同じだったと思っていたんです。だから……」
「だから?」
「だから、アリスに頼んだんです。私が性転換槽に入っている間、サァラに新しい
パートナーと組ませないでって」
「それって……」
「そう、さびしがり屋のあのコが、私がいないことに耐えられる筈が無いって思ったん
です。だから一人のままにすれば、きっと私と娘になるって、そしたら……
ずっと一緒に……、暮らせるって…、そう決めてくれるって……」
最後の方は、もう涙声になって、ハルカにもはっきりと聞き取れなかった。
その後は、もう何もいっても、泣きじゃくるだけだった。

「どう?サヤカの様子は」
診察室に戻ったハルカに、先に部屋を出たレイカが心配そうにたずねる。
「うん、サァラが酷い目にあったのは自分のせいだって、泣いてるわ」
「何でそうな風にサヤカが思いつめてしまうのかわからないけど、悪いのは、
あの男でしょ? まぁ、死んじゃった奴にこれ以上罪のかぶせようも無いけどね」
「死んだ、ってどういうこと?レイカ、いくらなんでも処罰されちゃうなんて早すぎるし、
あの男を取り押さえた時だって、たいしてケガなんかしていなかった筈でしょ?」
「それが外周ブロックの独房に閉じ込めている間に、自殺って言っていいのかしらね。
外壁との間にある動力伝達パネルの蓋をこじ開けて。
その……中はメチャクチャだったらしいよ」
「そんな、工具もなしに? だいいち、アリスが監視しているのにそんな手間の
かかることが、できるわけがないでしょう?」
「うん、良くわからないんだけど、パネルが勝手に開くわけは無いから、やっぱり
こじ開けたとしか。もっとも私が見たわけじゃなくて、知り合いに聞いただけなんだけどね」
「妙じゃの……」
「あ、先生いらしたんですか?」
「うむ、そろそろ始めようかと思っての。2人とも頼むぞ」
「はい先生」
3人とも奇妙な疑問を感じたが、手術室に入り準備を始めることにした。
今は目の前で助けを必要としている、サァラに集中すべき時だから。

手術室に入る時、ハルカは視線のようなものを感じた。
(誰かが監視しているわけでもないのに……、しっかりしなくちゃ!)
手術中の記録をとるために、ハルカはモニタカメラをSTBYからRECに切り替えた。

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