第一話
「ここで、いいのかな」
恐る恐る、『そこ』に触れながら、Sは必死に冷静を装いTに訊ねた。
「う、うん。合ってる。……それじゃあ、その……」
「う、うっうん。いくよ?」
「お、おう。た、頼む…」
「本当に、入れちゃうからね!?」
「だ、だからっ! いいって言ってるだろ!? はやくしろよっ!?」
男だった頃の低い響きは影も形もなく、切羽詰ったTの声は女のそれ以外の
何ものでもなかった。
「よ、よ、よしっ。ぃいくよ…」
「……! あっ、やっぱだめっちょっと、あっ、あっ!? あぁっ……」
「入ったよ…」
「ううぅ……。何か…挟まってるよぉ……」
「仕方ないよ。だって、実際そうなんだからさ。それにしても……タンポンを
他人に入れるなんてこと経験したの、僕くらいのものだろうね」
そう、Tは生まれて初めてタンポンを入れて見ることにしたのだった。
ナプキンは既に使ってみたが、折角だから自分に合ったものを使った方がいい、
と女性化してからも親身に相談に乗ってくれたFと言う女性にアドバイスされ
たのだ。
だが何分、女性になってから日も浅いTは、例え自分のものとはいえ、女性器
の扱いに慣れていなかった。童貞だったし、自分の身体についているからこそ、
下手に触るのが恐ろしくもある。
そこで昔からいつも一緒で、信頼出来る友人のSに、予行練習を代わりにして
もらうことに『勝手に』決めたのだった。……無論、生理真っ最中ではない。
たまらないのはSの方だった。Sとて男なのだから、人並みの性欲はある。
……というか、内に篭もりがちな気性も相まって、頭の中ではヤリヤリの、
ムッツリスケベなのだった。
そこに飛び切りの美少女になった挙句、童貞工房には未知の世界である女性
のアソコを丸出しにして、その上タンポンを『入れて』と来たものだ。
さっきから平気なような顔を作っているSだったが、内心、昔から鋭いTには
何もかもばれているんじゃないかと戦々恐々だった。
「ん…何か、慣れてきた、かな? これなら入れてても大丈夫かも…」
さっきから脚を開閉したり、恥丘を撫でたり叩いたりしていたTは、安心した
ように、にこっ、と笑った。
「ありがとなS。こんなこと頼めるの、お前ぐらいしかいないからさ…」
「べ、別に。こんなことぐらい、言ってくれればいつだってやってあげるから」
「そっか。…へへへ。お前がいてくれてよかったよ。さすがにFさんにこんな
こと頼むのは気が引けるからな…」
「……あのさ、T」
つばを飲み込む音が耳障りなほど大きく聞こえた。
「何でFさんじゃ駄目で、僕なら、いいの?」
「……? だって、Fさん女じゃん」
当然、と言う口ぶりでTが言い切る。
「やっぱさあ。まだ女に見せるのは、抵抗があるんだよな…。S相手ならさあ、
何か一緒に風呂入ってチンコ見せ合ったりしたじゃん? その延長って感じで、
気が楽なんだよな」
……気が楽?
「何だよ変な顔して?」
「えっ!?」
そんなにはっきりと顔に出てしまっていたのだろうか? Sは慌てて話題を逸らそうとする。
「そ、そう? ちょっと昨日のテレビのこと思い出してたからさ。そういえば最近……」
Sの声は数秒と経たずに尻すぼみに消えていった。
「……ふ〜ん?」
Tが、Sを見てニヤニヤと笑っていたからだった。
「つまり、あれだ……」
TがゆっくりとSの方へ近付いて来る。
「S、お前……俺のま○こ見て興奮したんだろ〜?」
間違っているようで、むしろ正鵠を射ていたかも知れない。
全身の血液がごうごうと音を立て、一斉に顔面へ殺到した。
「ちが――」
「このムッツリ野郎めっ。道理でさっきから俺の下半身をじーっと見詰めてると
思ったんだ。おらっ」
Sに飛び掛ったTは、有無を言わさずSの股間を鷲掴みにしていた。
「わっはっはー! どうだ気持ち、い、ぃ……あ、れ……?」
ぎ、ぎ、ぎ、と音が鳴りそうなほどぎこちなく、Tの顔が、頭上にある
Sの方を向いた。その、上目遣いの脅えたような表情で、Tが呟く。
「ほ、んとに…たってる…、S…?」
そしてSは臨界を迎えた
「――Tッッ!」
「だぁぁっ!?」
なりふりかまわず押し倒し、SはTに口づける。
「っ!? っぷっ、はぁっ!」
強引に頭を振るってキスを振りほどくと、Tは叫んだ。
「いきなりなにすんだっ!?」
「それはこっちの台詞だよっ!」
Sの剣幕に、Tが思わず身ををすくめる。
「な、なんだよぉ。ちんこ触ったぐらいでそんなに怒んなくても」
「怒る云々の問題じゃないよっ! 今のTみたいに可愛くて、綺麗で、明るくて、
頼りになって! そんな子にアソコ広げてタンポン入れて何て言われてっ!
あまつさえちんちん握られて男として我慢できるわけないだろーっ!?」
本音だった。限りなく血が出るくらいに本音だった。Sは半べそだった。
「……ええと…その…だってよぉ…別に俺そんなに綺麗じゃないしお前女になって
からも普通だったしだからそんな気にしないかなって…」
この期に及んでまだそんなことを言っているのか!?
Sはキレた。女性やSから見れば甚だ理不尽ながらキレた。
一言も無く、Sが再びTを押し倒す。むき出しの子宮から伸びる、細長い紐を掴み、
憎いか滝とばかりに一気に引き抜いた。
「きゃぁぁっ!?」
女性そのものの悲鳴に、初めて感じる嗜虐的な感覚を覚えながら、Sは自分の指を
Tのクレヴァスに差し入れた。
「うぁっ!? こ、こらっ! Sッ!? ほんとに怒るぞっ!?」
「怒ればいいよっ! このままずっと生殺しよりよっぽどましだっ!」
「……! このっ……ばっかやろぉぉぉっ!」
ぼごっ!
「はぐっ!?」
Sが素っ頓狂な声を上げて仰け反る。思い切り振り上げたTの額が、Sの顔面を
直撃したのだった。
「勝手なのはお前の方だっ!」
「ううっ……」
だらだらと鼻血を流すSに、幾分冷静になった様子でTが言う。
「俺はちょっと前に女になったばっかりなんだぞ!? 生殺しも何も、そんなすぐ
にお前が俺のことエロイ目で見るなんて考えなくたって仕方ないだろうが!?
大体俺はお前のことほんとに頼りにしてるから、今日だってタンポン入れてくれー
なんて小っ恥ずかしいしいこと頼んだってのに、何で逆切れされなきゃならないんだよ!?
それだったら最初にことわりゃいいだろうがっそんなに俺のま○こ見たかったか!?」
全てにおいてTが正しいような気がして来る。鼻の痛みと相まって、Sは大粒の涙を流し始めた。
「うっ、うっ、うっ…」
そんなSを見て、Tは不意に肩の力を抜いた。
「…反省するか?』
「うん……」
「…いつから俺で、エロいこと考えてたんだ?」
「……Tが女の子になって、すぐぐらい」
「ったく、仕方ない奴」
やれやれ、と言った感じでTが苦笑する。……少し間を開けて、いかにもさりげなく、
と言う風にTは呟いた。
「……まあ、俺も、確かにやりすぎたかも知れないけどな」
「え…?」
「…いや、だからな? その。つまり」
悪戯っぽくTが笑った。
「今日はちょっとカマかけてみたんだ。お前が俺のこと、どういう風に見てるのかなって」
目線を逸らして、Tが頭を掻く。いかにもなんでもないことのように、彼女は呟いた。
「…俺さあ女になってから、何回か、その……オナニーしてみたんだわ」
硬直したSに、Tは更なる追撃を加えた。
「…すげー、気持ちよかった。本当に。イッた後も、男みたいにすっきりはしないけど、
その代わり気持ちいいのがじ〜〜んって長く続いてさ……」
微笑みは赤くなった頬を伴っていた。
「…これから多分、ずっと女として暮らしていくんだから、いつかは男と、…あー…。
セックスを、さ? しなきゃならないんだろうなあって、思って。そしたら
一番最初に浮かんできたのが」
とん、とTの指がSの胸元を突いた。
「――お前だったわけ」
困ったような顔をして、Tが俯く。
「まあ、お前なら昔から一緒だから危ない奴じゃない…ってわけでもないけど、
とりあえず怖くも気持ち悪くもない感じだし。だから……。
ちょっと、誘惑してみた。すまん」
右手をずっと突き出し、Tがぺこりと首を折る。
「……痛かったか? ごめんな」
Tが唐突にSの鼻を撫でた。もう鼻血は止まっているが、まだ鼓動に合わせてずきずき痛む。
「……だ、大丈夫」
急に触られたせいか、Sの心臓がバクバクと鳴り始める。だが次のTの言葉は、
『バクバク』どころではすまなかった。
「S……。エッチ、して見るか?」
呆然となったSに、Tが笑いかける。
「何かさあ俺…。何つーか、女は子宮で考えるって奴? あれを地で行ってる感じ、かな?」
Sの顔を優しく触りながら、Tはそっと囁いた。
「なんかさあ、お前に押し倒されて、キスされて、そんでもって泣いてるお前の顔見てさ…。
変だなあ。エロい気分になっちゃったよ」
ははっ、と快活にTが笑い声を上げた。
ちゅ。
「!?」
「へへ。キスしちゃった。何かすげえ変な気分…。さてと。よ、っと…」
「わわっ!?」
再びTの手がSの股間をまさぐった。今度は情け容赦のない鷲掴みではなく、相手のことを考えた、
慈しむような愛撫だ。
「う、うわぁっ…」
「よぉし。ほら出てきた出てきた。……そりゃっ」
その瞬間、Tが硬直する。
「……あれ? え? まじ?」
「……? ? どうしたの…?」
「――ちんこって、こんなでかかったっけ?」
「え? あ、と。…日本人の平均が13センチだって話だから、それよりちょっと大きいぐらいだよ」
「……13センチが、平均?」
しばらく虚空を見ていたTは、おもむろにSのモノを握り締めると、悲鳴を上げるSを放置して、
何やら自分の股間を見たり触ったりし始めた。
少しして、Tがひとりごちた。
「無理。入るわけない。つーか 1 3 センチって何だよ? 俺確か測った時11センチ
しかなかったぞ……」
「あ、あの、T?」
うろうろし始めたTに、怖々とSが話しかける。
「ごめんS。俺やっぱりまだお前とエッチ出来ないわ。だってお前のでかすぎて入らないもん」
「――ええっ!? そんなっ!」
半端でなく『萌える』言動を連発され、つい先程『エッチしようか』とまで言われて、
これで我慢できるほどSは気が長い男ではなかった。
「ここまで来てそれはないよぉっ!」
「わわっ!?」
本日三度目の押し倒し。Sは血走った目をTに向けた。
「入らないわけないだろっ! 赤ちゃんが出てくるんだよっ!? 試してみればわかるっ!」
「ちょーっ! 待てっ、タンマっ!」
「駄目! 入れるっ! 絶対セックスするっ!」
「――シャーッ!」
がつん。Sの目の前に火花が散った。
「ひゃぶぶふ……」
今度は口を切ったらしい。顔を押さえるSの手の間から、鮮血が溢れてきた。
「……Sっ!」
「ふぐぅ……?」
「俺のこと、好きか?」
「…ひゃい?」
「好きって言え!」
「ひゃ、ずずず…。は、はい。好きです」
「よし…」
頷くと、Tは深呼吸をした。形良く膨らんだ胸が、大きく上下する。
「……あ、あのな、S。やっぱ、普通にお前とエッチするのは怖いから、また今度、な?」
「……うん」
目に見えそうなほどの濃い失望がSを包んだ。だがTがたちまちそれを打ち払う。
「心配するなよ…。俺だって、途中で停められたらどんなに苦しいか、
ちゃんとわかってるんだからさ…」
机の上にある、昔のTなら名前すら知らなかったようなハンドクリームの容器を取り上げると、
TはそれをSに手渡した。
「T…? これって…」
「濡れるようなもんじゃないからさ。お前が、塗ってくれよ」
恥ずかしがる少女のような、それでいてわくわくしている子供のような表情で、Tは、こう言った。
「…ま○この代わりに、お尻で、どうだ?」